企業が上場というステージに上ると、大規模な資金調達による事業拡大のブレイクスルー、顧客認知度の向上、レピュテーションの向上など多大な効果があります。いずれも、企業が事業を拡大する上での戦略として、重要な戦略です。
資金調達額は、日本で大規模なものでは、数千億円に及ぶものもあります。
企業名 | IPO年月日 | 初値時価総額(十億円) |
---|---|---|
メルカリ | 2018/06/19 | 676.7 |
ネクソン | 2011/12/14 | 556.0 |
MTG | 2018/07/10 | 272.4 |
ビジョナル | 2021/04/22 | 254.5 |
Appier Group | 2021/03/30 | 202.7 |
セーフィー | 2021/09/29 | 164.6 |
HEROZ | 2018/04/20 | 163.4 |
リプロセル | 2013/06/26 | 147.8 |
ANYCOLOR | 2022/06/08 | 144.3 |
Sansan | 2019/06/19 | 142.5 |
ネットプロテクションズホールディングス | 2021/12/15 | 132.9 |
プレイド | 2020/12/17 | 117.8 |
フリー | 2019/12/17 | 116.6 |
オプトラン | 2017/12/20 | 108.1 |
ペプチドリーム | 2013/06/11 | 101.8 |
他方、近年はIPOによる調達額の合計が減少傾向にあります。2022年はIPOの調達額が18兆円で、前年より65%減少しました(日本経済新聞|『IPO調達額、65%減』2023年1月4日)
また、昨年は市場再編が行われ、コーポレートガバナンスの水準なども高まったことなど、市況の変化による上場審査基準の変化もみられるようになってきました。様々な要因により、上場審査が通らず延期になったり、断念することになる場合も少なくありません。
この記事では、上場審査に落ちる理由について、外部的要因や内部的要因、上場を成功させるためのポイントについて解説していきます。
上場審査とは|審査の種類とスケジュールsection
そもそも上場審査がどのようなものか、概要をおさえていきます。
審査の種類
上場審査には、引受審査と公開審査の2種類があります。
引受審査は、上場申請を行う前の審査として、主幹事証券会社による審査です。主幹事証券会社の引受審査部門が行うもので、上場申請を行おうとする際に、そもそも上場の見通しが立つのかどうか、証券取引所の定める上場審査基準に適合しているかどうかについて厳格に審査していくものです。
判断の拠り所となるのは、日本証券業協会が定める「有価証券の引受け等に関する規則」です。
主幹事証券会社としても、上場した企業が間もなく問題を起こしたり、その原因が上場前から抱えていた企業の体制などの課題であった場合、引受審査における責任が問われるおそれがあり、上場申請を行う前の段階で上場企業としての見込みがあるのかどうかを判断しておく必要があるからです。
公開審査は、証券取引所が行う審査で、実際に取引所への上場を認めるかどうかを判断する審査です。形式要件と実質審査基準をもとに判断されます。
形式要件と実質審査基準
形式要件の基準に掲げられる項目は、それぞれの市場で11個から14個の項目があります。株主数、流通株式、時価総額、事業継続年数、純資産額、利益額といった主な項目をもとにした一覧表としては、次の表が参考になります。
プライム市場 | スタンダード市場 | グロース市場 | |
---|---|---|---|
株主数 (上場時見込み) | 800人以上 | 400人以上 | 150人以上 |
流通株式 (上場時見込み) | 流通株式数:20,000単位以上 流通株式時価総額:100億円以上 流通株式比率:35%以上 | 流通株式数:2,000単位以上 流通株式時価総額:10億円以上 流通株式比率25%以上 | 流通株式数:1,000単位以上 流通株式時価総額:5億円以上 流通株式比率:25%以上 |
時価総額 | 250億円以上 | ― | ― |
純資産額 | 連結純資産額が50億円以上 | 連結純資産額が正であること | ― |
利益額又は売上高 | 最近2年間の利益額の総額が25億円以上 Or 最近1年間における売上高が100億円以上かつ時価総額が1000億円以上となる見込みがある | 最近1年間における利益額が1億円以上 | ― |
事業継続年数 | 3年以上前から株式会社として継続的に事業活動している | 3年以上前から株式会社として継続的に事業活動している | 1年以上前から株式会社として継続的に事業活動している |
実質審査基準は、プライム市場、スタンダード市場、そしてグロース市場の3つの市場がありますが、次のように整理できます。
プライム市場、スタンダード市場 | グロース市場 |
---|---|
企業の継続性及び収益性 | 企業内容、リスク情報等の開示の適切性 |
企業経営の健全性 | 企業経営の健全性 |
企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性 | 企業のコーポレートガバナンス及び内部管理体制の有効性 |
企業内容等の開示の適正性 | 事業計画の合理性 |
その他公益又は投資者保護の観点から当取引所が必要と認める事項 | その他公益又は投資者保護の観点から東証が必要と認める事項 |
特にグロース市場においては、プライム市場やスタンダード市場では筆頭に挙がる「企業の継続性及び収益性」に関わる事業計画についての項目が4番目に位置づけられていること、企業内容等の開示が筆頭に挙がっていることが特徴として挙げられます。
グロース市場は高い成長可能性を有する企業、収益性などの面で将来性の高い企業のリスクマネーを高めることをコンセプトとしています。そのため、収益性などの面では実績面での裏付けまでは不要としつつ、企業内容やリスク情報の提供を十全に確保する趣旨であると考えられます。
審査のスケジュール
上場審査は、引受審査→公開審査の順番で行われます。そして、引受審査と公開審査は、それぞれ次のようなフローです。
引受審査のフロー
- 3回程度のヒアリング
- 実地調査
- 公認会計士に対するヒアリング
- 社長等の役員面談
- 社長説明会
- 指摘事項に関する改善状況の確認
公開審査のフロー
- 3回程度のヒアリング
- 実地調査
- eラーニングの受講
- 公認会計士に対するヒアリング
- 社長等の役員面談
- 社長説明会
- 報告未了事項の確認
という流れです。
内部的要因により上場できない主な理由5選section
企業が上場をする際に障害となる主な要因は、どのような点でしょうか。内部的要因について5つ取り上げていきます。
経営者による不適切な取引
1つ目に、経営者による不適切な取引が挙げられます。具体的には、利益供与や関連当事者取引、反社会的勢力との関係性などがあります。
利益供与は、同族会社その他事業の拡大や成長において必要性のない立場の人物や企業との取引における合理性のない便宜などを供与している場合があります。こうした利益供与は、収益の適正な分配がなされない仕組みの問題でもあることから、上場審査において厳しくみられるポイントの1つです。
また、関連当事者取引は、上場申請をする会社のグループとの間で利害関係などを有するよう相手との取引をさします。取引自体の必要性に問題がある場合のほか、取引の条件が不当な内容になるおそれ、またそれらに対する抑制が事実上働きにくいことから、問題視されます。
もっとも、形式上関連当事者取引にあたる場合であっても、事業の開始当初から継続的な取引の起点となっている場合、代わりに有効な取引先がない場合、事業の継続が困難となるような場合には、合理性が認められ妥当とされる場合もあります。
システム上のリスクに関する不備
3点目に、システム上のリスクが挙げられます。システムとは仕組みのことですが、それは人員的な仕組みもあれば、物理的な仕組み、そしてインターネットなどのテクノロジーに基づく仕組みもあります。
様々なシステム作りにおいては、その設計が根幹となります。設計されたシステムにおいて、事業活動における様々なリスクを可能な限り制御できる内容になっているのかが重要です。
また、人的な配置や業務フローのシステムでは、リスクを制御することには限界があります。むしろ、ヒューマンエラー自体もリスクとなりえます。そこで、ITによるリスクコントロールをも掛け合わせていく必要があります。
他方で、ITのシステムも保守と運用が行き届いていなければ、システムの不備が事業における大きなリスクとなります。ビッグデータと個人情報保護が重要視されている点からしても、システム・ITの不備は、社会的な影響が大きいと考えられるだけに、不備は上場における大きな支障となりえます。
会計や開示の不適正な運用
3つ目に、会計や開示の不適正な運用です。
不正会計や事業活動における透明性の問題は、投資家の信頼を損ねるとともに、社会的な信用の低下を招くおそれがあります。また、次に述べるコーポレートガバナンスに関する点にも関連しますが、コーポレートガバナンスを強化するきっかけとなったのも、不正会計や企業活動の透明性が確保されていなかったことによる不祥事の頻発が原因とされています。
公正な取引市場形成、投資判断の材料を適切に提供するための仕組みとして必要なものであることから、会計やタイムリーディスククロージャ―の不備は、上場審査における大きな支障となる要素の1つです。
内部統制、ガバナンス体制の不備
4点目に、内部統制及びガバナンス体制の不備です。
未上場企業の上場においては、既に述べた通り、上場時時点での売上高や業績数値自体はさほど考慮されるものではありません。他方で、企業活動が適正に運営されるための内部統制やガバナンス体制は、最低限、上場企業として備えるべき水準が求められます。
上記のように、コーポレートガバナンスの強化が重視されてきた背景から、内部統制やガバナンス体制の不備は、上場において支障となりうる要素です。
具体的には、財務会計の管理、リーガルリスク・コンプライアンスの管理及び統制、労務環境、顧客管理、情報システムのマネジメントなどが挙げられます。
業績の未達成
5点目に、業績の未達です。上場直後に業績予測の大幅な下方修正を余儀なくされる例が散見されています。2010年代中盤から問題視されるようになった傾向でもあります(日本取引所グループ|最近の新規公開を巡る問題と対応について 2015年3月)。
業績は、上場準備段階として直近3年、あるいはN-2(上場直前々期)からの業績推移の数値がみられます。もっとも、近時では、数値そのものではなく、予実・業績数値の変動などの具体的な要因が注視されます。グロース市場のコンセプトにもあるように、特に未上場からの上場では成長可能性が重視されるからです。
現下の業績数値や売上などよりも、中長期的な視点でみて将来的に事業がどのような成長曲線を描くことが予想されるのかが重要です。その考慮要素として、直近の業績数値がみられます。
業績数値の要因とともに、悪い場合であってもそこから改善策がどのように実行されてきて、上場から先がどのような段階に位置づけられるのか、そしてそれが上場後に経営数値が右肩上がりになる見込みが相当程度具体的になるのかがポイントになります。
外部的要因により上場できない理由3つsection
上場において支障となるのは、外部的要因もあります。ここでは3つ紹介していきます。
主幹事証券会社との関係
上場審査の本丸は証券取引所における公開審査です。一方で、その重要な橋渡し役となるのが、主幹事証券会社による引受審査です。
引受審査の位置づけの背景として、公開審査における調査などの負担を軽減する点が挙げられます。そのため、主幹事証券会社が網羅的かつ正確に、IPOにおいて障害となるポイントをリストアップできるかどうかが、公開審査を通り上場にこぎつけることができるかどうかを決定づける要素です。
そのため、公開審査において指摘を受ける可能性があるポイントをいち早く検知して、公開審査までにクリアしておくことが重要ですが、主幹事証券会社による引受審査での検知漏れがあると、公開審査での足かせになるおそれが高くなります。
また、主幹事証券会社ごとに、引受審査における審査の仕方や網羅性、IPOに向けた課題解決のディレクションにばらつきがあり、力量が異なります。
そのため、上場審査を通らないことには、引受審査におけるスクリーニングの甘さが要因となることも考えられます。
監査法人との関係
J-SOXに関する対応においては、内部監査における対応が重要です。その際に肝となるのが、監査法人です。
J-SOXでは、書類関係の審査を中心に財務関係の書類作成、監査法人とのコミュニケーションが重要なポイントになります。その際には、監査法人が、上場申請会社における事業の内容や性質を十分に理解した上で、上場審査の実情を踏まえ審査担当者が関心を抱くポイントを的確に抽出し、逆算思考でIPOへのロードマップを提示することが求められます。
主幹事証券会社に関する上記の点と同様に、監査法人がそうした根回しや事前の準備において適切な対応ができないと、公開審査の段階で支障が生じることも考えられます。
その他
他に考えられる外部的要因としては、社会情勢の変化、金融環境の悪化などが挙げられます。また、そうした外部的要因には、政治的要素が絡む場合もあります。そうした問題意識から、上場を見据えていく際に、社内において経済安全保障の検討を行うことも考えられます。
上場できない、延期になった場合の影響section
上場ができなくなった場合、延期となった場合にはどのような影響があるのでしょうか。
資金調達ができない
上場は、市場における株式の公開であることから、資金調達を目的とするものです。そして、市場での株式の公開化は、プレスリリースなどが行われるなど、社会全体への認知度や影響力が拡大するため、大規模な資金調達規模となります。
そうした資金調達が頓挫することは、事業を拡大進展していく上で、大きなダメージとなると考えられます。
株主からの信頼低下
既存の株主としても、上場を見据えた形で様々利益を見込んだり、そのための施策に資金投下をしていくことが考えられるため、株主からの信頼低下も考えられます。
資本提携を結ぶような企業との間では、そうした提携関係においてもマイナスになる可能性があります。
社員のモチベーションの低下
社員のモチベーションも低下していくことが考えられます。やはり上場を達成することで、社員にとってもキャリアに1つのプレミアがつくため、モチベーション高く取り組むことができます。しかし、上場が頓挫することで、会社への貢献が如実な成果とならないことから、転職への志向が高まるおそれが生じます。
レピュテーションリスク
そして、会社自体の評判としても、マイナスが生じる恐れが高くなります。上場前には、大なり小なり、上場に向けた動きが取りざたされる場合があることから、上場できなかったということが社会に周知されることで、それ自体にマイナスな評価となることが考えられます。
そして、上場できなかったことに対する原因を見られた場合に、その内容によって、大きな社会的な信頼低下につながるおそれもあります。
上場審査を通過するための準備のポイント3つsection
上場審査を通過するためにはどのような点に注意をすべきか、経営面、財務面、そして法務面の3つのポイントに絞って解説していきます。
経営面
まず、経営面では、IPOに向けて経営陣を中心として団結を図り、そこから全社的に波及させ、CEOが強いリーダーシップをもって人材をモチベートしていくことが重要です。
IPOが創業者や経営陣だけの目標となると、社員がついてきません。内部統制やガバナンスの強化は、全社的に適正な事業活動の基盤をつくり、事業を発展させていく全社的なプロジェクトであることから、その意識づけが重要です。
そして、IPO、資金調達そのもので現状の事業のマイナスを克服するといった考え方ではなく、事業の中長期的な成長戦略を見据えたうえで、IPOのタイミングを適切に設定していくことが重要です。それにより、上場審査の際に、事業の成長可能性をより具体的に提示することにもつながるからです。
財務面
財務面では、上場後も見据えつつ、主幹事証券会社や監査法人との連携を密に行っていくことが重要です。
財務会計の面での課題は、IPOを実現するために根幹となる課題です。従前の事業年度において問題を指摘されてこなかったとしても、1つ1つ事業のフロー、業務フローを可視化した上で、取引先管理や会計管理が適正に管理されているかどうかをチェックしていくことが重要です。
その際に、受動的になるのではなく、自社の課題を自ら整理して課題を抽出して積極的に提示していくことがポイントです。
法務面
法務面は、おろそかになりがちな要素の1つです。顧問先の法律事務所などに全てアウトソーシングするのではなく、上場を見据えるのであれば、N-2の段階より前から社内の法務部門の体制のイメージを作り、構築に着手していくことが重要です。
そして、法務面は、事業の根幹であり、経営企画的な立ち回りから現場レベルの細かいリスクマネジメントまで多岐に渡るため、社内の法務担当者の設置をできる限り早期の段階から行い、法務を通じたリスクマネジメントやガバナンス体制の構築と運用を行っていくことが重要です。
特に、最近では、コーポレートガバナンス・コードの改訂が行われ、2022年には市場再編がスタートして新しい上場基準、運用になっていることから、よりルールベースの上場審査に対応していく必要があります。
まとめ
最後に、本記事のポイントを3つにまとめます。
- 上場審査に落ちる理由として、内部的な要因には、経営者による不適切な取引、システム上の不備、会計や開示の不適正な運用、内部統制・ガバナンス体制の不備、業績の未達の5つなどが挙げられる。
- 上場審査に落ちる理由として、外部的な要因としては、主幹事証券会社による引受審査によるスクリーニングの違いやリソース不足、監査法人とのコミュニケーションにおける不備、社会情勢や経済安全保障の問題といった点が挙げられる。
- 上場審査をクリアするためには、経営面、財務面、法務面などから、早期にロードマップと課題抽出を行い、監査法人や主幹事証券会社の適切な選定を行い協働して課題をクリアしていくことが重要である。