「常務取締役」「常務」という言葉を聞いて、どのような人を思い浮かべるでしょうか。特に役職に詳しくなければ、他の取締役や執行役員などとどう違うのか、明確に理解していないという方も多いかもしれません。
本記事では、主に常務取締役について解説していく。取締役に関する基礎知識と他の取締役との違いについても触れながら解説します。
取締役の定義とはsection
常務取締役は、「常務」と「取締役」に分解することができるが、まずは「取締役」から確認していく。
取締役の定義、就任する方法、責任などは、会社法第348条に基づいて定められている。取締役とは、会社の意思を決定する機関であり、全ての株式会社に必ず設置しなければならない。株式会社は所有と経営を分離するために開発された形式であるが、所有が株主、経営を任されているのが取締役である。
(業務の執行)
引用元:会社法第348条
第三百四十八条 取締役は、定款に別段の定めがある場合を除き、株式会社(取締役会設置会社を除く。以下この条において同じ。)の業務を執行する。
2 取締役が二人以上ある場合には、株式会社の業務は、定款に別段の定めがある場合を除き、取締役の過半数をもって決定する。
3 前項の場合には、取締役は、次に掲げる事項についての決定を各取締役に委任することができない。
一 支配人の選任及び解任
二 支店の設置、移転及び廃止
三 第二百九十八条第一項各号(第三百二十五条において準用する場合を含む。)に掲げる事項
四 取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
五 第四百二十六条第一項の規定による定款の定めに基づく第四百二十三条第一項の責任の免除
4 大会社においては、取締役は、前項第四号に掲げる事項を決定しなければならない。
取締役に期待される役割は主に以下の通りです。
- 会社の進む方向性を定める「決定機能」
- 決定したことを各部門などに指示し、実行に移す「執行機能」
- 執行が滞りなくされているかを確認する「監督機能」
- 不祥事などが起こらないように監視する「監査機能」
常務取締役とは?取締役との違いや地位section
まずは本テーマである、常務取締役について解説していく。
通常の取締役と何が異なるのか、根拠となる法令は何か、どのような人が常務取締役に就任しているのかなど、具体的な実例を挙げていこう。
常務取締役の選任規定
会社法に規定があるのは、取締役と代表取締役についてのみであり、常務取締役についての規定はない。代表取締役に就任するためには、取締役会設置会社においては取締役会決議にて選定される。
常務取締役は、会社法の規定ではなく会社の定款などに定められることが一般的である。常務取締役も代表取締役と同様に取締役会決議にて選任されることが多い。あくまでも株主総会での決議が必要なのは、「取締役」についてであり、代表取締役や常務取締役などの約付取締役は、取締役会にて選任される。
取締役との違い
取締役と常務取締役について、会社法上における違いはない。常務取締役は、取締役と同様の責任が生じており、会社との委任契約であることは何ら変わらない。
役付取締役が定款などによって定められている場合、取締役は「平取締役(ヒラトリ)」と表現されることもあるが、常務取締役はその上のポジションである。
一般的に常務取締役は、平取締役よりも高い役員報酬を得ることができる。平取締役を何年か経験し、会社に対してきちんと結果を出した者が常務取締役へ昇進できる。
取締役と執行役員の違いとは?
取締役と混同しやすいポジションとして「執行役員」が挙げられる。執行役員とは、取締役が意思決定した経営方針に対して、実際の業務執行を行う最終責任者である。執行役員は会社法による規定はなく、あくまでも社内ルールに従ったポジションであるという点で取締役とは明確に異なる。そのため、執行役員は取締役とは異なり従業員と同じ定義に含まれ、報酬体系も従業員と同様である。
常務取締役よりも上の地位は?
常務取締役よりも上の地位は、専務取締役、取締役副社長、代表取締役、代表取締役会長といったものが挙げられる。序列順に役付取締役を並び替えると以下のようになる。
- 代表取締役会長
- 代表取締役社長
- 取締役副社長
- 専務取締役
- 常務取締役
- 取締役
会社によって名称はさまざまであり、中には常務取締役や専務取締役がいない会社もある点は注意が必要である。例えば、トヨタの序列は以下のとおりになっている。
- 代表取締役会長
- 代表取締役副会長
- 代表取締役社長
- 代表取締役
- 取締役
取締役の役割は取締役会設置会社か否かでやや異なるsection
取締役会非設置会社の場合
全ての取締役に業務執行権と会社の代表権があることが原則である。取締役が複数いる場合、会社の業務執行に関する意思決定は取締役の過半数の賛成によって決定する。会社法では取締役会の設置が任意であるため、スタートアップなど設立年月が新しい会社は、取締役会非設置会社も珍しくはない。
取締役会設置会社の場合
取締役会の構成員として会社の業務執行に関する意思決定に参加する。会社の代表権は、「代表取締役」が有しており他の取締役は持っていない。基本的に取締役は、基本的に取締役は、会社の意思を決定する役割をもつ点が重要である。
(取締役会設置会社の取締役の権限)
引用元:会社法第363条
第三百六十三条 次に掲げる取締役は、取締役会設置会社の業務を執行する。
一 代表取締役
二 代表取締役以外の取締役であって、取締役会の決議によって取締役会設置会社の業務を執行する取締役として選定されたもの
2 前項各号に掲げる取締役は、三箇月に一回以上、自己の職務の執行の状況を取締役会に報告しなければならない。
以前は株式会社には取締役会の設置が必須でしたが、2006年の改正により取締役会の設置の義務はなくなりました(上場会社は義務)。そのため、小規模企業などでは取締役会を設置していないケースもあります。
(取締役会等の設置義務等)
引用元:会社法第326条
第三百二十七条 次に掲げる株式会社は、取締役会を置かなければならない。
一 公開会社
二 監査役会設置会社
三 監査等委員会設置会社
四 指名委員会等設置会社
2 取締役会設置会社(監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社を除く。)は、監査役を置かなければならない。ただし、公開会社でない会計参与設置会社については、この限りでない。
3 会計監査人設置会社(監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社を除く。)は、監査役を置かなければならない。
4 監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社は、監査役を置いてはならない。
5 監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社は、会計監査人を置かなければならない。
6 指名委員会等設置会社は、監査等委員会を置いてはならない。
取締役の責任範囲と2つの義務section
取締役は株式会社から経営の意思決定を委任された立場であるため、会社に対して善管注意義務(会社法330条、民法644条)、忠実義務(会社法355条)という2つの義務を負っている。
善管注意義務とは
「善良な管理者の注意義務」の略称であり、能力や社会的地位などから通常期待される注意をもって業務執行しなければならないという意味である。善管注意義務の内容や範囲は会社の規模や業態によって異なるが、会社が大きければ大きいほど、その責任は大きくなる。
(株式会社と役員等との関係)
引用元:会社法第330条
第三百三十条 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
(受任者の注意義務)第六百四十四条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
引用元:民法第644条
忠実義務とは
読んで字のごとくであるが、職務を忠実に行う義務のことである。忠実義務の具体的な内容として、競業避止義務(会社法356条1項1号)や利益相反取引の制限(会社法356条1項2号)といった義務が会社法に定められている。
(競業及び利益相反取引の制限)
引用元:会社法第356条
第三百五十六条 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
2 民法第百八条の規定は、前項の承認を受けた同項第二号又は第三号の取引については、適用しない。
競業避止義務と利益相反取引の制限は、どちらも取締役自らの利益でなく、会社の利益を優先するといった意味がある。取締役に就任したからには、会社の利益となるよう常に意識をもって行動しなければならない。
取締役への責任追及
取締役は善管注意義務や忠実義務といった責任を負っているが、任務を怠った際には会社から責任追及される可能性がある。任務を怠った取締役へ対しては、会社から損害賠償請求ができる。株主「全員」の同意があれば損害賠償を免除できるという規定はあるが、ハードルはかなり高いといえる。
また、取締役が法令違反の行為などを行っている場合、株主は取締役の行為を差し止めることもできる。取締役は株主や会社から常に監視の目にさらされていることに注意したい。
どのような人が常務取締役に就任しているのかsection
常務取締役がいる会社のひとつとして「東京海上日動」が挙げられる。
東京海上日動の事例
取締役会長、取締役副会長、取締役社長、取締役副社長、専務取締役、常務取締役、取締役の序列となっている。
2020年6月29日時点での情報によると、取締役は全16名おり、そのうち常務取締役は7名いて最も多い。なお、平取締役は2名でどちらも社外取締役となっている。常務取締役の7名の略歴を確認すると、全て東京海上日動のプロパー上がりで入社後30年超の勤務実績がある。「常務」の文字が表すとおり、長年その会社に勤めており、結果を出している者が常務取締役に就任することが多いようだ。
常務執行役員とは?
常務執行役員とは、役付の執行役員であり、平執行役員よりも上のポジションである。ただし、執行役員と同様に会社法に定めのないポジションであり、あくまでも社内ポジションの一つである。常務取締役と常務執行役員は、取締役と執行役員が会社法に規定があるかどうかによって異なっている。
DeNAの事例
常務執行役員を設定している会社としてDeNAが挙げられる。DeNAの取締役と執行役員の序列は以下のとおりである。
- 代表取締役会長
- 代表取締役社長兼CEO
- 取締役兼COO
- 取締役(社外取締役)
- 常務執行役員
- 執行役員
DeNAは取締役の人数が5名と少なく、取締役が少ない代わりに執行役員制度を採用している。常務執行役員が4名、執行役員が12名おり、取締役の人数に比べると多いことが分かる。なお、DeNAはトヨタなどと同じく常務取締役のポジションはない。
取締役に就任する方法section
取締役に就任するためには株主総会で決議される必要がある。株主の過半数が参加した株主総会において、出席した株主の過半数の賛成を得なければならない。
オーナー会社(経営者が100%自社の株式を保有している状態)においては、自分が100%株主であるので、自分の投票だけで取締役に就任できる。上場会社などでは、株主構成がバラバラになっており、会社が作った役員選任案が株主総会によって否決されることもある。誰でも簡単になれるものではないのが、取締役である。
また、株主総会の普通決議によっていつでも取締役を解任することも可能である。一方、取締役が自ら辞めることを「辞任」というが、取締役は自らの意思でいつでも辞任できることが原則である。株式会社と取締役の関係は、委任契約であるためだ。一般の従業員のような「雇用契約」ではない点は覚えておこう。
総評|役職名は会社によっても異なるので覚えておこう
今回は常務取締役について、「常務」「取締役」に分解して解説してきた。常務取締役という名称については、あくまでも社内の呼び方であり、常務取締役というポジションがない会社も数多く存在する。
常務取締役を含めて、取締役は株式会社の経営意思決定をする機関であり、その責任は重大である。仮に大きな失敗をしてしまった場合は、株主や会社から訴訟される恐れもある地位だ。
常務取締役は、取締役の中でも平取締役の上のポジションであり、ほとんどの場合は会社で長く成果を出してきた者でないと到達できないポジションである。常務取締役の上には、専務取締役、取締役副社長、社長とポジションが続いていき、上を目指している人にとってはまだまだポジションが用意されている。
常務取締役ともなれば平取締役よりも多くの役員報酬を受け取ることができ、昇進のハードルが大きい分、報酬の上り幅も大きいことが一般的である。
常務執行役員は常務取締役と似た名前をしているが、両者は会社法上の規定があるかどうかで明確に異なる。取締役は会社法に責任や義務が明記されているが、執行役員は会社法の規定はなく、あくまでも社内ポジションの一つである。報酬についても取締役の報酬は株主総会で決議されるが、執行役員の報酬はあくまでも給与である点に注意しよう。