個人M&Aは個人でも取引しやすい小規模な案件を対象にしたM&Aのことです。最近では個人M&Aを学ぶためのセミナーやサロンが各所で開催され、書籍なども多数あるため、興味を持っている方は少なくないでしょう。
個人M&Aで気になるのはいくらで、どんな業種を取引できるのか、リスクはないのかといった点です。この記事では個人が行うM&Aに着目し、概要やメリット・デメリット、案件の探し方や手続きの流れについて解説します。
個人のM&Aとは?企業間M&Aとの違いsection
まずは、個人が行うM&Aの意味や取引額の目安、個人M&Aが広がっている背景について解説します。
個人のM&Aとは個人が会社を買う小規模なM&Aのこと
個人のM&Aとは、規模の小さい会社や事業を取引対象とした、個人向けのM&Aのことです。
M&Aと聞くと一般的には企業間で行われるイメージを持つ方が多いかもしれませんが、会社は個人が買い手となることも可能です。会社を買うということは、すなわち会社の株式を買うということです。会社を経営しているオーナーから株を買います。個人が行うM&Aは企業間のM&Aと比べて規模が小さいので、スモールM&AやマイクロM&Aとも呼ばれています。
個人M&Aにおける取引額の目安
M&Aにおける取引額は売り手と買い手の合意によって決定します。したがって双方が納得すればいくらでも構わないわけですが、一般的には数十万円~1,000万円未満が個人M&Aにおける取引額の目安とされています。実際の取引市場では300万~500万円ほどの案件が多く見られます。
企業間のM&Aでは億単位の金額が動きますが、個人M&Aでは個人の資金力に限度があることから取引額は数十万円~と少額です。
個人M&Aが増えている背景
国内M&A市場が活性化するなか、中小企業や個人向けの小規模案件も増えています。個人M&Aが増えているのには、主に3つの理由があります。
まずは、自営業者が後継者不在・不足問題を解消する手段として、個人M&Aを利用するようになったことが挙げられます。日本では少子高齢化が加速していること、価値観の多様化が進み経営者の親族内承継が一般的でなくなったことなどが原因で、後継者不足が深刻化しています。後継者がいなければこれまで築いてきた事業や技術力を後世に残せないため、第三者に引き継げるM&Aを利用して事業を残したいと考える人が増えています。
また、働き方の多様化も進み、起業や副業・複業する人が増えたことも背景にあります。起業や副業は何もない状態からスタートさせるよりも、すでにある事業を買うほうが時間やコスト、労力がかかりません。そのためサラリーマンなどの個人が会社の買い手となるケースが増えています。
さらにはM&Aマッチングサービスが登場したことで、個人が会社を買いやすい環境が整ったことも背景にあります。マッチングサービスではオンライン上で自分の希望条件に合った企業を探せるため、M&A仲介会社に依頼しなくても手軽にM&Aの相手を見つけられるようになりました。
個人M&Aの対象業種section
具体的にはどのような業種で個人M&Aが行われているのでしょうか?よく取引されている業種について解説します。
業種の制限はないがM&Aが行われやすい業種はある
個人M&Aの対象となる業種にとくに制限はありませんが、取引額が小さい個人M&Aにマッチしやすい業種はあります。具体的には、以下のような業種や店舗でM&Aが行われやすい傾向があります。
- 飲食店
- 小売店
- エステサロン
- 美容院
- 調剤薬局、歯科
- 整骨院
- Webサイト・ECサイト事業
- 介護事業(デイサービス、訪問介護など)
- 旅館、宿泊施設
- 製造業
- 塾、予備校 など
とくに飲食店は事業者の総数が多く小規模で経営している店舗が多いのでM&Aの案件は多数あります。マッチングサイトを見れば多くの案件を検索できるでしょう。基本的には、チェーン店などではなく、1店舗だけ経営しているような店が該当します。
上記のように多様な業種がある個人M&A市場なので、異業種にも比較的参入しやすいといえます。ただし、知識や経験のない業種に参入した結果、営業活動の時点で苦労するケースなどもあるため慎重な検討が必要です。
専門知識やノウハウが必要な業種は買い手が限定される
調剤薬局や医院・歯科医院、整骨院、美容院などは専門資格と技術・知識が必要な業種です。小規模な会社や店舗ではオーナー自らが資格者であるケースが多いのですが、少額で買収したこれらの店舗でオーナーが残ってくれることはほぼないでしょう。そのため、こうした業種を買い取れるのは、買い手である個人が資格や技術を持っているケースに限定されます。
買い手側が個人M&Aを行うメリットsection
個人M&Aが活性化していると聞くと、投資感覚で始めてみようと考える方がいるかもしれません。しかし個人M&Aにはリスクがありますので、安易に手を出すのはおすすめできません。まずは個人M&Aのメリットとデメリットを把握しておくことが大切です。
まずは買い手側にスポットを当て、個人M&Aを行うメリットを確認しましょう。
新規事業の立ち上げに必要なコストと労力を削減できる
ビジネスを立ち上げる際には、店舗や設備、従業員の確保が必要です。物件探しや賃貸借契約、採用や開店広告などさまざまな準備をしなければならず、それぞれのプロセスで労力やコストもかかります。しかしM&Aで事業や会社を買収すればビジネスに必要なものをそのまま引き継ぐことができます。従業員やノウハウも引き継ぐため、採用や育成の手間、ノウハウの蓄積にかかる時間も不要です。
ビジネスの立ち上げにともない発生するコストや労力、事業が軌道に乗るまでの時間を大幅に削減できるのは大きなメリットでしょう。
役員報酬を得られる
利益が出ている事業や会社を買収すれば、経営者である自身は役員報酬や営業利益を得られます。サラリーマンからオーナー社長に転身した結果、収入が短期間で大幅にアップしたという事例もあります。また買収前は事業がうまくいっていなくても、自身が経営者としての手腕を発揮して事業を軌道に乗せれば、報酬を増やすことが可能です。
将来的には売却できる可能性がある
買収した会社の業績を伸ばすことができれば、企業価値が高まり将来的には売却できる可能性が生じます。売却すれば売却益を手にすることができ、老後の生活資金や新しいビジネスを始めるための資金など自分の好きなことに使えます。
買い手側が個人M&Aを行うデメリットsection
次に、買い手が個人M&Aを行うデメリットを解説します。
売上や利益が少ない案件が多い
業績がよく多大な利益が出ている企業を買収できればメリットが大きいのですが、個人M&Aでそのような案件に出会えることはめったにありません。個人案件は業績が悪く、売上や利益が少ない案件が多いのです。そもそも、業績のよい企業は大手企業が目をつけて高値で買うので、個人案件を扱うマッチングサイトなどに出てくるケースは稀です。出てきたとしても買収価格は高くなります。
自身が経営者として優れた資質や能力、リーダーシップをもっていれば、業績が悪い企業を安く買った後に改善して大きな利益を出すことは可能です。しかし経営能力がなければ難しいでしょう。すなわち個人M&Aで大きな利益を得られるかどうかは買った人の能力に大きく左右されるということになります。
M&Aで会社を買うということは、自身が経営者になるということです。投資家のように労力をかけずに儲けを得ることはできませんので慎重に検討しましょう。
従業員や取引先の反発を招くリスクがある
M&Aによって経営者が変わることに不安を感じる従業員は少なくありません。大企業であれば、経営トップの交代をあまり気にしない従業員も多いですが、中小企業や零細企業では極めて影響が大きい出来事として捉えられます。とくに仕事の方針や進め方を大きく変えるような改革を行う場合、既存の従業員が反発する可能性があります。
M&Aでは採用せずとも優秀な従業員を引き継げるのが大きなメリットのひとつですが、反発した従業員が一斉に離職するリスクがあります。とくに高い技術力をもった人材やほかの従業員をまとめられるキーパーソンが離職すると事業への影響が大きいでしょう。
取引先についても、経営者が変わることで取引の進め方が変わったり、融通が利かなくなったりすると不満につながります。取引が停止されるリスクもあるため注意が必要です。
簿外債務を引き継ぐリスクがある
簿外債務とは帳簿や決算書類などには記載されていない債務のことです。株式譲渡によるM&Aでは買い手側が簿外債務を引き継ぐリスクがあります。債務の金額が大きければ多額の損失につながり、M&Aをした効果が薄れてしまうため、簿外債務の存在には注意が必要です。
M&Aでは通常、デューデリジェンスによって簿外債務などのリスクを事前に把握しますが、デューデリジェンスを専門家に依頼するには費用がかかります。個人M&Aの場合はもともとの取引額が小さいためデューデリジェンスにあまりコストをかけられないという難点があります。
売り手側が個人M&Aを行うメリットsection
ここからは売り手側のスポットを当て、個人M&Aを行うメリット・デメリットを見ていきましょう。まずはメリットを解説します。
個人で売却益を得られる
個人オーナーが事業を売却すると、売却益が発生した場合には売却益を得られます。廃業の場合は逆にコストがかかりますが、売却できれば手元に現金が残り、老後の生活資金などに充てることができます。
事業を継続できる
第三者に引き継いでもらうことで廃業することなく事業を継続できます。高い技術力や料理の味などを後世に残すことが可能です。これまで自社を利用してくれていた顧客も引き続きサービスを利用できるため、サービスがなくなって残念な気持ちにさせることがありません。
個人保証から解放される
個人保証とは金融機関から融資を受ける際に、オーナーなどの個人が連帯保証人になることです。中小企業ではオーナー社長が個人保証を行っているケースがよくありますが、M&Aで会社を売却すると個人保証も引き継いでもらうことができます。個人の財産が取り立ての対象になるリスクや不安から解放されるのはメリットです。
売り手側が個人M&Aを行うデメリットsection
続いて、売り手側のデメリットを確認しましょう。
業績が悪いと買い手が見つからない
業績が悪いと買い手がなかなか見つからず、廃業を選択せざるを得ない場合があります。業績が悪い企業を買い取るとリスクが高いため、価格が低くても買いたいという企業は現れにくいでしょう。
従業員や取引先に迷惑をかける可能性がある
M&Aによって経営方針や仕事の内容、従業員の待遇などが変わる場合があります。従業員の雇用条件については、株式譲渡の場合は従前の条件が維持されますが、事業譲渡の場合は改めて雇用契約を結び直すため条件が悪くなる可能性が否定できません。
また雇用条件は維持されても、仕事の進め方などに納得できない従業員も出てくる可能性があります。またM&A後に新しい取引先へ変更されるなどした場合は、これまでの取引先は仕事をひとつ失ってしまうことになります。小規模の取引先だった場合は、仕事が減ることで事業の継続そのものが難しくなる場合もあるでしょう。
個人M&Aによって従業員や取引先に迷惑をかける可能性があることは、売り手側が常に認識しておき、M&Aを実施するかどうかの検討材料に含めることが大切です。
個人がM&A案件を探す方法section
ここからは個人がM&A案件を探す方法を紹介します。企業間でのM&Aの場合、M&A仲介会社を介して探すケースが多いですが、個人の場合はほかの方法も選択肢に入ります。
知人の紹介
知人や友人などからの紹介で探す方法です。知っている人からの紹介なので売りたい企業の警戒心を下げて話ができますし、買い手側としても売却する背景や繁盛状況などについて知人を通して知ることができます。自分が好きで通っていた飲食店のオーナーに後継者がいないことを知り、自ら交渉して店舗を引き継いだといったケースもあります。
もっとも、知人からの紹介でも条件面で合致しなければ成約には至りません。またM&A案件を専門に扱っている機関のように多様な案件を探せるわけではないため、紹介だけで希望の案件を見つけるのは難しいでしょう。
事業承継・引き継ぎ支援センター
事業承継・引き継ぎ支援センターとは、国が各都道府県に設置している公的相談窓口のことです。中小企業や小規模事業者向けのM&Aを支援している機関で、第三者承継の相談から売り手企業の紹介、成約までをサポートしてもらえます。国の事業なので安心して利用できるのも利点です。公認会計士などの専門家に無料で相談できるサービスもあるのでまずは相談してみるとよいでしょう。
※参考:事業承継・引き継ぎ支援センター
M&Aマッチングサイト
M&Aマッチングサイトは、事業を売りたい企業・個人と買いたい企業・個人の情報をサイト上に掲載し、興味をもった相手が見つかったらアプローチできる仕組みです。500万円以下の案件も多く扱っているので、少額で会社を買いたい、少額でも売りたいといった場合には適しています。M&A仲介会社に比べて手数料が安いのも個人に向いている理由です。
商工会議所
商工会議所は地域経済社会の発展のために中小企業への支援や検定事業の実施などを行っている機関です。全国各地にあり、事業承継に関する法律・税務相談や金融機関との提携推進などを行っています。一部の商工会議所ではM&Aサポート事業なども行っているため、こうした事業の窓口に相談してみるのも方法です。公共性の高い機関なので安心して利用でき、相談費用などもかかりません。
M&A仲介会社
M&A仲介会社は売り手企業と買い手企業の双方から報酬を受け取り、中立的な立場で交渉の仲介を行う会社です。M&A仲介会社というと多額のお金が動く大規模な案件を扱うイメージがありますが、近年では比較的規模の小さな案件を扱う仲介会社も出てきています。
とはいえ、個人M&Aでよくある300万~500万円程度の案件は扱っていないケースも多いです。2,000万円くらいまで出せるなら希望に合った企業に出会える可能性があるでしょう。M&A仲介会社はほかのサービスに比べると手数料が高いですが、その分一貫したサポートを受けられます。
個人M&Aの流れsection
最後に、個人M&Aにおける手続きの流れについて解説します。ここでは主に買いたい人の目線で流れを確認していきます。
探し方を決める
まずは案件の探し方を決めましょう。マッチングサイトを使うのか、仲介会社に依頼するのかといったことです。それぞれのサービスにメリットとデメリットがありますので、業者ごとの特徴を比較検討して利用先を決めることが大切です。
M&Aの相手を探す
マッチングサイトや仲介会社などのサービスを通じて、M&Aの相手を探します。やみくもに探すのではなく、M&Aの目的を果たせる相手かどうかという観点で探すとよいでしょう。気になる企業が見つかったらマッチングサイトで公開されている情報や企業HPなどを使って簡易的な情報収集を行います。
交渉、基本合意書の締結
買いたい企業が固まったらオファーをかけ、応じてくれたら交渉を開始します。いきなり条件交渉に入るのではなく、まずは相互理解のためにじっくり話をしましょう。売却の背景や想い、人間性やM&Aで重視したい点などを確認します。工場や店舗などを実際に見学させてもらうのもいいでしょう。
双方が前向きにM&Aする方向で話が進んだら、秘密保持契約を締結したうえで詳細情報を入手します。情報を確認して双方が納得できれば基本合意を締結します。
デューデリジェンスを行う
デューデリジェンスとは買い手側が売り手側に対して行う事前調査のことです。売り手が抱えているリスクを把握し、M&A実施の可否や価格への反映、リスク対策の検討などに役立てます。デューデリジェンスにはさまざまな種類がありますが、小規模な案件では財務・税務、法務を中心に実施するのが一般的です。
デューデリジェンスは高い専門性が必要なので、実施する際は外部の専門家へ依頼する必要があります。専門家の種類は、財務・税務なら公認会計士や税理士、法務なら弁護士です。個人が専門家へ頼む場合、多額の費用がネックになります。デューデリジェンス費用がかかることも含めてM&Aを行うべきかどうかを検討しましょう。
最終契約
デューデリジェンスの結果を見てM&Aの実施を決めたら最終契約を結びます。最終的な契約書には買収価格や従業員の雇用条件などを盛り込むのが一般的です。
その後、契約書に記載された決済日に買い手が代金を支払い、売り手が事業や会社印などの重要物品を引き渡して完了です。
まとめ
個人のM&Aとは、個人が取引する小規模なM&Aのことです。数十万円~数百万円程度の金額で取引されるケースが多く、飲食店やエステサロンなどさまざまな業種があります。
後継者不在問題の解消手段として、あるいは起業・副業の手段として活用が広がっていますが、買い手・売り手双方にメリットとデメリットがあるため慎重な検討が必要です。