女性活躍推進の観点から、女性役員の導入拡大が課題とされています。
本文で触れますが、日本は、諸外国に比べて企業における女性管理職や女性役員の比率が非常に低いことが数十年間にわたって課題とされています。
その中で、近時、上場企業における女性役員の設置義務化に向けた動きがようやく始動しました。2023年5月、東証プライム上場企業に対し、2025年までに最低1人の女性役員を登用するよう促す目標設定を行う政府の方向性が固まったのです。
①プライム市場上場企業を対象とした女性役員比率に係る数値目標の設定等
女性活躍・男女共同参画の重点方針 2023(女性版骨太の方針 2023)(原案)
企業における女性登用を加速化するための重要かつ象徴的な第一歩として、プライム市場上場企業に係る女性役員比率に係る数値目標を設定し、女性役員比率の引上げを図る。
このため、令和5年中に、取引所の規則に以下の内容の規定を設けるための取組を進める。
・2025 年を目途に、女性役員を1名以上選任するよう努める。
・2030 年までに、女性役員の比率を 30%以上とすることを目指す。
・上記の目標を達成するための行動計画の策定を推奨する。
また、コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラムに基づき、女性役員比率の向上等、取締役会や中核人材の多様性向上に向けて、企業の取組状況に応じて追加的な施策の検討を進める。【内閣府、金融庁】
一方で、内容としては、女性取締役の設置を促す・後押しするという程度のものであって、特に拘束力が高いものではないとされています。上場企業を中心に、女性役員の不在に対し個々の企業努力では課題を克服しきれない側面を踏まえて、政策としての動きがようやく本格始動しつつあるといった段階であると考えられます。
これまでの女性役員登用に関する動きも踏まえ、今回の政府施策の意義と実効性については、賛否両論が考えられるところです。
この記事では、先ほど紹介した女性取締役・女性役員設置の努力義務化に関し概要と背景について解説するととともに、女性取締役の登用に関する現状と、女性取締役の義務化に向けた課題、今後の方向性までポイントを解説していきます。
- 政府は、女性版骨太の方針2023において、2025年までに上場企業における女性役員を最低1人確保という数値目標を掲げた。また、中長期的には、2030年までにアメリカの水準のような女性役員比率30%という数値目標を提示
- 女性役員、女性取締役の義務化に関しては、これまで女性役員数や比率は着実に向上している一方で、諸外国に比べると明らかに低い水準であることが課題とされていた。その要因としては、女性のライフイベントに合わせた社会環境の整備等が不十分であることが指摘
- 今後は、コーポレートガバナンス・コードの改訂や様々な法整備、家事育児のサービス向上と市場発展、それを推進する政策的な利用支援の方向性が考えられる
女性の取締役・役員義務化を目指す政府目標の概要と背景section
冒頭で紹介した通り、政府は、東証プライム上場企業において2025年までに女性役員を最低1人以上登用するように促す目標を設定する方針を固めました。ここでは、その概要とともに、背景までポイントを掘り下げていきます。
近時示された政府目標の概要
政府目標は、いわゆる女性版骨太の方針の1つとして盛り込まれたものです。(参考:内閣府 男女共同参画会議|女性版骨太の方針2023 令和5年6月5日)
同方針によれば、「女性活躍と経済成長の好循環の実現に向けた取組の推進」という柱の中で、「企業における女性登用の加速化」という項目を掲げています。
具体的には、「プライム上場企業を対象とする女性役員比率に係る数値目標の設定等」として、①2025年までに女性役員1名以上の選任、②2030年までに女性役員比率30%以上、③①や②の目標を達成するための行動計画の策定推奨という枠組みが示されました。
また、登用されるべき女性役員の育成の側面から、女性リーダー研修や、リスキリングによる能力向上支援、女性管理職への登用から役員への選任までのパイプライン構築という指針も示されました。
他にも、企業における女性役員の義務化に必ずしも直接に結び付くものではありませんが、類似の内容として、女性起業家の育成・支援という項目も掲げられます。
例えば、『J-Startup』における女性起業家の割合を20%とする数値目標の設定などがあります。
①ロールモデルの創出:J-Startupにおける女性起業家の増加
● 現状、 J-Startup選定企業 238社中21社(8.8%)が女性経営者。
● 今後、 J-Startupにおける女性経営者比率20%を目指す。(推薦委員、加点、公募枠等)引用元:経済産業省|女性起業家支援パッケージ
株式会社ビザスク 端羽 英子 株式会社シナモン 平野 未来 株式会社ビースポーク 綱川 明美 株式会社Lily MedTech 東 志保 株式会社サイフューズ 秋枝 静香 株式会社ALE 岡島 礼奈 Wamazing株式会社 加藤 史子 株式会社インフォステラ 倉原 直美 株式会社リクシス 佐々木 裕子 株式会社ナノエッグ 山口 葉子
実績あるベンチャーキャピタリストや大企業の新事業担当者等の外部有識者からの推薦に基づき、潜在力のある企業を選定し、政府機関と民間の「J-Startup Supporters」が集中支援を行うプログラムのこと
参考:https://www.meti.go.jp/press/2023/04/20230406003/20230406003.html
背景|女性版骨太の方針
10年前の2013年の段階では、女性役員がいない東証一部上場企業の数は1472社で、その比率は84%にも上りました。当時首相だった安倍総理は、平成28年4月19日の経済界との意見交換会において、「全上場企業において積極的に役員・管理職に女性を登用していただきたい。まずは、役員に一人は女性を登用していただきたい」と要請したとされています
それ以降、役員の中での男女別人数や女性比率の記載を義務付けるIR制度の改正をはじめ、会社法の一部改正など様々な制度改正が行われました。民間企業でも、東証が、コーポレートガバナンス・コードを策定し、その中の1つとして女性活躍促進を含む形で社内の多様性を高める体制の確保等を定めるといった動きがありました。
コーポレートガバナンス・コード
【原則2-4 女性の活躍を含む社内の多様性の確保】
上場会社は、社内に異なる経験・技能・属性を反映した多様な視点や価値観が存在することは、会社の持続的な成長を確保する上での強みとなり得る、との認識に立ち、社内における女性の活躍促進を含む多様性の確保を推進すべきである。
そこから順次下降して、2022年の段階では、344社にまで減り、全体に占める比率は18.7%にまで減りました。
着実に状況は改善している一方で、相対的な数値ではなく絶対数という意味でみると、上2022年7月末時点で、場企業全体の中の女性役員数は3654人で、比率としては9.1%にとどまる現状があります。
(参照:内閣府|女性役員情報サイト)
また、J-Startupに選定された企業の中で、女性経営者の割合はわずか8.8%と1割を下回る結果となり、まだまだ女性がリーダーとして活躍する挑戦ができる環境であるとは言い難い結果が表れています。こうした背景の中で、女性版骨太の方針2023として、改めて10年前の安倍総理の示した目標を具現化するための機運を高める動きになったものと考えられます。
女性取締役登用に関する現状section
上記でも少し触れましたが、女性役員、取締役の登用に関して、どのような現状なのでしょうか。これまでの流れを踏まえつつ現状を探っていきます。
日本の現状
7年前の2016年7月の段階で、上場企業の女性役員数は1388人で、全体では3.4%という割合でした。さらに遡ると、2007年7月の段階ではわずか563人で1.2%という状況でした。そのため、2016年7月当時の段階でも、750名を超える数値で女性役員数が増加していました。
その要因に挙げられた一つとして、社外取締役の割合が高まった点があります。会社法改正や企業開示に関する内閣府令の改正により、委員会設置会社等における社外取締役の活用拡大やIRにおける情報開示と海外投資家を呼び込む動きの高まりから、女性役員の登用の動きが高まったものと考えられます。
一方で、2016年7月時点における3.4%という女性役員比率は、後に述べる諸外国の現状に比べると、依然として明らかに低い数値であり、より女性役員の比率の向上が求められる状況でした。そこから7年までの間に、女性役員比率も、プライム(旧東証一部)上場企業の中での比率ではありますが、18.7%にまで向上しました。
世界の現状
世界に目を向けると、女性役員の登用はほとんど当たり前のような状況になっています。例えば、フランスでは2021年時点で女性役員比率が45.3%に上り、ドイツでは36.0%、イギリスでも37.8%という数値にとなっており、アメリカでも29.7%とほぼ3割に達している状況にあります。
(出典:内閣府男女共同参画局『諸外国における企業役員の女性登用について』 令和4年4月21日)
こうした世界各国の現状を支えている1つの施策として、役員クオータ制というものが挙げられます。概要としては、女性役員比率を4分の1以上にするような数値目標を設定するものです。ここまでは現在の日本が取り組んでいる点も同様ですが、欧米各国では、実効性確保のためのペナルティ措置などが設けられている点が異なります。
例えば、フランスでは、男女の比率が40%に達するまで、取締役や監査役への報酬の一部の支払が停止されるといったものがあり、経済的なインセンティブの観点から制裁を設けることで実効性を確保する工夫があります。
このように、日本でも着実に女性役員・取締役の確保、義務化への動きは高まっているものの、諸外国のスタンダードに比べるとまだまだ及ばない現状があります。
女性取締役の義務化への3つの課題|M字カーブとL字カーブについてsection
今年2023年に掲げられた女性版骨太の方針では、女性取締役の設置義務化ではなく、内容的には努力義務にとどまるものとなっています。そうした内容に対しては、実効性の観点から疑問が呈される側面がありますが、女性取締役の義務化にはどのような点に課題があるのでしょうか。
女性特有のライフスタイル・イベントを踏まえた社会構造
女性が人生の選択において必ず迫られるといってもよいのが、結婚ないし出産・育児です。このライフイベントや男性の意識を踏まえた社会構造が1つ挙げられます。
ここで、いわゆるM字カーブやL字カーブといった言葉があります。
M字カーブとは、女性の世代ごとの労働力率をみたときに、およそ20代前半に高まり「山」となるものの20代広範から30代の間の部分が谷間となり、その後30代後半程度から再度「山」ができる特徴を表す言葉です。
また、L字カーブとは、女性の労働力率が、20代から30代を山として、それ以降は右肩下がりで下降していく状態のことをいいます。
従前は、最初のM字カーブが顕著な特徴であったことから、谷間を浅く、無くしていく取り組みとして様々な女性の活躍推進の施策がなされました。様々な出産、家事育児支援や、職場の福利厚生と復職のしやすさを整える政策や民間企業の努力により、M字カーブの特徴は徐々に改善されつつあるとされています。
一方で、L字カーブについては、正規雇用にかかる比率においてなお根強く残っている傾向があるとされています。2023年時点のデータでは、就業率にかかるM字カーブはほとんど谷間の部分がない程度になっている反面、正規雇用比率については20代前半の40.3%から20代後半の58.7%という急激な右肩上がりの後、その時点をピークに減少していく状況にあります。
女性が20代後半から30代にかけて結婚や出産ラッシュを迎えますが、その後、正規雇用においては職場への復職が難しくなる傾向があることがみてとれます。
家庭における家事育児の現状
その原因として考えられるのは、やはり家庭における家事育児の分担に関わる現状であると考えられます。
「イクメン」という言葉が浸透しつつあるほか、いわゆる産後パパ育休など育児介護休業法の制定や改正により、日本でも育児に積極的に関わる男性の増加は社会的な機運であるといえます。
一方で、それが十分に浸透しているかどうかは検証の余地があるところです。
総務省が2023年7月21日発表した就業構造基本調査によると、25歳から39歳の働く女性の割合が81.5%と過去最高を更新しましたが、正社員で働く女性の中で家事育児の負担が4時間を超える女性は3割程度に上っており、8時間以上が3割を超えている現状があります。
参考:日本経済新聞|家事育児、分担なお偏り 2023年7月22日
様々な要因として、男性の育休取得に対する一定の企業努力など改革がある一方で、現状としてはそれが一部の企業にとどまるケースも考えられます。また、家事育児に対する男性の意識改善の余地があることなども挙げられるでしょう。
職場の環境整備
職場の環境整備という観点でも、女性が出産を迎えた後の復職を後押しする工夫に企業間の差があることも考えられます。女性役員として働く上で、様々な会議や業務に対応する必要があることから、リモートワークの活用やより広いフレックスタイムの活用推進も、今後の課題となってくるでしょう。
あるいは、福利厚生として、家事や育児をもっとアウトソースできる社会インフラの構築も重要になってくると考えられます。
例えば、諸外国ではベビーシッターや家事代行を活用することは、一般的な選択肢である一方で、日本ではまだそうした土壌が発展段階にあります。そうしたサービスの向上や発展、政策としての利用支援も求められると考えられます。
女性役員・取締役設を推進するにあたっての今後の方向性section
今後女性役員、取締役の設置の普及ないし義務化のため、どのような政策や社会の方向性が考えられるでしょうか。
コーポレートガバナンスコードなどの改訂
女性役員・女性取締役の義務化に向けては、諸外国の枠組みに近づくための1つの施策として、コーポレートガバナンス・コードの改訂が考えられます。
上場企業がイニシアチブをとって取り組んでいくという意味もありますが、制度設計として、まずはソフトローから整備していくことで制度化しやすい側面があります。
そこで、コーポレートガバナンス・コードの原則2-4の補充原則などにおいて、女性役員を最低1人設置することを具体的に盛り込むといった形の改訂により、ミニマムのルール化が可能となるといえます。
法整備
法整備に関しては、女性役員の設置をそのまま法律に明記するというよりも、女性役員の就業環境をバックアップするような法改正がなされていく方向性が1つとして考えられます。
女性版骨太の方針の中で取り上げられている点としては、短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大、いわゆる106万円の壁を越えた場合の給与の目減りを防ぐ税制のほか、男性側への支援として時短勤務の活用を促す給付などの創設があります。
家事育児支援サービスの利用支援
また、骨太の方針では、外部サービスの利用普及による家事・育児負担の軽減が挙げられています。
ベビーシッターの保育の質の確保と向上のほか、補助金・助成金の拠出による利用支援、家事代行の利用支援の施策があります。企業の福利厚生としての位置づけで、育児家事に対する様々な支援をすることで、女性役員の活躍のしやすさが広がっていくでしょう。
今年発足したこども家庭庁に対しても、来年度の予算が4.8兆円に増えるなど、そうした方向性が垣間見える動きがあります。
まとめ
最後に、この記事のポイントを3つにまとめます。
- 政府は、女性版骨太の方針2023において、2025年までに上場企業における女性役員を最低1人確保という数値目標を掲げた。また、中長期的には、2030年までにアメリカの水準のような女性役員比率30%という数値目標を提示した。
- 女性役員、女性取締役の義務化に関しては、これまで女性役員数や比率は着実に向上している一方で、諸外国に比べると明らかに低い水準であることが課題とされていた。その要因としては、女性のライフイベントに合わせた社会環境の整備等が不十分であることが指摘される。
- 今後は、コーポレートガバナンス・コードの改訂や様々な法整備、家事育児のサービス向上と市場発展、それを推進する政策的な利用支援の方向性が考えられる。