役員報酬は会計上は人件費の一部として扱われますが、給与とは異なる法律が適用されています。例えば起業する場合、役員報酬は会社設立後3ケ月以内に決定し、所定の税務署に申請しなければなりません。
また、役員は社会保険に入ることが義務化されています。報酬金額によって税金と社会保険料が変わるので、バランスを考えなければなりません。今回はそんな役員報酬の決め方や、損をしないためのポイントをまとめていきます。
役員報酬の決め方は定款か株主総会かの2種類section
役員報酬とは、その名の通り会社役人に支払われる報酬のことです。決め方は、会社法361条にのっとって2通りの方式があります。
- 定款に定める
- 株主総会で決める
どちらの場合も、期首の3ヵ月前に決定している必要があります。
(取締役の報酬等)
引用元:会社法
第三百六十一条 取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。
一 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額
二 報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法
役員報酬として規定可能な内容
- 確定されている金額
- 金額の算出方法
- 金銭以外にもある場合、その具体的内容
定款に定める場合、創業メンバーと話し合い役員の「報酬・賞与の規定」といった項目を設定すれば完了です。株主総会で決定する場合、もう少し複雑になります。必要事項と大まかな流れを紹介します。
- 株主総会の招集通知に、役員報酬に関する議案を記載
- 会社法施行規則が定める金額の算出方法や事由についての記載も必要
- 株主総会で報酬が確定したら、議事録を残して完了
実務上は株主総会で決まることがほとんどのようです。定款についても、変更時は株主総会が必要になりますので、手続き的な違いはあまりありません。
役員報酬の決定手続き
役員報酬が決定したら、所定の手続きが必要です。法的な手続きを経なければ役員報酬は支払われません。まず、役員になると社会保険に加入する義務が発生しますので、その手続きがいります。次に源泉徴収する特別徴収手続きを行うため、市区町村へ住民税の届出が必要となります。
最後に、役員報酬の金額算出方法について解説していきます。税務上、損金算入として認められている決定方法は、
- 定期同額給与
- 事前確定届出給与
- 業績連動給与
この3通りしかありません。また、報酬金額の算出方法によっては、「事前確定届出給与に関する届出」を所轄の税務署に提出する必要があるのでしっかり確認しましょう。
定期同額給与
定期同額給与とは、毎月決まった金額を給与として支払う方法です。定款か株主総会で、「確定されている金額」として記載されます。気を付けるべきなのは、毎月同額の支払いでなければ損金の算入が認められないことです。
例えば、毎月100万円とした場合、ある月が90万円になってしまうと、差額の10万円は損金として算入されません。また、130万円のように超過しても、30万円分は損金として算入されないことも合わせて覚えておきましょう。
事前確定届出給与
これは毎月の話ではなく、賞与のように年1~2回といった形で支払われる形式です。定款や株主総会で役員報酬が決定した後、「事前確定届出給与に関する届出」を所轄の税務署に提出することで可能となります。届出の内容は、納税の期日と金額です。これを事前に申告することで、税務上損金として扱うことが許されます。
ポイントは、決まった日に決まった金額が支払われるということです。例えば、3月末に100万円支払うと届出たにもかかわらず、金額が変わった、もしくは期日に間に合わなかった場合、全額損金算入されないので気を付けましょう。
業績連動給与
利益連動給与ともいわれ、その名の通り会社の業績・利益に応じて役員報酬が設定されます。有価証券報告書などに、役員報酬の算定に使用する指標を記載しておく必要があります。算定方法は、下記の要件を満たすことが求められます。
- 確定額・確定数を限度としている
- 他の業務執行役員と算定方法が同じであること
- 政令で定める日までに報酬が確定していること
- 定められた日までに報酬が支払われる、もしくはその見込みがあること
3つの算定方法を紹介してきましたが、その限度額や指標についても細かなルールがあります。次の項目で、役員報酬の相場観や適正金額と一緒に確認しましょう。
役員報酬の適正金額とは|実質基準・形式基準による妥当性の判断section
国税庁の民間給与実態統計調査における2019年のデータでは、会長から専務執行役員までの役員報酬は以下のようになっています。
表:企業規模別、役名別平均年間報酬(単位:万円)
会長 | 副会長 | 社 長 | 副社長 | 専務 | 常務 | 専任取締役 | 部長等兼任 | 監査等委員 | 監査役 | 専任 執行役員 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
全規模 | 6,355 | 5,246 | 4,622 | 3,924 | 3,190 | 2,461 | 1,945 | 1,703 | 1,948 | 1,716 | 2,206 |
3,000人以上 | 10,160 | 6,473 | 7,373 | 5,450 | 4,502 | 3,396 | 2,447 | 2,163 | 3,410 | 2,426 | 3,100 |
1,000人以上 3,000人未満 | 5,585 | 4,548 | 4,554 | 3,460 | 3,067 | 2,382 | 1,940 | 1,746 | 1,863 | 1,656 | 1,877 |
500人以上 1,000人未満 | 5,130 | 4,798 | 3,963 | 2,856 | 2,462 | 2,127 | 1,820 | 1,597 | 1,389 | 1,418 | 1,582 |
また、
- 資本金2000万未満の平均にすると約582万円
- 資本金2,000万未満の平均にすると約582万円
- 資本金10億円以上だと約1,598万円
となります。このことから、事業規模が大きくなるにつれて役員報酬も上がっていくようです。役員報酬は法人税法第34条第2項により、「政令で定める不相当に高額な部分の金額は損金不算入」という規定がされています。つまり、過大な役員報酬によって法人税の引き下げを狙ってもできないことになります。
不相当か否かの判断は、実質基準と形式基準の2つの基準から行います。
[参考]国税庁│民間給与実態統計調査
実質基準
実質基準は以下の内容を元に判断を行います
- 役員の職務内容
- その会社の業績や、従業員への給与支払の状況
- 同業種・同規模の他の法人の役員報酬の状況
ポイントとしては、名義だけの役員か否か、従業員との報酬差が同業他社と同程度か否かという点です。
形式基準
こちらは、業績連動給与の際に用いられます。ポイントは、株主総会などで決まった限度額を超えていないかどうかです。なお、同族会社(議決権の過半数を、3人以下の株主及び特殊な関係にある法人等が保有している会社)にあたっては、業績連動給与が認められないため、損金不算入になるケースがあります。
さらに算定方法も非常に厳しいものとなります。同族会社は株主と経営者が同一(所有と経営の分離がされていない)ため、たとえ株主総会の決定だとしても、恣意的になりやすい傾向にあります。このため、法人税法132条「同族会社等の行為又は計算の否認」という項目が定められています。
税務署長の権限において、法人税が不当に安くなっていると判断された場合、法人税の再計算・決定が認められているのです。これは特に法律の規制に照らして「不当である」と判断されるものではありません。例えば家賃が相場より高くないかなど、事細かに支出を追及されます。
「実質基準」「形式基準」どちらの方法についても、役員報酬の決定は役員ごとの報酬決定でなく、役員全員の総額を決定するだけでも可能です。この場合代表取締役が取締役会から委任を受けている必要があります。
役員報酬の金額や決め方に関してよくある疑問section
ここまでで役員報酬の決まり方、決定手続きなどを見てきましたが、実は紹介したこと以外にも様々な制約があります。例えば役員報酬は事業年度の3ヵ月前に決定が必要ですが、それに間に合わないとどうなるのか。
さらに役員に対しての賞与は損金算入できるのか、ケガや病気で役員報酬を引き下げざるを得ない場合、損金算入は認められるのかなど、一度決定した後の変更や処理についても解説していきます。
役員報酬の金額は途中で変更できるのか
事業年度途中でも支払額の変更自体は可能です。ただし、役員報酬の損金算入の原則は、毎月同額や確定数と決まっています。つまり、決定した後の変更は原則として損金算入が認められません。金額が変更されると法人税が高くなってしまいます。
例えば、定期同額給与で毎月100万円と決定していたとします。
たまたま想定より業績が良い時期があって、役員報酬を130万円に増額した場合、増額した30万円分は損金の参入が認められません。また、業績が悪く100万円から60万円に減額した場合も、100万から60万を引いた40万円は損金として算入されません。
ただし、例外もあります。
例えば減額が認められるケースとして、役員が病気やケガなどによって職責を存分に果たせなくなっていたような、やむを得ない事情がある場合です。
他にも著しい経営業績悪化により、役員の引責による減額というのも、株主などの利害関係者との関係によっては認められます。これらのケース以外でも認められることはありますが、やむを得ない事情や著しい経営業績悪化について、明確な基準は存在しません。税理士等に相談しましょう。
[参考]国税庁|役員給与に関するQ&A
役員に賞与は出せるのか
役員報酬の変更については、特別な事情がない限り損金算入が難しいことは前項で述べました。では、賞与はどうなるのでしょうか。一般的に、役員は賞与を受け取れないといわれています。賞与は、一般的に利益を多く上げた際に、社員に対して臨時で還元するための一時金のことを指します。
一時的な売り上げ利益の変動による報酬金額の変化は、役員報酬の原則である「毎月同額」「確定額・数」に反しているのです。このように賞与の性格上、利益操作になりかねないため、役員報酬への賞与の上乗せは損金として認められません。
しかし、以下のルールを守ることで、役員にも賞与を支払うことが可能になります。
- 株主総会で決議をする
- 定められた期日以内に届出を行う
- 届出通りの支払額である
株主総会は定時総会でも臨時総会でもかまいません。利益が多く出て、役員にも還元すべきであればいつでも行えます。
定められた期日とは、以下2つのうち、早いほうが期日になります。
- 賞与を決議した株主総会から1ヵ月
- 事業年度開始日から4ヵ月
例えば1月が事業開始年度、仮に2月1日に株主総会が実施されたとした場合、株主総会から1ヵ月後の3月31日が期日になります。また、役員賞与の場合でも、不相当に高額でないかという点は調査されます。税務署の判断によっては損金として認められません。
損金として認められない場合、役員賞与を差し引く前の利益額に法人税率がかけられます。さらに、役員には賞与を与えられた金額に対して所得税率がかけられる点も押さえておきましょう。
[参照]
3ヵ月前に決定できないとどうなるか
役員報酬は事業年度開始の3ヵ月前までに決定することが義務付けられています。この決定が遅れてしまった場合、一部損金として認められなくなることがあります。例えば4月に事業年度開始の会社が、7月に株主総会を行ったとします。それまで100万円だった役員報酬を8月から120万円に増額した場合、増額した20万円を損金として計上することができません。
逆に役員報酬を70万円まで減らした場合、差額の30万円は損金算入できません。
しかしこれらのルールも、例外が認められるケースがあります。
- 職責の変更があったとき
- その他、やむを得ない事情があるとき
職責の変更があったとき
例えば執行役員が取締役へ昇進をした場合など、職責の変更があった場合は損金算入が認められます。ただし、肩書だけを変更しても認められません。権限と責任が変更された場合に限り、その実態を鑑みて許される場合があります。
その他、やむを得ない事情があるとき
こちらはケガや病気などで職責を果たせなくなったようなケースです。このほか、急激な業績悪化や懲戒、女性の場合であれば産休も認められます。これらの判断は税理士や税務署の判断が必要となるので、事前に相談しましょう。
[参考]国税庁|役員給与に関するQ&A
みなし役員・使用人兼務役員の取り扱い
役員とは会社法によれば、下記のように規定されています。
- 取締役(会社法38条)
- 会計参与(会社法38条)
- 監査役または会計監査人(会社法38条)
- 執行役(会社計算規則140条)
- 理事(会社法施行規則)
- 監事(会社法施行規則)
- その他これらに準ずる者(会社法施行規則)
上記のほか、税法上では「みなし役員」と呼ばれる特別な役職が存在します。
具体的にいうと、以下の定義のいずれかに当てはまる場合、特に登記などをしていなくてもみなし役員とみなされます。
- 会社の使用人以外で、経営に参加している
- 同族会社の使用人でかつ、上位50%の株主グループに属している
- 同族会社の使用人でかつ、所属する株主グループの保有割合が10%以上
- 同族会社の使用人でかつ、当該使用人(配偶者含む)の保有株式が5%を超えている
例えば取締役として登記されていなくても、会長・総裁・理事長などの肩書で経営に従事している場合、みなし役員とされます。経営に参加・経営に従事している点については、明確な定義はありません。中小企業の場合、配偶者もともに仕事をしているケースもありますが、経営の意思決定に影響力を持っていると税務職員に思われた場合、みなし役員としてみなされます。
役員報酬が重要な経営決定となる理由section
東京商工リサーチによれば、役員報酬最高額はソフトバンクグループのサイモン・シガース氏で、総額18億8200万円としています。
ソフトバンクグループは同氏を含め、日本の役員報酬ランキングトップテンに4名ランクインしており、公表されている8名の役員の総額は何と60億円以上という莫大な額にのぼります。役員報酬は、優秀な人材を引き付け、また法人税を減額できるツールともなります。ここでは役員報酬の活用方法を紹介していきます。
優秀な人材を確保できる確率が高まる
企業の目的は、社会への価値提供を継続して行うことです。さらに株式会社の場合、株主価値の最大化が加わります。役員は、この2つのゴールを達成するためのあらゆる手段を検討・実施しなくてはなりません。このため、実績に応じて報酬を用意することが、より優秀な人材獲得のために欠かせません。
前述のソフトバンクグループも、役員報酬を高額に設定することで優秀な人材を獲得している企業の一つです。社長である孫正義氏の役員報酬は1億円であるのに対し、役員報酬ランキング1位のサイモン・シガース氏は18億円以上の高額な設定にされています。
孫正義氏の優秀な人材には糸目をつけない姿勢が現れているのではないでしょうか。また、今回の役員報酬ランキングトップテンのうち、唯一の日本人であるソニーグループの吉田憲一郎氏の報酬額も注目されています。
2018年の就任初年度から過去最高益を達成し、それからも成長を続けソニーグループは純利益1兆円の企業になりました。実はソニーグループの役員報酬は、外国人社長のストリンガー氏が作り上げたものです。ストリンガー氏は業績不振のため解任されましたが、吉田氏が見事に立て直しました。
このように、役員報酬の設定の仕方によっては、インセンティブを与え優秀な自在を惹きつけるための投資として機能するのです。
節税として役員報酬が使える
役員報酬は節税のツールとしての側面もあります。具体的には、会社が支払う法人税と、役員自身が支払う所得税のバランスによって、全体での納税額を減らせる可能性があります。
法人税について
法人税は税引き前純利益の金額に対して法人税率がかけられます。役員報酬はこの税引き前純利益を算出する前に、利益処分として支払われる側面があります。これまで見てきたように、役員報酬が厳格なルールの上で金額が設定されるのは、利益処分の仕方によって不当に法人税の支払いが少なくなることを防ぐためです。
所得税について
役員報酬には役員自身へ所得税がかけられます。金額があがれば上がるほど累進課税により納税額も増えてしまいます。
しかし、個人事業主から法人化をしたような場合、確定申告の事業所得のうち、一部を役員報酬として扱うことで全体の納税額が低くできる可能性があります。また、役員報酬には金銭以外も認められます。そのうちの一つが、ストックオプションです。
法人税としては損金算入ができませんが、役員個人の節税対策のために利用されます。他にも社会保険料など様々な要因がありますが、バランスよく役員報酬を設定することで、最終的に出ていく金額を減らすことが可能になるのです。
役員報酬を決める際の注意点3つsection
これまで見てきたように、役員報酬には投資と節税2つの効果が見込めます。
どちらも最大限発揮させるには、法人税・所得税・社会保険料といった要素を考えねばなりません。ここではそれらをうまく決めるコツを紹介していきます。
途中で変更はしない
大前提として、役員報酬の金額は途中で変更しないようにしましょう。損金として算入するためには、定款または株主総会で決定された金額でのみの支給です。報酬内容を金銭からストックオプションに切り替えるといった対応も不可です。
法人税法34条により、「確定額・確定数を限度」と定められているので、内容自体も事前に確定させている必要があります。仮に将来有望そうな事業への投資のために資金を残したいなどが出てきた場合、報酬ではなく賞与の部分を臨時株主総会で調整するなどで対応しましょう。
毎月同額になるように注意する
役員報酬は毎月同額である点も注意しましょう。例えば、役員だけの福利厚生といったものは、役員への報酬とみなされる場合があります。そもそも福利厚生とは従業員のための制度ですので、役員は福利厚生を提供する側です。
このため、例えば通勤手当や部活動などといった活動については、役員は利用できません。(一般常識の範囲で利用することは認められますが、明確な基準はありません。)
また、みなし役員の存在も注意が必要です。例えば配偶者の方にも会社に参加してもらうようなケースで、上記のような福利厚生や便宜が認められてしまった場合、損金算入ができず、しかも福利厚生と便宜の分、所得税が上がります。
法人税と所得税・社会保険料のバランスを考える
節税として活用するなら、法人税・所得税のバランスも考えましょう。
例えば、役員報酬確定前の利益が1,400万円あったとします。
次のうちどちらが税金を安くできるでしょうか?
- 役員報酬を年間400万・会社の税引き前利益が1,000万円
- 役員報酬を年間1,000万・会社の税引き前利益が400万円
答えは、この様になります。
❶のケース
役員報酬年間400万×税率20.21%=所得税80万8,400円
会社の税引き前利益1,000万円×税率38.37%=法人税383万7,000円
計464万5,400円
❷のケース
役員報酬年間1,000万×税率33.48%=所得税334万8,000円
会社の税引き前利益400万円×税率24.55%=法人税98万2,000円
計433万円
となりますので、役員報酬を高くしたほうが、税金は安くなります。しかし実際は、ここにさらに社会保険料が加わったり、所得控除など税金が割り引かれたりといったことが発生します。役員報酬決定の際は、税理士とも相談するようにしましょう。
役員報酬は投資であり節約手段
役員報酬の決定は、どのような場合においても株主総会での決議が必要となり、また金額面においても厳しい規制が存在します。ですが、まだ創業したてで株主の人数が少ない場合、先に挙げたように節税手段として活用できます。
また、ある程度事業が大きくなり株主の数が増えてきたら、さらなる成長のため、優秀な人材確保のための投資にもなりえます。利益処分の仕方によってその会社の未来は大きく変わりますので、専門家とも相談しながら、上手に活用しましょう。