戦略人事とは、企業の経営戦略に基づいて、経営目的を達成することを目的とした人事戦略を計画・実行することを言います。
人事戦略を企業戦略に結び付け、人材の確保・育成・評価・報酬などを計画的に実施し、企業の成長・発展に貢献することが主な目的です。
戦略人事を実践するための行動としては主に、人材の採用・配置・育成において、企業のビジョンや目標に合わせた戦略的な人事計画を立案・実行をします。また、社員のモチベーションや能力開発、組織文化の形成なども行い、経営目的と一致した人材の育成にも力を入れていきます。
戦略人事を実践するためには、人事部門だけでなく、経営陣や各部署との連携が必要ですので、担当者にはコミュニケーション能力だけでなくビジネスの知識・経験が求められます。
こちらの記事では、戦略人事を会社内で実践するにあたって知っておくべき4つの機能や通常の人事との違いについてご説明します。
戦略人事とは?注目の背景と一般的な人事との違いsection 01
冒頭でもお伝えしたように、戦略人事とは経営戦略と一致した人事戦略のことを言い、一般的な人事とは目的や実施する内容が違います。
人事の目的・役割には主に次の3種類があり、その1つが戦略人事となります。
各人事の業務内容は、下記の通りです。
- 戦略人事:経営戦略と連動して、ビジネスの成果実現に貢献できる人材育成や競合他社との差別化や優位性を作る
- インフラ人事:既存の事業を維持するための仕組みづくりや制度を整備・運用する人事
- オペレーション人事:事業を行う上で必要不可欠な労務管理や給与計算などの日常的な業務処理や、トラブル時の対応
戦略人事が注目される背景とは
戦略人事が注目されはじめた背景には、企業のグローバル化やDXの導入などにより、事業環境が目まぐるしく変化していること、それに伴い必要な人材の確保が喫緊の課題として認知されていることがあげられます。
経営視点から見た人事の課題
戦略人事を実現するには、経営に深く関わる必要があるため、経営層の明確なビジョンとそれを実行するための一貫性を持った経営戦略を整えなければ、人事部は採用戦略の策定が困難です。しかし、一貫性がないと人事部がいくら行間を読んだ採用戦略を提案をしたとしても、経営層とのズレが生じ、提案そのものを飲み込む体制が整っていないことも、課題のひとつとなっています。
人事教育から見た課題
仮に経営層が明確な経営戦略を策定したとしても、人事担当者に理解する能力や採用する能力がなければ適切な戦略人事を策定・実行はできません。人事で扱うのは「人的資本」でありモノではありません。
いわゆる「気持ち」「モチベーション」への配慮を忘れず、経営層ではなく現場に寄り添った信頼関係を構築するのも、課題のひとつになります。「攻めの人事」を実現するには、人事側への教育も必要です。
既存の従業員からみた課題
戦略人事を導入することで、従業員のキャリアも変化するケースがあります。日本企業の多くは変化を嫌う保守的な従業員がメインですから、大きく内部構造を変えようとした場合、既存の社員からの反発も予想されます。
企業拡大でストレッチする企業の多くから従業員が離れていくケースはあるため、変化の激しい時代に適応する柔軟性の高い組織作りをするために、変化に対応できるスキルや知識、経験を持つ人材の獲得だけではなく、既存の社員教育の両立が大切です。
そのためにも、人材管理を中核の一つとした優れた経営戦略が、今後は必要だと考えられています。
戦略人事と一般的な人事の違い
インフラ人事とオペレーション人事の業務内容
「インフラ人事」と「オペレーション人事」が一般的な人事に該当し、主に次の活動を主に行います。
- 採用活動
- 配置転換
- 人材教育
- 評価制度の導入・実施
- 労務管理
- 職場環境の整備
戦略人事は経営戦略と連動する
戦略人事も一般的な人事の活動は実施しますが、一般の人事はあくまでも人事部独立で計画を立てて、不足している部署の人員補填をしたり、教育を行ったりするだけです。
戦略人事では、積極的に経営にも参加し、人事施策を実行していきます。何度かお伝えしますが、経営戦略と連動しているかどうかが戦略人事と一般的な人事との違いです。
戦略人事では他社との差別化を図る
一般的な人事は、どの会社にも必要不可欠で定形化しやすいものでもあります。よって、会社による大きな違いもなく、人事の活動で他社と差別化を図ることはあまりできませんでした。
戦略人事を導入することによって、会社の経営目的や経営戦略と一致させることができ、人事が会社独自のものになっていきます。
通常の人事が「しなければならない」守りの人事だとすれば、戦略人事は「会社を成長させるため」の攻めの人事と言うことができます。
戦略人事と人事戦略との違い
戦略人事と似た言葉に「人事戦略」があります。人事戦略は、人事に関する業務をどのように改善すれば業務効率や目標達成に繋がるかの戦略を立てることで、人事内でも完結する内容でもあります。
戦略人事の例 | 人事戦略の例 |
---|---|
会社のグローバル化に対応するためグローバル人材の育成 離職率低下のために社内で教育制度を導入する | 人材不足に対応するため採用方法を変える 業務効率を上げるために一部業務を外注する 従業員の満足度を上げるために評価制度を見直す |
人事戦略は、あくまでも人事内での戦略を立てることであって、経営と連動していない点で、戦略人事との違いがあります。
戦略人事に必要な4つの機能section 02
戦略人事には経営戦略と連動して人材管理を行う必要があり、主に次の4つの役割があります。
- HR BP
- OD&TD
- CoE
- OPs
こちらの項目では、戦略人事を成すための4つの機能とそれぞれの役割についてご紹介します。
HRBP|HRビジネスパートナー
「HR BP」は、人事ビジネスパートナーのことで、経営戦略を実現するために必要になる人事戦略の立案や実行をリードする立場の部門です。
通常の人事では、経営戦略に沿って経営陣が決めた内容が人事部にトップダウンで伝わって、その内容に基づいて人事部が計画や施策を実行していきます。
しかし、戦略人事では経営陣とビジネスパートナーが積極的に関わることで、上層部と同じ立場にたって人事戦略を立てていくことができます。
ビジネスパートナーの担当になる人は、人事での経験・知識だけでなく、経営・ビジネスな観点も持ち合わせることが求められます。
CoE|センター・オブ・エクセレンス
CoEは、センター・オブ・エクセレンスの頭文字を取ったもので、日本語に訳すと「優秀な中心」という意味になり、部門の中心を担う専門領域に特化したグループや組織のことを言います。
人事においては、採用のプロフェッショナルなどの専門領域に特化しており、上記のビジネスパートナーを人員補充や人材育成などの部分からサポートしていきます。
OD &TD|組織開発&人材開発
ODとTDは、それぞれ組織開発と人材開発のことで、組織や人材を開発・育成していくための機能となります。
組織開発(OD)では、会社の理念や経営戦略に基づいて、組織が今後向かうべき方向に開発・育成していくための機能です。人材開発(TD)では、組織開発で目指す組織に必要な人材の育成を行う機能です。
どちらもそれぞれ親密な関係があり、どちらかが欠けていると組織・人材開発の方向性が定まらなくなってしまいます。
Ops|オペレーションズ
オペレーションズは、人材資源に関する実務を行う上での専門家です。
人材資源を最適化するために、各部署と連携したり、外注やシェアードサービス化などを検討したりします。
戦略人事に必要な3つの要件section 03
戦略人事を実行するためには、上記の4つの機能を持たせる必要があります。そのためには、次の3つの要件をしっかり揃えておく必要があります。
人事部門の最高責任者を担当に就ける
戦略人事を行うにあたって、人事に対する高い知識と経験が求められるため、人事部の最高責任者を担当に就ける必要があります。
経営陣との連携も頻繁に行う必要があるため、社内でもある程度の地位がある人物が就いていないと戦略人事も機能しなくなってしまうでしょう。
経営や事業戦略への理解
戦略人事に関わる人物は、人事に関する知識や経験だけではなく、経営やビジネスに関する理解も求められます。
何度かお伝えしているように、戦略人事では経営陣との連携が重要になりますので、担当者が経営に関して理解が乏しいようであれば、経営と人事を連携させることが難しくなってしまいます。
成果を出すことに重きを置く
戦略人事を十分に機能させるためには、担当する人それぞれが成果を出すことに重きを置く意識をいま一度持ってもらうことが非常に大事になります。
一般的な人事業務では、必要な業務を淡々とこなす作業も多く、成果にコミットする意識があまりない人もいます。
しかし、戦略人事では、経営戦略と人事戦略を一致させるためにも与えられた成果をしっかり達成させていくことが求められます。人材資源を確保することや求める人材に育成することなど、成果を出すことができなければ、せっかくの立てた計画も失敗に終わってしまう原因になります。
戦略人事の主な実例section 04
最後に、ここまでご説明した戦略人事の実例を、実際に行った手法と企業を挙げながらご紹介したいと思います。
タレントマネジメント|日産自動車株式会社
日産自動車は、グローバルな組織・人事・文化を形成するために、グループ全体のパフォーマンスを最暖化する「グローバルタレントマネジメント」を実施しています。
主な取り組みとして、日本人のビジネスリーダー育成に力を入れており、人選・アセスメント(評価)・育成計画・フォロースルーをセットとした育成プログラムによって、国際的に活躍できる人材の育成を目指しています。
ポテンシャル採用|ヤフー株式会社
ヤフーは、新卒一括採用を廃止し、30歳以下であれば通年応募することができる「ポテンシャル採用」を行っています。
ポテンシャル採用を実施した理由として、柔軟な採用活動に切り替えることで、求職者の就職活動時期の多様化に対応するためだと説明があります。
会社としても新卒・既卒・中途採用の枠に捉われずにポテンシャルで評価をすることで、採用の幅を広げて機会を増やす目的があると考えられます。
リスキング(学び直し支援)|オムロン株式会社
オムロンは、従業員が入社した後もスキルや知識を学ぶ機会を作ろうと、リスキング(学び直し)の促進に力を入れています。例えば、国内では時短勤務や週3日勤務などの働き方を取り入れ、勤務時間以外に専門学校やビジネススクールなどで学んでもらう取り組みです。
学び直しをすることによって、社員の離職率の低下と従業員のスキル向上に繋げることが目的にあると考えられます。
参考:〈独自〉オムロン、リスキリング支援 週3日勤務など導入|産経新聞
グローバル戦略人事|株式会社日立製作所
日立製作所は、2010年に経営戦略を大幅に変革して以降、経営戦略の軸である「社会イノベーション事業」と「グローバル展開」を実現するために、人事部とも連動して経営リーダーの選抜・育成やデジタル・グローバル人材の確保・育成に力を入れています。
まとめ
戦略人事は、企業の経営戦略に基づいて、経営目的を達成することを目的とした人事戦略を計画・実行することです。
戦略人事を実践するためには、人事部門だけでなく、経営陣や各部署との連携が必要ですので、担当者にはコミュニケーション能力だけでなくビジネスの知識・経験が求められます。
一般的な人事では、採用活動や労務管理など、経営陣からトップダウンで目標や指示が降りてきて、それに対応した活動を行います。しかし、それだけでは人材の面での競合他社との差別化もしにくいため、人事と経営陣が連動して人事戦略を取っていくことが求められています。
特にグローバル化や多様性などに対応しようと考えている大企業が実践していることが多いですから、他社を参考にもしながら自社で取り入れられる戦略人事も考えていってみてください。