D&O保険(会社役員賠償責任保険)とは、会社役員損害賠償責任保険のことで、「会社役員としての業務の遂行に起因して、保険期間中に損害賠償請求がなされたことによって被る損害を保険期間中の総支払限度額(保険金の最高限度額)の範囲内でお支払いする保険」を指します。
令和年に、上場会社における社外取締役の設置義務化などを内容とする会社法改正がありました。そのため、上場を目指すベンチャー企業を中心に、社外取締役の確保に向けた動きがトレンドになっています。
一方で、社外取締役などの社外役員は、外部性でコミットメントが限定的であることなどから、社内役員と同等の責任を負担するのはリスクが高いと考えられます。そこで、役員の立場を踏まえて一定のリスクヘッジをすることがあります。D&O保険はその1つです。
また、D&O保険について、令和元年の改正会社法で明文化されるなど注目されます。補償内容としては、対象の役員自身が負う損害賠償金、そのための訴訟費用のほか、保険会社による初期対応に係る費用、雇用慣行における紛争類型の損害賠償請求(ハラスメント等)などがあります。
本記事では、リスクヘッジの1つの方法として、令和元年の改正会社法にも盛り込まれたD&O保険について、その概要、様々な取締役の責任のリスクヘッジの手段との比較や位置づけ、D&O保険の補償内容、活用事例などを徹底解説していきます。
D&O保険を活用する上で考えられる取締役等が負う責任とリスクとはsection
そもそも、取締役等の役員が負う責任やリスクには、どのようなものがあるでしょうか。一覧にすると次の通りです。
D&O保険の守備範囲となるのは、黒塗りの部分です。ここでは、会社に対して負う責任、第三者に対して負う責任、そして役員相互間での責任についてそれぞれ分けてみていきます。
会社に対して負う責任
1つは、会社法423条1項に基づくいわゆる任務懈怠責任です。「役員等」が「任務を怠った」場合に、これによって株式会社(以下特に記載がない限り「会社」といいます。)に生じた損害を賠償する責任をいいます。
その主体は「役員等」ですが、取締役のほか、監査役、会計監査人、会計参与、執行役が含まれます。「任務を怠った」とは、基本的に、役員としてのそれぞれの立場に基づき行うべき職務執行における善管注意義務違反等です。
- ※「善管注意義務違反等」に含まれる範囲について、様々な論点・議論がありますが、本記事では割愛します。
善管注意義務違反に関する主な類型については、後述します。
第三者に対して負う責任
「役員等」が会社ではない「第三者」に対して賠償責任を負う場合も定められています。それが、会社法429条1項に基づく損害賠償責任です。
これは、「役員等が」「職務を行うについて」「悪意又は重大な過失があった」場合に、これにより生じた損害を賠償する責任をいいます。「職務を行うについて」は、一般的な考え方として、任務懈怠責任との文言は異なりますが、会社における職務執行として会社との関係で果たすべき職責について、すなわち会社に対する任務懈怠を意味するものと解されています。
役員等による職務執行が会社の事業活動を通じて広く様々なステークホルダーに影響を与えることに着目した特別の法定責任としての性質に由来します。
また、「第三者」の範囲については、主に会社の債権者(取引先)のことをいい、取引先の従業員等の被用者も考えられます。会社自身の従業員も含まれます(東京高裁平成30年6月27日参照)。
株主に関しては様々な議論がありますが、一定の場合には株主も含まれるものとされています。
「損害」について、一般的な考え方として、第三者自身が役員等との直接の行為・やり取りによって被った損害のケースのみならず、会社が損害を被った結果第三者にも損害が波及したいわゆる間接損害の場合を含むものと解されています。
※株主が「第三者」に含まれるか否かの議論として、実務的には、株主は会社のオーナーであるため代表訴訟を通じて会社への損害回復を行い自己の利益を保全できることから、直接損害の場合に限られるという考え方がデフォルト的な位置づけを占めます。
役員相互間の責任
上記のチャート図には含まれませんが、役員相互間においての責任追及が発生する場合があります。すなわち、複数の役員等が任務懈怠責任等により連帯責任を負う(会社法430条参照)場合において、一部の役員が全部を負担した場合に求償という形で他の役員に責任を追及するような場合です。
そのような場合も、役員の責任追及がなされる一形態として整理されます。
D&O保険の補償内容section
D&O保険について、より具体的にみていきます。
保険契約者 | 会社 |
被保険者 | 役員等 |
補償範囲 | 損害賠償金及び争訟費用が基本 |
支払区分 | 勝訴の場合には基本的に争訟費用のみ |
支払限度額 | 保険プランによって異なるが、1億円程度の支払限度額のものがある |
補償範囲
D&O保険に関する会社法上の定めでは、次のようにあることから、約款によって様々なものが含まれることが想定されます。
「保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が塡補することを約するもの・・・」
基本的には、損害賠償金と争訟費用が主なものとなります。他にも、会社として初期対応や調査のための第三者委員会設置費用が補償内容に含まれる場合もあります。(参照:ほけんの窓口|D&O保険(会社役員賠償責任保険)とは)
なお、税金、罰金、科料、過料、課徴金、懲罰的損害賠償金、倍額賠償金(これに類似するものを含みます。)の加重された部分などに関しては、補償の範囲外とされているので注意が必要です。
保険契約者
会社法上明確に定められていますが、株式会社が保険契約者です。「株式会社」という限定列挙であることから、持分会社に関しては適用されません。
被保険者
被保険者は、「役員等」が被保険者です。ここにいう「役員等」には、取締役のみならず、監査役、執行役、会計参与、会計監査人が含まれます(423条1項)。
支払区分
勝訴の場合には、損害賠償責任を負わないため、争訟費用のみが填補されます。一方で、役員側が敗訴の場合には損害賠償責任が発生するため、約款での補償額に応じて賠償金が填補されます。
支払限度額
契約内容によっては、支払限度額が設定されている場合もあります。東京海上日動が提供するD&Oマネジメントパッケージの内容によれば、金額が1億円程度に限定されているケースなどがあります。
保険金支払いの対象外の場合
保険の窓口の場合、下記の行為に起因する損害賠償請求に対しては補償されないとされています。
(参考:D&O保険(会社役員賠償責任保険)とは|法人保険|ほけんの窓口【公式】)
- 役員等が私的な利益または便宜の供与を違法に得たこと
- 役員等の犯罪行為
- 法令に違反することを役員等が認識しながら行った行為
- 役員等に報酬または賞与等が違法に支払われたこと
- 役員等が公表されていない情報を利用して、株式、社債等の売買等を行ったこと
- 身体の障害または精神的苦痛
- 財産の滅失、き損、汚損、紛失または盗難
- 会社または役員等が他人に対して有償で行う専門的業務の遂行に過誤があったとの申し立て
D&O保険の必要性とは・活用を検討すべき3つのケースsection
ここでは、D&O保険の活用を検討すべきケースを3つご紹介していきます。
長時間労働による従業員の死亡によるケース
従業員が、恒常的な長時間労働を原因として、急性心不全により死亡した。取締役には長時間労働が生じないよう配慮する安全配慮義務があったにもかかわらず、これを怠ったと主張して、死亡した従業員の両親が第三者訴訟を提起した。裁判所は、会社全体の管理体制について、取締役の責任を認め、約8,000万円の支払いを命じた。
引用元:https://www.sonpo.or.jp/sme_insurance/management/
いわゆる雇用契約上の安全配慮義務違反に基づく賠償請求が発生したようなケースです。労働者保護の観点から、こうした安全配慮義務違反における賠償請求の額は高額となるリスクが高いと考えられます。
役員として支払うことができる賠償金額としては限界があるため、D&O保険の活用が有用です。
食中毒による営業停止
店内で食中毒が発生し、保健所から営業停止の行政措置がなされた。営業停止による休業の結果、約400万円の損害が生じた。
引用元:https://www.sonpo.or.jp/sme_insurance/business-interruption/
業種業態によって、営業停止による休業損害のリスクが高いケースもあります。また、中小企業では、数百万円分の損害であっても回復には痛手となることも多いことから、D&O保険の活用が考えられます。
製造した製品による事故
販売した弁当が原因で食中毒が発生した。被害者は約50名となり、治療費・慰謝料の支払に加え、一部は訴訟となったため、弁護士費用の支払が必要となった。合計で700万円を超える支払が必要となった。
引用元:https://www.sonpo.or.jp/sme_insurance/liability/
メーカーにおける製品事故なども、賠償責任の発生やその金額が高額となるリスクは、比較的高いと考えられます。特に、被害の規模が広範に及ぶと、賠償責任の金額とともに、レピュテーションリスクによって会社が風評被害を被る場合もあり、役員の賠償責任が膨らむリスクが十分に考えられます。
そこで、D&O保険の活用によってリスクヘッジをしておくことは有効と考えられます。
取締役に対する責任追及の根拠section
責任追及の根拠としては、どのようなものがあるでしょうか。典型的なケースとしての任務懈怠責任では、任務懈怠の類型として位置づけられますが、ここでは善管注意義務違反、忠実義務違反、そして監視義務違反の3つについて、ポイントに絞って解説していきます。
善管注意義務違反(会社法330条、民法644条)
善管注意義務違反は、委任における善管注意義務と同一のものです。
「役員及び会計監査人」の義務ですが、役員及び会計監査人は、会社役員との任用契約に基づくものであることから、会社の業務執行のためそれぞれの立場で求められる注意を尽くす必要があります。
具体的には、法令違反や、取締役に関しては後述の忠実義務違反もあります。また、重要なのが、いわゆる経営判断の原則です。
経営判断の原則は、アメリカの判例法に由来しますが、業務執行の判断において経営判断の過程と内容に著しく不合理な点がない限り、善管注意義務違反にならないというものです。
(株式会社と役員等との関係)
引用元:会社法
第三百三十条 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
(受任者の注意義務)
引用元:民法
第六百四十四条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
忠実義務違反(会社法355条)
忠実義務は、端的にいえば特に「取締役」が「株式会社のため忠実に職務を行」うべき義務です。
取締役が株主の信任に基づき選任され、会社の事業・利益のために職務を行うべち地位にあることから、法令や定款、個々の株主総会の決議を遵守するべき立場にあることに由来します。善管注意義務違反の内容を、取締役の地位の観点から一層具体化したものと解されています。
(忠実義務)
引用元:会社法
第三百五十五条 取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。
監視義務違反(会社法362条2項2号)
監視義務は、取締役会設置会社において、代表取締役以外の取締役が代表取締役による業務執行に対して適切な業務執行がなされているかどうかを監視すべき義務をいいます。
社外取締役も、取締役会の一員として負う義務であり、日常業務に携わらない場合で取締役会に表れない事項であっても監視義務の範囲として広く負う義務とされます。代表取締役以外の取締役が、代表取締役の独断専行的なかじ取りで生じた責任を問われる場合が監視義務違反の典型例です。
(取締役会の権限等)
引用元:会社法
第三百六十二条 取締役会は、すべての取締役で組織する。
2 取締役会は、次に掲げる職務を行う。
一 取締役会設置会社の業務執行の決定
二 取締役の職務の執行の監督
三 代表取締役の選定及び解職
3 取締役会は、取締役の中から代表取締役を選定しなければならない。
4 取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。
一 重要な財産の処分及び譲受け
二 多額の借財
三 支配人その他の重要な使用人の選任及び解任
四 支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止
五 第六百七十六条第一号に掲げる事項その他の社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項
六 取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
七 第四百二十六条第一項の規定による定款の定めに基づく第四百二十三条第一項の責任の免除
5 大会社である取締役会設置会社においては、取締役会は、前項第六号に掲げる事項を決定しなければならない。
取締役が負う可能性がある様々なリスク回避の手段section
上記で述べたような役員等の立場から負う様々な責任負担のリスクを回避・ヘッジする手段には様々あります。ここでは、会社法上のものとして3つ紹介していきます。
責任・リスクの免除対応
責任(を負うというリスク)をなくすものとしては、責任自体を免除してもらうことが考えられます。会社法上は、総株主の同意による責任の免除があります(424条)。
(株式会社に対する損害賠償責任の免除)
引用元:会社法
第四百二十四条 前条第一項の責任は、総株主の同意がなければ、免除することができない。
責任の範囲・賠償額を限定する
全部ではなくても、責任・賠償額の範囲を限定することも考えられます。特に任務懈怠責任について、対象の役員が善意かつ重過失がない場合に、最低限責任を負うべき額(最低責任限度額)を除いた限度において一部免除してもらうことができます(会社法425条)。
これは、総株主でなくても、株主総会の特別決議を経ることで認められます。また、似て非なるものとして、責任限定契約というものがあります(427条)。
(責任限定契約)
引用元:会社法
第四百二十七条 第四百二十四条の規定にかかわらず、株式会社は、取締役(業務執行取締役等であるものを除く。)、会計参与、監査役又は会計監査人(以下この条及び第九百十一条第三項第二十五号において「非業務執行取締役等」という。)の第四百二十三条第一項の責任について、当該非業務執行取締役等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、定款で定めた額の範囲内であらかじめ株式会社が定めた額と最低責任限度額とのいずれか高い額を限度とする旨の契約を非業務執行取締役等と締結することができる旨を定款で定めることができる。
これは、同じく任務懈怠責任に関わる場合で対象の役員が善意かつ無重過失の場合に、予め定款で定めた金額か425条で定められる最低責任限度額のいずれか高い額を限度とするという内容の契約を締結するというものです。
補償と保険
賠償責任の金額などではなく、補償や保険でカバーするという考え方もできるでしょう。これが、この後詳述する会社との間の補償契約と、会社が役員等のために締結する保険契約に関する規定です。
[令和元年]会社法改正による補償契約及びD&O保険の明文化section
前で述べた「保険」によるリスクヘッジに関して、冒頭で触れたように、令和元年の改正会社法において明文化されました。ここでは、その内容と経緯について解説していきます。
改正により条文化された内容
改正により条文化された内容は、次の通りです(なお、会社法施行規則115条の2も参照)。
会社法第四百三十条の二 株式会社が、役員等に対して次に掲げる費用等の全部又は一部を当該株式会社が補償することを約する契約(以下この条において「補償契約」という。)の内容の決定をするには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。
引用元:会社法
一 当該役員等が、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用
二 当該役員等が、その職務の執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における次に掲げる損失
イ 当該損害を当該役員等が賠償することにより生ずる損失
ロ 当該損害の賠償に関する紛争について当事者間に和解が成立したときは、当該役員等が当該和解に基づく金銭を支払うことにより生ずる損失
2 株式会社は、補償契約を締結している場合であっても、当該補償契約に基づき、次に掲げる費用等を補償することができない。
一 前項第一号に掲げる費用のうち通常要する費用の額を超える部分
二 当該株式会社が前項第二号の損害を賠償するとすれば当該役員等が当該株式会社に対して第四百二十三条第一項の責任を負う場合には、同号に掲げる損失のうち当該責任に係る部分
三 役員等がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったことにより前項第二号の責任を負う場合には、同号に掲げる損失の全部
3 補償契約に基づき第一項第一号に掲げる費用を補償した株式会社が、当該役員等が自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は当該株式会社に損害を加える目的で同号の職務を執行したことを知ったときは、当該役員等に対し、補償した金額に相当する金銭を返還することを請求することができる。
4 取締役会設置会社においては、補償契約に基づく補償をした取締役及び当該補償を受けた取締役は、遅滞なく、当該補償についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない。
5 前項の規定は、執行役について準用する。この場合において、同項中「取締役会設置会社においては、補償契約」とあるのは、「補償契約」と読み替えるものとする。
6 第三百五十六条第一項及び第三百六十五条第二項(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)、第四百二十三条第三項並びに第四百二十八条第一項の規定は、株式会社と取締役又は執行役との間の補償契約については、適用しない。
7 民法第百八条の規定は、第一項の決議によってその内容が定められた前項の補償契約の締結については、適用しない。
これは、会社が役員等のために、特に法令違反が疑われたり、責任の追及に関する請求に対する「対処のための費用」と、第三者に対する損害賠償請求を受けて実際に賠償する責任を負う場合における損失を補償することを内容として締結される、会社と役員等との間の契約(補償契約)に関する規定です。
また、次の規定も定められました。
会社法第四百三十条の三 株式会社が、保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が塡補することを約するものであって、役員等を被保険者とするもの(当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令で定めるものを除く。第三項ただし書において「役員等賠償責任保険契約」という。)の内容の決定をするには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。
引用元:会社法
2 第三百五十六条第一項及び第三百六十五条第二項(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)並びに第四百二十三条第三項の規定は、株式会社が保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が塡補することを約するものであって、取締役又は執行役を被保険者とするものの締結については、適用しない。
3 民法第百八条の規定は、前項の保険契約の締結については、適用しない。ただし、当該契約が役員等賠償責任保険契約である場合には、第一項の決議によってその内容が定められたときに限る。
これは、冒頭で述べたいわゆるD&O保険に関する規定です。
内容としては、D&O保険契約を締結する場合の手続と、利益相反取引や自己契約的な視点からの整理を内容とするものです。手続に関しては後述します。
会社法改正の経緯
補償契約は、従前の制度のもとであっても、一定の場合に認められるものとされていました。一方で、会社法上明文の規定がなく、ステークホルダーとの利害調整も必要であると考えられるところ、補償の範囲や必要な手続に関しての解釈が確立していませんでした。
また、D&O保険についても、従前に保険会社を中心に保険商品として流通していましたが、会社が役員等のために保険契約を締結する場合には、補償契約に関するものと同じような問題点がありました。
そこで、会社法上、補償の内容や手続等について明確に定められるに至りました。
D&O保険の導入にあたり必要な手続section
D&O保険を導入するには、どのような手続が必要となるのでしょうか。ここでは、会社法上の手続と、公開会社等における開示手続について解説します。
会社法上の手続
会社法上の手続としては、株主総会での普通決議か、取締役会設置会社では取締役会での決議が必要となります(430条の3第1項)。
また、特に取締役会決議による場合、対象の役員は、特別利害関係人にあたるため、基本的な考え方としては、決議において除外して行うことに留意が必要です(369条2項)。
なお、利益相反取引に関する規定などは適用されないものとされています(同条第2項)。
開示手続
D&O保険を締結する場合、事業報告における開示が必要となります(会社法施行規則121条の2)。
開示内容としては、①被保険者の範囲と②保険契約の概要を示す必要があります。
後者の②について、被保険者である役員等が保険料を割合的な一部負担する内容の契約である場合には、その負担割合について記載する必要があります。また、免責との関係で、補償の対象となる事故等の範囲について、重要な点を理解するために必要な事項についても開示する必要があります。
※重要な点の意義は、問題となりますが、免責の範囲などから保険契約における補償の有無をわける線引きなどが考えられます。
まとめ
最後に、本記事の内容を3点にまとめます。
- D&O保険は、令和元年の改正会社法におけるポイントの1つであり、会社による役員等の損害賠償責任に関する補償契約と並んで、役員の業務執行における委縮排除の要素として重要である。
- D&O保険には様々な活用のケースがあるが、責任発生の起こりやすさと発生する可能性のある賠償額の大きさなどを十分に考慮する必要がある。また、会社の業種・業態によって、どのような賠償リスクがあるかを検討することが重要である。
- D&O保険を導入する際には、様々な手続が必要となるため、注意が必要である。また、会社法上の他のリスクヘッジの手段と比較検討することも重要である。
参照:東京海上日動|D&O保険