取締役の善管注意義務とは|義務内容と違反時の取り扱いを弁護士が解説

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善管注意義務(ぜんかんちゅういぎむ)とは、会社と取締役の間の「委任」関係に基づいて発生する責任のことで、取締役が善管注意義務に違反した場合、会社は取締役に対して損害賠償請求を行うことができます。

また、善管注意義務に違反した取締役は、株主などからも責任を追及される場合があるのです。会社としては、取締役の善管注意義務違反が生じないように予防策を講じましょう。そのうえで、万が一善管注意義務違反が発生してしまった場合には、速やかに顧問弁護士などへご相談ください。

この記事では、取締役の善管注意義務の内容・違反時のペナルティ・違反の予防策や対処法などを解説します。

目次
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取締役の「善管注意義務」とは?section

取締役は、会社から経営を委任される立場として「善管注意義務」を負っています。まずは、善管注意義務の根拠条文や内容などについて、基本的なポイントを理解しておきましょう。

取締役の善管注意義務の根拠条文

取締役の会社に対する善管注意義務は、会社と取締役の間の「委任」関係に基づいて発生します。

株式会社と役員等との関係
第三百三十条 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。

引用元:会社法330条

(受任者の注意義務)
第六百四十四条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。

引用元:民法644条

会社と取締役の関係性における「委任の本旨」とは、会社の利益、すなわち実質的所有者である株主の利益を追求することと理解しておけばよいでしょう。つまり取締役は、会社から経営の委任を受けるプロフェッショナルとして株主利益を追求するため、必要な注意をもって委任事務を処理する義務を負うということです。

善管注意義務に基づき、取締役に求められる注意の内容・水準

取締役の善管注意義務の水準は、「その地位・状況にある者に通常期待される程度のもの」と解されています。つまりどのような能力を買われて、どのような役割を与えられているのかによって、取締役の善管注意義務の兄用・水準は異なるのです。

たとえば経営全般の専門家として招聘されている場合には、経営判断全般について特に高度の注意が求められます。これに対して、ITやコンプライアンスなど、特定の分野についての専門家として招聘されている取締役も存在します。この場合、一般的な経営判断に関する注意義務は比較的低水準である一方で、専門分野に関しては特に高度な注意義務が要求されると考えられます

善管注意義務と忠実義務の関係性

善管注意義務とよく似た取締役の義務として、会社法上「忠実義務」が定められています。

(忠実義務)

第三百五十五条 取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。

引用元:会社法355条

善管注意義務と忠実義務の関係性については諸説ありますが、最高裁の判例では、善管注意義務の内容を敷衍・明確化したものが忠実義務であるとされています。

つまり、善管注意義務と忠実義務は基本的には同質であるのが、最高裁判例の立場ということです。

「商法二五四条ノ二の規定(筆者注:忠実義務の規定)は、同法二五四条三項民法六四四条に定める善管義務(筆者注:善管注意義務)を敷衍し、かつ一層明確にしたにとどまるのであつて、所論のように、通常の委任関係に伴う善管義務とは別個の、高度な義務を規定したものとは解することができない。」
(最高裁昭和45年6月24日判決)

善管注意義務違反が問題になりやすい場面section

取締役の善管注意義務違反が問題になりやすいパターンをいくつか見てみましょう。

違法行為に関連する注意義務違反」と「経営判断の誤りによる注意義務違反」の2つに大別されますが、それぞれで注意義務の内容が異なる点に注意が必要です。

取締役自らが法令違反を犯した場合

取締役自らが各種法令に違反する行為をした場合、善管注意義務違反が認定される可能性がきわめて高いといえます。たとえば、取締役が会社の資金を業務上横領したり、計算書類について粉飾決算を行ったりした場合などが挙げられます。

このような場合には、取締役は刑事責任を問われるとともに、会社からも善管注意義務違反の責任を追及されることになるでしょう。

他の取締役や従業員による違法行為を見逃した場合

取締役会には、取締役の職務執行を監督する職責が与えられています(会社法362条2項2号)。当然ながら、取締役会のメンバーである取締役も、他の取締役の職務を監督する責任を負います。さらに担当する業務・役割に応じて、社内の所管部やその従業員を監督することも、取締役が担う重要な職責の一つです。

したがって、他の取締役や従業員による違法行為を見逃した取締役は、監督責任を怠ったとして善管注意義務違反を問われる可能性があります。特に、所管部において重大な違法行為が発生した場合、担当取締役が善管注意義務違反の責任を問われる可能性は高いといえるでしょう。

経営判断を誤り、会社に損害を与えた場合

取締役がよかれと思って行った経営判断が、結果的に間違った方向に作用し、会社に対して損害を与えてしまう場合もあるでしょう。このような経営判断ミスのケースでも、取締役が善管注意義務違反の責任を問われる可能性があります。

ただし、会社経営の先行きは常に不透明である中で、適切なリスクテイクを行うことも取締役の重要な役割です。

仮に経営判断ミスに対して、厳しく善管注意義務違反の責任を問われてしまうとすると、取締役の経営判断は萎縮してしまう可能性があります。そこで、最高裁の判例では「経営判断の原則」が認められており、経営判断に関する取締役の善管注意義務違反が認められる範囲は、きわめて限定的に解されています

本件決定についての上告人らの判断は、参加人の取締役の判断として著しく不合理なものということはできないから、上告人らが、参加人の取締役としての善管注意義務に違反したということはできない。
(最高裁平成22年7月15日判決)

「経営判断の原則」は、取締役の経営判断が「著しく不合理」と評価できる場合に、はじめて善管注意義務違反を認める内容となっています。収集可能な資料を適切に検討したうえで下した判断であれば、多少冒険的なものであっても、取締役が善管注意義務違反の責任を問われる可能性は低いといえるでしょう。

善管注意義務に違反した場合に、取締役が受けるペナルティsection

取締役が善管注意義務に違反した場合、会社や株主に対して損害賠償責任を負う可能性があります。

会社に対して任務懈怠による損害賠償責任を負う

取締役がその任務を怠ったときは、会社に生じた損害を賠償する責任を負います(会社法423条1項)。善管注意義務違反は、取締役による任務懈怠の典型例であり、会社に対する損害賠償義務を免れません。

なお取締役に悪意または重大な過失がない場合には、株主総会特別決議によって、損害賠償責任の一部を免除することができます(会社法425条1項、309条2項8号)。

ただし、年間報酬に対して役職に応じた以下の倍率を乗じた金額(=最低責任限度額)については、株主総会特別決議による免除の対象外です。

  • 代表取締役・代表執行役:6倍
  • 代表取締役以外の業務執行取締役・代表執行役以外の執行役:4倍
  • 非業務執行取締役:2倍

取締役の責任限定契約について

取締役の会社に対する任務懈怠責任は、会社との間で「責任限定契約」を締結することにより、最低責任限度額を除いて免除することが認められています。責任限定契約の目的は、取締役の負う損害賠償リスクを限定することで、優秀な人材が取締役に就任することのハードルを下げる点にあります。

なお、会社が取締役と責任限定契約を締結する際には、株主総会特別決議が必要です(会社法427条1項、309条2項9号)。責任限定契約の詳細については、以下の記事で解説しているので、併せてご参照ください。

株主などに対しても責任を負う場合がある

取締役の悪意または重大な過失による行為の結果、株主などの第三者に損害が発生した場合、取締役はその損害を賠償する責任を負います(会社法429条1項)。特に、取締役が業務上横領や粉飾決算などに手を染めた場合、株主から個人賠償を求める訴訟を提起されるおそれがあるので要注意です。

取締役の善管注意義務違反が認められた裁判例

実際に、取締役の善管注意義務違反が認められた裁判例を紹介します。

A社の子会社であるB社は、鮮魚の一括仕入れ・売却をC社に依頼したうえで、期間内に売却できなかった分をまとめて買い取る旨の取引を行っていました(ダム取引)。ダム取引の結果、B社は大量の鮮魚の不良在庫を抱えることになってしまいました。

そこでB社は、不良在庫となった鮮魚を対象として、さらに複数の業者とダム取引を行いました。鮮魚の不良在庫は、B社から出たり入ったりを繰り返すようになりましたが(グルグル回し取引)、B社が実質的に抱える不良在庫は増える一方でした。

B社の財務状況は、不良在庫が原因で悪化の一途を辿っており、親会社であるA社に対して資金援助を申し入れるに至りました。A社はB社の申入れを受け、B社に対して合計約22.4億円を貸し付けましたが、その大半が回収不能となってしまいました。

A社株主は、B社に対して漫然と多額の貸付けを行った取締役の行為につき、善管注意義務違反の責任を追及する株主代表訴訟を提起しました。裁判では、グルグル回し取引の違法性・不当性を指摘したうえで、A社取締役が詳細な調査を実施・指示しなかったことが問題視されました。

結論として、一審で原告の請求が認容され、控訴も棄却されました。上告審においても、一審・控訴審の結論が大筋で支持され、取締役の善管注意義務違反が認定されました。

平成23年1月26日判決言渡
平成17年(ワ)第3004号 損害賠償請求事件

主 文
1 被告らは,株式会社Eに対し,連帯して,18億8000万円及びこれに対する平成17年6月13日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は,被告らの負担とする。

裁判年月日 平成23年 1月26日
裁判所名 福岡地裁
裁判区分 判決
事件番号 平17(ワ)3004号
事件名 損害賠償請求事件 〔福岡魚市場株主代表訴訟・第一審〕
裁判結果 認容 上訴等 控訴
参考:裁判所

取締役の善管注意義務違反を防ぐため、会社ができる対策section

取締役の善管注意義務違反を防ぐには、社内のコンプライアンス機能を強化する必要があります。

具体的には、以下のポイントに留意して、取締役の職務を規律するコンプライアンスが健全に機能しているかどうかをチェックしましょう。

取締役同士の相互監視を強化する

取締役の職務執行をもっとも近くで監視できるのは、取締役会のメンバーである他の取締役です。たとえば、取締役間での情報共有・報告を綿密に行うなど、取締役によるミス・違法行為に他の取締役が気づくことのできる体制を整えることが大切になります。

また、取締役間の相互監視機能を強化する観点からは、社外取締役として弁護士を選任することも有効です。

取締役の兼職状況をチェックし、過度な兼職が発生しないようにする

優秀と目される取締役は、多くの会社で役員を兼職する傾向にあります。しかし、兼職が増えるということは、それだけ一社当たりに割くことのできる時間や注意力が限定されるということです。自社の取締役については、兼職数が過度になっていないかを、就任時および任期中に確認する必要があるでしょう。

社内全体のコンプライアンス・チェック体制を整備する

取締役が社内の違法行為を見落とすリスクを減らすには、そもそも社内で違法行為が発生しにくい体制を整えることが重要になります。金融機関などでは、以下の3つの段階でそれぞれコンプライアンス・チェックを行う「三つの防衛線」(Three Lines of Defense)の考え方が徹底されています。

  1. 現業部門(営業など)
  2. 管理部門(法務、コンプライアンス、経理など)
  3. 内部監査部門

この「三つの防衛線」の考え方を参考にして、社内でダブルチェック・トリプルチェックのコンプライアンス体制を整えるとよいでしょう。特に法務部門では、弁護士の有資格者を雇用することで、リーガルチェックの能力を高めることができます。

取締役の善管注意義務違反が発生した場合に、会社がとるべき対応ンsection

実際に取締役の善管注意義務違反が発生してしまった場合、会社には損害を最小限に食い止める危機管理対応が求められます。

顧問弁護士などと協議して対応を決定する

危機管理に精通した顧問弁護士や社外取締役弁護士がいる場合、まずはその弁護士と協議して対応を検討しましょう。弁護士への相談により、問題状況に関する論点整理を迅速に行ったうえで、優先順位の高いものから対応できるようになります。

場合によっては、費用はかさむものの、大手法律事務所の危機管理チームに対応を依頼することも有効です。

株主やステークホルダーに対する説明責任を果たす

取締役の善管注意義務違反が発生した場合、会社が株主その他のステークホルダーからの信頼を失う危機に瀕している状況です。そのため、対応状況についてタイムリーな説明を行い、株主その他のステークホルダーの不安を払拭することに努めましょう。

取締役に対する責任追及を検討する

取締役の善管注意義務違反により、会社に損害が発生した場合には、取締役に対して損害賠償請求を行いましょう。会社の損害は株主の損害に等しいので、取締役に対する適切な損害賠償請求を行うことが、株主からの信頼回復にも繋がります

株主総会に取締役の解任を提案する

善管注意義務違反によって、取締役が株主その他のステークホルダーからの信頼を失ったと判断される場合には、株主総会に取締役の解任議案を提出することも検討すべきです。以下の要件を満たす株主総会決議が行われれば、その時点で取締役は解任されます(会社法341条)。

  1. 行使可能議決権の過半数を有する株主が出席していること(定款により3分の1以上まで緩和可能)
  2. 出席株主の議決権に対して過半数の賛成が得られること(定款によりこれを上回る割合を定めることが可能)

再発防止策を講ずる

取締役の善管注意義務違反が発生した場合、二度と同じような事態が発生しないように、再発防止策を講ずることもきわめて重要です。必要に応じて第三者委員会を立ち上げたり、弁護士に相談したりしながら、自社の状況に合わせた再発防止策の導入を検討しましょう。

まとめ

善管注意義務に違反した取締役は、会社や株主などに対して損害賠償責任を負う可能性があります。会社としては、取締役による善管注意義務違反の発生を防止するため、コンプライアンス体制を強化することが大切です。

必要に応じて顧問弁護士に相談する、社外取締役として弁護士を選任するなどの対応を取りながら、自社のコンプライアンス体制を定期的にチェックしましょう。また、実際に取締役の善管注意義務違反が発生した場合には、迅速かつ適切な危機管理対応が重要になります。

危機管理対応については、大手法律事務所の弁護士などが専門的に取り扱っているので、いざという時にはご相談をご検討ください。

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西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て、ゆら総合法律事務所代表弁護士。不動産・金融・中小企業向けをはじめとした契約法務を得意としている。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。(埼玉弁護士会)

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