1987年以来、約40年ぶりとなる労働基準法の抜本的改正が議論されています。
2026年通常国会への法案提出が見送られたものの、働き方の多様化やテレワークの普及、過労死問題の深刻化を背景に、改正の必要性は変わっていません。
本稿では、労働基準関係法制研究会の報告書や労働政策審議会での議論を踏まえ、改正予定の7つの主要論点と企業が今から取り組むべき実務対応について、法的リスクの観点から解説します。
見送りは「延期」であり「中止」ではありません。2027年以降の施行を見据え、今から準備を進めることが、法令遵守リスクの低減につながります。
労働基準法の大幅改正は、2026年通常国会では見送りに
労働基準法の改正について、当初2026年通常国会での成立と施行時期の見通しがみえるようになる想定でしたが、延期となりました。その経緯と背景を端的に解説します。
2025年12月23日の閣議決定
厚生労働省の労働基準関係法制研究会は、2025年1月に包括的な報告書を公表し、14日以上の連続勤務禁止や勤務間インターバル制度の義務化など、企業実務に大きな影響を与える改正内容をまとめていました。
この報告書に基づき、労働政策審議会労働条件分科会で制度設計の議論が進められてきました。
※出典:厚生労働省「労働基準関係法制研究会報告書」(2025年1月)
しかし、2025年12月23日、政府は2026年通常国会への労働基準法改正法案の提出を見送る方針を固めました。
労基法改正案、来年の通常国会提出見送り 労働時間規制の緩和検討 | 毎日新聞
背景
法案提出見送りの背景には、複数の要因が絡み合っています。
第一に、2025年10月に就任した高市早苗首相が、厚生労働大臣に対して「心身の健康維持と従業員の選択を前提にした労働時間規制の緩和検討」を指示したことが挙げられます。
これは、労働基準関係法制研究会が検討してきた「労働時間規制の強化」という方向性とは異なるアプローチであり、政府内での方針転換を示唆するものでした。
第二に、労使双方からの意見の相違があります。
労働者側は過重労働防止の観点から規制強化を求める一方、使用者側は人手不足の中での柔軟な労働時間管理の必要性を主張しており、審議会での合意形成が困難な状況が続いていました。
第三に、衆議院解散の可能性が取り沙汰されるなど、政治的不透明感が増していたことも影響しています。
弁護士としての見解を述べれば、見送りは改正議論の「終了」ではなく「延期」です。
労働基準法は労働者の権利を保護する基本法であり、時代に即した見直しの必要性は変わりません。
企業は見送りを「準備期間の延長」と捉え、来るべき改正に向けた体制整備を進めるべきであると考えられます。
労働基準法の大幅改正の背景とは?
今回の労働基準法改正に関して、どのような背景があるのでしょうか。3つの観点で解説していきます。
働き方の多様化と現行法の限界
現行の労働基準法は、1947年(昭和22年)に制定され、1987年の大改正を経て現在に至っています。
しかし、約40年前の労働環境と現在では、働き方が根本的に変化しています。
- テレワーク実施率
- 副業・兼業実施率
- フリーランス人口
- 非正規雇用比率
新型コロナウイルス感染症の流行を契機に、テレワークが急速に普及しました。
総務省の「令和4年通信利用動向調査」によれば、企業のテレワーク導入率は51.7%に達しています。
しかし、労働基準法はオフィスでの勤務を前提とした規定が多く、テレワーク時の労働時間管理や健康確保については解釈論に頼らざるを得ない状況です。
※出典:総務省「令和4年通信利用動向調査」
また、副業・兼業の解禁により、複数の企業で働く労働者が増加しています。
厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(令和2年9月改定)では、労働時間の通算管理が求められていますが、実務上は把握が困難であり、企業にとって大きな負担となっています。
さらに、フリーランスやギグワーカーといった新しい働き方が増加する中、「労働者」の定義が曖昧になっています。
労働基準法上の労働者に該当するか否かは、「使用従属性」の有無で判断されますが、デジタルプラットフォームを介した働き方では、この判断が困難なケースが増えています。
弁護士として企業からよく受ける相談は、「業務委託契約で働いている人が実質的には労働者ではないか」という労働者性の判断です。
誤った判断は、未払い残業代請求や労災事故の責任追及につながるリスクがあります。
過労死・メンタルヘルス問題の深刻化
厚生労働省の調査によれば、精神障害の労災認定件数は増加傾向にあり、令和4年度は710件に達しています。
これは10年前の約2.2倍の水準です。
※出典:厚生労働省「精神障害の労災認定基準に係る専門検討会報告書」令和5年7月8ページ
現行法では、4週間に4日の休日があれば適法とされるため、理論上は最大27日間の連続勤務も可能です。
しかし、これは労働者の健康確保の観点から問題があることは明らかです。
また、勤務間インターバル(終業から次の始業までの休息時間)の確保も重要な課題です。
現行法では努力義務に留まっており、厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によれば、令和5年において勤務間インターバル制度を導入している企業は6.0%に過ぎません。
※出典:厚生労働省「令和5年就労条件総合調査 結果の概要」
弁護士としての実務経験から申し上げると、過労死・精神障害の労災認定がなされた場合、企業は安全配慮義務違反として民事上の損害賠償責任を負う可能性が高くなります。
最近の裁判例では、数千万円から1億円を超える賠償を命じるケースも見られます。
予防法務の観点からも、労働時間管理と健康確保の徹底は極めて重要です。
国際的な労働基準との整合
国際労働機関(ILO)は、労働時間や休息時間に関する複数の条約を定めています。
特にILO第1号条約(工業的企業における労働時間を1日8時間かつ1週48時間に制限する条約)は、日本も批准しています。
欧州連合(EU)では、2000年代から「つながらない権利」(Right to Disconnect)の議論が進んでおり、フランスでは2017年に労働法に明文化されました。
これは、勤務時間外にメールや電話などの業務連絡から切り離される権利を保障するものです。
日本でも、厚生労働省が「情報通信機器を用いた業務の適正な管理のためのガイドライン」を策定していますが、法的拘束力はなく、実効性に課題があります。
また、週40時間労働が国際標準となる中、日本では商業・映画演劇業・保健衛生業・接客娯楽業の従業員10人未満の事業場について、週44時間の特例が認められています。
厚生労働省の「労働時間制度等に関するアンケート調査」(令和5年)では、特例対象事業場の労働者において1日8時間以上1週間40時間以上を超えると、他の事業場の水準と合わせてほしいという回答が比較的多く見受けられており、制度の見直しの必要性を訴える一定のが指摘されています。
労働時間制度等に関するアンケート調査結果について (クロス集計等) 107ページ
労働基準法改正予定の7つの主要論点|企業への影響を徹底解説
労働基準関係法制研究会の報告書に基づき、改正が検討されている7つの主要論点について、企業への法的影響を中心に解説します。
連続勤務日数の上限規制(14日以上連続勤務の禁止)
現行制度
労働基準法第35条は、「使用者は、労働者に対して、毎週少くとも一回の休日を与えなければならない」と定めています。
ただし、同条第2項により、「4週間を通じ4日以上の休日を与える使用者については適用しない」とされています。
この規定により、極端な場合、4週間のうち最初の3週間は休日なし、最後の1週間で4日休むというシフトも法令上は可能となります。
少なくとも理論上は最大27日間の連続勤務が適法となりますが、これは労働者の健康面から問題があることは明らかです。
検討中の改正案
労働基準関係法制研究会の報告書では、変形週休制の特例を「2週間に2日」に変更し、連続勤務日数の上限を13日とする方向性が示されています。
これにより、14日以上の連続勤務が禁止されることになります。
根拠となっているのは、精神障害の労災認定基準において、「14日以上の連続勤務」が「心理的負荷が極めて高い」と評価されている点です。
労働者の健康確保の観点から、労災認定基準と労働時間規制を整合させることが目的です。
企業への影響
この改正は、シフト制を採用している企業、特に製造業・小売業・飲食業・医療介護業に大きな影響を与えます。
弁護士として企業から受ける典型的な相談は、「繁忙期にどうしても連続勤務が必要になるがどうすればよいか」というものです。改正後は、シフト設計の抜本的見直しが必要となります。
違反した場合、労働基準法第35条違反として、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金(第119条)が科される可能性があります。
また、労働基準監督署による是正勧告や企業名公表のリスクもあります。
さらに重要なのは、連続勤務が原因で労働者が精神障害や過労死に至った場合、企業は安全配慮義務違反として民事上の損害賠償責任を負うリスクが高まることです。
勤務間インターバル制度の義務化
現行制度
勤務間インターバル制度とは、終業時刻から次の始業時刻までの間に一定時間の休息を確保する制度です。
現行法では、労働時間等設定改善法第2条において努力義務として規定されているに過ぎず、法的強制力はありません。
厚生労働省は「勤務間インターバル制度導入・運用マニュアル」を公表し、企業に導入を促していますが、前述のとおり導入率は6.0%に留まっています。
※出典:厚生労働省「勤務間インターバル制度導入・運用マニュアル」
なお、働き方関連改革の推進の一環で、この勤務間インターバル制度に関しても、導入推進のための補助金制度があります。積極的な活用が期待されます。 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000150891.html
検討中の改正内容
労働基準関係法制研究会の報告書では、11時間の勤務間インターバルを義務化する方向性が示されています。
これは、EU労働時間指令が定める最低11時間の休息時間と同水準です。
11時間という数値は、睡眠時間7〜8時間に加え、通勤時間や食事・入浴等の生活時間を確保するために必要な時間として設定されています。
企業への影響
この改正は、夜勤や交代制勤務を採用している製造業・運輸業・医療介護業に特に大きな影響を与えます。
例えば、夜勤が午前2時に終了した場合、次の勤務開始は午後1時以降となります。
これにより、従来の勤務シフトが成立しなくなるケースが多発すると予想されます。
また、残業により終業時刻が遅くなった場合、翌日の始業時刻を遅らせる必要が生じます。
勤怠管理システムに自動アラート機能を実装し、管理職が適切に対応できる体制を整備することが求められます。
法定休日の明確な特定義務
現行制度
労働基準法第35条は週1日の休日を義務付けていますが、「どの曜日を法定休日とするか」を特定する義務は定められていません。
そのため、多くの企業では就業規則に「週休2日制(土日休み)」などと定めながら、どちらが法定休日かを明示していません。
これにより、休日労働の割増賃金計算において、どの日が法定休日労働(35%割増)で、どの日が法定外休日労働(時間外労働として25%割増)かが不明確になる問題が生じています。
改正予定内容
報告書では、就業規則において法定休日を特定することを義務化する方向性が示されています。
これにより、「日曜日を法定休日とする」などの明記が必要となります。
企業への影響と法的リスク
この改正自体は比較的対応が容易ですが、重要な意味を持ちます。
第一に、就業規則の改定が必須となります。従業員代表の意見聴取や労働基準監督署への届出が必要です。
第二に、給与計算システムの見直しが必要となる場合があります。法定休日と法定外休日で割増率が異なるため、正確な計算ができる仕組みが必要です。
第三に、シフト制を採用している企業では、週ごとに法定休日を特定する作業が発生します。
弁護士としての経験では、法定休日が不明確であることを理由に、退職者から「全ての休日労働を35%割増で計算すべき」との主張がなされ、紛争になったケースがあります。
法定休日の特定は、未払い残業代請求のリスクを低減する効果もあります。
週44時間特例の廃止
現行制度
労働基準法第40条および労働基準法施行規則第25条の2により、商業、映画・演劇業、保健衛生業、接客娯楽業であって、常時使用する労働者数が10人未満の事業場については、1週間の法定労働時間を44時間とする特例が認められています。
この特例は、小規模事業場の実情を考慮して設けられたものですが、制定から長い年月が経過し、実態とそぐわなくなっています。
改正予定内容
報告書では、週44時間特例を廃止し、全ての事業場で週40時間に一本化する方向性が示されています。
根拠となっているのは、前述の厚生労働省アンケート調査で、特例対象事業場の87.2%が実際には特例を利用していないという結果です。
また、国際標準との整合性の観点からも、廃止が適切とされています。
企業への影響と法的リスク
この改正は、小規模な小売店・飲食店・美容院・クリニック等に影響を与えます。
週4時間の労働時間削減が必要となるため、年間約200時間の労働時間が減少します。これに伴い、次のような対応が必要です。
- 人員の追加採用(パート・アルバイトの増員)
- 営業時間の短縮
- 業務の効率化・省力化投資
具体的なコスト試算をすると、従業員8名の小売店で時給1,200円の場合、年間約230万円の人件費増加となります(1,200円×4時間×8名×52週×1.1(社会保険料等)≒230万円)。
この改正に対応するためのワンポイントとしては、業務改善助成金や働き方改革推進支援助成金の活用を検討すべきという点です。
厚生労働省は、労働時間短縮に取り組む中小企業を支援する各種助成金を用意しています。
※出典:厚生労働省「業務改善助成金」
「つながらない権利」のガイドライン策定
現行制度
テレワークの普及により、勤務時間外でもメールやチャットで業務連絡がなされる状況が常態化しています。
厚生労働省の「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(令和3年3月改定)では、「時間外・休日・所定外深夜のメール等に対応しなかったことを理由として不利益な人事評価を行うことは適切でない」とされています。
※出典:厚生労働省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」
改正予定内容
報告書では、「つながらない権利」に関するガイドラインを策定し、企業に勤務時間外の業務連絡を制限するルールの整備を求める方向性が示されています。
具体的には、次のような内容が想定されます。
- 勤務時間外の業務メール・チャット送信の原則禁止
- 緊急時の連絡方法の明確化
- 違反した場合の注意喚起プロセス
企業への影響と法的リスク
この改正は、全ての企業に影響しますが、特にIT業界やクリエイティブ業界で大きな意識改革が必要となります。
企業が取るべき対応は次のとおりです。
- 就業規則または「テレワーク規程」に「つながらない権利」を明記
- 業務時間外の連絡を制限する時間帯の設定(例:午後8時〜翌朝7時)
- 緊急時対応のルール策定(緊急連絡先の設定、電話連絡のみ可等)
- チャットツールの送信予約機能の活用推奨
- 管理職への教育実施
「つながらない権利」の侵害が常態化している場合、次のような法的リスクが生じます。
- 時間外労働として割増賃金請求の対象となる可能性
- 過重労働による健康被害が生じた場合の安全配慮義務違反
- パワーハラスメントに該当する可能性
特に注意すべきは、「業務連絡への対応時間」が労働時間に該当するか否かの判断です。
最高裁判例(三菱重工長崎造船所事件・最二小判平成12年3月9日)は、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれているものと評価される時間」を労働時間としています。
深夜や休日に上司から業務メールが送られ、即座の対応が求められる状況は、労働時間に該当すると判断される可能性が高いでしょう。
そして、これは実態に着目して実質的に判断されます。
そのため、単に就業規則で定めていたり、Wikiなどにルールを定めておくだけでは足りず、運用の体制や実際の社内チャットの常態に注意しておく必要があります。
副業・兼業時の労働時間通算ルール見直し
現行制度
労働基準法第38条第1項は、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定めています。
これにより、本業と副業の労働時間を通算し、1日8時間・週40時間を超える部分について、後から労働契約を締結した企業が割増賃金を支払う義務を負います。
しかし、この規定には実務上大きな問題があります。
- 他社での労働時間を正確に把握することが困難
- 従業員の自己申告に頼らざるを得ない
- 通算により時間外労働が発生した場合の割増賃金計算が複雑
厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(令和4年7月改定)では、「管理モデル」として、本業・副業それぞれで時間外労働の上限を設定し、通算管理を簡素化する方法が示されていますが、活用は進んでいません。
改正予定内容
報告書では、労働時間通算の方法を簡素化するとともに、健康管理措置を重点化する方向性が示されています。
具体的には、労働時間の形式的な通算よりも、実質的な健康確保に重点を置く制度設計が検討されています。
企業への影響と法的リスク
副業・兼業を認めている企業は、次の対応が必要となります。
- 副業申請フォームの整備(他社での労働時間等の申告項目)
- 健康診断の充実(年2回実施、ストレスチェックの実施等)
- 長時間労働者への医師の面接指導
- 副業許可基準の明確化(月間総労働時間の上限設定等)
弁護士として重要と考えるのは、副業を許可する際の「健康確保措置」を就業規則に明記することです。
例えば、「本業と副業の合計労働時間が週60時間を超える場合は許可しない」「月1回の健康状態報告を義務付ける」などの基準を設けることで、企業の安全配慮義務履行を明確化できます。
また、副業先での労災事故については、労働時間の通算により本業の企業にも責任が及ぶ可能性があることに注意が必要です。
労働者性・事業概念の再定義
現行制度
労働基準法第9条は、「労働者」を「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」と定義しています。
判例では、「使用従属性」の有無により労働者性を判断しています。
具体的には、次の要素を総合的に考慮します。
- 指揮監督下の労働か
- 報酬が労働の対償としての性格を有するか
- 業務の依頼に対する諾否の自由があるか
- 時間的・場所的拘束性があるか
しかし、フリーランスやギグワーカーといった新しい働き方では、この判断が困難なケースが増えています。
改正予定内容
報告書では、具体案の詳細は詰められていませんが、デジタル時代の多様な働き方に対応するため、「労働者」の定義を明確化することが提言されています。
また、「事業」「事業場」の概念についても、テレワークの普及を踏まえた見直しが検討されています。
企業への影響と法的リスク
この改正は、業務委託契約やフリーランスを活用している企業に大きな影響を与えます。
弁護士として最も多く受ける相談が、「業務委託契約で働いている人が、実は労働者に該当するのではないか」という労働者性の判断です。
労働者性が認められた場合、次のような法的リスクが生じます。
- 未払い残業代の請求(過去2年分、改正民法により最大5年分)
- 社会保険料の遡及適用
- 解雇が無効となるリスク(労働契約法第16条)
- 労災事故の使用者責任
近時の裁判例では、Uber Eats配達員の労働者性が争点となった事案(東京都労委令和2年(不)第24号)があります。
裁判所は労働者性を否定しましたが、個別具体的な事情により結論は異なり得ます。
企業としては、業務委託契約を締結する際、次の点に留意すべきです。
- 業務の依頼に対する諾否の自由を実質的に保障する
- 働く時間・場所を契約者が自由に決定できるようにする
- 報酬を成果物に対して支払う(時間給としない)
- 指揮命令を行わない(業務の進め方は契約者に委ねる)
改正により定義が明確化されれば、グレーゾーンが減少し、企業のリスク管理がしやすくなると期待されます。

業種別影響シミュレーション|あなたの会社は大丈夫?
改正内容が企業に与える影響は、業種や勤務形態により大きく異なります。
弁護士として多くの業種の企業をサポートしてきた経験から、5つの代表的業種における影響とリスクを解説します。
製造業
影響度:★★★★★(極めて高い)
製造業、特に24時間稼働のラインを持つ工場は、連続勤務規制と勤務間インターバル義務化により大きな影響を受けます。
主要な法的リスク
- 連続勤務規制違反:繁忙期に14日以上の連続勤務が発生しやすく、労働基準法違反として刑事罰のリスクがあります。
- 勤務間インターバル未確保:夜勤から日勤への交代時にインターバルが確保できず、違反状態が常態化するリスクがあります。
- 安全配慮義務違反:長時間労働による健康被害や労災事故が発生した場合、高額の損害賠償責任を負うリスクがあります。
必要な対応
- シフトパターンの全面見直し(3班制から4班制への変更等)
- 多能工化による人員配置の柔軟化
- 自動化・省人化投資の検討
- 勤怠管理システムの改修(アラート機能の実装)
コスト試算
従業員100名の中規模工場の場合、人員増加や設備投資で年間500万〜1,000万円のコスト増が見込まれます。
ただし、労災事故による損害賠償リスクを考慮すれば、予防投資として正当化できます。
飲食業
影響度:★★★★★(極めて高い)
飲食業は、連続勤務規制、週44時間特例の廃止、法定休日の特定義務の全てが該当し、最も大きな影響を受ける業種の一つです。
主要な法的リスク
- 連続勤務規制違反:年末年始やゴールデンウィークなど繁忙期に連続勤務が発生しやすく、労働基準監督署の監督指導の対象となりやすい。
- 週44時間特例廃止の影響:10人未満の小規模店舗では、週4時間分の労働時間削減が必要となり、人件費増加または営業時間短縮を迫られます。
- 未払い残業代請求:飲食業は未払い残業代請求が多い業種であり、法定休日の特定が不明確な場合、紛争リスクが高まります。
必要な対応
- シフト管理システムの導入(自動アラート機能付き)
- パート・アルバイトの追加採用
- 営業時間の見直し(深夜営業の縮小等)
- 業務効率化(セルフオーダーシステム導入等)
就業規則を整備し、法定休日を明確に特定するとともに、タイムカード等による正確な労働時間管理を徹底することが推奨されます。
飲食業は労働基準監督署の重点監督対象業種であり、コンプライアンス体制の構築が急務です。
医療・介護・保育
影響度:★★★★☆(高い)
医療・介護・保育業界は、夜勤や交代制勤務が多く、勤務間インターバル義務化と連続勤務規制により大きな影響を受けます。
また、人手不足が深刻な業界であり、対応が特に困難です。
主要な法的リスク
- 勤務間インターバル未確保:夜勤明けから日勤への連続勤務が不可能となり、シフトが成立しなくなるリスクがあります。
- オンコール対応の労働時間該当性:オンコール待機時間が労働時間に該当するか否かで争いになるリスクがあります(判例では、実作業への従事義務の程度や対応の頻度等を考慮して判断)。
- 安全配慮義務違反:過重労働による医療事故や介護事故が発生した場合、民事・刑事両面で責任を問われるリスクがあります。
必要な対応
- 夜勤専従スタッフの確保
- ICT・介護ロボットの活用
- 派遣・紹介会社の活用
- 複数事業所間での人員融通体制の構築
医療・介護業界は「人の命を預かる」仕事であり、過重労働による事故は取り返しのつかない結果を招きます。
弁護士として強調したいのは、法令遵守はコストではなく、利用者・患者の安全を守り、従業員の健康を守るための必須投資であるという点です。
IT・クリエイティブ
影響度:★★★☆☆(中程度)
IT・クリエイティブ業界は、裁量労働制やフレックスタイム制を採用している企業が多く、連続勤務規制や週44時間特例の影響は比較的小さいですが、「つながらない権利」と勤務間インターバルの影響は大きいです。
主要な法的リスク
- つながらない権利の侵害:深夜・休日のSlackやメールでの業務連絡が常態化しており、大幅な意識改革が必要です。
- 裁量労働制の適用要件逸脱:裁量労働制を導入しているものの、実態として業務の進め方に裁量がない場合、制度が無効となり未払い残業代請求のリスクがあります。
- テレワーク時の労働時間管理:在宅勤務時の労働時間把握が不十分な場合、未払い残業代請求や安全配慮義務違反のリスクがあります。
必要な対応
- テレワーク規程の整備(つながらない権利の明記)
- チャットツールの送信時間制限設定
- 勤怠管理システムの見直し(テレワーク対応)
- 裁量労働制の運用見直し(適用要件の再確認)
弁護士としての経験では、IT業界で「みなし残業代」や「裁量労働制」を導入しているものの、法的要件を満たしておらず、退職者から未払い残業代を請求されるケースが多発しています。
改正を機に、制度の適法性を再確認すべきです。
運送・物流
影響度:★★★★☆(高い)
運送・物流業界は、2024年問題(時間外労働の上限規制適用)に続き、今回の改正でも大きな影響を受けます。
主要な法的リスク
- 勤務間インターバル未確保:長距離ドライバーの配送計画が成立しなくなるリスクがあります。
- 連続勤務規制違反:繁忙期に連続勤務が発生しやすく、労働基準法違反のリスクがあります。
- 2024年問題との相乗効果:時間外労働の上限規制(年960時間)に加え、インターバル義務化により、配送能力がさらに制約されます。
必要な対応
- 中継輸送の拡大
- 配車システムのAI化
- 共同配送の推進
- モーダルシフト(トラックから鉄道・船舶へ)
運送業界は、既に深刻な人手不足に直面しており、今回の改正はさらなる経営圧迫要因となります。
弁護士としては、荷主企業との運送契約の見直し(運賃の適正化、リードタイムの延長等)を並行して進めることを助言しています。

労働基準法改正に向けた実務対応のロードマップイメージ
法案提出は見送られましたが、弁護士として企業に助言するのは、「見送り=準備不要」ではなく、「見送り=準備期間の延長」と捉えるべきという点です。
2027年以降の施行を見据え、段階的に準備を進めるロードマップを提示します。
現状分析とリスク洗い出し
実施時期:2026年1月〜3月(直ちに着手)
自社の労働時間管理の実態を把握し、改正後に違反状態となるリスクを洗い出します。
具体的な実施項目
- 労働時間データの分析
- 過去1年分の勤怠データを抽出
- 従業員ごとの連続勤務日数を集計
- 14日以上連続勤務の従業員数・頻度を確認
- 勤務間インターバル11時間未満の発生件数を確認
- 週44時間特例の該当性確認
- 自社の事業場が特例対象業種か確認
- 従業員数が10人未満の事業場を抽出
- 実際に週44時間労働を実施しているか確認
- 就業規則の法令適合性確認
- 法定休日の特定の有無を確認
- 副業・兼業規定の有無を確認
- テレワーク規程の整備状況を確認
- 業務連絡の実態調査
- 勤務時間外のメール・チャット送信状況の調査
- 休日・深夜の業務連絡の頻度を確認
アウトプット
「労働基準法改正対応リスク一覧表」を作成し、経営層に報告することが考えられます。
リスクは、「高(直ちに対応が必要)」「中(1年以内に対応)」「低(監視継続)」の3段階で示しておくとよいでしょう。
具体については確定していないところも多いことから、あくまで項目だけをベースにしても、現段階では十分です。
現状分析については、社労士ベースの確認で足ります。
使用者側の労務の細かい実務ベースの優先順位やリスク面は、労務専門の顧問として入っている社労士がいれば、そちらの方が解像度が高いと考えられるためです。
特に、過去の労働基準監督署の指導歴や、労働紛争の有無を確認することが重要です。
就業規則・社内規程の見直し準備
実施時期:2026年4月〜9月
改正法施行時に速やかに対応できるよう、就業規則等の改定案を準備します。
具体的な実施項目
- 就業規則の改定案作成
- 法定休日の特定(例:「日曜日を法定休日とする」)
- 勤務間インターバル規定の新設(例:「終業から次の始業まで11時間以上の休息時間を確保する」)
- 連続勤務の上限規定(例:「連続勤務日数は13日を上限とする」)
- テレワーク規程の整備
- つながらない権利の明記(例:「午後8時から翌朝7時までの業務連絡を原則禁止する」)
- 緊急時対応のルール(例:「緊急の場合は電話連絡のみ可」)
- 労働時間管理方法の明確化
- 副業・兼業規程の整備
- 副業申請手続きの明確化
- 健康管理措置の規定(例:「月1回の健康状態報告を義務付ける」)
- 許可基準の明確化(例:「総労働時間が週60時間を超える場合は不許可」)
- 月次での業務実績報告を徹底
- シフト勤務規程の見直し
- 連続勤務の上限明記
- シフト作成時の留意事項
法的留意点
就業規則の変更には、労働基準法第90条により、労働者の過半数代表者の意見聴取が必要です。
また、従業員に不利益な変更の場合、変更の合理性が求められます(労働契約法第10条)。
なお、就業規則変更時に従業員側から「不利益変更である」との異議が出るケースもあります。
改正法対応であることを丁寧に説明し、必要に応じて経過措置を設けることで、紛争を予防できます。
また、変更した就業規則は労働基準監督署への届出が必要です(労働基準法第89条)。
勤怠管理システムの確認と改修
実施時期:2026年7月〜12月
改正法に対応した勤怠管理を実現するため、システムの改修または新規導入を行います。
必要なシステム要件
- 連続勤務日数の自動カウント機能
- 従業員ごとの連続勤務日数を自動集計
- 13日に達した時点でアラート通知
- 勤務間インターバルのチェック機能
- 終業時刻と翌日始業時刻から自動的にインターバルを計算
- 11時間未満の場合にアラート通知
- 翌日の始業時刻を自動調整する機能
- 法定休日の明示機能
- シフト表に法定休日を明示
- 法定休日労働の自動集計
- 時間外連絡のログ記録
- 勤務時間外のメール・チャット送信を記録
- 送信時のアラート機能などがあると◎
- 月次レポートで可視化
- 副業・兼業の労働時間管理
- 副業先の労働時間を入力できる機能
- 副業先との契約内容の概要を記録できるようにする
- 総労働時間の自動集計とアラート
システム選定のポイント
- クラウド型かオンプレミス型か(中小企業にはクラウド型が推奨)
- 既存の給与計算システムとの連携可否
- スマートフォンからの打刻対応
- 法改正への対応のキャッチアップをしている
勤怠管理システムのログは、労働紛争時の重要な証拠となります。
正確な勤怠管理システムの導入は、訴訟リスクの低減にもつながります。
また、システム導入時には「IT導入補助金」の活用を検討すべきです。
中小企業庁が実施する補助金で、システム導入費用の一部が補助されます。
シフト設計・人員配置の最適化
実施時期:2026年10月〜2027年3月
改正法に対応したシフトパターンを設計し、必要な人員数を確保します。
具体的な実施項目
- シミュレーションの実施
- 現行シフトで改正後に違反となるパターンを抽出
- 必要人員数の再計算
- 代替シフトパターンの作成(複数パターン)
- 多能工化・スキルマップ作成
- 従業員の保有スキルを可視化
- OJT計画の策定
- 配置転換シミュレーション
- 採用計画の策定
- 正社員・パート・派遣の区分
- 採用スケジュール
- 募集媒体の選定
- 省力化投資の検討
- RPA・AIツールの導入検討
- 業務プロセスの見直し
- アウトソーシングの活用
法的留意点
人員配置の変更や配置転換には、就業規則の根拠規定が必要です。
また、配置転換が「業務上の必要性がない」または「著しく不利益である」場合、権利濫用として無効となる可能性があります。
配置転換の際は、本人との十分な協議を行い、合理的な理由を説明することを推奨します。
社内のコミュニケーションルールン関する教育や周知
実施時期:2027年1月〜(継続的に実施)
改正内容を全従業員に周知し、特に管理職に対しては適切な労務管理ができるよう教育を実施します。
階層別教育プログラム
- 管理職向け
- 新シフト運用方法
- インターバル管理の実務
- つながらない権利の運用
- 部下の健康管理
- アラート発生時の対応フロー
- 一般従業員向け
- 労働者の権利内容
- 申請手続き(副業申請、シフト希望等)
- 健康管理の重要性
- 相談窓口の案内
教育ツール
- 社内説明会の実施(対面またはオンライン)
- 説明会の録画・オンデマンド配信
- Q&Aハンドブックの作成・配布
- eラーニングコンテンツの開発
- 社内イントラネットでの情報提供
継続的なフォローアップ
- 月次での運用状況モニタリング
- 四半期ごとの管理職会議での情報共有
- 年1回の労務監査の実施
労働法令違反の多くは、しばしば「知らなかった」「理解していなかった」ことに起因します。
特に管理職が法令を正しく理解していないと、善意で違法な指示を出してしまうことがあります。
実務経験では、管理職研修の際に「ケーススタディ」を用いた実践的な訓練が有効です。
例えば、「部下から~~の『副業を始めたい』と相談された場合、どう対応するか」「副業の報告書と実際の稼働や健康状態と齟齬を認識したとき、どう対応するか」といった具体的シナリオを提示し、ディスカッションすることで、理解が深まります。
また、従業員に対しては、「相談窓口」を明示することが重要です。
労働基準法違反やハラスメントについて相談できる窓口(社内または社外)を設け、周知することで、問題の早期発見・早期解決につながります。
公益通報者保護法の観点からも、内部通報窓口の整備は重要です。
まとめ
労働基準法の大幅改正は、2026年通常国会への法案提出が見送られましたが、これは改正議論の終了を意味するものではありません。
働き方の多様化、過労死問題の深刻化、国際基準との整合という社会的要請は変わらず、2027年以降の施行可能性は依然として高い状況です。
弁護士として、多くの企業の労務問題に関わってきた経験から、次の3点を強調したいと思います。
第一に、見送りを「準備期間の延長」と捉えるべきです。
急な法改正により拙速な対応を迫られるよりも、時間をかけて丁寧に準備できることは、企業にとってむしろ好機です。
就業規則の整備、システム導入、従業員教育など、本来必要な対応を着実に進めることで、改正法施行時にスムーズな移行が可能となります。
第二に、法令遵守はコストではなく投資です。
労働時間管理の適正化、健康管理の強化は、短期的には人件費増加やシステム投資を伴います。
しかし、過労死や労災事故による損害賠償、未払い残業代請求訴訟、労働基準監督署の是正勧告による企業名公表など、法令違反のコストは遥かに大きいものです。
また、働きやすい職場環境は、人材の確保・定着につながり、中長期的には企業の競争力強化に寄与します。
第三に、専門家の活用を推奨します。
労働法は複雑かつ頻繁に改正されるため、社内だけで完璧に対応することは困難です。
社会保険労務士は労務管理の実務に精通しており、就業規則作成や労働基準監督署対応で力を発揮します。
弁護士は法的リスクの評価や労働紛争への対応に強みがあります。
それぞれの専門性を活用し、チームで対応することが、最も効果的なリスク管理となります。
労働基準法は、労働者の生命・健康・尊厳を守るための基本法です。
改正への対応は、単なる法令遵守にとどまらず、企業の社会的責任を果たし、持続可能な経営基盤を築くための重要なステップです。
本稿が、企業の皆様の改正対応の一助となれば幸いです。

















