「今朝、突然退職代行業者から連絡があり、どう対応すればよいか分からない」
「部下が何の前触れもなく退職代行を使い、社内が混乱している」
このような状況に直面し、困惑している人事担当者や管理職の方は少なくありません。
退職代行サービスの利用は年々増加しており、株式会社マイナビの調査によれば、2021年に16.3%だった利用率は2024年上半期には23.2%まで上昇し、約4社に1社が退職代行による退職を経験している状況です。
本記事では、退職代行を使われた際の法的リスクを回避する即日対応手順、実務的な手続きの完全チェックリスト、そして再発防止のための組織改善策まで、労務実務の観点から徹底解説します。
退職代行が使われた時の初動対応
退職代行からの連絡を受けた最初の24時間の対応が、その後のプロセス全体を左右します。
感情的にならず、法的リスクを回避しながら適切に対応することが重要です。
電話による場合
退職代行業者からの連絡は、多くの場合電話で行われます。突然の連絡に驚くかもしれませんが、以下の手順で冷静に対応しましょう。
①連絡を受けた日時を正確に記録する
- 後の手続きで重要な証拠となります
- 退職日の起算点になる可能性があります
②相手の名前・所属・連絡先を確認する
- 業者名(会社名・事務所名)
- 担当者の氏名
- 電話番号、メールアドレス、住所
- 弁護士の場合は弁護士登録番号も確認
③該当従業員の氏名・所属を確認する
- フルネームと所属部署
- 社員番号(可能であれば)
- 在籍確認
④会話内容を記録する
- 可能であれば録音(事前に相手に告知)
- 録音できない場合は詳細なメモを取る
- 退職希望日、退職理由(言及があれば)などを記録
⑤即答を避け、確認後に折り返す旨を伝える
- 「内容を確認し、改めてご連絡します」
- 「社内で検討の上、○日以内に回答します」
- 折り返しの期日を明確にする
退職代行業者との電話では、次の点に注意が必要です。
民法第627条第1項により、期間の定めのない雇用契約の場合、労働者は退職を申し出た日から2週間で退職できるとされています。そのため、電話を受けた日が退職手続きの起算点となる可能性があります。
また、退職代行業者の種類(弁護士、労働組合、民間業者)によって対応できる範囲が異なるため、初期段階で相手の身元を正確に把握することが極めて重要です。
弁護士法第72条では、弁護士でない者が報酬を目的として法律事務を行うことを禁止しています。
もし、退職の意思を伝えるということのほかに、未払賃金の交渉など法律上の債権債務関係に関わることを具体的に交渉してきた場合には、弁護士会や警察に相談することも考えられます。
書面、メールによる場合
退職代行からの連絡が書面(郵送)やメールで届く場合もあります。
特に弁護士による退職代行の場合、内容証明郵便で通知が送られることが一般的です。
書面・メール受領時の対応手順
①受領日時を記録する
- 郵便物の場合は消印日と受領日
- メールの場合は受信日時のスクリーンショット
- これらが退職意思表示の日付となります
②書面の内容を精査する
- 送信者の身元情報(弁護士事務所、労働組合、民間業者)
- 対象従業員の特定情報
- 退職希望日
- 具体的な要求事項(有給消化、未払賃金請求など)
- 委任状の有無
③原本を保管し、コピーを作成する
- 原本は改変できない状態で保管
- 関係部署への共有用にコピーを作成
- データの場合はバックアップを複数取る
④社内関係者への共有
- 人事部門責任者
- 対象従業員の直属上司
- 必要に応じて経営層
- 顧問弁護士(法的問題が含まれる場合)
⑤回答期限の確認と対応計画の策定
- 相手が指定する回答期限の確認
- 社内での検討・決裁に必要な時間の算出
- 回答方法(書面、メール)の決定
内容証明郵便で届いた場合の特別な注意点
弁護士から内容証明郵便で通知が届いた場合、未払賃金請求や損害賠償請求などの法的請求が含まれている可能性が高くなります。この場合、以下の対応が必要です。
- 直ちに顧問弁護士に相談する
- 請求内容の法的妥当性を検討する
- 社内記録(勤怠記録、給与台帳など)を精査する
- 回答書の作成を専門家に依頼する
メール対応の注意点
メールでの連絡の場合、以下の点に留意します。
- 送信元のメールアドレスが正当なものか確認(フリーメールでないか、ドメインは正式なものか)
- 添付ファイルがある場合はウイルスチェックを実施
- 返信は必ず記録が残る形式で行う(社内メールシステムから送信、BCCで記録用アドレスを入れるなど)
- 感情的な表現を避け、事実ベースで簡潔に返信する
退職代行の形態(事業者)ごとの対応
退職代行サービスは運営主体によって「弁護士」「労働組合(ユニオン)」「民間業者」の3つに分類され、それぞれ法的な権限と対応できる業務範囲が大きく異なります。
適切な対応をするためには、まず相手がどの形態かを見極めることが重要です。
退職代行業者
民間の退職代行業者に法的に認められているのは、「従業員本人に代わって退職の意思を会社に伝えること」のみです。具体的には以下の行為に限定されます。
- 退職届の提出代行
- 退職意思の伝達
- 会社からの質問に対する本人への取次ぎ
- 書類の受け渡しの仲介
逆に、次のような行為は、使用者及び被用者の間の法律上の債権債務関係に関わる紛争における交渉として弁護士の資格独占業務となります。
これらは、弁護士法上、非弁行為として違法とされ刑事罰(2年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金)の対象です。
- 退職日の調整・交渉
- 有給休暇消化の交渉
- 未払賃金・残業代の請求
- 退職金の交渉
- その他の退職条件に関する交渉
具体的な対応の仕方ですが、ポイントは次のとおりです。
退職意思表示は受理する
従業員本人の退職自体は自由であることから、意思表示自体は有効です。民間業者経由であっても退職届の受理を拒否することはできません(拒否したとしても、法的には退職を無効にすることはできません。)。
交渉には応じない旨を明確に伝える
一方で、退職に関わる条件などについての交渉に対して、退職代行業者との間で行う必要は無いことから、その場での交渉を拒否することは可能です。
- 「退職の意思は承りましたが、条件交渉は弁護士資格または労働組合を通じてでなければ対応できません」
- 「非弁行為に該当する可能性があるため、交渉には応じられません」
これはは、可能な限り書面またはメールで明確にして客観的に保存できる形に残すことが重要です。
本人との直接やり取りについて
退職に向けて話を進めるとしても、本人と直接やり取りができないと伝言ゲームになり細かい指示や伝達が難しいこともあります。そこで、本人と直接連絡をすることも考えられます。
一方、本人が会社との連絡自体を拒絶する場合、代行業者が手続き面の必要事項のやり取りを含め連絡窓口となることも少なくありません。
その場合は、無理やり本人に対し連絡をすることも得策ではないので、粛々と代行業者とやり取りする形が無難でしょう。
労働組合(ユニオン)
退職代行ユニオンとは、企業規模が小さく社内に労働組合がない場合に、労働者が個人で加入できる外部の労働組合の一種です。様々な形態がありますが、本記事では割愛します。
ユニオンの場合、労働組合法上、組合員である労働者に関して使用者と下記のような交渉をすることが認められています。
- 退職日の調整交渉
- 有給休暇消化の交渉
- 未払賃金の請求交渉
- 退職条件全般の交渉
このように、民間の退職代行業者に比べて、こうした交渉も一応可能であることから、労働組合を活用した退職代行も多く利用されています。なお、交渉以上のことはできないため、裁判所などを絡めた法的な手続については、認められていません。
いずれにしても、労働組合の交渉は法律上定められた労働者側の権利であるため、感情的に対応したり、不当に拒否したりすることは避けなければなりません。
一方で、企業側にも正当な主張をする権利があります。無理な要求には「〇〇という理由により、ご要望にはお応えできません」と明確に理由を示して断ることが可能です。
ユニオンからの交渉を受けた場合の対応ポイントは、次のとおりです。
労働組合の適格性を確認する
- 組合の正式名称、所在地、代表者名
- 当該従業員が組合員であることの確認
- 委任状の提示を求める
団体交渉に応じる
- 交渉日時・場所の調整
- 会社側の出席者の決定(人事責任者、必要に応じて顧問弁護士)
- 交渉事項の事前確認
誠実に交渉する
- 合理的な理由なく拒否しない
- ただし、不当な要求には応じる必要はない
- 交渉内容は議事録として記録する
合意事項を文書化する
- 口頭での合意は後でトラブルの原因となる
- 協定書・合意書として文書化
- 双方が署名・捺印する
弁護士
弁護士による退職代行は、法的に最も広範な権限を持つ形態です。弁護士は、依頼者(退職する従業員)に代わって、以下のすべての行為を行うことができます。
- 退職意思の表示
- 退職条件の交渉(退職日、有給消化、退職金など)
- 未払賃金・残業代の請求
- 損害賠償請求(パワハラ等が理由の場合)
- 訴訟の提起と代理人としての活動
- 強制執行手続き
弁護士から退職代行の連絡があった場合、以下の認識に立って対応することが必要です。
- 法的に有効な代理人である
・弁護士は依頼者本人と同等の立場
・弁護士からの意思表示は本人からの意思表示と同じ効力を持つ - 交渉拒否は違法行為のリスク
・正当な理由なく交渉を拒否すると、民法上の不法行為に該当する可能性
・損害賠償請求を受けるリスクがある - 本人への直接連絡は厳禁
・代理人(弁護士)がついている場合、本人への無断連絡は代理権の侵害
・弁護士の同意なく本人に連絡することは避ける
具体的な対応ポイントとしては、次のとおりです。
弁護士資格の確認
- 弁護士登録番号の確認
- 所属弁護士会への照会(必要に応じて)
- 法律事務所の実在確認
委任状の確認
- 本人からの委任状の提示を求める
- 委任事項の範囲を確認
- 本人の署名・捺印の確認
自社の顧問弁護士に相談
- 特に法的請求(未払賃金、損害賠償など)が含まれる場合は必須
- 対応方針の協議
- 回答書の作成
書面でのやり取りを基本とする
- 電話での口頭合意は避ける
- メールまたは郵送で記録を残す
- 重要事項は内容証明郵便で送付
退職代行が使われた場合の確認ポイント
退職代行からの連絡を受けた後、手続きを進める前に確認すべき重要事項があります。これらを漏れなくチェックすることで、後のトラブルを防ぐことができます。
代行者及び対象従業員の本人確認
前章で述べた3つの形態(弁護士、労働組合、民間業者)のいずれかを確認します。確認方法は以下の通りです。
- 弁護士の場合: 弁護士登録番号、所属弁護士会、法律事務所の連絡先
- 労働組合の場合: 組合の正式名称、所在地、代表者名、組合員証の提示
- 民間業者の場合: 会社名、代表者名、所在地、連絡先
実在確認のため、こちらから電話をかけ直す、ウェブサイトで情報を確認するなどの方法を取ります。
退職代行が従業員本人からの正当な依頼であることを確認することは重要です。なりすましや嫌がらせの可能性を排除するため、以下の書類の提出を求めるのもよいでしょう。
- 委任状(本人の署名・捺印があるもの)
- 退職届(本人の署名・捺印があるもの)
雇用形態別の退職日
雇用形態によって、退職日の扱いが異なります。
正社員(無期雇用)の場合
民法第627条第1項により、「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する」ことが定められています。
つまり、退職の申し出があった日から2週間後が最短の退職日となります。
契約社員(有期雇用)の場合
有期雇用契約の場合、原則として契約期間の途中で一方的に退職することはできません。ただし、以下の場合は例外的に退職が認められます。
- やむを得ない事由がある場合(民法第628条)
- 契約期間が1年を超え、かつ契約開始から1年以上経過している場合(労働基準法第137条)
「やむを得ない事由」の具体例としては、以下のようなものがあります。
- 病気やケガによる就労不能
- 家族の介護が必要になった
- パワハラ・セクハラなどのハラスメント被害
- 労働条件の重大な相違
企業側は、退職理由が「やむを得ない事由」に該当するかを確認し、該当する場合は退職に応じる必要があります。該当しない場合でも、実務上は合意退職として扱うことが多いでしょう。
パート・アルバイトの場合
雇用契約の内容によって判断します。期間の定めがない場合は正社員と同様、期間の定めがある場合は契約社員と同様の扱いとなります。
有給休暇など未消化休暇
未消化の状態の有給休暇などがある場合は、その取扱いが問題となります。主な確認事項としては、次のものが挙げられます。
- 有給休暇の残日数
- 付与基準日と次回付与予定日
- 有給休暇消化の希望の有無
- 消化期間と退職日の関係
未消化の休暇がある場合にどのように消化すべきか、いくつかの方法があります。
そもそも全日数を消化した前提で退職日を設定して退職するケースが多く見受けられますが、一部のみ消化あるいは未消化で買取を希望する場合があり、実務上はそれに応じる形で処理することもあります。
- 全日数を消化して退職: 退職日までに有給をすべて使い切る
- 一部消化: 業務引継ぎなどのため一部のみ消化
- 未消化のまま退職: 買取の義務はないが、就業規則で定めがあれば買取
使用者には時季変更権(有給取得時期を変更する権利)がありますが、退職日が決まっている場合、退職日以降に変更することはできません。
つまり、退職前の有給消化は原則として拒否できないということです。実務的には、有給休暇が残っている場合、「有給休暇消化中」として扱い、最終出勤日と退職日を分けて管理します。
未払賃金等の有無
未払賃金、とりわけ残業代などはよくトラブルになる類型の1つです。主に整理すべきカテゴリーは次のものが挙げられます。
- 最終月の給与(締め日から退職日までの日割り計算)
- 未払残業代
- 退職金(制度がある場合)
- 未消化の有給休暇買取(制度がある場合)
- 通勤手当の精算(定期券の払戻しなど)
退職代行を使われた場合でも、実際に働いた分の給与などは、使用者として支払う義務があります。
勤怠記録を確認し、正確な労働時間と給与額を算出します。特に残業代については、後でトラブルにならないよう、慎重に計算することが重要です。
退職書類や雇用保険等の手続確認
退職に伴い企業側が労務対応として発行すべき書類や、取るべき手続があります。それらも漏れなく対応が必要です。
1.離職票(雇用保険被保険者離職票)
- 雇用保険に加入していた従業員に対して発行
- ハローワークへの届出後、発行される
- 失業給付の受給に必要
2.源泉徴収票
- その年の1月1日から退職日までの給与・税金を記載
- 退職後1ヶ月以内に交付する義務がある(所得税法第226条)
3.雇用保険被保険者証
会社が保管している場合は返却
4.年金手帳
会社が預かっている場合は返却
5.退職証明書
- 従業員から請求があった場合のみ発行義務がある(労働基準法第22条)
- 使用期間、業務の種類、地位、賃金、退職事由などを記載
社会保険についても、次のような手続を実施する必要があります。
- 健康保険・厚生年金保険の資格喪失届(退職日の翌日から5日以内)
- 雇用保険の資格喪失届(退職日の翌日から10日以内)
これらの手続きは退職代行の有無にかかわらず、法定期限内に行う必要があります。遅延すると罰則の対象となる可能性があります。
対象従業員の所属部署の状況
業務の引き継ぎなどの兼ね合いで、退職する従業員の所属部署の状況を確認することが必要です。
属人性が高かったり、専門性が高く要求される職種などにおいては、採用の緊急性を考慮して動く必要が出てきます。
- 担当業務の内容と範囲
- 進行中のプロジェクト
- 顧客・取引先との関係
- チーム内での役割
- 専門的知識・スキルの必要性
- 引継ぎの難易度
貸与品
従業員側から回収する必要がある貸与品も、非常に重要です。PCなどは情報セキュリティ観点で、かなりセンシティブになります。主に考えられるのは、次のとおりです。
- 健康保険証(最重要・早急に回収)
- 社員証・IDカード
- 名刺
- 制服・作業着
- 会社支給のPC・タブレット・スマートフォン
- USBメモリ・外付けHDD
- 業務用の鍵・セキュリティカード
- 社用車(ある場合)
- 業務資料・書類
- 顧客データ・社内データ
退職代行を利用している場合、対面での返却は難しいため、郵送での対応が一般的です。
- 返送先住所を伝える
- 着払いで送付を依頼(または元払いでも可)
- 配達記録が残る方法(レターパック、宅配便など)を指定
- 返却期限を設定(通常1〜2週間程度)
退職代行が使われた場合の検討ポイント
初動対応と確認事項を終えた後、実務的・戦略的に検討すべき事項があります。以下、詳しく解説していきます。
該当社員の所属部署と所管業務
退職する従業員の業務を詳細に洗い出し、影響度を評価します。
- コア業務: 顧客対応、重要プロジェクトなど
- 定型業務: 日常的なルーチンワーク
- 専門業務: その従業員にしかできない業務
- 共有業務: 他の従業員も対応可能な業務
影響度が高い業務から優先的に代替策を検討します。該当の社員に依存しない業務で、マニュアル化・仕組み化されているものについては、動かす人員のみで足りることからすぐに代替要員を確保することでカバーできるでしょう。
- 部署内での業務再配分
- 他部署からの応援
- 派遣社員・アルバイトの採用
- 外部委託の検討
- 新規採用の開始
ただし、特に、ナレッジや業務フロー上該当の社員がハブになっている状況がある場合には、すぐに代替要員を確保することも困難です。
そのような場合には、該当社員との交渉の中で、時限的な業務委託などで引継ぎを可能な限り実施するよう交渉するほかないでしょう。
クリティカルな引継ぎ事項の有無
引継ぎの法的義務について、結論から言えば、従業員には法的な引継ぎ義務はありません。就業規則に引継ぎに関する規定があっても、退職を希望する従業員に強制することは困難です。
どうしても引継ぎが難しい場合の対応は、どのようにすべきか、主な方法をご紹介していきます。
業務マニュアル・資料の確認
- 既存のマニュアルやファイルを精査
- メール履歴、業務日報などから情報収集
- 共有フォルダ・クラウドストレージの確認
同僚・上司からのヒアリング
- 業務の流れを知る人物から情報収集
- チーム内での業務共有状況の確認
取引先・顧客への確認
- 必要に応じて、取引先に状況を説明し、情報を得る
- 後任者の紹介と引継ぎ
システム・データの確認
- 業務システムのログ、履歴を確認
- 顧客管理システム、プロジェクト管理ツールなどを精査
退職代行が使われた事実の共有範囲
退職代行を使われた事実をどこまで社内に共有するかは、慎重に判断する必要があります。
本人の意思で、共有範囲を必要最小限にするよう求めがある場合もありますが、仮にそれが無かったとしても、共有のタイミング、内容、方法によって他の従業員の中で様々な憶測を生み、ネガティブな影響が出る可能性もあるので注意が必要です。
情報共有が必要となる範囲、方法及び内容について、基本的な視点として次のようなものが考えられます。
共有が必要な範囲
- 人事部門
- 直属の上司
- 同じ部署のメンバー(業務引継ぎのため)
- 経営層(影響が大きい場合)
共有方法と内容
- 事実のみを簡潔に伝える
- 退職理由については詮索しない・させない
- プライバシーに配慮し、個人情報は最小限にする
- 「○○さんが退職することになりました。業務の引継ぎについて協力をお願いします」程度の説明にとどめる
本人への直接連絡について
原則直接連絡は避ける
退職代行を使っているということは、従業員が会社との直接のやり取りを避けたいという意思表示です。この意思を尊重し、基本的には退職代行業者を窓口として対応します。
直接連絡が許容される場合
以下のような場合は、退職代行業者の了解を得た上で、本人に連絡することが許容される場合があります。
- 本人の利益に関わる重要事項(給与の過払い・未払いなど)
- 緊急の業務連絡(取引先からのクレーム対応など)
- 貸与品の返却方法の確認
ただ、緊急の業務連絡は、退職の意思表示後すぐに有給消化期間に入るなどの形になった場合、業務拘束性を与えるような連絡・やり取りは現実的にできないため、注意が必要です。
さらに、以下の点にも注意が必要です。
- 事前に退職代行業者に連絡の必要性を説明し、同意を得る
- メールや郵送など、記録が残る方法で連絡する
- 電話は避ける(録音がない場合、言った言わないのトラブルになる)
- 引き留めや説得は一切行わない
- 感情的な内容は含めない
問題のある事実関係を踏まえた交渉
退職代行を使われてしまった背景に、会社側に問題(ハラスメント、未払賃金、労働条件の相違など)がある場合、その対応が必要になります。退職自体の対応とは別に、法的な交渉などの対応が必要です。
パワハラ・セクハラが理由の場合
弁護士や労働組合から、ハラスメントを理由とした損害賠償請求がある場合、以下の対応が必要です。
事実関係の調査 | ・加害者とされる従業員からのヒアリング ・同僚からの証言収集 ・メール、チャット、録音などの証拠確認 ・過去の相談記録の確認 |
|---|---|
| 事実認定と責任の判断 | ・ハラスメントの事実があったか ・会社としての対応に問題はなかったか ・予防措置は適切だったか |
| 対応方針の決定 | ・事実を認め、謝罪・補償する ・事実を争う ・部分的に認め、和解する |
| 再発防止策の実施 | ・ハラスメント研修の実施 ・相談窓口の設置・強化 ・就業規則の見直し |
未払賃金請求の場合
残業代の未払いなどが請求された場合、以下の対応をします。
| 勤怠記録の精査 | ・タイムカード、業務日報などの確認 ・実際の労働時間の算出 ・残業代の計算 |
|---|---|
| 請求額の妥当性確 | ・相手の計算方法の確認 ・法的に正当な金額か検証 ・自社の計算との照合 |
| 支払いまたは交渉 | ・未払いが事実であれば速やかに支払う ・金額に争いがある場合は根拠を示して交渉 ・和解案の提示 |
未払賃金の存在が明らかな場合、放置すると遅延損害金(年14.6%)が発生し、さらに労働基準監督署から是正勧告を受ける可能性もあります。早期に適切な対応をすることが重要です。
退職代行が使われた場合のNG対応
感情的になったり、不適切な対応をしたりすると、法的リスクが発生し、さらなるトラブルに発展する可能性があります。そこで、退職代行が使われた場合のNG行動を理解しておきましょう。
代行業者に対して感情的な対応を取ること
「なぜ直接言ってこないのか」「非常識だ」「裏切りだ」といった感情的な言葉を退職代行業者にぶつけることは、以下のリスクを伴います。
- 交渉がこじれ、円満退職が困難になる
- 録音されている可能性があり、証拠として使われる
- SNSなどで拡散され、企業イメージが毀損される
- 感情的対応がハラスメントと認定される可能性
無理やりの引き留めや過度な直接連絡など
退職代行を使っている時点で、従業員の退職の意思は固いと考えるべきです。無理な引き留めは、以下の問題を引き起こします。
- 退職妨害と見なされる
- 従業員の精神的苦痛を増大させる
- 仮に引き留めに成功しても、モチベーションは低く、早晩再び退職する
- 他の従業員への悪影響(「この会社は辞めさせてくれない」という印象)
また、本人への過度な直接連絡、特に以下のような行為は厳禁です。
- 1日に何度も電話をかける
- 深夜・早朝の連絡
- 自宅への訪問
- 家族への連絡
- SNSでのメッセージ送信
懲戒解雇など不利益な措置の示唆
報復的措置の禁止
退職代行を使われたことに腹を立て、特に客観的な事実に基づく合理的な理由がない状況で、懲戒解雇など報復的措置を示唆・実行することは、労働契約法上無効となります。
他にも、退職金の定めがあるのに支払わない、退職を撤回しなければ損害賠償請求をするなどの強要罪に該当しうるような行為などは、違法ないし犯罪にあたるリスクもあるため、NGです。
もっとも、退職代行を使ったこと自体は懲戒事由にはなりませんが、以下のような場合は別途、懲戒処分を検討できる可能性があります。
- 在職中に重大な非違行為があった(横領、情報漏洩など)
- 無断欠勤が続いている(退職代行連絡前から)
ただし、この場合も以下の点に注意が必要です。
- 就業規則の懲戒事由に該当するか
- 懲戒処分の手続き(弁明の機会など)を経ているか
- 処分の相当性(懲戒解雇が妥当か)
実務上は、退職代行を使われた後に懲戒解雇に切り替えることは、報復と見なされるリスクが高く、推奨はできません。
精算すべき債務の放置
退職代行を使われた場合でも、発生した賃金は、会社として支払う義務があります。
- 最終月の給与
- 未払残業代
- 有給休暇買取(制度がある場合)
これらの支払いを拒否・遅延することは労働基準法違反となり、労働基準監督署から是正勧告を受け、特に未払い残業代の支払い拒否については最悪の場合は刑事罰(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)の対象となりえます。
退職に伴い発行すべき書類の発行拒否や遅延行為
以下の書類は、法律により発行が義務付けられています。
- 離職票(雇用保険法)
- 源泉徴収票(所得税法第226条、退職後1ヶ月以内)
- 退職証明書(労働基準法第22条、請求があった場合)
これらの発行を拒否したり、不当に遅延させたりすることは違法となります。
退職代行を使われた場合でも、通常の退職と同様に、速やかに必要書類を発行します。
- 社会保険の手続きは法定期限内に実施
- 離職票はハローワーク手続き後、速やかに送付
- 源泉徴収票は退職後1ヶ月以内に発行
- 退職証明書は請求があれば遅滞なく発行
退職代行が使われた場合によくある悩みと対応ポイント
実務上、企業側が直面する具体的な問題とその対応方法を解説していきます。
引継ぎが全くなされない
繰り返しになりますが、従業員には法的な引継ぎ義務はありません。就業規則に「退職時は業務の引継ぎを行うこと」と定められていても、これを強制することはできません。
実務的な対応策としては、次のような対応フローの設計と業務の仕組み化などの工夫により、もし突然いなくなったとしても、可能な限り大きく影響しない状態にしておくことが重要です。
| 既存資料からの情報収集 | ・業務マニュアル、手順書の確認 ・共有フォルダ、クラウドストレージの精査 ・メール、チャットの履歴確認 ・業務日報、報告書の確認 |
|---|---|
| 周囲へのヒアリング | ・同じ部署のメンバーから業務の概要を聞く ・上司から業務の全体像を把握 ・他部署で関連する業務をしている人から情報収集 |
| 取引先・顧客からの情報収集 | ・取引先に状況を説明し、現在の業務状況を確認 ・顧客から進行中の案件の詳細を聞く |
| システム・データの確認 | ・顧客管理システム、プロジェクト管理ツールのログ確認 ・業務システムの操作履歴 ・営業日報、活動記録 |
引継ぎを依頼することがやむを得ない場合でも、実務上、無償で対応を交渉することは難しいため、2週間から1か月程度の期間で業務委託契約を締結するなどして、報酬を設定して対応してもらうことが考えられます。
秘密保持を課せられる
退職代行業者から「退職の事実や理由について、社内外に一切口外しないこと」といった秘密保持を要求される場合があります。
この点について、労働者側から企業側に一方的に秘密保持義務を課すことはできません。ただし、以下の場合は配慮が必要です。
- ハラスメント等で従業員が精神的苦痛を受けている場合
- 退職理由が本人のプライバシーに深く関わる場合(病気など)
こうした秘密保持の要求に対する対応方針としては、次のような想定をしておくとよいでしょう。
合理的な範囲での配慮
- 退職理由の詮索や社内での噂話を防ぐ
- 必要最小限の情報共有にとどめる
- 本人のプライバシーを尊重する
過度な要求には応じない
- 「社内での業務引継ぎのため、一定の情報共有は必要です」と説明
- 法的義務(社会保険手続きなど)に基づく情報共有は避けられないことを伝える
秘密保持契約の検討
- 双方が合意できる範囲で守秘義務契約を結ぶ
- 「退職理由については双方とも第三者に開示しない」など
特に、秘密保持契約については、通常退職者との間で何らか誓約書を交わすことも実務上よくありますが、退職代行の場合も同様に適用していることを説明し、相互的に秘密保持を行う形で締結するのがフェアな進め方として妥当であると考えられます。
勤続中の出来事における損害賠償などを交渉してくる
特に弁護士から退職代行・交渉が行われた場合は、単に退職の意思表示ではなく、在職中のハラスメント、未払賃金、労働災害など何らかの法的紛争の存在を前提にするのが通常になります。
退職の意思表示だけで、高額な弁護士費用を支払うメリットがないためです。
この場合の対応の基本方針としては、次のように整理しておくのがよいでしょう。
| 顧問弁護士への相談 | ・法的な請求である以上、専門家の助言が不可欠 ・請求内容の法的妥当性を検討 |
|---|---|
| 事実関係の調査 | ・社内記録の精査 ・関係者へのヒアリング ・証拠資料の収集 |
| 請求の妥当性評価 | ・事実があったか ・損害額の算定は妥当か ・会社の責任範囲はどこまでか |
対応の選択肢としては、全面的に認める: 事実が明白で、会社側に明らかな落ち度がある場合、部分的に認め、和解: 事実関係に争いがあるが、訴訟リスクを避けたい場合、全面的に争う: 請求に根拠がない、または不当に高額な場合が考えられますが、自社の顧問弁護士などに相談し見通しを立てて検討するのが重要です。
上記に挙げたような類型の紛争では、大抵労働審判での決着になることが予想されますが、非常にタイトな準備期間で行う必要があり、申立てられる使用者側としては提起されてからの対応では間に合わないことがあります。
そのため、退職代行の背景や経緯的に、何らかの法的紛争が伏在していることが予見される場合、早い段階で法務と連携し、ひいては外部弁護士に相談して準備をすることが重要になります。
そして、セオリー的には、和解での決着が有効です。
早期解決による時間と費用の節減、訴訟リスクを回避し当事者間で収束しうる余地があるのであればその方が裁判所による判断でより不利益な認定がされてしまうリスクを抑えることができるためです。
貸与物が返還されない
健康保険証、社員証、PC、スマートフォンなどの貸与物が返却されない場合の対応です。
特に健康保険証は、資格喪失後に使用されると不正使用となり、後で大きなトラブルになります。最優先で回収が必要で、対応のイメージとしては、次のとおりです。
返却依頼の文書送付
- 返却が必要な物品のリスト
- 返却期限
- 返送先住所
- 返送方法(着払い可、配達記録付き推奨など)
再度の督促
- 期限を過ぎても返却がない場合、再度督促
- 内容証明郵便での督促も検討
どうしても健康保険証が返却されない場合、実務上以下の対応をすることが考えられます。
- 健康保険組合に「回収不能」として届出
- 保険証の無効化手続き
- 資格喪失証明書を本人に送付(国民健康保険加入のため)
人材紹介サービスを利用した採用の場合
人材紹介会社(就職・転職エージェント)経由で採用した従業員が早期に退職した場合、紹介手数料の返金が受けられる場合があります。
返金の条件や金額は、企業により異なりますが、概ねの相場としては以下のとおりです。
- 入社後1ヶ月以内の退職: 紹介手数料の80〜100%返金
- 入社後3ヶ月以内の退職: 紹介手数料の50〜80%返金
- 入社後6ヶ月以内の退職: 紹介手数料の20〜50%返金
注意すべきポイントが、返金の発生条件です。特に労働条件との相違の場合に除外類型とされている契約がよく見受けられますが、これは労働者側の主観が大きく影響する場合があり、認識の相違によることもあることから紛争のトリガーとなります。
契約締結時の段階で、退職代行が使用されたケースでどのような適用になるのかを確認の上、できる限り客観的に明確な基準で引けるものだけを返戻金除外事由とする形で交渉するのが良いでしょう。
退職代行が使われないようにするための対策3つ
退職代行を使われたという事実は、組織に何らかの課題があることを示唆しています。最後に、再発防止のため、根本的な対策を講じるためのポイントを3つ解説していきます。
退職相談先の設置
従業員が退職代行を使う理由の一つは、「直接退職を言い出せない」ことです。その背景には、以下のような職場環境があります。
- 上司に相談しにくい雰囲気
- 退職を言い出すと引き止められる、責められる
- 過去に退職した人が揉めた様子を見ている
- 人手不足で「辞めると迷惑がかかる」という圧力
そんため、直属の上司以外にも退職の相談ができる窓口を設置することがおすすめです。
窓口の運用においては、匿名相談での運用、守秘義務の徹底、相談後に所属部署での就業環境に還元するフォローアップの仕組みなどが重要になります。
上長を通じた定期的な状況把握
退職の予兆サインを見逃さないことが重要です。例えば、以下のような変化が見られた場合、早めにフォローします。
- 遅刻・欠勤が増える
- 会議での発言が減る
- 表情が暗くなる
- 同僚との交流が減る
- 業務のパフォーマンスが低下
これらのサインが見られたら、「最近どう?何か困っていることはない?」と声をかけ、継続的に話を聞く機会を設けます。
また、エンゲージメントサーベイの実施も、予防的な観点で重要です。定期的に従業員満足度調査を実施し、組織全体の状況を把握します。
年1〜2回の実施頻度で、匿名での回答ができる形で実施し、結果の分析と改善アクションの実施を行いましょう。
業務の属人化をなくすことと業務の透明化
特定の従業員にしかできない業務(属人化)は、その従業員が退職した際に大きな混乱を招きます。また、本人も「自分が辞めたら迷惑がかかる」というプレッシャーを感じ、退職を言い出しにくくなるでしょう。
逆説的ではありますが、専門性の高い業務を可能な限り最小限にし、作業ベースの業務や突然人員に穴が空いた場合の対応をマニュアル化し属人化を少なくすることが大切な視点です。
次のような視点で整理しておくとよいでしょう。
| 業務の標準化とマニュアル化 | ・業務手順書・マニュアルの作成 ・ナレッジの共有(Wikiやドキュメント管理ツールの活用) ・定期的な業務の棚卸しと見直し |
|---|---|
| 業務の可視化 | ・プロジェクト管理ツールの活用 ・タスクの進捗状況の共有 ・情報のクラウド保存(個人のPCではなく共有フォルダ) |
| チーム内での相互理解 | ・定期的な情報共有ミーティング ・業務のローテーション ・休暇時のバックアップ体制 |
まとめ
退職代行を使われることは、企業にとって突然の出来事であり、困惑と混乱を招くかもしれません。しかし、冷静に、法的に適切な対応をすることで、トラブルを最小限に抑えることができます。
完璧な組織はありません。重要なのは、問題が起きた時にそれを隠すのではなく、真摯に向き合い、改善していく姿勢です。退職代行を使われたことをきっかけに、「従業員が働きやすい、辞めやすい、そして長く働きたいと思える組織」を目指して、一歩ずつ改善を進めていきましょう。
従業員が「退職代行を使わなくても、安心して退職の相談ができる会社」。それが、真に健全な組織と言えるのではないでしょうか。















