電子提供制度とは、株主総会における議案などに関する資料の提供のデジタル化を図るものです。2023年3月から、会社法の一部改正により上場会社における電子提供制度がスタートします。
アフターコロナへの過渡期の中で、会社経営におけるDX化の動きの1つでもあります。
この記事では、電子提供制度の概要、制定の経緯、対応が必要な会社と手続、任意に導入する場合の手続、制度を利用しない株主に対する対応まで、実務上求められる細かなポイントを徹底解説していきます。
電子提供制度導入の背景
上場会社では、その多くが株主総会を6月下旬に設定しています。その中で、複数の銘柄を保有する個人投資家や機関投資家は、株主総会資料を十分に検討するには、時間が明らかに不足しているとの問題点がありました。
その問題点の内実には、会社側が、株主総会で使用する資料等の印刷、封入から郵送手続まですべてバックオフィスが平常業務に加えて処理する必要があることから、時間的に経済的にも多大なコストがかかっているという点が指摘されていました。
また、現行の会社法でも、電子提供の制度自体はありますが、株主の個別の承諾を得る必要がある仕組みになっており(会社法299条3項、301条2項、302条2項)、会社としては、株主の人数が多ければ多いほど事務処理が煩雑となるため、利用する企業が限られているのが実情でした。
さらに、省令でも、WEB開示をした場合のみなし提供制度がありますが(会社法施行規則94条1項など)、対象が限定されており、総会の議案、BSやPLなどが制度の対象外となっていたため、やはり制度上の難点がありました。
そこで、電子提供制度により、会社がサイト上にデジタルで株主総会書類等を格納し、これを株主がオンデマンドで閲覧できる仕組みとすることで、会社にとっても株主にとっても時間や作業の効率化を実現しようというのが背景にあります。
電子提供制度の概要section
電子提供制度は、会社法325条の2に新設される制度です。
会社法三百二十五条の二
引用元:会社法の一部を改正する法律新旧対象条文|法務省ウェブサイト
株式会社は、取締役が株主総会(種類株主総会を含む。)の招集の手続を行うときは、次に掲げる資料(以下この款において「株主総会参考書面等」という。)の内容である情報について、電子提供措置(電磁的方法により株主(種類株主総会を招集する場合にあっては、ある種類の株主に限る。)が情報の提供を受けることができる状態に置く措置であって、法務省令で定めるものをいう。以下この款、第九百十一条第三項第十二号の二及び第九百七十六条第十九号において同じ。)をとる旨を定款で定めることができる。この場合において、その定款には、電子提供措置をとる旨を定めれば足りる。
一 株主総会参考書類
二 議決権行使書面
三 第四百三十七条の計算書類及び事業報告
四 第四百四十四条第六項の連結計算書類
図式化すると、次のような仕組みになります。
出典:「上場会社の株主総会資料は、ウェブサイトへの掲載等の方法によって提供されることになります」(法務省|民事局参事官室)(https://www.moj.go.jp/content/001370229.pdf)
株式会社が株主総会資料等を作成し、株主総会の日の3週間前までにサイト上に掲載。株式会社が、株主総会の2週間前までに、開催日時などを記載した招集通知を発送。招集通知の中に、株主総会資料の内容等をまとめたWEBサイトのURLないしQRコードなどを記載。株主が、WEBサイトにアクセスして、株主総会資料等の内容を確認。
開始時期・対象会社・対象株主
開始時期
2023年3月1日以降に開催される株主総会から適用されます。
対象会社
すべての上場会社が対象になります。また、非上場会社でも、特に定款に電子提供制度をとる旨定めた場合には、適用が及びます。
対象株主
基本的には、すべての株主に及びます。もっとも、後述する書面交付請求の手続をした株主に関しては、対象ではありません。
総会招集時の書類
すでにご紹介した改正会社法325条の2にあるように、①株主総会参考書類、②議決権行使書面、③承認を受けた計算書類および業務報告、そして親子会社などの場合には④連結計算書類があります。
電子提供措置の期限
電子提供措置を行う会社は、原則としてすべての株主に対して電子提供措置を取ることになります。そのため、電子提供措置を取らない場合は、むしろ電子提供措置ではなく、紙で書類送付を受けるかどうかの検討を行います。その期限は、株主総会の基準日です。
この点は、後で書面交付請求のところで詳しく解説します。
電子提供措置事項等についてsection
電子提供措置の内容や、それに関連する内容はどのようなものがあるでしょうか。
電子提供措置事項の内容
電子提供措置事項は、次の通りです(会社法325条の3)。
・招集に関する事項(総会の開催日時・場所、議題、書面あるいはデジタルによる議決権行使に関することなど):会社法298条1項各号
・書面による議決権行使の場合には、株主総会参考書類と議決権行使書面:同法301条1項
・デジタルでの議決権行使の場合は、株主総会参考書類:同法302条1項
・株主提出の議案要領があった場合は、その議案要領:同法305条1項
・取締役会設置会社における定時株主総会の招集の場合は、計算書類および事業報告に記載・記録されたこと:同法437条
・会計監査人設置会社における定時株主総会の招集の場合は、連結計算書類に記載・記録されたこと:同法444条6項参照
以上の事項に関する修正事項
会社は、これらの事項について内容をWEB上にアップロードし、株主が閲覧できる状態にしておく必要があります(会社法施行規則95条の2)。重要なポイントとしては、後で述べる書面交付請求の場合の記載事項を限定した場合、電子提供として法務省令で求められる範囲も含めて開示する必要がある事項と、書面交付請求に係る株主に対して交付する書面の記載事項が異なることです。
書面交付請求の場合には、一部の記載省略をすることになるかと考えられますが、その場合には、書面交付請求をした株主についての管理、取扱いのフローを明確にしておくようにしましょう。
いずれにしても、電子提供措置事項とを混同しないようにすることがポイントです。なお、書類の内容に修正が生じた場合には、ネット上で公表を行い、メールやお知らせ配信などのシステムを使って周知することが考えられます。
招集通知について
なお、招集通知に関しても、次のような点が変わります。
- 公開会社であるかどうか、取締役会設置会社であるかどうかを問わず、招集通知を送る期限は、株主総会開催日の2週間前まで
- 招集通知に次の事項を記載
- →電子提供措置をとる旨
- →EDINETを使用している旨
- →電子提供措置を行うインターネット上のアドレス、URL(QRコードでもOK)
現状の実務対応との比較section
電子提供措置に関連して、株主総会運営に関し、現状はどのような実務対応が採られているのでしょうか。対応のポイントを明確にするため、確認しておきましょう。
現状の実務対応とはどのように違うのでしょうか。
現状
電子提供制度導入後
電子提供措置のための準備事項section
電子提供措置にあたって、企業としてはどのような準備をすべきでしょうか。企業では、全国株懇連合会理事会(株懇)の定款モデルをベースとして定款を定めているところも多いと思われます。
この定款モデルをベースに考えた場合、次のような形で定款変更を加えることが考えられます。
みなし提供を廃止する
従来の定款で、次のような定めを置いている場合があるときは、これを廃止する(削除する)ことが必要です。
(株主総会参考書類等のインターネット開示とみなし提供)
引用元:株主総会資料の電子提供制度に係る定款モデルの改正について|全国株懇連合会理事会決定 2021年10月22日
第15条 当会社は、株主総会の招集に対し、株主総会参考書類、事業報告、計算書類および連結計算書類に記載または表示すべき事項に係る情報を、法務省令に定めるところに従いインターネットを利用する方法で開示することにより、株主に対して提供したものとみなすことができる。
理由としては、電子提供制度ができることにより、インターネットでの提供自体が制度化されるため、不要となるからです。
電子提供措置を採用する定款変更
内容としては、まず、電子提供措置を採る旨を内容とする規定です。
特に上場会社では、株券不発行制度によりすべて振替株式の発行会社であり(社債、株式等の振替に関する法律(以下、「振替法」)128条1項参照)、その結果電子提供制度が必須とされます(会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(以下、「整備法」)第七十一号第8条、改正振替法159条の2)。
そのため、電子提供制度を採用する旨を予め定款に記載しておきます。
また、電子提供を受けずに書面を希望する株主が書面交付請求をした場合には、上記の電子提供措置事項のうち、法務省令で定める内容など特に細かい点については、会社側の裁量で書面に記載しないようにすることができる旨の定めを置きます(会社法325条の5参照)。
書面交付の場合の記載事項を限定し、事務処理の効率化を図るためです。ペーパーレス志向という点では、SDGs的な視点でも適合的といえます。
(電子提供措置等)
引用元:株懇定款モデル|2021年10月22日全国株懇連合会理事会決定
第15条 当会社は、株主総会の招集に際し、株主総会参考書類等の内容である情報について、電子提
供措置をとるものとする。
2 当会社は、電子提供措置をとる事項のうち法務省令で定めるものの全部または一部について、
議決権の基準日までに書面交付請求した株主に対して交付する書面に記載しないことができる。
経過措置に関するポイント(上場会社向け)
整備法10条2項により、2021年9月1日時点で上場会社である場合は、施行日を効力発生日とする電子提供措置をとる旨の定款変更を内容とする株主総会決議がされたものとみなされることになります。
ただ、従前のみなし提供の規定を削除し、書面交付の場合における記載省略などについて定款で定めることになるので、その際に定款変更を完了できるように対応をするのがよいでしょう。
株主に対する周知
株主総会での参考書類が発行されないことになるのは、従前のオペレーションとは大きく異なり、株主としても困惑することが予想されます。そのため、法律上要求されることではありませんが、電子提供制度について、サイト上などでお知らせをすることが必要となると考えられます。
その際に、書面交付請求についてのご案内として、請求の期限や方法についても告知しておくことが考えられます。
電磁的方法による議決権行使について
電子提供制度の下でも、法律上は書面による議決権行使が認められている一方、総会手続が全般的にDX化となる流れであるので、デジタルの議決権行使を認めることが考えられます。
直近の総会では間に合わなくても、導入コストや運用時期など検討しておくことは、将来的な検討事項としておくとよいでしょう。
電子提供制度を使わない株主への対応(書面交付請求について)section
電子提供制度を使わない株主に対しては、書面交付請求に対する対応が必要となります。
書面交付請求とは
書面交付請求は、株主総会における電子提供措置を受けず、書面による資料提供を求める株主が、会社に対して行う請求のことをいいます。基本的には、インターネットの利用環境がない、あるいは回線が困難な株主を想定した制度です。
交付請求の受付期限
交付請求には、受付の期限があります。それは、株主総会の基準日(会社法124条)です。会社の株主総会等の株主との法律関係にかかる事務処理の便宜を図る趣旨から、受付に期限を設けています。
書面による株主総会参考書類等の取得を希望する株主は、注意が必要です。
具体的な手続方法
手続方法は、細かな内容は会社や信託銀行などによって異なりますが、概ね次の流れになります。
書面交付請求書の郵送申し込み
•電話による受付
•WEB上のフォーム など
会社から書面交付請求書が届く
必要事項を記入し、書面交付請求書を返送
また、証券会社に申し出る場合は、書面での受領を希望する銘柄ごとに書面を提出する必要があり、証券会社で保有している銘柄のみ手続できる運用になるとされています(株主総会資料の電子提供制度等に関するリーフレット|日本証券業協会より)。
なお、手続の開始時期は、取扱いの証券会社や信託銀行などによって異なりますが、早いところでは2022年6月あたりからのところもあれば、同年9月からというところもあります。株主は、請求の時期をチェックしておく必要があります。
費用負担
費用に関しては、郵送用の切手代がかかります。証券会社に申し出を行う場合は、発行会社ないし株主名簿管理人に取り次ぐための手数料が発生する場合もあります。
まとめ
上場会社では、電子提供制度の導入にあたり、様々な検討点や株主総会運営の上での処理のフローが変わります。手続的な点は、経過措置などの様々な手当がある反面、計画的に準備を進めていく必要があります。
特に、株主総会前の株主総会参考書類の準備や招集通知の作成では、デジタルに対応できるシステム開発やフローのほか、書面交付請求に対する対応のフローも備えておく必要があります。
必要に応じて、株主名簿管理人である信託銀行や証券会社などの連携も視野にいれておくべきでしょう。非上場会社でも、上場を見据えていく企業では、電子提供制度の内容を理解して準備を進めていくことが重要です。