機関法務とは、企業法務の一つの要素で、株主総会、取締役会など会社ないし社内における個々の業務執行の意思決定を行う機関をはじめ、会社を構成する機関の活動を適法に行うための手続のほか、様々な事務局業務を内容とする業務のことです。
コーポレート法務と呼ばれたりもします。
企業経営の要素としては、経営管理に関するものとして位置づけられます。そのため、広く管理部が管掌する業務として、大企業では総務部などが一部担当することもあります。
しかし、企業組織における手続などを定めた会社法関連の専門知識が必要となることから、事務業務を含めて法務の所管業務とされます。また、コーポレートガバナンスの側面からは、まさしく機関法務が重要な位置づけを占めます。
今回は、機関法務について、法務業務の全体像を整理しつつ、機関法務の役割・位置づけ、経営上の重要性、機関法務において求められるスキルを中心に解説していきます。
また、機関法務におけるDXに関する話題についても、触れていきます。
- 機関法務は、株主総会、取締役会など会社ないし社内における個々の業務執行の意思決定を行う機関をはじめ、会社を構成する機関の活動を適法に行うための手続のほか、様々な事務局業務を内容とする法務であり、予防法務と戦略法務にまたがる位置づけである。
- コーポレートガバナンス上重要な位置づけを占めているほか、会社の組織的な観点から、その設計や運用面における戦略構築に関するアウトプットも考えられるため、事業の攻めの面でも一定の機能がある。
- 機関法務において重要なスキルは、スケジュールやタスク管理とその前提となる法律知識の正確さと、几帳面さや根回し力といったコミュニケーションスキルである。また、DX化が進んでおり、より迅速さや効率さの追求が求められる。
企業法務の3つの役割section
まずは、企業法務における役割としてと主な3つの業務について整理していきます。法務においては、企業法務に限られる話ではありませんが、臨床法務、予防法務、そして戦略法務の3つの役割があります。
臨床法務
臨床法務は、個別具体的な事象に対して法的観点からの最適な解決策を講じていく法務です。リスクマネジメントの観点から考えると、臨床法務が想定する場面はリスクがすでに顕在化した際の事後的な対応として位置づけられ、顕在化したリスクインパクトを可能な限り低減することが役割として求められます。
社内の法務リソースが整っていない、あるいはリソースを割くことができない企業においては、専門的な知見によらずに、過去事例や事業上の経験則などからアバウトにリーガルリスクを管理せざるを得ません。その中でカバーできないものは、事後的にリスクインパクトを抑えるという考え方で対応していくことも、1つの経営判断になります。
もっとも、社会構造の複雑化や、規制リスクも多様化していることから、事業全体のリスク・リーガルリスクをカバーすることは困難であるほか、リスクインパクトの事前分析と予測のもとに対応策を前提としない臨床法務だけでは、十分ではありません。
予防法務
予防法務は、リーガルリスクを中心に様々な事業上のリスクを法的な観点から未然に防止し、あるいはリスクが顕在化しうることを想定しつつそれを低減する施策を事前に講じておくことを目的とする法務です。
企業法務で求められる基本は、むしろこのような予防法務の考え方・業務です。
企業の事業活動において、リスクは顕在化した際に都度都度対応していくという考え方だけでは、対応の人的及びコスト的なリソースも限られる中で、未然に防止できるリスクを防止できなければ、事業の迅速性を阻害してしまいます。
また、契約法務に関しては、事業のマネジメントとしても重要です。なぜなら、契約は個々の取引を表現したものそのものであり、契約をマネジメントすることは、事業の1つ1つの取引のステータス管理し、リスク把握にもつながるガバナンスの基盤であるからです。
このように、予防法務は、事業を円滑に運営する基盤というべきものです。
戦略法務
戦略法務は、様々な定義の仕方がありますが、事業のコスト・リターン、あるいはリスク・リターンを最適化することを目的とする法務業務です。
臨床法務や予防法務は、いかにリスクインパクトを弱めるか、あるいはリスクの結果と影響度を予測しつつ最適な防止策を取るかなど、事業運営における「守り」の側面にフォーカスしたものといえます。
一方で、戦略法務は、「攻め」の側面にフォーカスするものです。つまり、事業においていかに利潤を最大化しつつ、そのために取るリスクやそこにかかるコストを低減するか、そのバランスについて全体最適の戦略構築を法務面からバックアップし、あるいはナビゲートする役割として位置づけられます。
また、戦略法務は、単にビジネス・利潤追求ありきではなく、ビジネスと人権という領域があるように、社会で受容される価値観や考え方を遵守しつつ、より社会が抱えている課題解決を志向する事業戦略を見据えつつ、ルール面から最適なリスクマネジメントを提供することに価値があるともいえます。
こうした攻めと守りのバランスを最適化すること、受容できないリスクを取りうるリスクに押し広げるための戦略構築と実行が、戦略法務として位置づけられます。
企業法務の主な業務内容
上記3つの法務の目的・役割の観点から、一例として、企業法務における法務の主な業務内容を整理することができます。
臨床法務 | 訴訟対応、債権回収、顧客トラブル対応、規制当局からの執行に対する対応、危機管理・レピュテーションリスクの顕在化に対する対応などのインシデント対応 |
予防法務 | ・契約書レビューや作成、契約書管理、利用規約管理、知財管理、社内規程の作成と運用 ・就業規則の策定やハラスメント防止等のガイドライン ・従業員によるSNS利用のガイドライン作成 内部統制、コーポレートガバナンス体制の構築と運用 ・省庁その他の規制当局に対する法令等の解釈適用に関する事前確認(ノーアクションレターなどの事前照会) |
戦略法務 | 資本政策・資金調達、ルールメイキング、M&A、知財・特許の取得、新規事業開発における適法性チェック、ビジネスと人権、IPO準備、リーガルリスクとリターンを踏まえたビジネススキームの改善 |
企業法務における『機関法務』の位置づけとはsection
企業法務全体について、3つの役割から整理をしてきましたが、機関法務はどのように位置づけられるのでしょうか。役割、法務業務のカテゴリ、そして事業の組織体制という観点から分析していきます。
役割から整理した場合
機関法務は、予防法務と戦略法務の2つにまたがる側面があると考えられます。
企業として、また企業が行う事業としての適正な運営を行う観点からは、会社法を中心とした法令を遵守し、株主や事業を取り巻くステークホルダーに対し適切に対応していく必要があります。
機関法務は、冒頭で述べたような社内の様々な会議体や部署の活動を、適正な手続のもとで整えていくことを内容とするものです。そうした法令遵守という観点からはコンプライアンス、あるいはコーポレートガバナンスに関わる業務として位置づけられます。
このような観点からすると、機関法務は、経営における管理として、違法であったり適正なガバナンスを確保するための予防法務的な側面を有するといえます。
一方で、機関法務は、企業の組織体制の構築や運用の観点から、事業戦略の最適化をしていくことができる点で、戦略法務としての側面があると考えられます。
経営上、人員配置や部署の体制変更があることも想定されますが、そうした場面で、考えられる業務フローについて内部統制の観点やガバナンスの実効性を確保し、事業運営がしやすい手段選択を検討したり提案することも、法務の1つの機能です。
このように、機関法務は、法務の役割の観点から、予防法務の側面と機関法務の側面の双方にまたがるものとして位置づけられます。
法務業務のカテゴリから整理した場合
契約法務、知財、広告法務といった業務のカテゴリから整理する場合、機関法務は、いわゆるジェネラルコーポレートとして独自の位置づけを有すると考えられます。
機関法務の中に位置づけられる細かいセグメントとしては、総会・役会運営と管理、株主管理、登記管理、上場企業であればIRといった開示手続の対応などがあります。基本的には、会社法を軸にした法令等が関わる分野ですが、民法などの基本的な法令を扱うものではなく、事業自体の規制法令に対する対応とも異なるものであるほか、権利義務に関わる実体的なものよりも手続面の対応を内容とします。
そのため、他の法務業務カテゴリとは異なる側面があり、機関法務自体が固有のカテゴリとして整理されるといえるでしょう。
事業の組織体制全体から整理した場合
事業の組織体制から整理すると、企業経営の執行における管理としての側面があることから、管理部の所管業務として位置づけられます。
契約法務や知財管理であれば、組織体制上は事業部とも密接に関わる分野として位置づけられます。また、情報セキュリティに関して個人情報保護に関する分野などは、いわゆる情シスやエンジニアなどの開発関連の部署との関わりが高いといえます。
その中で、機関法務は、会社の組織運営に関わる部分であり、経営管理の一分野であることから、特に管理部・バックオフィスと密接に関わる分野として位置づけられるのです。
機関法務の事業上の重要性section
機関法務は、すでに述べた通り、内容的には適正な組織運営のための手続面の遂行や、設計された組織として求められるコンプライアンス体制の運用といったものであることから、形式的なものともいえます。
しかし、そうした形式的な側面以上に、事業上重要なものです。ここでは、コーポレートガバナンス、内部統制、そしてコンプライアンスの3つの観点から説明していきます。
コーポレートガバナンス
コーポレートガバナンスは、端的には、「会社が、株主をはじめ顧客・ 従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」のことをいいます。なお、コーポレートガバナンスは、後で触れる内部統制やコンプライアンスを内包している部分もあります。
コーポレートガバナンスの具体的な内容は、上場企業において適用されるコーポレートガバナンス・コードに表れています。
機関法務に関する内容が表れている部分をいくつか挙げるとすると、次のように整理することができます。
CGコードのカテゴリー | 該当するCGコードの概要 | 機関法務のカテゴリー |
---|---|---|
原則2-2 会社の行動準則の策定・実践 | 事業活動倫理に関する定めや構成員が遵守すべき行動準則の策定 | 社内ルールの策定と運用、取締役会 |
原則2-5 内部通報 | 従業員等の不利益防止と、社内における違法・不適切な行為に対する社内監視体制としての内部通報体制構築と運用 | 内部統制システムの構築と運用 |
原則3-1 情報開示の充実 | 会社の意思決定の透明性、公正性の確保のための情報開示 | コーポレートガバナンスの基本的な方針策定 報酬決定の方針と手続 役員の指名や選解任に関する内部ルールの策定、手続 |
原則4-3 取締役会の役割・責務(3) | 内部統制やリスク管理体制の適切な整備 関連当事者と会社の間の利益相反防止 | 内部統制システムの構築と運用 コンフリクトマネジメント |
原則4-12 取締役会における審議の活性化 | 社外取締役による問題提起のほか、建設的な議論と意見交換の機運醸成 | 会議体運営、進行の調整 |
原則4-13 情報入手と支援体制 | 取締役と監査役の情報共有やその支援体制の構築 | 会議体間の円滑な情報共有のための調整 |
このように、機関法務は、コーポレートガバナンスの観点から、重要な位置づけを占めているといえます。
内部統制
内部統制は、「基本的に、業務の有効性及び効率性、財務報告の信頼性、事業活動に関わる法令等の遵守並びに資産の保全の4つの目的が達成されているとの合理的な保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内のすべての者によって遂行されるプロセスをいい、統制環境、リスクの評価と対応、統制活動、情報と伝達、モニタリング(監視活動)及びIT(情報技術)への対応の6つの基本的要素から構成される」ものです(金融庁|内部統制の基本的枠組み)。
上記の金融庁の定義は4つの目的と6つの基本的要素から成り立っていますが、機関法務の観点から関わるのは、「事業活動に関わる法令の遵守」の目的と、統制環境、リスクの評価と対応、情報と伝達の要素が考えられます。
事業活動に関わる法令の遵守は、後述のコンプライアンスの側面がメインですが、会社の組織として運営する上で、組織形態に応じて会社法の関連法令の遵守も求められることから、コーポレートガバナンスの一環としても求められます。
また、基本的要素に関し、統制環境の観点からは、機関設計や組織体制における権限分掌にかかる社内規程や稟議・決裁のフロー構築が挙げられます。
情報と伝達の観点からは、トラブルや危機管理の側面において各部署からのエスカレーションのフローの運用において、各部署との連携を図ることも機関法務の1つといえます。
このように、内部統制に関する点を切り取った場合も、機関法務が関わる点があります。
コンプライアンス
コンプライアンスは、文字通り法令遵守をいいますが、その内容は幅広くあります。
機関法務が関わる点としては、すでに述べている通り、会社法関連の法令遵守が挙げられます。特に、1つ1つの会社の意思決定において求められる手続の履践を怠ると、全体の意思決定の効果が阻害されることもあります。
上場企業では、様々な開示手続が求められますが、株主への開示手続を怠ることにより上場企業としての会社運営に影響を及ぼす場合もあります。
コンプライアンスの観点からも、機関法務に関する法務業務は重要です。
機関法務において重要なスキルと採用時に見るべきポイントsection
法務人材が、機関法務においてどのようなスキルが求められるでしょうか。ここでは4つ解説していきます。
スケジュール管理
1点目が、スケジュール管理です。繰り返し述べている通り、機関法務においては、手続面の正確な遂行が重要です。そのために、法定の期限の遵守を徹底することが法務として死活的に重要なことになります。
そのため、正確にスケジュールを把握し、スケジュール通りに手続を完了させることは、機関法務における重要なスキルの1つです。
正確な専門知識
スケジュール通りにタスクを遂行するために、タスク分解を正確に行う必要があります。そのためには、正確な法律知識が必要となります。
会社法関連の法令は、実体的な側面を定める規定のほか、機関法務に関わる内容は実務的で、非常に細かいポイントも多いのが特徴です。法律レベルの内容だけでなく、省令(会社法施行規則)の内容なども把握しておくことが必要になります。
また、場合によっては、機関設計や企業のステージによって、会社法のみならずガイドラインやQ&Aに書かれている実務的な運用面の知識を活用すべき場合もあります。
スケジュール管理とともに、正確な法律知識をもとにタスクを正確に把握し、またそれに要する工数・時間をしっかりと把握することができるスキルは、機関法務において重要です。
几帳面さ
上記のようなスケジュール管理やタスク管理、その前提となる正確な法律知識のアウトプットにおいて、几帳面さが重要なポイントになります。
手続や期限の管理が細かく要求され、またそれをないがしろにした場合のリスクは事業運営上重大な問題になる場合もあるため、機関法務に関わる業務はミスなく確実に遂行することが要求されます。
総会をはじめとした会議体運営でも、招集通知漏れなどにより会議体の成否や決議に有効性に効力を及ぼす場合がありますし、登記においても必要書類の漏れによって手続が遅延し、場合によっては法的な制裁のリスクもあります。
そのため、細かいことを落とさずに着実に遂行する几帳面さは、機関法務において重要なスキルといえます。
根回し力
機関法務の円滑な遂行の上で重要なスキルが、根回し力やコミュニケーション力です。几帳面さや丁寧さといった性格に裏付けられたりもしますが、この根回し力が極めて重要です。
法律知識正確さや、スケジュール・タスク管理ができたとしても、機関法務においては多数の社内外の関係者と関わることから、コミュニケーションの前提を合わせるといった根回し力が必要になります。
間をつなぐような立ち回りをする側面からも、連絡漏れや伝達におけるミスが発生すると、手続が進まなくなるおそれもあります。しっかりと手順を踏み、スケジュールやタスクを確実に遂行するために、人とのコミュニケーションを円滑に行う根回し力は、機関法務において最も重要なスキルであるといっても過言ではありません。
機関法務に関わる人材を採用する際には、上記のポイントを意識して採用するのがよいでしょう。
機関法務と昨今のAI・DX化についてsection
最後に、機関法務に関する近時の話題として、AIをはじめとした様々な業務効率化・支援ツールが台頭している中で、機関法務のDXについて解説していきます。
機関法務もAIなどを活用したDX化の波に
機関法務も、これまでは人が主導で行っていました。しかし、AIの台頭により、様々な事務的業務のリードタイムを短縮する手段が現れ、それに伴い人間に求められる法務のアウトプットの価値も転換しつつあります。
機関法務では、会議体の招集通知の作成や議事録作成、議題や議案の管理、社内規程やルールの管理運用などにおいて、形式的で手続的な側面が多い業務もあります。
そうした業務はむしろ生成AIなどを導入して効率化し、かつ迅速に済ませることで、法務人材のアウトプットを、そうした定型的なタスクに取られる時間をより生産的な中長期的課題に充てることができます。
こうした時代の変化から、機関法務を積極的にDX化する動きが高まっています。
DX化できる業務例
DX化が考えられる業務例としては、いくつか挙げられます。
- 株主総会の運営
- 議題や議案の管理
- 議事録作成
- 登記
法定のタスクが類型別に決まっている場合は、DX化して自動化することにより効率性が飛躍的に向上するほか、正確な手続遂行にも実益があります。
機関法務のDX化事例
実際の例として、例えば総会運営に関しては、FUNDINNOが提供する『FUNDOOR』というものがあります。
スタートアップ企業を中心とするサービスですが、株主管理、総会管理、財務管理をサポートできる幅のあるサービスになっています。
株主総会は、電子提供制度の導入などによりDX化を裏付ける制度の構築がなされ、バーチャル株主総会の運営が上場企業を中心に本格始動しました。その中で、こうしたクラウドサービスの活用などは、非常に有益であると考えられます。
また、登記に関しても、『GVA法人登記』というサービスがあります。様々な種類の登記申請に対応しており、コスト感も5000円から10000円程度と、比較的リーズナブルな内容のものがあります。
まとめ
最後に、本記事のポイントを3つにまとめます。
- 機関法務は、株主総会、取締役会など会社ないし社内における個々の業務執行の意思決定を行う機関をはじめ、会社を構成する機関の活動を適法に行うための手続のほか、様々な事務局業務を内容とする法務であり、予防法務と戦略法務にまたがる位置づけである。
- 機関法務は、コーポレートガバナンス上重要な位置づけを占めているほか、会社の組織的な観点から、その設計や運用面における戦略構築に関するアウトプットも考えられるため事業の攻めの面でも一定の機能がある。
- 機関法務において重要なスキルは、スケジュールやタスク管理とその前提となる法律知識の正確さと、几帳面さや根回し力といったコミュニケーションスキルである。また、DX化が進んでおり、より迅速さや効率さの追求が求められる。