一般企業において、「役員」にあたるポジションで思い浮かべるのは、いわゆるボードメンバーである取締役です。会社法上は、取締役のほかにも、監査役、会計監査人、会計参与なども含まれます。近時では、このような役員に加えて、「執行役員」の制度もあります。執行役員も、企業における事業推進のため、重要性を占めています。
この記事では、執行役員について、取締役との違いに焦点を当て、企業における役員の意義から、その位置づけ、役割、執行役員制度導入のメリット・デメリットなどを解説していきます。
- 執行役員を設置する場合、取締役は会社における業務執行の判断・経営上の意思決定を行うポジション、執行役員は取締役(会)における意思決定をもとに事業運営を遂行するポジションとしてそれぞれ位置づけられる
- 法的には、取締役は法定の「役員」である反面、執行役員は名称として「役員」ではあるものの一従業員としての地位である点に違いがある。もっとも、執行役員は、「重要な使用人」として、設置の際には経営上重要なポジションの人材選任として、取締役会での意思決定が要求される。責任の範囲などにも違いがある
- 執行役員を設置する際には、取締役との役割分担の明確性、人材のスキルやコミュニケーション力、事業執行における課題と設置の目的、インセンティブの設計などが重要である
企業における『役員』の意義とはsection
「役員」は、冒頭で述べた通り、取締役、監査役、会計参与の役職をもつ人物です。なお、会計監査人も、「役員及び会計監査人」または「役員等」としてセットになることもあります。
また、いわゆる任務懈怠責任に関する規定などでは、一定の場合に置かれる執行役も、「役員等」に含まれます。
第三百二十九条 役員(取締役、会計参与及び監査役をいう。以下この節、第三百七十一条第四項及び第三百九十四条第三項において同じ。)及び会計監査人は、株主総会の決議によって選任する。
引用元:会社法
2及び3 略
第三百三十条 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
第四百二十三条 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この章において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2から4 略
取締役とは
取締役は、会社の業務執行を行う機関です。前記の規定の通り、株主総会での株主の意思決定に基づき選任されます。
取締役会設置会社では、取締役で構成される会議体である取締役会で代表取締役が選定され(会社法362条2項3号(以下、法令名の記載がない限り、会社法の規定をいう。))、代表取締役が業務執行権限を有します(363条1項1号)。
他方、重要な経営上の意思決定に関しては、会社財産への影響が大きいことから、会議体を通じた意思決定が求められる形になっています(362条4項)。このように、取締役は、会社の業務執行について権能と責任がある役員です。
執行役とは
執行役は、指名委員会等設置会社において設置される役職です(402条1項)。取締役とは異なり、取締役会の決議により選任されます(同条2項)。また、所有と経営の分離が原則ですが、公開会社でない場合には例外が設けられています(同条5項)。
そして、執行役は、「取締役を兼ねることができる」(同条6項)ことから、論理的には取締役ではない立場の役職であることが明らかです。
すなわち、指名委員会等設置会社では、取締役は業務執行の権限がないのが原則とされています(415条)。他方で、執行役が業務執行権限を有します(418条2号)。
このように、執行役は、指名委員会等設置会社において特に設置される役職であり、取締役とは別個の位置づけとして、業務執行権限を有する立場の者をいいます。
執行役員とは
では、執行役員は、どのような役職でしょうか。
執行役員は、「取締役会の決定に従って、会社の業務執行に対する責任と権限を有する役職」のことをいいます(『執行役員/社外取締役』|用語解説 野村総合研究所)。
つまり、執行役員は、会社の業務執行の限りで権限と責任を有する役職であり、その点で執行役と共通する点があります。もっとも、執行役は指名委員会等設置会社という機関設計の場合に設置されるものであって、執行役員は、特にこれに限られません。
取締役と執行役員の位置づけsection
取締役と執行役員の位置づけについて整理していきます。
取締役と執行役員の役割
取締役は経営・業務執行における「判断・意思決定及び業務執行」について権限を有する一方、執行役員は、業務執行にのみ権限と責任があります。
ゆえに、取締役と執行役員は、権限と責任の範囲が、経営上の判断・意思決定そのものに関わるか、執行部分のみに限られるかという点に違いがあり、役割分担がなされているのです。
経営上の位置づけ
執行役員を設置する場合、取締役は業務執行の部分については役割の重複が生じることになるので、取締役は、その部分を執行役員に委譲することができます。
その結果、取締役は、経営判断・意思決定に対して焦点を当てることができます。そして、個々の業務執行を遂行すること・それに伴う判断は執行役員に委ねられます。
なお、執行役員は、業務執行について一定の裁量はありますが、あくまで取締役会での判断や方針に基づく範囲に限られます。そのため、経営上は、組織の中での上級中間管理職ポジションともいうべき立場であるといえます。
会社法上の位置づけ
取締役
取締役は、すでに述べた通り、会社の業務を執行する機関・役員としての位置づけです。
業務を「執行する」というのは、業務執行における前提となる経営判断・意思決定を軸とするものです。また、各部署に対する指揮監督も含みます。
そして、取締役には、前記の通り委任に基づく関係から、善管注意義務があります(330条、民法644条)。取締役が善管注意義務に反する業務執行により会社に損害を与えた場合には、任務懈怠に基づく損害賠償責任が発生します(423条1項)。
※善管注意義務違反の認定には、判例上、経営者のビジネスジャッジに対する委縮効果を防ぐため、経営判断の原則により善管注意義務違反の発生すべきケースに絞りがかけられています(最判平成22年7月15日判例時報2091号90頁)。
このように、取締役は、業務執行権限を有すると共に、具体的な法的義務及び責任を伴う立場として位置づけられます。
執行役員
執行役員は、取締役とは異なり、会社法上何ら定めはありません。つまり、法律上定められる「役員」には含まれません。あくまで、会社との関係では、雇用契約に基づく一従業員です。
※業務委託契約など委任契約に基づく場合であっても、あくまで「従業員」としての位置づけです。
他方で、取締役または取締役会での意思決定・方針に従い、具体的に業務執行を行う立場の者であることから、会社法的には実務上「重要な使用人」として位置づけられると考えられます。そのため、基本的には、取締役会での決議を通じて選任されます(362条4項3号)。
そして、執行役員は、法律上の定めがない代わりに定款において任意に設置される役職・機関です。そのため、執行役員に関することは、定款の定めを前提に社内規程により細目が定められます。
執行役員制度についてsection
こうした執行役員制度は、どのような目的や背景があるのでしょうか。
執行役員制度の背景
日本での執行役員制度の始まりは、ソニーが1997年に実施したものであり、アメリカにおけるコーポレートガバナンスの仕組みの一つを導入したものです(参考:『執行役員とは?取締役や執行役との違い、導入方法やメリット・デメリットを解説』|AIDEM)。
取締役は、日々様々な取引や経営上の判断を行います。そして、業務執行を行うためには、経営陣の中で意思決定した事項を事業部に反映し、指揮監督を行っていく必要があります。
他方、事業が拡がるほど、取締役が業務執行状況の分析や他社との競争力を高めていくための施策などに際しても検討の幅が広がり、より大局に立った経営戦略と判断が必要となります。その結果、事業部に対する細かな指揮監督・コントロールを遂行するには限界が生じてくるのです。
そこで、取締役がより経営戦略の構築や判断などの大局的な判断にフォーカスし、経営を合理化するための仕組みとして、事業運営・指揮監督を委譲できるようにするため、執行役員というポジションが設置されました。
執行役員制度の目的
上記のような背景から、執行役員制度の目的は、取締役が経営面、執行役員には事業運営として役割分担を図ることにあります。
このような役割分担を明確にすることで、取締役が、経営判断という本質的な役割にリソースを集中させることができるため、経営の合理化に資すると考えられます。
経営における組織づくりの考え方として、執行役員制度は、大手企業・上場企業に限らず、未上場のベンチャー企業や中小企業でも採り入れるケースが広がっています。
執行役員制度を導入する3つのメリットsection
ここで、執行役員導入のメリットについて、いくつか整理していきます。
最大のメリットは、繰り返し述べている通り、事業運営の側面における取締役の負担軽減を通じて、経営判断とその前提となる業務執行状況の分析、KGI・KPIの最適化に集中することができることにあります。
そのほかに、次の3つのポイントが挙げられます。
細部の意思決定に対する迅速性確保
取締役が従業員から現場レベルの問題や相談内容を把握し、判断や意思決定を行って対応することも重要である一方、取締役としては、他に注力すべき事項との調整が避けがたいところです。
そのため、すべての案件に対応しようとすると、迅速に対応することができないおそれがあり、判断の遅れにつながります。ひいては、顧客対応における満足度が下がりサービスへの評価が低下することになりかねません、
そこで、現場レベルの指揮監督や、日常業務において定型的に発生する相談事項に対する判断を執行役員が行うことにより、事業運営が円滑になり、迅速性につながると考えられます。
エスカレーションの円滑さ
1点目にも関連しますが、問題が発生した際のエスカレーションフローが円滑になるというメリットも挙げられます。
現場で何らか顧客とのトラブルなどが発生した場合、取締役まで誰がどのように報告や相談を行うのか、取りまとめや対応の責任者が不在だと、まとまりがつかなくなるおそれがあります。
事業部ごとの責任者に集めて、それを取締役までエスカレーションするにしても、分類やリスク判断まで整理されておらず、非効率なフローになることも考えられます。そこで、報告・相談事項について、全体を統括する執行役員を設置することにより、社内の情報共有、報告・相談事項について優先順位がつけやすくなります。
その結果、社内でのエスカレーションのフローが明確になり、スピーディーな処理が可能になるのです。
経営人材の育成ポストとしての活用
別の観点として、執行役員は、次の経営人材の育成ポストとしても有効活用することができるメリットがあります。
執行役員は、中長期的な視点での経営判断を現在執行の事業のフロントで実行できるような形に咀嚼して反映する役割を担っています。それ自体経営上重要であるとともに、執行役員の人材は、自然と経営者の視点や考え方を吸収しつつ、現場で運用するための課題や施策を実行していく経験を得ることができます。
その過程で、まさに事業の現場における課題抽出と、経営状況を踏まえ、経営戦略をどのように策定していくかという思考の往復をすることにつながり、経営者のスキルや思考や養われていきます。そのため、経営者の育成のために、執行役員を設置するメリットもあり、人材育成の好循環を生みやすくなるのです。
執行役員制度導入のデメリットsection
では、執行役員を導入する際のデメリットは、どのようなものが挙げられるでしょうか。
経営陣と現場の距離感が増すリスク
1つは、現場の従業員と経営陣との間で、問題意識や課題感に齟齬が生じたり、人間関係としての距離感を生むリスクがあるということです。
基本的には、経営層とのコミュニケーションが執行役員を介して行われるようになるため、現場の従業員が直接経営層の思考や考え方に触れる機会が少なくなります。その結果、従業員が経営層の方針や施策に疑問を持つこともあります。
もっとも、上記のリスクは、執行役員のコミュニケーション力や、経営層と従業員とが関わりを持つ機会を設定する(例えば、全社的なMTGを持つ機会を増やす、シャッフルランチの機会を活用する)などにより軽減することが考えられます。
ほかの役職との線引きのあいまいさ
執行役員は、事業部ごとの部長などとの中間管理職との役職、役割分担のあいまいさから、どのような事項について判断を要し、立ち回りをすればよいのかが分からず、その機能を果たしきれなくなるリスクもあります。
小規模であったり、展開している事業が絞られている場合、事業部長と経営層とのコミュニケーションに障害がないのであれば、執行役員を置くことがエスカレーションのフローとしてむしろ非効率になると考えられます。
事業部が現場の事業運用や施策の実行面でリソースが手一杯になる場合は、事業部長の相談事項に対応する立場として、執行役員を設置する効果があると考えられます。
そのため、ほかの役職における運営状況を踏まえて、線引きを明確にすることが重要といえます。
執行役員への様々な負担の集中
執行役員は、経営層からみると事業運営を行ってもらうという役割分担がある一方で、現場の従業員の視点からは、現場の課題感や悩みどころを経営層に最適な形で伝達する役回りもあることから、職務のみならずコミュニケーション面での負担が集中します。
そのため、様々「板挟み」にさせるリスクがあることは、デメリットといえます。執行役員との間では、そうしたコミュニケーション上の負担の軽減策をセットで考えていくことが重要であるといえるでしょう。
執行役員を設置する際のポイント5つsection
執行役員を設置する場合、どのような点に留意すべきでしょうか。5つご紹介していきます。
取締役との役割分担の明確性
執行役員の制度の趣旨と関わりますが、取締役との役割分担を明確にすることが重要です。
事業運営・業務執行を任せるといっても、内容は多岐にわたります。
複数の事業や、事業部単位ごとの組織が複雑である場合などは、どのような事項について執行役員の判断で業務を進めるのか、またはどの事業全体に与える影響・リスクがあるものについて経営陣へのエスカレーションを要するのか、明確にしておくことにより執行役員の機能が果たされると考えられます。
経営陣との相性
2つ目は、経営陣との相性です。これには、事業に対する理解や、事業運営の中で様々な難局に対峙して変化に対応してきたかなど、様々な要素があると考えられます。
基本的には勤続年数など、年功序列のような形で経験重視になる側面があります。他方で、社内での経験のみが基準になるのではなく、候補となる人材の前職での経験やキャリアの中で、どの程度経営層に近しい思考ができるのかどうか、人柄・人望の厚さなども考慮要素になるといえます。
コミュニケーション力
3つ目は、2点目とも関連しますが、コミュニケーション力です。2点目では主に経営層とのコミュニケーション等の視点でしたが、ここでは、現場の従業員とのコミュニケーション力です。
執行役員は、単に取締役の方針や意思決定に従って、「言われたことを実行する」ような仕事のみならず、現場の社員から上がってくる課題や顧客の意見などを吸収し、経営層に最適な形でエスカレーションし、あるいはより有効な経営施策にするための提案を行うことが求められます。
いずれの視点でも、現場の従業員とのコミュニケーションとして、傾聴力や信頼関係を構築する能力が求められると考えられます。
人材としての育成戦略、キャリアビジョンとの合致
4点目に、執行役員の候補人材にとって、能動的に取り組むことができるようなものであること、キャリアビジョンと合致していることが求められます。
執行役員を将来の経営層のポストとして見据える場合には、会社の事業に対する理解の深さがあり、コミットメントが高い人物であることが望ましいといえます。なぜなら、マルチキャリアで、現場のタスクや課題遂行にのみ関心があるような人材である場合は、離職の可能性や社内での求心力を得ていくことが容易でないといえるからです。
キャリアビジョンとして、その会社の中で事業を発展させ、経営の舵を取っていく視点があるかどうかが、人材選定にあたって重要と考えられます。
インセンティブの設計
5つ目に、インセンティブです。執行役員としての高いパフォーマンスを発揮させるには、やはり報酬面での考慮も重要です。
例えば、何か会社として重要ない経営目標(IPOなど)を立てた上で、それを達成した場合の報酬への還元をすることなど、ゲーミフィケーションとして有効な施策であると考えられます。
やり方としては、ストックオプションの設定が典型的なものとして考えられます。近年では、ベンチャー企業でも導入が広がっており、おすすめです。
まとめ
最後に、本記事のポイントを3つにまとめます。
- 執行役員を設置する場合、取締役は会社における業務執行の判断・経営上の意思決定を行うポジション、執行役員は取締役(会)における意思決定をもとに事業運営を遂行するポジションとしてそれぞれ位置づけられる
- 法的には、取締役は法定の「役員」である反面、執行役員は名称として「役員」ではあるものの一従業員としての地位である点に違いがある。もっとも、執行役員は、「重要な使用人」として、設置の際には経営上重要なポジションの人材選任として、取締役会での意思決定が要求される。責任の範囲などにも違いがある
- 執行役員を設置する際には、取締役との役割分担の明確性、人材のスキルやコミュニケーション力、事業執行における課題と設置の目的、インセンティブの設計などが重要