社外取締役は、何社もの役員を兼任することが通常です。それに伴い、社外取締役が「競業取引」や「利益相反取引」に関与する事態も、十分に想定しておかなければなりません。
社外取締役による競業取引や利益相反取引は、会社に対して重大な損失をもたらすおそれがあります。そのため、他の取締役によるモニタリングをきちんと機能させることが大切です。本記事では、社外取締役による競業取引・利益相反取引のパターンや、会社法上必要な手続きについて解説します。
競業取引・利益相反取引の定義・具体例section
取締役の「競業取引」と「利益相反取引」は、会社法によって規制されています。まずは、競業取引・利益相反取引の定義と、それぞれに該当する取引の具体例を紹介します。
競業取引の定義・具体例
「競業取引」とは、取締役が自己または第三者のために行う、株式会社の事業の部類に属する取引をいいます(会社法356条1項1号)。
<競業取引の例>
・コンサルティング事業を行う会社の社外取締役が、自ら別の会社を立ち上げて、同じような顧客をターゲットとしてコンサルティング事業を行う場合
・物流事業を行う会社の社外取締役が、同種の物流事業を行う別の会社の社外取締役に就任する場合
競業取引に当たるかどうかは、会社が行っている取引と対照した際に、以下の要素が競合しているかどうかによって判断されます。
- 商品やサービスの種類
- 地域や流通段階などの市場
直接取引の定義・具体例
利益相反取引は、「直接取引」と「間接取引」の2つに分類されます。そのうちの一つである「直接取引」とは、取締役自身が当事者または代理人となって、自己または第三者のために株式会社との間で行う取引をいいます(会社法356条1項2号)。
<直接取引の例>
・社外取締役が会社と間で金銭消費貸借を締結し、借金をする場合
・社外取締役が会社から不動産を購入する場合
・会社が、社外取締役の自ら経営する別の会社と取引を行う場合
・社外取締役が親族の代理人となって、会社所有の不動産を借りる賃貸借契約を締結する場合
間接取引の定義・具体例
利益相反取引のもう一つの類型である「間接取引」とは、株式会社と取締役以外の者が当事者となる取引のうち、株式会社と取締役の利益が相反するものをいいます(会社法356条1項3号)。
<間接取引の例>
・会社が、社外取締役の債務を保証する場合
・会社が、社外取締役の債務について担保を提供する場合
・会社が、社外取締役の自ら経営する別の会社の債務を保証する場合
取締役は、会社(株主)の利益を追求するために最善を尽くさなければなりません。しかし競業取引や利益相反取引は、会社の利益と取締役個人の利益が、相互に対立する可能性のある取引です。
無制限に競業取引や利益相反取引を認めてしまっては、会社の利益を犠牲にして取締役が私腹を肥やすことに繋がりかねません。このような事態は、取締役の善管注意義務や忠実義務に明確に違反するものです。
とりわけ競業取引や利益相反取引については、こうした善管注意義務や忠実義務への違反が、類型的に発生しやすいという特徴があります。そこで会社法では、一般的な善管注意義務・忠実義務とは別に、競業取引・利益相反取引に関する条文を特別に設けて規制することにしたのです。
競業取引・利益相反取引は一律禁止ではないsection
競業取引や利益相反取引(直接取引・間接取引)は、一律で禁止されているわけではありません。
総合的に見れば、会社の利益になり得る競業取引や利益相反取引も存在するため、株主総会や取締役会が承認した場合には認められることになっています。
取締役会非設置会社の場合は、株主総会決議による承認が必要
取締役会非設置会社では、取締役が競業取引や利益相反取引を行う場合、株主総会による承認を受ける必要があります(会社法356条1項)。株主総会による競業取引・利益相反取引の承認は、普通決議(会社法309条1項)によって行われます。
<普通決議の要件>
①行使可能議決権の過半数を有する株主の出席(定款によって加重・緩和・排除可能)
②出席株主が有する議決権の過半数を有する株主の賛成
取締役会設置会社の場合は取締役会が承認する|さらに重要事実の報告義務あり
これに対して、取締役会設置会社における競業取引・利益相反取引の承認は、取締役会が行います(会社法365条1項、356条1項、369条1項)。
<取締役会決議の要件>
①議決に加わることができる取締役の過半数の出席(定款によって加重のみ可能)
②①の取締役の過半数の賛成(定款によって加重のみ可能)
なお取締役会によるモニタリングを実効化するため、競業取引・利益相反取引をした取締役はその後遅滞なく、取引についての重要な事実を取締役会に報告する義務を負います(会社法365条2項)。
特別利害関係を持つ取締役による議決権の行使について
「特別利害関係」とは、株主総会決議・取締役会決議につき、個人として有する重大な利害関係を意味します。取締役による競業取引・利益相反取引の承認が決議事項となる場合、取引に関与する取締役は、当該決議について特別利害関係人に当たる可能性が高いです。
特別利害関係人の議決権行使については、以下の規制が存在しますので、株主総会・取締役会における議決を行う際には注意が必要です。
①取締役会非設置会社の場合
競業取引・利益相反取引の承認には、株主総会の普通決議が必要です。株式を保有する取締役は、特別利害関係を有する場合であっても、株主総会決議に参加することができます。ただし、特別利害関係人による議決権行使によって、著しく不当な決議がなされた場合には、株主総会決議の取消事由に該当します(会社法831条1項)。
②取締役会設置会社の場合
競業取引・利益相反取引の承認には、取締役会決議が必要です。取締役会決議の場合、特別利害関係を持つ取締役は、一律議決に参加できません(会社法369条2項)。
社外取締役の競業取引・利益相反取引に関する注意点section
社外取締役は、何社もの役員を兼務することが多いため、必然的に競業取引・利益相反取引に関与する機会が増えてきます。
競業取引・利益相反取引が無秩序に行われた場合、社外取締役が適切に善管注意義務・忠実義務を果たすことは期待できません。また、会社が顧客を他社に奪われたり、不利な取引に巻き込まれたりといった実害が発生するおそれもあります。
そうならないように、会社は社外取締役による競業取引・利益相反取引をモニタリングし、適切にコントロールすることが大切です。
会社法所定の手続きをきちんと踏む
大前提として、会社法で定められている競業取引・利益相反取引の承認手続きを、適切に履践しなければなりません。そのためには、競業取引・利益相反取引のいずれかに該当する可能性のある取引が発生する場合には、株主総会や取締役会での議論に乗せることが大切です。
「今回は問題なさそうだから、認めてあげても良いはずだ」という感じで、株主総会や取締役会の決議を経ないで非公式に競業取引・利益相反取引を認めることは、取締役同士のなれ合いにほかなりません。
会社法上の手続きルールを正しく理解したうえで、個々の競業取引・利益相反取引を見逃さずに、所定の手続きに則った判断に委ねることが重要となります。
会社に不当な損害が生じないかを他の取締役が監視する
社外取締役による競業取引・利益相反取引を認めるかどうかは、他の取締役が十分に審議を行って判断しなければなりません。競業取引・利益相反取引を認めた方がよいのか、それとも認めない方がよいのかを判断するには、経営上の要素を複合的に考慮する必要があります。
そのためには、該当する取引に関する情報を十分に収集したうえで、個別具体的な検討を行うことが求められます。他の取締役としては、競業取引・利益相反取引が会社に及ぼす影響の重要性に鑑み、自身の担当領域でなくても注意深い情報収集と検討に努めなければなりません。
特に、社外取締役に係る役員の兼任状況等を把握したうえで、競業取引や利益相反取引を敏感に察知できるようにしておくことが重要です。
社外取締役に報告を徹底させる
社外取締役から、競業取引・利益相反取引に関する取締役会(他の取締役)への報告が適切に行われれば、手続きの漏れや会社への不測の損害を防ぐことができます。いかにして社外取締役の報告を適切に行わせるかは、会社にとって重要な課題となりますが、一例としては以下の取り組みが考えられます。
- 社外取締役から、競業取引や利益相反取引の報告に関する誓約書の提出を受ける
- 取締役会において、社外取締役に役員の兼任状況について定期的に報告させる
- 他の取締役や社内部署(コンプライアンス部門など)が、競業取引や利益相反取引に当たり得る取引をスクリーニングしたうえで、必要に応じて社外取締役からのヒアリングを行う
特に何社もの役員を兼任している社外取締役の場合、競業取引・利益相反取引に関する報告を軽視しがちな傾向があります。そのため、報告を社外取締役に一任するだけでなく、会社側からも社外取締役への状況確認などを積極的に行うことが望ましいでしょう。
持分会社における競業・利益相反取引の規制について
これまで、株式会社における取締役の競業取引・利益相反取引に関する規制内容を紹介してきました。これに対して持分会社(合名会社・合資会社・合同会社)では、競業・利益相反取引について、株式会社とは若干異なる規制が設けられています。
①競業について
持分会社の業務執行社員には、「競業取引」よりも広い概念である「競業」の規制が課されています。「競業」には、会社の事業の部類に属する取引(競業取引)に加えて、会社と同種の事業を目的とする別の会社の取締役・執行役・業務執行社員になることも含まれる点に注意が必要です(会社法594条)。
持分会社の業務執行社員が、「競業」に当たる行為をする際には、他の社員全員の承認を受けなければなりません。ただし、定款で競業に関する別段の定めを置いている場合には、その定めに従います。
②利益相反取引について
持分会社の業務執行社員が利益相反取引を行う場合には、他の社員の過半数の承認を受ける必要があります(会社法595条)。
(利益相反取引の制限)第五百九十五条
業務を執行する社員は、次に掲げる場合には、当該取引について当該社員以外の社員の過半数の承認を受けなければならない。ただし、定款に別段の定めがある場合は、この限りでない。一 業務を執行する社員が自己又は第三者のために持分会社と取引をしようとするとき。二 持分会社が業務を執行する社員の債務を保証することその他社員でない者との間において持分会社と当該社員との利益が相反する取引をしようとするとき。2 民法第百八条の規定は、前項の承認を受けた同項各号の取引については、適用しない。
引用元:会社法595条
③非業務執行社員による競業・利益相反取引について
持分会社の業務を執行しない社員(非業務執行社員)については、競業・利益相反取引に関する規定は設けられていません。特に合同会社は、小規模からスタートした事業においてよく用いられている法人形態です。いわゆる1人会社であるケースを除くと、競業や利益相反取引が問題になる場面が生じ得ますので、改めて会社法のルールを確認しておきましょう。
まとめ
社外取締役は、複数社の役員を兼任することが多いため、競業取引や利益相反取引に関与するケースもよくあります。社外取締役の行動に対して、他の取締役によるモニタリングが働かないと、会社に損害を与える競業取引や利益相反取引を許してしまうことにもなりかねません。
そのため会社としては、社外取締役の役員兼任状況などを踏まえて、競業取引・利益相反取引に関する情報の把握や手続きの履践に努めましょう。必要に応じて、コンプライアンス部門などの社内部署に対して、競業取引や利益相反取引に関する調査・スクリーニングを指示することも有効です。
競業取引や利益相反取引は、社外取締役を選任することの主要やリスクといえます。その一方で、適切なモニタリングにより競業取引・利益相反取引のリスクをコントロールすれば、社外取締役は会社に大きな付加価値をもたらしてくれるでしょう。
取締役会を含めた社内全体のコンプライアンス体制を整備して、社外取締役の適切な活用とコントロールに努めてください。