労務DD(労務デューデリジェンス)とは|実施目的・調査項目・問題発覚時の対処法

阿部由羅【弁護士】のアバター
ゆら総合法律事務所

阿部由羅【弁護士】

  • twitter
  • facebook
  • line
  • linkedin
  • URLcopy

M&A取引を行うに当たっては、買収対象会社の状態をチェックする「DD(デューデリジェンス)」を必ず実施します。

労務DD(労務デューデリジェンス)は、M&A取引におけるDDの一環として、買収対象会社が抱える人事労務上の問題の有無や深刻度を把握するために行われます。人事労務は会社運営において重要度の高い要素なので、クロージング後の予期せぬトラブルを防ぐためにも、徹底的に労務DDを行いましょう。

今回は労務DDについて、実施目的・調査項目・問題発覚時の対処法などを解説します。

目次
EXE
EXE

上場企業等での社外役員経験や非常勤監査役経験を持つ専門家をご紹介。社外役員兼務社数4社以下、経験年数10年以上、女性社外役員など、800名以上のプロフェッショナルとマッチングが可能です。

企業法務に強い弁護士を探すなら
企業法務弁護士ナビ

企業法務に強い弁護士を探すなら
企業法務弁護士ナビ

労務DD(労務デューデリジェンス)とはsection

「労務DD(労務デューデリジェンス)」とは、M&Aの実行に先立って行われる、買収対象会社の人事・労務に関する調査です。

特に買主側にとっては、M&A取引に起因するリスクをコントロールするため、労務DDをきちんと行うことが非常に重要となります。

労務DD=買収対象会社に対する人事労務状況の調査

労務DDでは、M&Aの買主側の担当者や社会保険労務士・弁護士などが、買収対象会社の人事・労務に関する状況を調査します。買主側は、売主側または対象会社から人事・労務に関する資料の開示を受け、その資料を隅々まで調査します。さらに、必要に応じて経営陣などに対するインタビューを行い、対象会社の人事・労務状況を詳しく把握します。

最終的にはDDレポートを作成し、そのまま対象会社を買収しても問題ないか、買収条件を修正すべきではないかなどの判断材料とします。買主側としては、自社の許容し得るリスクの範囲内でM&A取引を行うため、労務DDをきちんと行うことが大切です。

労務DD以外のデューデリジェンスの種類

労務DDのほかにも、M&A取引に先立ってさまざまな種類のDD(デューデリジェンス)が行われます。労務DD以外の主なDDの種類は、以下のとおりです。

財務デューデリジェンス

対象会社の企業価値や、財務上のリスクなどを調査・分析します。

調査項目例

・資産
・負債
・キャッシュフローの状況 など

ビジネスデューデリジェンス

対象会社の将来性や、M&Aによるシナジー効果などを調査・分析します。

調査項目例

・商品ラインナップ
・ビジネスモデル など

法務デューデリジェンス

対象会社が抱える法的問題などを調査・分析します。

調査項目例

・契約に関する事項
・資産・負債に関する事項
・許認可に関する事項
・法令遵守に関する事項
・訴訟その他の紛争に関する事項
・株主の状況に関する事項
・労務に関する事項 など

ITデューデリジェンス

対象会社が採用するITシステムについて、潜在的なコストやリスクなどを調査・分析します。

調査項目例

・システムの脆弱性
・リニューアルの必要性
・将来的な改修費用
・買主側のシステムとの統合費用 など

税務デューデリジェンス

対象会社が抱える追徴課税など税務上のトラブルのリスクや、M&Aの実行による課税関係などを調査・分析します。

調査項目例

・未払いの税金の有無
・会計処理の状況(適切性)
・M&A取引の内容および税法の適用関係 など

環境デューデリジェンス

対象会社の事業に起因して環境被害を及ぼすリスクなどを調査・分析します。

調査項目例

・工場や研究施設などにおける有害物質の排出状況
・事業場が所在する土地の汚染状況
・有害物質の排出や汚染が疑われる事業場等と、周囲の土地との位置関係
・近隣住民からのクレーム状況、紛争の有無 など

不動産デューデリジェンス

対象会社が所有する不動産について、トラブルのリスクなどを調査・分析します。

調査項目例

・不動産の権利関係
・建物の欠陥の有無
・不動産に関する契約の状況
・テナント状況
・近隣住民からのクレーム状況、紛争の有無 など

労務DD(労務デューデリジェンス)の実施目的section

労務DDを行う目的は、買収対象会社が抱える法的な問題点・リスクをあらかじめ把握すること、および買収実行後の人事・労務戦略を策定する際の参考資料とすることです。

労務DDで問題が発覚すれば、その時点で買主側は取引を中止したり、売主側に対して契約条件を修正するように求めたりすることができます。金額が大きく巻き戻し困難なM&A取引では、このように取引を見直す機会を得られることは、買主側にとって大きな意義があります

また、買主側が対象会社の支配権を引き継いだ後は、既存の人事・労務体制を活かしながら経営を行うことになります。スムーズに事業を承継するためには、M&Aの実行前から労務DDを行い、人事・労務に関する状況を正しく把握しておくことが効果的です。

労務DDにおいて調査すべき主な事項section

労務DDでは、主に以下の事項を調査します。

  1. 企業風土
  2. 雇用の状況
  3. 就業規則・社内規程の整備状況
  4. 労使協定・労働協約の状況
  5. 労働保険・社会保険の適用状況
  6. 労働法令の遵守状況
  7. 人事制度の状況
  8. 懲戒処分の実施状況
  9. 解雇処分の実施状況
  10. 教育訓練の状況
  11. ハラスメント問題の有無・状況
  12. 安全衛生管理の状況
  13. 労使紛争の状況

企業風土

役員や従業員が業務に取り組む土台となる買収対象会社の企業風土について、以下の事項などを調査します。

  • 経営理念
  • 社風
  • 組織体制
  • 職制(各役職者の権限) など

雇用の状況

買収対象会社における従業員の雇用状況に関して、以下の事項などを調査します。

  • 労働契約の締結状況
  • 雇用形態(正社員、有期雇用労働者、短時間労働者など)とその選択基準
  • 出向の状況、出向者の選択基準や待遇
  • 従業員名簿などの整備状況
  • 定年、高齢者雇用、障害者雇用などの状況 など

就業規則・社内規程の整備状況

買収対象会社の従業員全体に適用される就業規則や社内規程の整備状況について、以下の事項などを調査します。

  • 雇用形態ごとの就業規則や社内規程の整備状況
  • 就業規則や社内規程の周知状況、周知方法 など

労使協定・労働協約の状況

買収対象会社が当事者である労使協定(36協定、特殊な労働時間制に関する協定など)や労働協約(会社と労働組合が締結する契約)の締結状況について、以下の事項などを調査します。

  • 労使協定や労働協約の締結状況、遵守状況
  • 労働者代表の選出方法(労使協定を締結する場合において、労働者の過半数を代表する労働組合がないとき) など

労働保険・社会保険の適用状況

買収対象会社の従業員に適用される労働保険や社会保険について、以下の事項などを調査します。

  • 労働保険や社会保険の適用状況
  • 保険料算定方法とその正確性

労働法令の遵守状況

買収対象会社が適用を受ける各種の労働法令の遵守状況につき、以下の事項などを中心に調査します。

  • 労働時間
  • 休憩
  • 有給休暇
  • 産前産後休業
  • 育児休業 など

人事制度の状況

買収対象会社における人事評価や賃金・退職金の計算・支払いなどに関して、以下の事項などを調査します。

  • 人事制度の内容、実施状況、評価基準
  • 人事考課の実施状況
  • 賃金の計算方法
  • 人事考課と賃金の関連性
  • 賃金水準(最低賃金や同業他社との比較)
  • 退職金制度の有無、実施状況
  • 退職金支給見込額の算定 など

懲戒処分の実施状況

買収対象会社において、過去に行われた懲戒処分の実施状況を調査します。対象会社の従業員に対する今後の懲戒処分の基準となることに加えて、すでに懲戒処分を行った従業員との間の紛争リスクを分析する必要があるためです。

解雇処分の実施状況

買収対象会社において、過去に行われた解雇処分の実施状況を調査します。懲戒処分の実施状況と同様に、今後解雇処分を行う際の基準を把握すること、およびすでに解雇した従業員との間の紛争リスクを分析することが目的です。

教育訓練の状況

従業員に対する教育訓練の状況として、以下の事項などを調査します。

  • 教育訓練制度の運営状況
  • 資格を要する業務に従事する従業員につき、資格保有状況や教育訓練の実施状況 など

ハラスメント問題の有無・状況

買収対象会社におけるハラスメント(セクハラ・パワハラなど)の有無・状況につき、以下の事項などを調査します。

  • ハラスメントの発生状況
  • ハラスメントに関する教育(研修など)の実施状況
  • ハラスメントに関する苦情処理体制の状況 など

安全衛生管理の状況

買収対象会社における安全衛生管理の状況について、以下の事項などを調査します。

  • 安全衛生管理者などの選任状況
  • 産業医の選任状況
  • 安全衛生委員会などの実施状況
  • 労働災害の発生状況
  • 安全衛生教育(研修など)の実施状況
  • 健康診断や健康管理に関する運営状況 など

労使紛争の状況

買収対象会社と従業員の間のトラブルについて、以下の事項などを調査します。

  • 示談交渉の状況
  • 法的手続き(労働審判、訴訟など)の状況
  • 過去に発生した労使紛争の処理状況 など

労務DD(労務デューデリジェンス)の手順・流れsection

労務DDは、大まかに以下の手順・流れで行います。

  1. M&A基本合意書の締結
  2. DD資料の調査・検討
  3. マネジメント・インタビュー
  4. DDレポートの作成

労務DDの期間は、中小規模のM&Aであれば数日程度、大規模なM&Aであれば1~2か月程度です。短期間ですべての資料を精査し、さらにマネジメント・インタビューも行わなければならないため、非常にタイトなスケジュールによる対応が必要となります。

M&A基本合意書の締結

労務DDを含む各種DDには多大な手間とコストがかかるため、買主候補が1社に絞られた段階で実施するのが一般的です。DDを行う前の段階で、売主と買主候補はM&A基本合意書を締結します。基本合意書には、買主候補に独占交渉権を付与する旨や、各種DDへの協力義務などが定められます

DD資料の調査・検討

基本合意書の締結後、売主は買主候補に対して、労務DDの調査対象となる資料を提供します。買主候補は、提供を受けた調査資料を隅々まで確認し、人事・労務に関する懸念点・問題点を洗い出します。

労務DDの中で気になるポイントがあれば、売主側に適宜照会を行って、懸念点・問題点の解消を試みましょう。問題を放置すると、買主側がそのままM&A実行後のリスクを負うことになりますので、細かい点でも逐一確認・解消することが大切です。

マネジメント・インタビュー

書面上では把握しにくい買収対象会社の実態を把握するため、各種DDの際には経営陣に対するインタビューを行うのが一般的です。これを「マネジメント・インタビュー」といいます。

マネジメント・インタビューにおいて行う質問は、DD資料の調査・検討結果を踏まえた上で、事前にリスト化して経営陣へ通知します。スケジュールが許せば、質問への書面回答を事前に受け取った上で、その内容をベースにマネジメント・インタビューを行うことが望ましいでしょう。

DDレポートの作成

DD資料の調査・検討とマネジメント・インタビューの結果を踏まえて、社会保険労務士や弁護士などが労務DDレポートを作成します。労務DDレポートには、対象項目についての調査内容や、人事・労務に関する状況分析・問題点の有無などが記載されます。

なお小規模なM&Aの場合は、コスト削減と迅速な取引実行の観点から、労務DDレポートの作成を省略するケースもあります。この場合、簡易的な書面および口頭説明などによって、労務DDの結果報告を行うのが一般的です。

労務DDにおいて問題が発覚した場合の対処法section

労務DDの中で、買収対象会社の人事・労務に関する問題が発覚した場合には、以下のいずれかの対応が考えられます。

  1. 是正可能な場合|クロージングまでに是正する
  2. 是正できない場合|M&A契約書においてリスク分担を取り決める
  3. 問題が深刻な場合は取引を中止する

是正可能な場合|クロージングまでに是正する

買収対象会社について問題が発覚しても、クロージング日(実行日)までに是正できる見込みがあれば、必ずしもM&Aを中止する必要はありません。

基本的には、最終契約書の締結までに問題が是正されることが望ましいです。間に合わない場合は、最終契約書の中で取引実行前提条件(condition precedent)および売主側の遵守事項(pre-closing covenants)として、クロージングまでに問題を是正することを明記しましょう。

是正できない場合|M&A契約書においてリスク分担を取り決める

買収対象会社に関する問題・懸念事項のうち、是正不可能なものについては、M&Aに伴うリスクとして残ることになります。この場合、リスクが顕在化する可能性を、買主側が許容できるか否かが大きな分岐点です。

買主側がリスクを許容できると判断した場合には、M&A取引の検討継続が可能となります。この場合、残ったリスクを売主・買主のどちらが負担するかが次なる問題です。

たとえば不確実な事項につき、最終契約書の中で売主側が表明保証をする場合、リスクが顕在化した際の損失は売主側が負担します。これに対して、不確実な事項につき何ら契約上の手当を行わない場合、リスクが顕在化した際の損失は買主側が負担することになります

いずれにしても、リスクが残った状態でM&Aを実行する場合は、最終契約書において売主・買主間のリスク分担を意識した規定を盛り込むことが大切です。

問題が深刻な場合は取引を中止する

買収対象会社に関する問題・懸念事項が重大・深刻であり、リスクの顕在化を買主側が許容できないと判断した場合には、M&Aの検討を直ちに中止すべきです。

長期間にわたって契約交渉を行い、さらにDDなどにコストをかけている状況では、取引中止の決断は難しい部分があるかもしれません。しかし、サンクコストに囚われることなく冷静に状況を分析し、時には撤退することも経営者として勇気ある決断といえるでしょう。

労務DD(労務デューデリジェンス)の依頼先section

労務DDを外部に依頼する場合、依頼先としては社会保険労務士や弁護士が候補となります。

社会保険労務士

社会保険労務士は、労働および社会保険に関する業務を行う専門家です。労務DDの対象事項と社会保険労務士の専門領域は親和性が高いため、有力な依頼先となります。

弁護士

弁護士は、法律事務全般を取り扱う専門家です。労務DDの対象事項には、法令の遵守状況・契約の締結状況・社内規程の整備状況などが含まれます。これらの事項に関する調査・検討については、法律の専門家である弁護士が長けています。

また弁護士には、労務DDと併せて法務DDや不動産DDなども依頼できます。幅広い領域についてDDを依頼したい場合は、弁護士への依頼が有力な選択肢となるでしょう。

まとめ

買収対象会社の人事・労務状況を調査する労務DDは、M&Aを検討する際に必要不可欠なプロセスです。労務DDを行うに当たっては、資料検討やマネジメント・インタビュー、さらにDDレポートの作成などを短期間でこなす必要があります。

買主側としてM&Aを検討する際には、社会保険労務士や弁護士に依頼して、効率的かつ網羅的に労務DDを行いましょう。

  • URLcopy

西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て、ゆら総合法律事務所代表弁護士。不動産・金融・中小企業向けをはじめとした契約法務を得意としている。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。(埼玉弁護士会)

maillogo

無料のメールマガジン登録を受付中です。ご登録頂くと、「法務・経営企画・採用戦略などのお役立ち情報」を定期的にお届けします。