エンタメとは、映画やアニメ、ゲーム、音楽、漫画、YouTubeなど非常に多岐に渡るジャンルがあります。それぞれのジャンルにおける法務イシューも幅広く、デジタルの発展による新しい分野が展開されています。
本記事では、エンタメ分野における法務実務について解説します。
・エンタメには多種多様な分野があり、テクノロジーの発展により各分野の境界を越え、横断的に法務的課題が発生する。
・エンタメにおける主な法務分野は、知財、契約法務、レピュテーションマネジメント、広告法務、タレント契約などにおける独禁法関連のコンプライアンスに関するイシューがある。
・最近では、メタバース空間上のコンテンツや利用者の保護、AIと著作権、デジタルアセットとその権利保護の在り方、YouTube上の炎上コンテンツに対する対策や誹謗中傷への対応などのトピックが熱く議論されている。
法務が重要な役割を果たすエンタメ業界のジャンルsection
エンタメと一口にいっても、多種多様なジャンルがあります。その中で、法務が重要な役割を果たすジャンルについて、簡単にご紹介していきます。
映画・ドラマ
大衆的なエンタメの中心的なものの1つとして挙げられるのが、映画やドラマなどの映像作品です。
製作側だけでも、スポットライトを浴びる演者(俳優など)を筆頭に、監督、カメラマン、脚本家、技術スタッフのほか、CGなどのグラフィック製作会社など多様なステークホルダーがいます。
現代では、YouTubeやTikTokなどの動画SNSの発展も著しいことから、映像作品にはより民主化された形のものもあります。
こうした映像作品に関わるエンタメは、法務がそうしたステークホルダーとの利害を調整し、1つの作品を仕上げるプロセス全体において、重要な役割を果たします。
アニメ
アニメも映像作品の一種です。そして、映画やドラマとの境界もファジーであり、アニメの映画化作品もヒット作品の源泉であるという特徴もあります。
アニメは、映画とは異なり、演者自身のビジュアルではなく、声優によって実演されてキャラクターに投影される点が映画やドラマと異なります。
もっとも、近時では、アニメ声優もドラマや映画に出ることがあったり、アニメの世界観を現実の役者が舞台で演じるような2.5次元作品もあります。
ゲーム
ゲーム業界においても、法務が果たす役割は重要です。その証左の1つとして、日本の最大手ゲーム会社である任天堂ですが、任天堂の法務部は最強という言説もあるほどです。
その根拠は様々ありますが、世界的にも高いシェアを誇る任天堂のゲーム機器やソフトの開発において、特許権を中心とする無形資産が事業の源泉であり、法務部がその守護神のように数々の知財関連訴訟において勝訴してきたといった理由が挙げられます。
また、業界的に現在はオンラインゲームを中心として、ハードウェアからソフトウェアが主流になり、ゲーム製作もより手軽になっていることから、雑多のゲームの中で知財関係の紛争は多くあります。
音楽
音楽についても、楽曲製作はもちろんのこと、アーティストなどの演者の権利も大きな法務分野です。
音楽に限った話ではありませんが、CDやDVDなどのハードウェアの時代から、ストリーミング・配信といった形態で取引されるようになりました。
さらに、リミックス作品やカバー作品も多様化している中で、著作権を中心とした保護について法務の果たす役割は重要です。
アート
絵画やイラストなどのアート作品も、クリエイター保護の観点から法務的観点が重要です。
テクノロジーの発展によりアート作品もデジタル化しつつあること、ブロックチェーン技術との接合によるデジタル作品の権利保護の在り方、イラスト製作におけるAI活用におけるクリエイターの権利保護の在り方などが議論されています。
このような社会構造の変化の中で、アート分野における法務の重要性も高いといえます。
エンタメ分野における主な法務分野section
様々なエンタメの分野がありますが、主な法務分野について5つピックアップし解説します。
著作権をはじめとした知的財産
エンタメ法務で最も注目されている法務分野といえば、やはり知財法務です。
利侵害が起きた場合の訴訟対応、後で述べるようなライセンス契約の設計や契約交渉、そしてどのような権利形態として保護の手続をとるかといった知財戦略の構築など、エンタメ事業において基軸となる役割を担います。
知的財産権を侵害された場合には、損害賠償請求や差止請求が可能ですが、特許権侵害に基づく損害賠償請求の場合、1億円以上もの金額が判決で認容されたケースも少なくありません。
参考:特許権の侵害に関する訴訟における統計(東京地裁・大阪地裁、平成26年~令和3年)
知的財産権がカバーする範囲は幅広いですが、問題が生じた場合に企業に与える影響は莫大であるため、法務が果たす役割は重要です。
多様なステークホルダーとの契約法務
様々なエンタメ分野の中で、1つの作品及びその製作プロセスにおいて多種多様なステークホルダーが関わります。未然に紛争を防ぐ予防法務の観点から、契約法務が重要な役割を占めます。
契約の種類としても、著作権利用許諾・譲渡契約、ライセンス契約、出演契約などのほか、大規模な予算を投じるような映画製作においては、映画製作のプロジェクト自体が事業化され、予算構築のための資金調達に関する投資契約、アライアンス系の契約など、非常に多岐に渡るものが想定されます。
レピュテーションマネジメント・誹謗中傷対応
レピュテーションマネジメントは、企業の信頼を維持・向上を損なう事象に対するリスク管理の側面から、法務における重要な業務です。
レピュテーションマネジメントが重要視されるようになった背景には、SNSの普及が挙げられます。
近年では、SNSによって企業の不祥事が告発されるケースが目立つようになりました。SNSの利用者数の増加に伴い、企業の不祥事は瞬く間に全国に拡散され、失墜した信頼を取り戻すのは極めて難しいです。
実際、宅配ピザの大手チェーンであるピザーラのフランチャイズ店である「ワンダー」が、SNSでアルバイト店員の不適切行為が拡散されたことで炎上し、東京地裁から破産開始決定を受ける事態にまで発展しました。レピュテーションマネジメントは、企業の今後を左右する重要な課題であるといえます。
広告法務
現代では、商品のPRに際して、芸能人やインフルエンサー等を起用する企業が増加しています。それに伴い、法務の観点から問題となるのは、ステルスマーケティングです。
ステルスマーケティングとは、広告であるにもかかわらず、広告であることを隠して商品をPRすることを意味します。消費者庁は、令和5年10月1日から、ステルスマーケティングは景品表示法違反になるとの見解を示しました。違反した事業者は、消費者庁から措置命令を受けることになるため、注意が必要です。
タレント契約における独禁法関連の問題
芸能事務所とタレント間の契約において、独占禁止法上問題となり得る行為がいくつか存在します。この点に関して、公正取引が、いかなる場合に独占禁止法上問題となるか、見解を示しました。
公正取引委員会によれば、独占禁止法上問題となり得る行為として、以下6点の行為が想定されるとしています。
- 移籍、独立を諦めさせる
- 契約を一方的に更新する
- 移籍、独立したタレントの芸の活動を妨害する
- 事務所が一方的に著しく低い報酬での取引を要請する
- 氏名肖像権や芸能活動に伴う知的財産権等の各種権利に対する対価を支払わないこと
- 契約を口頭で行うこと
もっとも、これらの行為が独占禁止法違反となるか否かは、個別の事案に応じて具体的に判断されることになります。
エンターテイメントジャンル別|法務イシューのいち例section
エンタメジャンル別の法務イシューについて、一例をご紹介します。
ゲーム | ゲーム内通貨の発行と資金決済法及び景品表示法の適用 |
音楽 | スナック経営者等による演奏権侵害(クラブキャッツアイ事件) |
漫画 | 作画担当者による著作権侵害(キャンディ・キャンディ事件) |
アート | アート作品の無断使用による著作権侵害 |
YouTubeなど | デジタルプラットフォーマーと利用者との契約関係の在り方 |
ゲーム|資金決済法及び景品表示法
ゲームの事業者にとって収益となるのは、主にゲーム内の広告及びアイテム等の購入です。このアイテム等の購入に関し、ゲーム内通貨を発行することがあります。
もっとも、ゲーム内通貨の発行に際しては、一定の要件に該当する場合、資金決済法や景品表示法の規制の対象となることがあります。資金決済法でいえば、ゲーム内通貨が「前払式支払手段」するか否か、景品表示法でいえば、金額の上限や表現方法が問題となります。
ゲーム製作事業者は、構築したゲーム上の基盤・スキームにおいていかなる法律の適用を受けるのか、慎重に確認することが求められます。
音楽|演奏権侵害
演奏権侵害が問題となった、重要判例(最判昭和63年3月15日)を一つご紹介します。
事案の概要は、スナック店において客がカラオケ伴奏による歌唱をした行為につき、カラオケ装置を設置したスナック経営者等が演奏権侵害をしたとして不法行為による損害賠償請求等をされたというものです。
著作権法38条によれば、著作物は「営利を目的とせず、かつ聴衆又は観衆から料金を受けない場合」には、原則として演奏権侵害は生じません。
通常、スナック店において客が歌唱することはしばしばありますが、客は単に自らが楽しむことを目的としているのみであって、営利を目的としたり、店や他の客から料金を受け取ったりするわけではありません。したがって、この場合には演奏権侵害は生じません。
しかし、本判例は下記の理由により、スナック経営者等の演奏権侵害を認めました。
その理由は、スナックが客の歌唱により店の雰囲気作りをし、かかる雰囲気を好む客の来集を図って「営業上の利益を増大させることを意図していた」からです。この場合は、歌唱という形態による音楽著作物の利用主体は客ではなくスナック店の経営者等であり、かつその歌唱は営利を目的として公にされたものであると評価できます。
したがって、スナック経営者等が著作権者の許諾を得ずして客に歌唱させることは、当該著作物の演奏権を侵害するとして、演奏権侵害の不法行為責任を負うと判旨されました。この判例の考え方は、その後の判例においても採用されています。
参考: 原判決中カラオケ演奏を伴奏とする歌唱による演奏権侵害を理由とする被上告人の損害賠償請求にかかる部分に関する本件上告を棄却|裁判所
漫画|著作権侵害
漫画に関しては、原作者と作画の担当者との間で著作権侵害が争われるケースがあります。
その有名な判例として、「キャンディ・キャンディ事件」があります。
この事件の発端となったのは、漫画「キャンディ・キャンディ」の作画担当者が、原作者との合意によることなく主人公キャンディを描いたリトグラフ及び絵葉書を作成・販売したことです。原作者は、当該リトグラフ及び絵葉書の原画として作画担当者が新たに作成した原画が、原作者の著作権を侵害するとして、原画作成等の差止めを請求しました。
最高裁は、本件漫画は二次的著作物であると認定し、原作者と作画担当者との合意によることなく本件原画を作成し、複製し又は頒布することは許されないとして、原作者の請求を認めました。
アート|著作権
アートの分野においては、著作者の許可なくして無断で作品が使用される事態が度々生じています。
実際、令和5年4月、大阪府は複合観光施設の整備計画の広報資料の中で、世界的な美術家である奈良美智氏の作品を使用しました。しかし、その使用に関して利用許諾を取得していなかったことが判明し、大阪府やその他の関係者が謝罪する事態になりました。
著作物の無断使用は、後の損害賠償等のリスクのみならず、著作者が作品に対して込めている思いや名誉を踏みにじることにも繋がります。したがって、第三者の作品を使用する場合には、当該作品に著作権が及んでいるのか、及んでいるとして、著作者の許諾を得ているのかという点の確認を徹底することが重要です。
YouTubeなどのSNS|契約関係
現代では、YouTubeやTikTok等に代表される海外の巨大プラットフォームを利用して作品を届けるクリエイターが多く存在します。
クリエイターは、プラットフォーマーから収益を得ており、両者はビジネスにおいて重要なパートナー的存在となっています。
しかし、「プラットフォーマーによる収益分配については、そのプロセスが不透明である」といった指摘や、「プラットフォーマーからの製作受託についても、その契約条件について留意すべき点が少なくない」との指摘があがっています。契約の段階において、収益の分配や業務の製作に関し、明確な合意をすることが重要です。
エンタメ分野における最新の法務トピックsection
最後に、エンタメ分野における最新の法務トピックについて、いくつかご紹介していきます。
メタバース上のコンテンツ保護
仮想空間におけるコンテンツの保護については、様々な論点が挙げられます。
大きな枠組みとしては、現実世界におけるコンテンツがメタバース上にそのまま投影されるなどして無断使用された場合における保護の在り方として、著作権法、意匠法、不正競争防止法などの関連法令のどの法令の守備範囲の中に位置づけるかといったもの、メタバース上のコンテンツそのものを法的にどのような権利として整理するのかといったトピックが議論されています。
参考:内閣府知的財産戦略推進事務局|「メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題等に関する論点の整理(案)」について 2023年4月
AIと著作権
AIに関する一大論点として、AIを利用して製作された様々なコンテンツに関する著作権が大きな法務トピックです。
1つは、製作側の権利と、既存のクリエイターが製作した作品に対する権利の保護をどのように図るのかといった視点があります。
もう1つは、AIの学習・開発プロセスにおける著作物利用と、AIプロダクトの利用において出力されたコンテンツによる著作権侵害の該当性判断、AI利用者による独自コンテンツの保護といった論点があります。
主に、著作権法30条の4に関する解釈論として展開されますが、判例の集積もまだまだで、今後の事例の蓄積が待たれるところです。
エンタメ事業の中でAIを活用していく場が広がっていく中で、どのような切り口でAIに関する法的論点が抽出されるかを細かく分析していく必要があります。
NFTとデジタルアート
ブロックチェーン技術の活用により、デジタルアセットのスキームが構築されています。その中で、デジタルアートが一部注目されています。
NFTに関する詳細は割愛しますが、非代替性トークンのことで、デジタル上のコンテンツについて唯一無二のデジタルアセットを構築する技術として注目されます。
法務トピックとしては、デジタルアートについて、どのような著作権法上の保護を与えるかといった論点があります。
デジタル空間上の著作権をどのような観点から位置づけるのかといった点は、ブロックチェーン技術との兼ね合いで、著作権の枠内で議論することの困難性があります。
そのため、契約法務的な観点で、ライセンス付与・利用という関係の中で整理するという考え方などが議論されています。
オンラインゲームと消費者保護
オンラインゲームにおいて、事業者側の法務もありますが、消費者保護とのバランスをどのように考えるかが重要な論点とされています。
NFTが1つの投資対象として位置づけられ、情弱ビジネス的に消費者からお金を取っていくという詐欺的な事業が乱立し、特商法や消費者契約法の観点で事業者側の適正なビジネススキームを担保するのかなどが議論されています。
事業サイドとしても、NFT関連のビジネスが詐欺的に利用されることで、マーケットの危険性ゆえにユーザーから敬遠されることになるのは産業の発展を阻害するため、重要な法務トピックであるといえます。
YouTubeやSNSコメントでの誹謗中傷
YouTubeをはじめとするSNSは、匿名で利用できる点に利点がある反面、その特徴を利用して誹謗中傷を行う者も存在します。
令和4年8月31日、アバターを利用してYouTubeに動画を投稿する、いわゆるVTuberが、インターネット上で誹謗中傷を受けたとして、投稿者に対し発信者情報開示請求を行いました。その投稿内容は、「仕方ねぇよバカ女なんだから 母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」というものです。裁判所は、当該投稿が社会通念上許容される限度を超える侮辱であるとし、名誉感情侵害を認めました。
IT化の加速に伴い、今後もSNSの需要は増加し続けるでしょう。それに伴い、誹謗中傷をはじめとするSNS特有の問題も増加することが予測されます。
まとめ
本記事の内容の要点は、以下の3点です。
- エンタメには多種多様な分野があり、テクノロジーの発展により各分野の境界を越え、横断的に法務的課題が発生する。
- エンタメにおける主な法務分野は、知財、契約法務、レピュテーションマネジメント、広告法務、タレント契約などにおける独禁法関連のコンプライアンスに関するイシューがある。
- 最近では、メタバース空間上のコンテンツや利用者の保護、AIと著作権、デジタルアセットとその権利保護の在り方、YouTube上の炎上コンテンツに対する対策や誹謗中傷への対応などのトピックが熱く議論されている。