上場において監査法人との協働は不可欠です。未上場段階、スタートアップからミドルステージ、レイターステージへと事業が拡大していく過程で事業への理解を深めつつ、上場審審査の実情に精通していることが重要です。
上場準備企業は、上場審査を確実にクリアしていくために、どのように監査法人を選定すればよいのでしょうか。
最も重要な要素は、監査法人が過去にどのような企業を監査したか、そしてその企業とどの程度の経験と専門知識を持っているかです。経験と専門知識がある監査法人を選ぶことで、企業の上場に必要な監査プロセスを円滑に進めることができます。
本記事では、上場準備企業における監査法人の選びからについて、一般論から個別的な注意点や選定の際のポイントまで幅広く解説していきます。
上場監査における監査法人の役割section
まず、上場審査において監査法人にはどのような役割があるのでしょうか。
ショートレビューによる上場までのロードマップ提示
上場準備における出発点として、ショートレビューがあります。監査法人が上場に向けた企業の課題を抽出するための調査を行います。具体的には、資料提供をもとにした精査、企業内でのヒアリングなどの実地調査、報告書の作成を踏まえ、社内体制の構築のアドバイスを行います。
ショートレビューの範囲としては、経営管理体制、予算管理、事業計画、内部管理状況、会計処理の体制、資本政策、関係会社や特別利害関係人の有無などです。
監査法人は、多岐に渡る企業組織や事業活動の内容について精査を行った上で、上場審査をクリアするまでに克服すべき課題とそこまでのロードマップ、おおよそのマイルストーンの提案を行う役割があります。その際に、効率的に全体像を示すことが求められます。
J-SOXなど内部統制監査対応
N-2からN-1期にかけては、J-SOXや内部統制監査に対する対応を行っていく役割が重要です。
J-SOXに関する詳細は、次の記事をご参照ください。
J-SOXに関しては、財務報告にかかる内部統制の評価や監査の実施です。
財務報告にかかる内部統制は、会計帳簿や計算書類、財務諸表に表れる数字や会計処理に直接関わるものだけではありません。業務の起点から決済処理がなされ、会計処理のフローとして数字として計上されるまでのプロセス全体に関わります。
不正会計のリスクや誤りが生じるリスクとそれが検知され是正されるリスクがあるかどうか、そしてそれが全社的に機能しているかどうかといった観点で行われるものです。
上場審査で重要な要素となる、上記のような財務情報に直接関わり影響するようなシステムや業務フローにおける監査対応において、監査法人が重要な役割を担います。
主幹事証券会社への対応
上場審査では、証券取引所による公開審査の前に、主幹事証券会社による引受審査が行われます。これと関連して、監査法人は、主幹事証券会社との対応を行う役割があります。
上記で述べたショートレビューなどを行った後、主幹事証券会社にコンフォートレターを提出します。コンフォートレターは、監査法人が上場をしようとする会社の株式や社債自体に関する情報のほか、企業の様々な情報についての調査報告書のことです。
日本証券業協会及び日本公認会計士協会の定める「監査人から引受事務幹事会社への書簡」要綱というものに準拠して作成されます。
監査法人には、広い意味での上場審査のプロセスである引受審査における橋渡し役としての役割もあるのです。
上場監査のための監査法人の選び方|比較検討ポイント7選section
上場監査を見据えた監査法人の選び方として、検討していく際のポイントを7つの視点をもとに整理していきます。
上場監査の実績
1つ目は、上場監査をこなしてきた実績です。
上場審査は、細かなポイントが多岐に渡って存在します。また、上場審査の基準も、昨今の動きにもみられるように、ビジネスの現場や経済環境の変化に応じて流動的であることから、そうした変化・流れを熟知している必要があります。
上場審査はルールベースになりつつあるところもありますが、本質的には、実務的で審査担当者との折衝を重ねる中で培われる経験が重要です。
そうした意味で、上場監査の実績が、比較検討の上でのポイントになるでしょう。
事業理解の速さと正確さ
2点目に、事業理解です。ポイントは、その速さ・効率性と正確さです。
ショートレビューでは、いち早くIPOに向けたロードマップの提示を行う必要があるため、上場申請企業の事業理解に素早くキャッチアップする必要があります。J-SOX対応では、いわゆる3点セットの作成もありますが、その際には、ある程度業界ごとに業務フローの類型性はあるものの、細かなビジネスモデルの違いによってリスクの所在、内容・性質にも違いが出てきます。
そして、それらによってIPOに向けた課題も異なると考えられます。そのため、事業理解に対する速さと正確さも、監査法人を選ぶ際のポイントであるといえるでしょう。
IPOのプロセスを熟知している
3点目に、IPOのプロセスを熟知している点です。
大枠のフレームワークを理解している点について、監査法人ごとでの差別化はさほどないと考えられます。一方、上場審査において、計画通りにうまくいかないこと、内部管理体制の構築に時間を要してしまい間延びすることも十分に想定されます。
そうしたトラブル、証券取引所から指摘されるポイントや支障が生じる点を熟知し、それに対してどのように軌道修正すべきかをフォローアップできるかどうか、リカバリー的な側面でのIPOプロセスへの対応を熟知していることも、検討の際のポイントになると考えられます。
会社の規模、監査費用
4点目、監査法人の料金も非常に重要な比較項目の一つです。
監査法人の料金を比較し、適切な価格でサービスを提供してくれる監査法人を選ぶことが重要です。日本公認会計士協会(JICPA)が毎年公表しているデータによれば、売り上げ区分における監査報酬は下記のようになっています。
監査契約におけるコスト面の柔軟性としても言い換えることができますが、会社の規模や予算に応じたコスト設定ができるかどうかという点もポイントです。
後ほど詳述しますが、上場における課題として、コスト面で上場監査にかけるコストの高さが挙げられます。そうした実情からも、会社の規模や予算との調整ができるかどうかはポイントになるでしょう。
人材のバックグラウンド
5点目に、人材のバックグラウンドです。
後で詳しく解説しますが、今後の上場審査実務では、財務情報における内部監査への対応における制度や効率性だけでは対応しきれないものがあります。非財務情報に関わる事柄が上場審査における関心事となっているからです。
主な項目としては、SDGs、ESG経営、GDPR、人権デューデリジェンス、DEIなど多岐に渡ります。こうした非財務情報に関わる点まで対応していくには、財務会計以外のバックグラウンドを有する人材が鍵になります。
大手監査法人にこだわりすぎない
6点目に、コスト面とも関わりますが、大手監査法人に固執しすぎないことも1つのポイントです。
1点目の経験や実績、人材の豊富さを考えると、やはり大手監査法人を選ぶ方が、確実性があります。他方で、コストを含めた全体最適を考える上では、会計Big4などの大手監査法人に固執すると迅速な上場準備を阻害することになるおそれもあります。
スピードを意識して、いち早く上場に向けた課題感を把握して準備を行うことを考えるのであれば、中小の監査法人選択することもポイントです。その際には、VCなどへの相談も考えられるでしょう。
非財務情報監査の実績
7点目に、非財務情報監査の実績です。
詳しくはこの後述しますが、近年では、非財務情報についてのチェックが重要視されています。大まかな項目は、SDGsなど先ほど述べた通りですが、そうした項目について監査を行い上場にこぎつけた実績があるかどうかという点も、1つのポイントになるでしょう。
近年の監査法人選びで求めたい実績は非財務情報section
近時では、企業活動において求められるスタンダードが変化しています。新型コロナウィルスの世界的な流行に伴うDXにもあるように、社会構造の変化に伴う社会全体の価値基準の変化が見られます。
上場審査においても、次のような非財務情報にかかる項目が重視されてきています。
SDGs(国連の持続可能な開発目標)
SDGs(Sustainable Development Goals)は、今や世界のあらゆる社会・経済活動における共通の価値観ないし基準として位置づけられます。世界的に著名な企業も、様々な形で取り組んでいます。
SDGsへの対応に関連して、上場企業においては基本原則以上の対応が求められるコーポレートガバナンス・コードにおいても、「サステナビリティを巡る課題への取組み」という項目で掲げられています。
そのため、SDGsに関しても、非財務情報の項目として掲げられます。
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)
TCFDとは、G20の要請を受け、金融安定理事会(FSB)*により、気候関連の情報開示及び金融機関の対応をどのように行うかを検討するため、マイケル・ブルームバーグ氏を委員長として設立された「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」のことをいいます(TCFDコンソーシアム|TCFDとは)。
コーポレートガバナンス・コードにおいては、特にプライム市場への上場企業に関する「サステナビリティを巡る課題への取組み」の要素たる項目の1つとして、TCFDが言及されています。(東京証券取引所|「ESG情報開示実践セミナー」改訂コーポレートガバナンス・コードとサステナビリティ 10ページ)
ESG
ESGは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3要素のことです、現代の企業経営における長期的な成長を支える要素として、この3つが掲げられ、日本でもこれが上場企業における評価指標の1つとして位置づけられます。
実際に、ESGをもとにした格付けが行われているほか(Japan ESG Select Leaders)、金融庁、GPIF、東証などにおいて上場会社におけるESG情報の開示事例が紹介されるなど、ESGを重視する動きがトレンドです(参照:日本取引所グループ|上場会社のESG情報開示事例)。
内部統制
内部統制に関しては、J-SOXで財務報告に関わる情報としての位置づけられるものがありますが、それだけにはとどまりません。財務情報の適切な開示に関わらず、企業における事業の適切な運用の上での非財務情報の側面として、内部統制は重要なファクターです。
内部統制は、様々なリスクに対してその内容と影響度などを正確に把握しつつ、リスクを排除するか、排除までは現実的に不可能であるが抑制するか、制御へのコストはかけず他の重要なリスクに対するコントロールにリソースをかけるかといった様々なリスクマネジメントに対するアクションの情報も、上場審査において重視されるポイントです。
事業継続計画
事業継続計画は、企業が自然災害、テロ攻撃、紛争などの大規模な緊急事態が発生した場合において、事業資産への損害を最小限にしつつ、中核となる事業の継続などを可能にするために予め取り決めておく計画のことをいいます(経済産業省|中小企業BCP策定運用指針1.1 BDP(事業継続計画とは))。
いわば、災害を想定した防災計画のようなものです。
現代は様々な事象が付き物で、事業活動を行う企業においてもそうした緊急時への備えが不可欠です。緊急事態・トラブル発生時に対するレジリエンスを持った事業活動ができるかどうかも、上場審査の際のポイントである非財務情報として位置づけられます。
他にもありますが、上記のような点に関心は高い一方、非財務情報に対する保証を完璧にやっている監査法人は少ないとされています。
監査法人の選任における主な課題section
上場監査に向けた監査法人の選任において、どのような課題があるのでしょうか。ここでは5つピックアップして解説していきます(参考:金融庁|株式新規上場(IPO)に係る監査事務所の 選任等に関する連絡協議会報告書 2020年3月27日 3頁)。
上場監査を引き受ける監査法人の減少
IPOを目指す企業は増加傾向にある一方で、上場監査におけるサポートの担い手となる監査法人自体の減少がみられている(監査を引き受けなくなる監査法人の増加)が指摘されています。
IPOを目指す企業が監査法人に対し上場に向けた相談をもちかけるタイミングの早さなどもあり、資金調達の必要性が低いと考えられる中でも監査法人のリソースを割かざるを得ないような状況が生まれていることも指摘されます。
監査契約のハードルの高さ
監査契約におけるコスト面でのハードルの高さも挙げられます。これには、上場企業における経営者の不適切取引が目立ったことや不正会計事案の発生を受け、監査の手続きが厳格になり、監査の工数が増えたことが1つの原因として指摘されています。
また、公認会計士がスタートアップ企業などにCFOなどのポジションで転職していくことで、監査法人内での人員不足が生じていることも挙げられます。
企業内の内部体制整備の遅れによるIPOの延期
監査法人がショートレビュー業務を受けるなどしてIPOに向けた準備に着手したにもかかわらず、企業側の内部管理体制の是正・改善の進捗が遅れたことで、上場が延期となることも課題とされています。
こうした延期によって、監査契約が断られるなどするケースがあるからです。
内部管理体制の構築のタイミングについての認識ずれ
監査法人は、本来は外部的なチェック業務を行うことを想定しているところ、ベンチャー企業の中には内部管理体制の構築を上場準備段階で行うものと認識している場合があります。こうした企業のケースでは、監査法人が内部管理体制の構築のためのコンサルティングのような点にまでアプローチすることが求められることがあり、リソースが足りなくなるといった事態が生じる課題があります。
上場した後の企業の状況
上場後の企業のフォローアップに対する対応からくる課題もあります。具体的には、上場後の企業が不祥事を起こし、あるいは業績数値が上場審査時の見込みと乖離することで、監査リソースがそうした企業へのフォローアップに割かれてしまう結果、将来上場を目指す他の企業にとっての上場監査のリソース不足を招くといった課題です。
このように、監査法人では、人的なリソースや物理的な業務上のリソース面での課題もあります。
監査法人の選ぶ際の候補例section
監査法人を選ぶ際の候補例としては、どのようなものがあるでしょうか。日本公認会計士協会は、様々な取り組みを行っています(日本公認会計士協会|監査法人によるIPO支援)。
例えば、大手や準大手監査法人の取組としては、①必要なリソースを適切に確保・配分すること、②専門的知見やノウハウの蓄積・集約とその効果的な発揮、③品質管理の向上に向けての組織体制等の見直しが挙げられます。
また、監査法人内のみならず他の公認会計士との間のナレッジ共有を図る企画として、研修会などを行っています。また、監査法人の候補の一例としては、次の表の通り整理できます。
大手監査法人 | 準大手監査法人 | 中小監査法人 |
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有限責任あずさ監査法人 | 仰星監査法人 | アーク有限責任監査法人 |
有限責任監査法人トーマツ | BDO三優監査法人 | RSM清和監査法人 |
EY新日本有限責任監査法人 | 太陽有限責任監査法人 | あおい監査法人 |
PwCあらた有限責任監査法人 | 東陽監査法人 | 監査法人アヴァンティア |
PwC京都監査法人 | アスカ監査法人 など |
監査法人選びに迷った際の相談先・専門家は?section
監査法人選びに迷った際には、どのような相談先や専門家がいるでしょうか。
日本公認会計士協会
先ほど述べた通り、まずは日本公認会計士協会が挙げられます。監査法人についての情報の中で、オフィシャルな形のものとしては、日本公認会計士協会のものが最適であるといえます。
VCや証券会社
ベンチャー企業の中でのコネクションとしては、VCや証券会社が考えられます。上場企業が持つCVCなどであれば、上場企業のコネクションを通じた監査法人の紹介を受けられる可能性があります。
また、上場を見据えて証券会社とのコネクションがあれば、証券会社からの紹介で監査法人の紹介を受けることも考えられます。
IPO人材に精通した企業
第三の選択肢としては、IPOに精通した人材を抱える企業も挙げられるでしょう。上場準備にかかる実務や現状にも詳しく、上場監査において必要な人材に関する知識を有していると考えられるからです。
弁護士専門の人材紹介NO-LIMITや、管理部門特化のBEET-AGENTには、法務人材を中心に、公認会計士の人材についても上場監査に精通した人材がいます。監査法人の選任に関するお悩みに対しても、様々な情報提供を行うことができます。
NO-LIMIT 弁護士の紹介に特化 | BEET-AGENT 法務・管理部門に特化 | |
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担当者のスキル | ||
IPO人材の紹介 | ||
エージェント | 両手型 | 両手型 |
人材プール | 弁護士・法務特化 | 法務・経営企画等 管理部門に特化 |
公式サイト | 公式サイト |
まとめ
最後に、本記事のポイントを3つにまとめます。
- 監査法人の役割は、主なものとして、ショートレビューによる上場までのロードマップ提示、J-SOXなどの内部監査への対応、主幹事証券会社への対応の3つが挙げられる。
- 監査法人を選ぶ際のポイントは、上場監査の実績やIPOのプロセスに精通していることのほか、事業理解の正確さとスピード、コスト面での合理性、そして今後は非財務情報についての監査への対応に精通していることもポイントである。
- 監査法人を選ぶ際には監査法人のリソースに関する課題もある。選任に迷った時は、日本公認会計士協会、VCや証券会社とのつながりを通じた紹介、IPO人材に精通した企業への相談が考えられる。