2021年3月1日に施行された改正会社法により、役員報酬(取締役報酬)に関するルールの見直しが行われました。改正法の施行日以降に役員報酬の支給を決定する場合には、新ルールに沿って手続きを行う必要があります。
○ 取締役の報酬等を決定する手続等の透明性を向上させ,また,株式会社が業績等に連動した報酬等をより適切かつ円滑に取締役に付与することができるようにするため,上場会社等の取締役会は,取締役の個人別の報酬等に関する決定方針を定めなければならないこととするとともに,上場会社が取締役の報酬等として株式の発行等をする場合には,金銭の払込み等を要しないこととするなどの規定を設けることとしています。
○ 役員等にインセンティブを付与するとともに,役員等の職務の執行の適正さを確保するため,役員等がその職務の執行に関して責任追及を受けるなどして生じた費用等を株式会社が補償することを約する補償契約や,役員等のために締結される保険契約に関する規定を設けることとしています。
引用元:法務省|会社法の一部を改正する法律について
そのため多くの会社では、役員報酬の支給に関する手続きの見直しが必要になるので、新ルールの内容を正しく理解しておきましょう。この記事では、2021年3月1日施行・改正会社法上の役員報酬(取締役報酬)に関するルール変更の内容や、会社がとるべき実務対応について解説します。
会社法上の役員報酬(取締役報酬)に関する基本的な考え方section
会社法に定められた役員報酬(取締役報酬)に関するルールは、「取締役報酬は株主が決めるべきもの」という基本的な考え方に沿って設計されています。
取締役は株主により経営を委任されている
株式会社の取締役は、株主総会決議によって選任されることになっています(会社法329条1項)。これは、取締役が会社の経営を株主から委任され、株主のために職務を行うべき立場にあることを意味しています。上記の趣旨を確保するため、株主総会には選任・解任権が与えられています。この選任・解任権を背景として、株主が取締役の業務執行を常に監督する仕組みとなっているのです。
取締役報酬には株主のコントロールを及ぼす必要がある
取締役報酬をどのように設定するかは、本来は会社の業務執行の範疇に属する事項です。しかし、取締役が自らの報酬を自由に決めてよいとすると、いわゆる「お手盛り」の危険が生じてしまいます。
※「お手盛り」=取締役が私腹を肥やすため、不当に高額な報酬を設定すること
そのため、取締役報酬を株主総会決議事項として、株主のコントロールを及ぼすこととされています(会社法361条1項)。
取締役報酬に関する詳しいルールは、次の項目以降で解説します。
従前から存在する役員報酬(取締役報酬)のルールsection
2021年3月1日から施行されている改正会社法では、役員報酬(取締役報酬)に関する従前ルールが一部変更されています。現行法のルールを理解する前提として、まずは改正前会社法における役員報酬(取締役報酬)に関するルールの内容と、改正の背景となった問題点を理解しておきましょう。
改正前会社法の規定内容
改正前会社法のルールでは、役員報酬(取締役報酬)については、株主総会決議で以下の事項を定める必要があるとされていました(改正前会社法361条1項)。
- 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額
- 報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な計算方法
- 報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容
なお取締役報酬の金額については、その総額を株主総会で決定しておけばお手盛りの弊害を防止することができるとして、各取締役への報酬配分は取締役会の決定に委ねることができるというのが判例の立場です(最高裁昭和60年3月26日判決)。
改正前の役員報酬(取締役報酬)のルールの問題点
しかし、改正前会社法における上記のルールについては、主に以下の2つの問題点が指摘されていました。
①個々の取締役報酬の決定プロセスが不透明
たしかに取締役報酬の総額を株主総会で決定すれば、いわゆる「お手盛り」の危険は防ぐことができます。しかし、各取締役への配分については何ら規制が及んでおらず、決定プロセスについて透明性に欠ける面がありました。
取締役報酬は、取締役に適切な職務執行のインセンティブを付与する手段となり得るものです。そのため、取締役報酬を適切に機能させるという観点から、決定プロセスを透明化して株主の監督対象とする必要があることが指摘されていました。
②非金銭的報酬に関するルールが不明確
改正前会社法のルールでは、ストックオプションなどの非金銭的報酬については「具体的な内容」を定めるべき旨が規定されるにとどまり、どの程度具体的な内容を特定しなければならないかが明確ではありませんでした。
そのため、各社で非金銭的報酬に関する運用方法はまちまちであり、統一的なルールの整備が求められていました。
2021年施行・改正会社法による役員報酬(取締役報酬)のルール変更の内容section
上記の改正前会社法の問題点を踏まえて、2021年3月1日施行の改正会社法では、役員報酬(取締役報酬)に関するルール変更が行われました。改正会社法による主なルール変更の概要は、以下のとおりです。
個人別報酬等の内容に関する決定方針の決議を義務化
大会社である上場会社等には、取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針を定めることが義務付けられました(会社法361条7項)。厳密には、個人別報酬等の内容に関する決定方針の決議が義務付けられているのは、以下のいずれかに該当する株式会社です。
- ①監査役会設置会社(公開会社であり、かつ、大会社であるものに限る。)であって、その発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないもの
- ②監査等委員会設置会社
決定方針として具体的に定めておくべき内容は、会社法施行規則98条の5で以下のとおり定められています。
- 取締役の個人別の報酬等(業績連動報酬等・非金銭報酬等を除く)の額又はその算定方法の決定に関する方針
- 業績連動報酬等がある場合には、業績指標の内容及び当該業績連動報酬等の額又は数の算定方法の決定に関する方針
- 取締役の個人別の報酬等のうち、非金銭報酬等がある場合には、当該非金銭報酬等の内容及び当該非金銭報酬等の額若しくは数又はその算定方法の決定に関する方針
- 通常の報酬等・業績連動報酬等・非金銭報酬等の額が、個人別の報酬等の額に対する割合の決定に関する方針
- 取締役に対し報酬等を与える時期又は条件の決定に関する方針
- 取締役の個人別の報酬等の内容決定の全部又は一部を、取締役その他の第三者に委任するときは、次に掲げる事項
- (a)当該委任を受ける者の氏名又は当該株式会社における地位及び担当
- (b)(a)の者に委任する権限の内容
- (c)(a)の者により(b)の権限が適切に行使されるようにするための措置を講ずるときは、その内容
- 取締役の個人別の報酬等の内容についての決定の方法(⑥に掲げる事項を除く)
- ①~⑦のほか、取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する重要な事項
従来のルールでは、株主総会は、あくまでも取締役の報酬総額をコントロールできるに過ぎませんでした。これに対して改正会社法による新ルールでは、特に多数の株主の存在が想定される上場企業等に限定された形ではありますが、個人別の報酬等の決定プロセスがある程度透明化されたことになります。
個人別の報酬等の決定方針が公表されることにより、決定プロセスが株主の監視対象となり、取締役を引き続き信認するかどうかの判断材料としての活用が期待されます。
ストックオプションなど(非金銭的報酬)の株主総会決議事項の明確化
取締役に対する非金銭的報酬としてよく用いられるのは、「株式報酬」と「ストックオプション(新株予約権)」です。従来のルールでは、株式報酬やストックオプション(新株予約権)についても、「具体的な内容」を定めるべき旨が規定されているのみでした。改正会社法では、株式報酬およびストックオプション(新株予約権)について、株主総会で定めるべき具体的内容の詳細が明文化されました(会社法361条1項3号・4号)。
それぞれの株主総会決議事項は、以下のとおりです。
<株式報酬(会社法361条3号・同施行規則98条の2)>
①取締役に対して発行する募集株式の数の上限(種類株式発行会社では、募集株式の種類および種類ごとの数)
②一定の事由が生ずるまで、当該募集株式を他人に譲り渡さないことを取締役に約させるときは、その旨及び当該事由の概要
③一定の事由が生じたことを条件として、当該募集株式を会社に無償で譲り渡すことを取締役に約させるときは、その旨及び当該事由の概要
④②、③のほか、取締役に対して当該募集株式を割り当てる条件を定めるときは、その条件の概要
<ストックオプション(新株予約権)(会社法361条4号・同施行規則98条の3)>
①取締役に対して発行する募集新株予約権の数の上限
②新株予約権の目的である株式の数(種類株式発行会社では、株式の種類および種類ごとの数)またはその数の算定方法
③新株予約権の行使に際して出資される財産の価額または算定方法(金銭以外の財産を出資の目的とするときは、当該財産の内容および価額)
④新株予約権の行使期間
⑤一定の資格を有する者が新株予約権を行使できることとするときは、その旨及び当該資格の内容の概要
- ⑥②~⑤のほか、新株予約権の行使条件を定めるときは、その条件の概要
- ⑦新株予約権の譲渡に会社の承認を必要とするときは、その旨
- ⑧新株予約権に取得条項を付すときは、その内容の概要
- ⑨取締役に対して新株予約権を割り当てる条件を定めるときは、その条件の概要
また、上記の各規制の潜脱を防止するため、株式や新株予約権の払込みに充てるための金銭を報酬として支給する場合にも、同等の規制が設けられています(会社法361条1項5号、同施行規則98条の4)
株式報酬・ストックオプションなどについての制度設計ルールが会社法上明文化されたことで、これまで会社ごとにまちまちであった取り扱いを、会社法のルールに揃えるための見直しが必要になります。
その他
上記以外に、2021年3月1日施行の改正会社法による、取締役報酬に関するルールの変更点は以下のとおりです。
①上場会社等では株式報酬・ストックオプションの払込みが不要に
上場会社等が取締役の報酬等として株式やストックオプション(新株予約権)を発行する場合は、発行を受ける取締役による払込みが不要とされました(会社法202条の2、236条3項)。形式的な手続きに過ぎない払込み義務を免除することで、株式報酬やストックオプションの発行に関する事務を簡略化・円滑化することを目的としています。
②公開会社における事業報告の充実
公開会社では、上記の改正会社法によるルール変更に合わせて、事業報告における取締役の報酬等に関する記載事項の充実が図られました(会社法施行規則121条4号~6号の3)。
2021年施行・改正会社法への実務対応section
2021年3月1日から施行された改正会社法による取締役報酬のルール変更を踏まえて、各企業では、以下の観点から従来の取り扱いを見直す必要がないかチェックしましょう。
個人別報酬等の決定方針を速やかに決議する
大会社である上場会社等は、今回の会社法改正により、取締役の個人別報酬等の決定方針を決議することが義務付けられました。義務化の対象となっている上場会社等は、個人別報酬等の決定方針について、2021年3月1日の改正会社法の施行日以降速やかに決議する必要があります。
個人別報酬等の決定方針についての決議をせず、または決議した決定方針に違反して個人別報酬等の内容を決定した場合、当該決定が違法無効となる可能性があるので注意が必要です。
株式報酬・ストックオプションについて追加の株主総会決議を行う
取締役の非金銭的報酬の中でも、株式報酬とストックオプション(新株予約権)については、今回の会社法改正で株主総会決議事項がかなり詳細に追加されています。これまでは、各企業が経営陣を中心に独自の検討を行ったうえで、株式報酬やストックオプションに関する株主総会議案を提出・決議してきたことでしょう。
しかし、改正会社法の施行以降に株式報酬・ストックオプションに関する株主総会決議を行う場合は、少なくとも新たに追加された法定の株主総会決議事項を網羅する必要があります。
よってこの機会に改めて、経営陣や法務部門などが中心となって、従来の株主総会決議の内容をチェックしておきましょう。そして、今回新たに明文化された株主総会決議事項の中で抜けているものがあれば、株主総会への提出議案の内容への追記・修正を行いましょう。
なお、株式報酬・ストックオプションに関する株主総会決議事項のルール変更は、上場会社等に限らず、すべての会社に適用されます。そのため非上場会社にとっては、同ルール変更への対応が、今回の会社法改正における最重要課題となるでしょう。
各種報告書に関する対応
上場会社等では、以下の開示書類等に関して、改正会社法への対応事項を反映する必要があります。
①事業報告
株式会社が当該事業年度の末日において公開会社である場合には、「株式会社の会社役員に関する事項」を事業報告に含める必要があります(会社法施行規則119条2号)。
前述のとおり、取締役の個人別報酬等の決定方針・株式報酬やストックオプションなどに関する事項が、事業報告における記載事項として追加されました。そのため、会社が毎年作成する事業報告の内容を、今回の会社法改正への対応に合わせて見直す必要があります。
②有価証券報告書
上場会社では、有価証券報告書にて「役員の報酬等の額またはその算定方法の決定に関する方針の内容および決定方法」を記載する必要があります。もし今回の会社法改正に合わせて、従来とは異なる個人別報酬等の決定方針を決議した場合には、有価証券報告書にもその変更内容を反映することが必要です。
③コーポレート・ガバナンスに関する報告書
東京証券取引所の上場会社は、有価証券上場規程に基づき提出が必要となる「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」において、「取締役会が経営陣幹部・取締役の報酬を決定するに当たっての方針と手続」を記載することが求められています。
今回の会社法改正に伴い、従来とは異なる個人別報酬等の決定方針を決議した場合には、コーポレート・ガバナンスに関する報告書の記載事項を修正する必要があります。
まとめ
2021年3月1日施行の改正会社法では、取締役報酬に関するルールが大きく見直されており、対応が必要となる企業も多いと考えられます。特に上場会社の場合、各種の開示書類等に関しても法改正対応が必要となるため、かなりの量の事務作業が発生する可能性があります。
そのため、外部弁護士などに相談しながら、漏れのない対応を行いましょう。取締役の報酬決定プロセスを透明化することは、経営陣が委任者である株主からの信頼を得るために、きわめて重要な意義を持ちます。
今回の会社法改正を契機として、公明正大な形で取締役報酬を決定できる仕組みを再構築することをお勧めいたします。