スキルマトリックスとは|取締役の素養に関する主な項目とコーポレートガバナンス上の意義・注意点

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ゆら総合法律事務所

阿部由羅【弁護士】

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近年、各企業の間で取締役会の「スキルマトリックス」を公表する動きがよく見られるようになりました。スキルマトリックスは、各取締役が保有するスキルを可視化することによって、会社経営の透明性を確保するなどの効果があります。

どのような形でスキルマトリックスを作成するべきであるかは個々の会社によって異なるので、自社に合った形でのスキルマトリックスの作成・公表を検討してみましょう。

この記事では、スキルマトリックスの主な項目・コーポレートガバナンス上の意義・注意点などについて解説します。

目次
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スキルマトリックスとは|定義とサンプルsection 01

スキルマトリックスを公表する動きが、上場会社を中心として広まり始めたのは、比較的最近のことです。そのため、「スキルマトリックス」という言葉について、なじみがない方も多いことでしょう。まずは、スキルマトリックスとは何なのかについて、基本的なポイントを理解しておきましょう。

各取締役が有するスキルを表にまとめたもの

スキルマトリックスとは、取締役会を構成する各取締役が保有するスキルを、一覧表の形でまとめたものです。会社に複数の取締役が存在する意義は、異なるスキルを持ち寄ってそれらを組み合わせることにより、会社経営に多様な価値を付与することにあります。

スキルマトリックスとは
取締役会に必要なスキルを分野ごとに表にまとめ、どの取締役がどの分野について知見や専門性を備えているかを示した表のこと。

引用元:経済産業省|社外取締役の在り方に関する実務指針(社外取締役ガイドライン)

したがって取締役会を構成する各取締役は、それぞれの有するスキルが相互補完し合うように、バランスの取れた陣容としなければなりません。この点、スキルマトリックスを公表することで、取締役会が全体として保有するスキルのバランスが可視化されます。

取締役会のスキルバランスが可視化されれば、会社が抱える課題を解決するために十分な経営機能が備わっているかどうか、外部の目から見て判断しやすくなるのです。

スキルマトリックスのサンプル

スキルマトリックスがどういうものかのイメージを持っていただくために、サンプルとなる一覧表を紹介します。

スクロールできます
役員企業経営製造・技術・研究開発マーケティング・営業財務・ファイナンス・M&AIT・デジタル人事・労務・人材開発法務・リスクマネジメントESG・サステイナビリティグローバル経験
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上記のスキルマトリックスを参照すれば、特定のスキルを持っている取締役が誰であり、何人いるのかが一目瞭然です。また取締役会が全体として有するスキルのバランスが取れているのか、それとも偏っているのかについても、一見してわかりやすいでしょう。なお後述するように、項目はあくまでも一例であり、企業ごとに独自に決定することになります。

また、どの程度の水準のスキルを持っていればチェックを入れるかの基準も、企業ごとに異なります。実際にスキルマトリックスを作成する際には、企業にとっての課題設定・株主等のステークホルダーに対して発信したいメッセージの内容などを踏まえて、項目を調整することになります。

スキルマトリックスの開示例(ヤマハ発動機株式会社)

参考資料42 スキルマトリックスの開示例

スキルマトリックスの公表が果たすコーポレートガバナンス上の役割section 02

企業がスキルマトリックスを公表することは、コーポレートガバナンスを強化する観点からも有効な手段と考えられます。その理由につき、「コーポレートガバナンス・コード」の原則に沿って検討してみましょう。参考:コーポレートガバナンス|日本取引所グループ

株主などのステークホルダーに対する情報開示

「コーポレートガバナンス・コード」の原則3-1(iv)では、上場会社に対して、以下の事項に関する方針と手続きについて主体的な情報開示を行うべきことが指摘されています。

  • 経営陣幹部の選解任
  • 取締役・監査役候補の指名

スキルマトリックスを活用すれば、取締役を選任・解任する際の説得力を増すことに繋がります。さらに株主の視点からも、取締役の選任・解任に関する方針や手続きの妥当性を判断しやすくなり、建設的な会社批判を促します。

取引先や債権者など株主以外のステークホルダーに対しても、スキルマトリックスを公表することで経営の透明性を向上させ、信頼を獲得することに繋がるでしょう。スキルマトリックスの公表による情報開示は、株主を中心としたステークホルダーによる建設的な会社批判の参考資料となります。

その結果として、ステークホルダーとの対話を行う土壌が整備され、「責任ある経営」の実現を促す効果があるといえるでしょう。

取締役会のバランス・多様性の確保

コーポレートガバナンス・コード」の原則4-11では、取締役のスキルバランスに関して、以下のとおり述べられています。

取締役会は、その役割・責務を実効的に果たすための知識・経験・能力を全体としてバランス良く備え、ジェンダーや国際性の面を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべきである

さらに補充原則4-11①では、取締役のスキルバランスに関する情報開示の観点をピックアップして、以下のように述べられています。

取締役会は、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示すべきである

スキルマトリックスは、取締役会におけるバランス・多様性を確保するための、一つの装置として機能します。それと同時に、取締役会のバランス・多様性を確保するための方針・手続き面に関する情報開示ツールとしても有用です。上記の各観点から、スキルマトリックスを公表することは、コーポレートガバナンスの要請を満たすために有用であるといえるでしょう。

スキルマトリックスに含めるべき9つの項目section 03

スキルマトリックスにどのような項目を含めるべきかについては、企業の考え方・方針や、公表時点における社会における関心事によって異なります。

テンプレートに沿って漫然と記載するのではなく、自社が意識すべきスキルや時代の流れをきちんと分析したうえで、スキルマトリックスの項目を作成してください。

スキルマトリックスの項目は会社によって異なる

スキルマトリックスは、会社が抱える課題を解決するために、十分な経営機能が備わっているかどうかを判断するための参考資料となります。会社が抱える課題は個々の会社によって異なるので、スキルマトリックスに盛り込むべき項目も、当然会社ごとに異なってきます。自社の課題を正確に認識したうえで適切な項目を設定し、その項目を網羅するように、取締役の選解任を行うべきでしょう。以下では、多くの業種に共通して適用可能と考えられる、スキルマトリックスの主な項目を紹介します。

①企業経営

取締役の本職は「経営判断」であることから、企業経営に関する経験は、スキルマトリックスの項目の中でも主要なものと位置づけられるでしょう。

取締役会のまとめ役となる取締役については、企業経営のスキルを有していることが望ましいと考えられます。

②マーケティング・営業

マーケティングや営業活動は、企業の売上や利益を直接左右する重要なスキルです。自社のマーケティング・営業部門の従業員から登用することが多いと考えられますが、外部からヘッドハンティングで人材を獲得することも十分考えられます。

③財務・ファイナンス

財務・ファイナンスのスキルを有する取締役は、企業の血液となる「資金調達」の要として重要な役割を果たします。また、粉飾決算などの不正会計を未然に防ぎ、企業の会計上のコンプライアンスを確保する役割も期待されます。

④IT・デジタル

現代の企業では、ITシステムの構築は必須の課題であり、業務効率を向上させるための鍵になる領域といえるでしょう。そのため、情報系のバックグラウンドを持つスペシャリストを、取締役として登用するメリットは大いにあります。

⑤人材・労務・人材開発

優秀な人材をリクルートし、快適な環境で自社の発展に貢献してもらうためには、人材・労務・人材開発のスキルを持った取締役が力を発揮する必要があります。また労務管理については、労働法令に関するコンプライアンスの問題も数多く存在するため、こうしたスキルを持った取締役の重要性は高いといえるでしょう。

⑥法務・リスクマネジメント

法律やコンプライアンスを踏まえたリスクマネジメントは、企業が持続的に成長を続けていくうえでは、決して切り離すことができない問題です。取締役の中に法務・コンプライアンスの専門家を加えれば、会社のリスクマネジメント能力が向上し、健全かつ安定した経営が実現できるでしょう。

⑦グローバル経験

国際市場において販路を開拓しようとしている企業は、グローバルな実務経験を有する取締役を複数擁することが必須といえます。他のスキルとグローバル経験を併せ持つ人材は、取締役として重宝される人材です。

上記以外に、会社が取り扱うビジネスの内容によって特有の項目を追加するのがよいでしょう。たとえば、製造業であれば「製造・技術・研究開発」などを追加することが考えられます。

時事的なテーマを取り入れるのも有効
その時節において関心の高い社会的テーマを、スキルマトリックスの項目に取り入れることも、企業の時事問題に対する意識をアピールするうえで有効です。近年であれば、時事的な項目の例としては、以下のものが挙げられます。

⑧ESG・サステイナビリティ

企業が中長期的・持続的な成長・発展を続けていくためには、「社会との共存共栄」が重要であることが、コーポレートガバナンスの要素として指摘されています。企業が社会的責任を果たしていくに当たっては、「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」について知見の深い取締役を招聘することが有効です。

⑨DX(デジタルトランスフォーメーション)

デジタル技術による抜本的な企業改革を意味する「DX(デジタルトランスフォーメーション)」が、近年急速に注目を集めています。単なるIT領域の担当者にとどまらず、「変革」にフォーカスした特任の取締役を選任することは、企業の将来を大きく変える可能性があるでしょう。

スキルマトリックスを公表する際の注意点section 04

スキルマトリックスは、単なる取締役のスキル一覧表ではなく、株主などに対するメッセージを記した公表資料であることを意識する必要があります。この点を踏まえて、スキルマトリックスを公表する際には、以下の各点に留意すべきでしょう。

保有スキルには高いレベルを要求する

中途半端な水準の経験を保有スキルとして認定してしまうと、チェックがかなり多くなり、取締役の個性・特徴が明らかになりません。したがって、一定以上の高度な水準に到達している項目のみ、保有スキルとして認定するのが望ましいでしょう。

各取締役の保有スキルの根拠情報を明記する

スキルマトリックスは、あくまでも取締役会による自己評価の内容を示すものに過ぎません。スキルマトリックスの内容に説得力を持たせるには、客観的な情報によってスキルの水準を裏付ける必要があります。

たとえば、

  • 過去および現在の所属先企業、団体
  • ビジネス上の具体的な成果
  • 保有資格

などを明記して、取締役の保有スキルの根拠を示すべきでしょう。

保有スキルに偏りがある場合には、併せてその理由を説明する

取締役会は、基本的にはあらゆる分野での知識・経験・能力をバランス良く備えるべきです。しかし会社の方針によっては、一部のスキルを重点的に補強することも考えられます。もし取締役のスキル内容に偏りが生じている場合には、その理由について、会社の戦略と絡めて十分な説明を行うことが望ましいです。

たとえば、以下に記載するような趣旨の説明を付記することが考えられるでしょう。

  • IT戦略に今後力を入れていこうと思っているので、「IT・デジタル」のスキルを保有する取締役を多く選任した
  • グローバル展開を会社の重点戦略として位置づけたうえで、「グローバル経験」が豊富な取締役を多く選任した

また、「財務・ファイナンス」や「法務・リスクマネジメント」などの項目は専門性が高く、スキルを保有する取締役の人数は手薄になりがちです。その場合には、当該スキルを保有する取締役は(少数ではあるものの)非常に高度な専門性を備えていること、あるいは必要に応じて外部連携を行ってカバーすることなどを補足説明するとよいでしょう。

スキルマトリックスのバランスを改善するには社外取締役の選任が有効section 05

生え抜きの人材だけで経営陣を構成している場合、どうしてもスキルの内容が偏ってしまったり、特定のスキルが欠けてしまったりする事態が生じやすいです。スキルマトリックスのバランスを改善するためには、社外取締役の選任が有効になる場合があります。社外取締役の選任がスキルバランスの改善に役立つ主な理由は、以下のとおりです。

専門性の高い人材を登用できる

スキルマトリックス上で保有スキルとして記載するためには、それぞれの項目について非常に高い専門性が求められます。そこで、専門性の高い人材を社外取締役としてピンポイントで登用することにより、自社に不足しているスキルを即効的に補強できます。

その結果として、取締役会全体におけるスキルバランスの弱点がなくなり、スキルマトリックスのバランスが改善します。

社内では育ちにくいスキルを持った人材を登用できる

会社のビジネス内容や風土などにより、会社内部で「伸ばしやすいスキル」と「伸ばしにくいスキル」のムラは、どうしても発生してしまいがちです。この点、外部の人材市場を探索すれば、自社内では伸ばしにくいスキルを持った人材を発見できる可能性が高いでしょう。

そのような人材を社外取締役として迎えることによって、自社のウイークポイントが克服され、結果的にスキルマトリックスの改善が期待できます。

まとめ

スキルマトリックスを作成することによって、取締役の選任・解任などに関する透明性が確保されます。その結果、企業と株主その他のステークホルダーの間の「対話」が促され、コーポレートガバナンスの強化に繋がる効果が期待できます。

また、スキルマトリックスによって取締役のスキルを可視化することは、企業が経営陣の陣容を見直すきっかけにもなり得るでしょう。社外取締役の登用を通じて、自社の経営陣に欠けているスキルを外部人材により調達することは、企業の中長期的な成長にとって大きなプラスになると考えられます。

会社の将来を見据えて経営バランスを改善するためにも、ぜひ社外取締役の選任をご検討ください。

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西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て、ゆら総合法律事務所代表弁護士。不動産・金融・中小企業向けをはじめとした契約法務を得意としている。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。(埼玉弁護士会)

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