取締役が、任務懈怠により会社に損害を与えた場合、会社に対して損害賠償責任を負担します。しかし、社外取締役は複数の会社の役員を兼任するのが一般的です。そのため、一社について大きな損害賠償リスクを抱えた状態は、社外取締役にとって大きな負担になってしまいます。
場合によっては、社外取締役の候補者が損害賠償リスクを敬遠して、適任の人材を登用できないことにもなりかねません。そこで活用すべきなのが、会社法上の「責任限定契約」の制度です。
(株式会社に対する損害賠償責任の免除)
引用元:会社法題425条
第四百二十四条 前条第一項の責任は、総株主の同意がなければ、免除することができない。
(責任の一部免除)
第四百二十五条 前条の規定にかかわらず、第四百二十三条第一項の責任は、当該役員等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、賠償の責任を負う額から次に掲げる額の合計額(第四百二十七条第一項において「最低責任限度額」という。)を控除して得た額を限度として、株主総会(株式会社に最終完全親会社等(第八百四十七条の三第一項に規定する最終完全親会社等をいう。以下この節において同じ。)がある場合において、当該責任が特定責任(第八百四十七条の三第四項に規定する特定責任をいう。以下この節において同じ。)であるときにあっては、当該株式会社及び当該最終完全親会社等の株主総会。以下この条において同じ。)の決議によって免除することができる。
責任限定契約を活用すれば、損害賠償リスクの限定により、社外取締役として高い資質を持った人材を登用しやすくなります。
この記事では、社外取締役と締結する責任限定契約の概要・活用方法・要件・効果などを詳しく解説します。
責任限定契約の効果とは?section
責任限定契約は、社外取締役などが就任する際に、会社との間で締結されることが多い契約です。まずは、責任限定契約に関する基本的な知識について解説します。
役員の会社に対する損害賠償責任を限定する契約
責任限定契約とは、就任の段階あるいは任期の途中で締結される、役員が負担する任務懈怠責任(会社法423条1項)の範囲をあらかじめ限定しておく契約を意味します。責任限定契約の当事者は、会社と対象となる役員となります。
業務執行取締役は責任限定契約の対象外
責任限定契約を会社と締結できる役員は、以下のとおりです。
- 取締役(業務執行取締役等を除く)
- 会計参与
- 監査役
- 会計監査人
業務を執行する取締役については、責任限定契約の締結は認められず、株主総会決議による責任の一部免除が個別に認められ得るにとどまります。これに対して業務を執行しない取締役であれば、社内取締役・社外取締役を問わず、責任限定契約の締結が可能です。
なお、非業務執行取締役が業務執行取締役に就任した場合、責任限定契約は将来に向かって効力を失います(会社法427条2項)。
(責任限定契約)第四百二十七条 第四百二十四条の規定にかかわらず、株式会社は、取締役(業務執行取締役等であるものを除く。)、会計参与、監査役又は会計監査人(以下この条及び第九百十一条第三項第二十五号において「非業務執行取締役等」という。)の第四百二十三条第一項の責任について、当該非業務執行取締役等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、定款で定めた額の範囲内であらかじめ株式会社が定めた額と最低責任限度額とのいずれか高い額を限度とする旨の契約を非業務執行取締役等と締結することができる旨を定款で定めることができる。
引用元:会社法427条
2 前項の契約を締結した非業務執行取締役等が当該株式会社の業務執行取締役等に就任したときは、当該契約は、将来に向かってその効力を失う。
故意・重過失による損害賠償責任は限定が認められない
責任限定契約が締結されていたとしても、その効果が認められるのは、対象となる役員が任務懈怠について善意または重大な過失がない場合に限られます。したがって、役員が故意に会社に対する背信行為を行ったり、通常の注意を払っていれば容易に回避できるような重大な過失行為を行ったりした場合には、責任限定契約によって任務懈怠責任を免れることはできません。
株主などの第三者に与えた損害に関する責任は限定されない
責任限定契約の適用対象は、役員の会社に対する任務懈怠責任のみです。これに対して、株主などの第三者は責任限定契約の当事者ではないので、第三者に対する役員の責任(会社法429条1項)は責任限定契約の対象外となります。
責任限定契約には人材登用の面からメリットがある
責任限定契約の主な目的は、社外取締役の人材確保のため、賠償責任に関する不安を除去することにあります。社外取締役としての職責に耐え得る能力を持った人材は、複数の会社の役員を兼任するケースが多いため、1社の役員として大きな損害賠償リスクを負担することを好まない傾向にあります。
そのため責任限定契約を締結して損害賠償リスクを限定することで、社外取締役就任への抵抗感を減らすことが、人材確保の観点から有効な方法になり得ます。責任限定契約を締結すること以外にも、株主総会決議によって役員の責任を一部免除することが認められていますが(会社法425条1項)、実際に責任が免除されるかどうかは不確実です。
責任限定契約であれば、要件を満たせば確実に取締役の責任が限定されるため、社外取締役就任への不安や抵抗感を減らす効果が高いといえるでしょう。
社外取締役と責任限定契約を適法に締結するための要件・手続き
社外取締役と責任限定契約を締結するためには、会社法に定められる要件を満たす形で、各種の手続きを行う必要があります。以下では、社外取締役と責任限定契約を適法に締結するための要件・手続きについて解説します。
定款で責任限定契約を締結できる旨を定める
会社が社外取締役と責任限定契約を締結するには、まず定款において、責任限定契約を締結できる旨を定める必要があります(会社法427条1項)。責任限定契約に関する定款の規定の記載例を紹介しますので、ご参考にしてください。
<責任限定契約の定款記載例>
第●条
当会社は、会社法第427条第1項の規定により、取締役(業務執行取締役等(会社法に定義される意味を有する)であるものを除く)との間で、同法第423条第1項に定める賠償責任を限定する契約を締結することができる。当該契約に基づく賠償責任の限度額は、〇〇万円以内であらかじめ当会社が定めた額または最低責任限度額(会社法に定義される意味を有する)のいずれか高い額とする。
定款変更の株主総会議案提出には、監査役等の同意が必要
責任限定契約に関する規定を定款に盛り込むためには、株主総会で特別決議を行う必要があります(会社法466条、309条2項11号)。その前提として、責任限定契約に関する定款変更の議案を株主総会に提出する必要がありますが、その際には監査役等の同意を取得しなければなりません(会社法427条3項・425条3項)。
会社が採用する組織によって、同意権者は以下のとおり定められています。
<責任限定契約に関する議案提出の際に同意を得る必要がある者>
- 監査役設置会社:各監査役
- 監査等委員会設置会社:各監査等委員
- 指名委員会等設置会社:各監査委員
責任限定契約に関する定款変更の効力発生日から2週間以内に登記が必要
責任限定契約を締結できる旨の定款の定めがあることは、株式会社の登記事項とされています(会社法915条1項、911条3項25号)。現実に責任限定契約が締結されているかどうかを問わず、定款に定めがある場合には、その旨を登記することが必要です。
登記を行うべき期限は、責任限定契約に関する定款変更の効力発生日から2週間以内とされています。
実際に任務懈怠が発生した際には、株主総会での情報開示が必要
責任限定契約を締結した社外取締役が実際に任務懈怠によって会社に損害を与えた場合には、会社はその後最初に招集される株主総会において、以下の事項を開示することが義務付けられています(会社法427条4項)。
- 責任の原因となった事実
- 賠償の責任を負う額
- 責任限定契約により免除することができる額の限度およびその算定の根拠
- 責任限定契約の内容
- 責任限定契約を締結した理由
- 任務懈怠により現実に生じた損害のうち、社外取締役が賠償する責任を負わないとされた額
責任限定契約の「最低責任限度額」とは?
会社と社外取締役が責任限定契約を締結したとしても、社外取締役の任務懈怠責任の全部を免除することはできません。会社法上、責任限定契約には「最低責任限度額」が設けられているからです。
責任限定契約の当事者が負担する最低限の賠償責任
責任限定契約によって、社外取締役の任務懈怠責任を一切免除することを認めてしまうと、取締役の職務執行が実効的に規律できなくなります。そのため会社法上、責任限定契約によっても免除できない賠償責任の最低額が定められています。
賠償責任の最低額は、以下のいずれか高い額となります(会社法427条1項)。
- 定款で定めた額の範囲内で会社が定めた額
- 最低責任限度額
最低責任限度額は役職によって異なる|社外取締役は年間報酬等の2倍
上記のルールによれば、責任限定契約を締結した社外取締役は、少なくとも「最低責任限度額」については任務懈怠責任を負担します。最低責任限度額は、役職によって以下のとおり定められています(会社法425条1項1号)。
<役職ごとの最低責任限度額>
- 代表取締役・代表執行役:年間報酬等の6倍
- 代表取締役以外の業務執行取締役・代表執行役以外の執行役:年間報酬等の4倍
- 非業務執行取締役・会計参与・監査役・会計監査人:年間報酬等の2倍
責任限定契約を締結できない業務執行取締役等についても最低責任限度額が定められているのは、株主総会決議によって任務懈怠責任を一部免除にも、最低責任限度額が適用されるからです。責任限定契約の対象者は、上記のうち③のみなので、最低責任限度額は常に「年間報酬等の2倍」となります。
社外取締役と責任限定契約を締結する際の注意点
社外取締役と責任限定契約を締結する際には、会社法上の手続きを適切に履行することと、株主に対する説明をきちんと尽くすことの2点が重要になります。
会社法上の手続きを適切に履行する
責任限定契約については会社法上の手続き・要件が詳細に定められており、これらを欠いた場合は契約自体が無効になる可能性があります。もし責任限定契約が無効となった場合、当事者の社外取締役が不測の損害を被ってしまいます。
さらに、その事実が社会的に明るみになった場合、その後の社外取締役その他の役員の人選に苦労する事態も考えられるでしょう。こうした事態を防ぐためにも、責任限定契約を締結する際には、会社法上必要とされている手続きを適切に履践する必要があります。
株主総会で株主に対する説明を尽くす
社外取締役の責任を軽減する責任限定契約は、株主に対して「無責任」という印象を与える可能性があります。株主から取締役への信頼が得られない状況では、円滑に会社経営を行うことはままなりません。そのため、責任限定契約の締結が人材確保の観点から重要であることなどを株主総会できちんと説明し、株主の理解を得る必要があるでしょう。
社外取締役との責任限定契約の締結は弁護士に相談を
責任限定契約は、会社法上のルールが多岐にわたり、必要となる手続きも複雑です。その一方で、社外取締役として適任の人材を登用するためには、責任限定契約を活用することは非常に有力な手段となります。
責任限定契約を活用して社外取締役の登用を行いたい場合には、会社法上の手続きを適切に履践するため、弁護士のアドバイスを受けることをお勧めいたします。企業法務に精通した弁護士であれば、漏れなく手続きを履践することで、責任限定契約が後に無効とされるリスクを防ぐことできます。
責任限定契約の内容についても、弁護士にレビューを依頼して万全を期すとよいでしょう。また、責任限定契約を締結する場合、株主に対する説明などの対応も重要になります。弁護士に相談すれば、株主総会対応などについてのアドバイスを受けることも可能です。
さらに、弁護士は法律の専門家であり、社外取締役としての適正も有しているケースが多いです。もしこれから社外取締役の候補者を探そうという場合には、弁護士に社外取締役への就任要請を行うことも検討する価値があるでしょう。
このように社外取締役の選任や責任限定契約の締結に関しては、弁護士がサポートできることが数多く存在しますので、一度弁護士に相談してみてはいかがでしょうか。
まとめ
責任限定契約は、社外取締役などの役員人材を登用する観点から、役員の任務懈怠責任を限定するために会社と役員が締結する契約です。責任限定契約を締結すると、社外取締役の任務懈怠責任を年間報酬等の2倍まで限定することができるので、社外取締役への就任に関する抵抗感を除去することができます。
ただし責任限定契約を締結するには、会社法において定められる手続きを履践する必要があります。また、責任限定契約による任務懈怠責任の限定が無責任と受け取られないように、株主に対する説明をきちんと尽くすことも大切です。
もし会社が社外取締役との間で責任限定契約の締結を検討する場合は、弁護士に相談することをお勧めいたします。
弁護士は、責任限定契約に関する会社法上の手続き・契約内容のレビュー・株主への説明についてのアドバイスを行うほか、社外取締役への就任要請にも対応できる場合があります。社外取締役との責任限定契約に関する全般的なお悩みは、ぜひご相談ください。