バーチャル株主総会とは、オンラインで開催される株主総会を意味します。後述するように、実際の会場での開催と並行してオンライン参加を認めるパターンと、オンラインのみでの開催とするパターンの両方があります。
オンライン開催は株主にとって利便性が高いことに加えて、最近では新型コロナウイルス感染症の影響もあり、バーチャル株主総会への注目がいっそう高まっています。
オンラインで開催される「バーチャル株主総会」は、株主の利便性向上や感染症対策などの観点から、近年注目を集めています。東京証券取引所の公表資料によると、2021年3月期の定時株主総会においては、バーチャル株主総会を実施予定と回答した上場企業が232社(全体の14.0%)に上りました。
参考:2021年3月期決算会社の定時株主総会の動向について|株式会社東京証券取引所
2021年6月16日に施行された改正産業競争力強化法により、オンラインのみで開催される「バーチャルオンリー株主総会」が一部の上場会社について認められ、今後は株主総会のオンライン化がいっそう進展することが期待されます。
バーチャル株主総会の開催に当たっては、オンライン開催特有の注意点を踏まえて、十分な事前準備を整えることが大切です。本記事では、バーチャル株主総会を開催するメリット・手続き・会社としての注意点などを解説します。
バーチャル株主総会を開催するメリットsection
バーチャル株主総会を開催することには、株主・会社の双方にとって様々なメリットがあります。バーチャル株主総会の主なメリットは、以下のとおりです。
遠方の株主も参加できる
バーチャル株主総会は、遠方の株主でも参加しやすい点が大きなメリットです。会社の活動に高い関心を持っている方でない限り、時間と費用をかけて遠方の株主総会に参加するモチベーションはないケースが多いでしょう。
オンラインでも株主総会が開催されれば、これまで参加が難しかった遠方開催の株主総会にも、気軽に参加することができます。また、オンライン開催によって遠方の株主の参加数が増えれば、会社に対する監視を実効的に及ぼす観点からもメリットがあると考えられます。
同日開催の複数の株主総会に参加しやすい
伝統的に3月決算が多い日本の上場会社の場合、株主総会の開催は同じ日に集中する傾向が強いことで知られています。開催に必要な準備を経て、決算期の3か月後の6月(特に後半)に株主総会を開催するケースが多いからです。東証の公表資料によると、2021年3月期の株主総会は、全体の26.9%に当たる企業が最集中日の同年6月29日に開催する見込みであったとされています。
1990年代には最集中日への集中率が常時90%を超えていたことを考えると、近年では集中率がかなり緩和されたとはいえ、依然として高い水準にある状況です。
参考:2021年3月期決算会社の定時株主総会の動向について|株式会社東京証券取引所
実際の会場でしか株主総会が開催されていなければ、同日に開催される複数の株主総会へ出席することは困難です。これに対して、オンライン参加が可能であれば、同日開催の複数の株主総会へ参加しやすくなります。
会場費を削減できる
実際の会場での開催と並行して、オンラインでも株主総会が開催されれば、参加株主は両方に分散することが予想されます。そのため、実際の会場でしか株主総会を開催しない場合と比較すると、会場のキャパシティを絞ることで費用を削減できるメリットがあります。
また、オンラインのみで開催する「バーチャルオンリー株主総会」の場合、そもそも株主総会の開催用に広い会場を借りる必要がありません。運営システムを構築するための投資は必要になりますが、いったんシステムの構築が完了すれば、会場費を削減できるメリットが大きくなってくるでしょう。
感染症対策としても効果的
バーチャル株主総会は、新型コロナウイルス感染症をはじめとした感染症対策としての効果にも注目されています。実際の会場で開催する株主総会とは異なり、オンライン開催であれば、参加者間での感染リスクがないからです。
後述するように、上場会社が一定の条件を満たす場合、株主総会をオンラインのみで開催することも可能となりました(バーチャルオンリー株主総会)。
今後、新型コロナウイルス感染症の影響が長期化・拡大することになれば、バーチャルオンリー株主総会を開催する会社も増えてくることが予想されます。
バーチャル株主総会の種類section
バーチャル株主総会は、開催形態に応じて「ハイブリッド参加型バーチャル株主総会」「ハイブリッド出席型バーチャル株主総会」「バーチャルオンリー株主総会」の3つに分類されます。
ハイブリッド参加型バーチャル株主総会
「ハイブリッド」とは、実際の会場での開催と並行して、オンラインでも株主総会を開催する形態を意味します。2種類ある「ハイブリッド」型のうち、「ハイブリッド参加型バーチャル株主総会」は、オンライン参加の株主に議決権等が与えられないのが特徴です。
ハイブリッド参加型バーチャル株主総会では、オンライン参加の株主はオブザーバーに過ぎず、正式な出席者としては取り扱われません。そのため、オンライン参加の株主は議決権を行使できないほか、質問権(会社法314条)や議案提出権(会社法304条)の行使も認められません。
ハイブリッド参加型バーチャル株主総会において、オンライン参加の株主が議決権を行使するためには、以下の3つの方法が考えられます。
- 実際の会場で開催される株主総会に出席する代理人に対して、議決権行使を委任する(会社法310条1項)
- 事前に書面による議決権行使を行う(会社法311条1項)
- 事前に電磁的方法による議決権行使を行う(会社法312条1項)
ただし、書面または電磁的方法による議決権行使が認められるのは、株主総会の招集事項で定められた場合に限られる点に注意が必要です(会社法298条1項3号、4号参照)。
ハイブリッド出席型バーチャル株主総会
「ハイブリッド出席型バーチャル株主総会」では、参加型の場合と異なり、オンライン参加の株主も正式な出席者として取り扱われます。したがって、オンライン参加の株主も、システムを通じて議決権・質問権・議案提出権等を行使することができます。
株主権行使の機会を保障する観点からは、参加型ではなく出席型とし、オンライン参加の株主にも会場参加の株主と同等の権利を保障することが望ましいです。
ただし出席型の場合、システム障害等の影響によってオンライン参加の株主が権利を行使する機会を奪われないように、参加型よりもいっそう細心の注意が要求されます。
バーチャルオンリー株主総会
「バーチャルオンリー株主総会」は、実際の会場を設けずに、オンラインでのみ開催される株主総会です。
会社法上は、株主総会の招集事項として、株主総会の「場所」を定める必要があるとされています(会社法298条1項1号)。そのため従来は、物理的な開催場所がないバーチャルオンリー株主総会を開催することは、会社法の下で認められないと解されていました。
しかし新型コロナウイルス感染症の影響が長引く中、バーチャルオンリー株主総会の開催を認めるべきとの声が高まったことを受けて、2021年6月16日に改正産業競争力強化法が施行されました。
第一章 総則(目的)第一条
引用元:産業競争力強化法
この法律は、我が国経済を再興すべく、我が国の産業を中長期にわたる低迷の状態から脱却させ、持続的発展の軌道に乗せるためには、経済社会情勢の変化に対応して、産業競争力を強化することが重要であることに鑑み、産業競争力の強化に関し、基本理念、国及び事業者の責務を定めるとともに、規制の特例措置の整備等及びこれを通じた規制改革を推進し、併せて、産業活動における新陳代謝の活性化を促進するための措置、株式会社産業革新投資機構に特定事業活動の支援等に関する業務を行わせるための措置及び中小企業の活力の再生を円滑化するための措置を講じ、もって国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
改正後の産業競争力強化法66条では、一定の条件を満たす上場会社についてバーチャルオンリー株主総会の開催を認め、コロナ禍におけるオンライン化のニーズが立法的に実現されることとなりました。
バーチャルオンリー株主総会を開催できる会社の要件section
バーチャルオンリー株主総会を開催できるのは、産業競争力強化法66条1項で定められる要件を満たす会社です。
上場会社であること
バーチャルオンリー株主総会の開催は、「上場会社」のみに認められています。上場会社とは、金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社のことです。上場会社でなければ、バーチャルオンリー株主総会の開催は認められません。
経済産業大臣・法務大臣の確認を受けること
バーチャルオンリー株主総会を開催するには、その開催が株主の利益の確保に配慮しつつ産業競争力の強化に資する場合として「省令要件」に該当することにつき、経済産業大臣・法務大臣の確認を受けなければなりません。省令要件としては、「産業競争力強化法に基づく場所の定めのない株主総会に関する省令」1条において、以下の4つが規定されています。
参考:産業競争力強化法第66条第1項に規定する経済産業大臣及び法務大臣の確認に係る審査基準|経済産業大臣・法務大臣
- バーチャルオンリー株主総会の議事における、情報通信の方法に関する事務の責任者を置いていること
- バーチャルオンリー株主総会の議事における、情報通信障害に関する対策についての方針を定めていること
- バーチャルオンリー株主総会の議事における情報通信の方法として、インターネットを使用することに支障のある株主の利益の確保について、配慮の方針を定めていること
- 株主名簿に記載・記録されている株主の数が100人以上であること
後述のバーチャルオンリー株主総会に関する定款の規定を置くためには、事前に上記の省令要件をすべて満たしていることにつき、経済産業大臣・法務大臣の確認を受けることが必要です。さらに、実際にバーチャルオンリー株主総会を招集する段階でも、招集権者が改めて省令要件を満たしていることを確認する必要があります。
定款でバーチャルオンリー株主総会を開催できる旨を定めること
上記の経済産業大臣・法務大臣による確認を受けた後、バーチャルオンリー株主総会を開催できる旨を定款で定めることにより、初めてバーチャルオンリー株主総会の開催が可能となります。
バーチャルオンリー株主総会を開催できる旨が、従前の定款に規定されていない場合には、定款変更によって新たに規定を盛り込む必要があります。定款変更は、株主総会特別決議によって行います(会社法466条、309条2項11号)。
バーチャル株主総会を開催する際の手続きsection
バーチャル株主総会を開催する場合、会社法・産業競争力強化法の定めに従い、以下の手続きを踏む必要があります。
取締役会による招集事項の決定
株主総会の招集に先立ち、取締役会が招集事項を決定します(会社法298条1項、4項。取締役会設置会社でない場合は、取締役が招集事項を決定します)。招集事項として定めなければならないのは、以下の事項です。
- 株主総会の日時および場所
- 株主総会の目的事項(議題)があるときは、当該事項
- 株主総会に出席しない株主に書面による議決権行使を認めるときは、その旨
- 株主総会に出席しない株主に電磁的方法による議決権行使を認めるときは、その旨
- 会社法施行規則63条各号に定める事項
なお、バーチャルオンリー株主総会を開催する場合、招集事項が以下の内容に変更されます(産業競争力強化法66条2項、産業競争力強化法に基づく場所の定めのない株主総会に関する省令3条)。
- 株主総会の日時および株主総会を場所の定めのない株主総会とする旨
- 株主総会の目的事項(議題)があるときは、当該事項
- 株主総会に出席しない株主に書面による議決権行使を認める旨(必須。ただし、全株主に金融商品取引法に基づく委任状勧誘をしている場合を除く)
- 株主総会に出席しない株主に電磁的方法による議決権行使を認めるときは、その旨
- 会社法施行規則63条各号に定める事項
- 通信の方法
- 事前に議決権を行使した株主が、株主総会当日にオンライン参加した場合における、事前の議決権行使の効力の取扱い
株主に対する招集通知等の発送
取締役による招集事項の決定後、株主に対して招集通知を発送します。招集通知には、取締役会が決定した招集事項を記載しなければなりません(会社法299条4項)。また、バーチャルオンリー株主総会を開催する場合には、招集事項に加えて以下の事項を記載する必要があります(産業競争力強化法66条2項、産業競争力強化法に基づく場所の定めのない株主総会に関する省令4条)。
- 議事に関する情報の送受信に必要な事項
- (例)URL、ログインID、パスワード
- 通信障害に関する対策についての方針の概要
- インターネットを使用することに支障のある株主について、その利益の確保に配慮するための方針の概要
招集通知の発送期限は、原則として株主総会開催日の2週間前です(同条1項)。ただし公開会社でなく、かつ事前の書面または電磁的方法による議決権行使を認めない場合は、株主総会開催日の1週間前まで発送すれば足ります。
取締役会設置会社の場合、または事前の書面または電磁的方法による議決権行使のいずれかを認める場合には、招集通知の発送は原則として書面で行う必要があります(同条2項)。ただし、株主の承諾があれば、電磁的方法(メールなど)で招集通知を発送することも可能です(同条3項)。
取締役会設置会社でなく、かつ事前の書面または電磁的方法による議決権行使のいずれも認めない場合には、招集通知の発送方法は特に限定されていません。また、株主全員の同意がある場合には、招集通知を発送せずに株主総会を開催できます(会社法300条。ただし、事前の書面または電磁的方法による議決権行使のいずれかを認める場合を除く)。
株主総会当日の議事進行・決議
株主総会当日は議長が議事進行を担当し、経営陣からの報告や、招集通知に記載した目的事項についての審議・決議が行われます。なおバーチャル株主総会の場合、議事進行中に通信接続状況に乱れが生じ、オンラインでの参加者による権利行使の機会が失われるリスクがあります。
もし通信接続状況の乱れが著しく、議事を継続することが不適当と認められる場合には、株主総会決議によって議事の延期を決定することが可能です(会社法317条)。
なおバーチャルオンリー株主総会では、通信障害によって議事に著しい支障が生じる場合につき、株主総会決議によって延期または続行の判断を議長に一任することが認められます(産業競争力強化法66条2項、会社法317条)。
バーチャル株主総会を開催するに当たっての注意点section
バーチャル株主総会の開催に当たっては、実際の会場のみで株主総会を開催する場合と比べて、オンライン特有の注意事項が存在します。新たにバーチャル株主総会の開催を検討する際には、次に挙げる事項に十分ご留意ください。
事前準備・システム導入などの環境構築に手間とコストがかかる
バーチャル株主総会の新規開催に伴い、従来型の株主総会とは異なる事務手続きが発生します。招集事項や招集通知の記載事項も変わるため、会社法・産業競争力強化法に基づく検討を行ったうえで、必要に応じて対応マニュアルなどを改訂しなければなりません。株主総会の開催担当者に対しては、事前研修を行って事務の習熟に努める必要もあるでしょう。
また、オンライン参加用のシステム・機材の導入には、多額の設備投資を必要とする場合があります。そのため、事業上の資金繰りに悪影響が及ばないように、計画的に導入を進めることが大切です。
通信障害のリスクに要注意|サポート体制の整備が必要
バーチャル株主総会を開催するに当たっての最大のリスクは、議事進行中に通信障害が発生する可能性があることです。もし通信障害が発生した場合、速やかに復旧に努める必要があります。うまく接続できない株主からクレームが入ることも想定されるため、当日のサポートデスクを設置したうえで、招集通知に連絡先を記載して周知を図りましょう。
またバーチャルオンリー株主総会の場合、通信障害時には議長が円滑に判断できるように、冒頭で議事の延期・続行の判断を議長に委ねる旨を決議しておくのがよいでしょう。
サイバー攻撃を想定したセキュリティ対策の実施
上場企業の株主総会では、会社の信用失墜などを意図したサイバー攻撃が行われる可能性も考えられます。サイバー攻撃への耐性を強化するためには、システム面でのセキュリティ対策を行うことが必須となります。ウイルス対策ソフトを導入することはもちろん、当日もエンジニアを待機させるなどして、サイバー攻撃への対処を迅速に行うことができる体制を整えておきましょう。
まとめ
株主にオンライン参加を認めるバーチャル株主総会は、株主にとって利便性が高く、かつ会社にとっても会場費の削減や感染症対策といったメリットがあります。
新型コロナウイルス感染症の影響下で、オンラインへの抵抗感がほとんどなくなった現状では、バーチャル株主総会が好まれる傾向は加速することでしょう。そのためバーチャル株主総会は、株主数が多い上場企業を中心として、今後ますます普及することが予想されます。
初期の導入コストがかかる点や、通信障害・サイバー攻撃等のリスクがある点はネックとなります。しかし、堅牢なシステムを構築できさえすれば、バーチャル株主総会はメリットの多い開催方法です。まだバーチャル株主総会を導入していない上場会社等は、この機会に導入を検討してみてはいかがでしょうか。