VPoP(Vice President of Product)とは、企業におけるプロダクトマネジメントの最高責任者です。
- 役割:プロダクトの事業価値最大化。経営目標に基づきプロダクトビジョンやロードマップを策定し、開発の優先順位を決定
- 注目される背景: SaaSやサブスクリプションモデルの台頭により、ビジネスとエンジニアリングの橋渡しを行い、「経営視点でプロダクトを勝たせる」専門職としての需要が急増
- CTO・VPoEとの違い
VPoP (Product): 「What(何を作るか)」に責任を持つ。顧客課題の発見や市場ニーズの分析を行い、作るべきものの正当性を担保。
CTO (Technology): 「How(どう技術的に実現するか)」に責任を持つ。技術選定、アーキテクチャ設計、技術的負債の解消など、技術戦略のトップ。
VPoE (Engineering): 「Who(誰が作るか)」に責任を持つ。エンジニアの採用、評価、モチベーション管理など、組織と人のマネジメントに特化。
これら3つの役割が健全に連携することで、「正しいものを(VPoP)、適切な技術で(CTO)、強いチームが(VPoE)」作り上げる体制が整います。
VPoPの注目背景と役割についてsection
VPoPの役割は、一言で言えば「プロダクトをビジネスとして成功させること」です。単に機能要件を決めるだけでなく、経営目標とプロダクト開発を接続する戦略的な立ち位置を担います。
注目される背景:「作る」から「使い続けられる」へのシフト
なぜ今、VPoPという役職がこれほどまでに注目されているのでしょうか。その背景には、ソフトウェアビジネスの構造的な変化と市場の成熟があります。
売り切りからSaaS・サブスクリプションへ
テクノロジー企業、とりわけSaaS(Software as a Service)やプラットフォームビジネスを展開する企業における競争の源泉は、劇的な変化を遂げました。
かつての「営業主導」や「マーケティング主導」の成長モデルに加え、プロダクトそのものが顧客獲得、維持、拡大の主要なドライバーとなる「プロダクト主導型成長(PLG: Product-Led Growth)」が主流となりつつあります。
この変革の中で、エンジニアリングとビジネスの結節点に立ち、組織全体を牽引する高度なリーダーシップが必要とされるようになりました。その回答として浮上したのが、VPoP(Vice President of Product:プロダクト担当副社長)という役職です。
VPoPは、単なる開発部門の管理者でもなければ、機能要件を定義するだけの現場監督でもありません。経営資源の配分、市場戦略の立案、そして組織文化の醸成を一手に担う、極めて戦略的なエグゼクティブ職です。
Build Trap(ビルドトラップ)」の回避
技術力が向上し、誰でもソフトウェアを作れるようになった現代において、「作ったけれど誰にも使われない」という失敗(ビルドトラップ)が多発しています。機能開発そのものよりも、「何を作るべきか」という仮説検証の精度がビジネスの勝敗を分けるようになりました。
CEOの役割分担の変化
創業初期はCEOがプロダクトのビジョンを描くことが多いですが、組織が拡大するにつれ、CEOは資金調達や全社的な経営管理に時間を割く必要が出てきます。そのため、CEOの持つ「プロダクトへの想いと責任」を移譲できる、経営視点を持ったプロダクト責任者(VPoP)の需要が急増しているのです。
ミニCEO」から「組織の建築家」へ
プロダクトマネージャー(PM)がしばしば「プロダクトのミニCEO」と形容されるのに対し、VPoPはその概念を組織全体に拡張した「メタ視点」を持つリーダーです。しかし、CEOが持つような絶対的な権限を持たない中で、エンジニアリング、デザイン、マーケティング、セールスといった多様なステークホルダーを一つのビジョンに向かわせる「権限なき影響力(Influence without Authority)」を行使することが求められます。
VPoPの本質は、プロダクトという成果物を作るだけでなく、「プロダクトを生み出し続ける持続可能な組織システム」を設計する「建築家(Architect)」としての側面にあります。
VPoPの役割
具体的には、以下の3つのレイヤーで責任を持ちます。
- プロダクト戦略の策定(Why & What) 「誰の、どんな課題を解決するのか」「なぜ今やるのか」というビジョンを掲げ、ロードマップを作成します。市場調査、競合分析、顧客ヒアリングを通じて、開発すべき機能の優先順位(プライオリティ)を決定します。ここで重要なのは、「作らないもの」を決める決断力です。
- 事業成果(ROI)へのコミット 開発した機能が実際にどれだけの売上やユーザー満足度(リテンションなど)に貢献したかを測定し、責任を持ちます。エンジニアリングのリソースを投資と考え、その投資対効果を最大化させることが求められます。
- プロダクト組織の統括 プロダクトマネージャー(PM)の採用、育成、評価を行います。PMたちが自律的に動けるよう、意思決定のプロセスやフレームワークを整備し、強いプロダクト組織を作り上げます。
つまりVPoPは、経営陣の一員として「ビジネス(事業)」と「クリエイティブ(顧客体験)」の交差点に立ち、プロダクトの方向性を指し示す羅針盤の役割を果たします。
CTOとの違い
VPoPとCTO(Chief Technology Officer)は、車の「両輪」のような関係ですが、その責任領域と視点には明確な違いがあります。
VPoPは「市場と顧客」を見ます。「この機能があれば売上が伸びる」「ユーザーの課題はここにある」というビジネス価値の視点から要求を出します。彼らの関心事は、正しい市場に、正しいタイミングで、正しい製品を投入すること(Product Market Fit)です。
一方でCTOは「技術と品質」を見ます。「その機能を実現するにはこのアーキテクチャが最適だ」「セキュリティや拡張性を担保する必要がある」という技術的実現性と持続可能性の視点を持ちます。彼らの関心事は、技術的な負債を抑え、システムが安定して稼働し続けられる技術戦略を描くことです。
両者は時に意見が対立します。VPoPが「明日までにこの機能が欲しい」と言い、CTOが「それではコードがスパゲッティ化して将来破綻する」と返すような場面です。
しかし、この対立こそが重要です。ビジネススピード(VPoP)と技術的品質(CTO)の間でギリギリのバランスをとり、建設的な議論を行うことで、「早くて、かつ壊れにくい」優れたプロダクトが生まれます。
VPoEとの違い:「プロダクト」か「組織・人」か
VPoPとVPoE(Vice President of Engineering)の違いは、管理対象が「成果物(モノ)」か「生産者(ヒト・組織)」かという点にあります。
VPoPの成果物は「ロードマップ」や「仕様」、「ユーザー体験」です。彼らはプロダクトが市場で勝てているか、ユーザーに愛されているかどうかに責任を持ちます。エンジニアが「何を作るか」という指示系統のトップと言えます。
VPoEの管理対象:エンジニア組織(Engineering)
VPoEの成果物は「開発チームの生産性と健全性」です。エンジニアの採用、評価制度の設計、モチベーション管理、開発プロセスの改善など、「Who(誰が作るか)」と「How to Work(どう働くか)」に責任を持ちます。エンジニアが気持ちよく働ける環境を整える「ピープルマネジメント」のトップです。
VPoPが「この山(目標)に登りたい」と方針を示します。それに対し、VPoEは「その山に登るためには、これだけの人数と装備(スキル)を持った登山隊(チーム)が必要だ」と判断し、チームを編成・育成します。
VPoPがいなければチームは向かうべき方向を見失い、VPoEがいなければチームは疲弊して瓦解してしまいます。この二人が連携することで、「正しい方向へ(VPoP)、強いチームで(VPoE)」前進することが可能になります。
これらの役割分担が明確になることで、各リーダーが専門領域に集中でき、組織全体のパフォーマンスが最大化されます。
VPoP(Vice President of Product)の仕事内容section
VPoP(Vice President of Product:プロダクト責任者)は、企業においてプロダクト組織のトップに立ち、経営戦略とプロダクト開発の架け橋となる極めて重要な役職です。単に機能要件を決めるだけではなく、組織作りから事業数値へのコミットまで、その責任範囲は多岐にわたります。
プロダクトビジョンと戦略の策定
VPoPの最も根幹となる業務は、企業のミッションや経営目標に基づき、長期的な「プロダクトビジョン」を描き、それを実現するための具体的な「プロダクト戦略」を策定することです。
CEOや創業者が描く抽象度の高いビジネスの方向性を、エンジニアやデザイナーが理解・実行可能な具体的なプロダクトの方針へと翻訳する能力が求められます。「なぜこのプロダクトを作るのか」「誰のどんな課題を解決するのか」「市場においてどのような独自の立ち位置(ポジショニング)を築くのか」という問いに対し、明確な答えを用意しなければなりません。
また、戦略策定においては、直近の売上目標と中長期的なイノベーションのバランスを取ることが極めて重要です。既存顧客の要望に応えるための機能改善(守りの戦略)と、将来の市場を切り拓くための新規機能開発(攻めの戦略)のどちらにどれだけのリソースを投資すべきか、ポートフォリオマネジメントの視点を持って意思決定を行います。
プロダクト組織の設計と採用・育成
優れたプロダクトを生み出すためには、優れた「チーム」が必要です。VPoPは、プロダクトマネージャー(PM)、プロダクトデザイナー、場合によってはUXリサーチャーなどを含むプロダクト組織全体の設計図を描き、その構築に責任を持ちます。
具体的には、事業のフェーズに合わせて「機能別組織」にするか、特定のKPIや顧客セグメントごとにクロスファンクショナルなチームを組む「事業部別(スクワッド)組織」にするかなど、最適な組織構造を定義します。
また、採用活動においては、単にスキルを見るだけでなく、自社のカルチャーやビジョンに共感できる人材を見極めることが重要です。特に優秀なPMの採用は世界的に競争が激しいため、採用ブランディングの強化やスカウト活動にも自らコミットします。
さらに、採用後のメンバー育成も重要な任務です。PMの評価制度やキャリアラダー(成長の階段)を整備し、個々のメンバーがモチベーション高く働ける環境を整えます。
ロードマップの策定と実行プロセスの管理
戦略を絵に描いた餅にしないために、具体的な「プロダクトロードマップ」を策定し、その実行(エグゼキューション)を管理します。ロードマップは、いつ、どのような価値を顧客に届けるかを示すタイムラインであり、社内外のステークホルダーに対する約束でもあります。
VPoPは、無数にある機能要望やアイデアの中から、ビジネスインパクト、開発コスト、緊急度などを総合的に判断して優先順位を決定します。ここでは「何をするか」と同じくらい、あるいはそれ以上に「何をしないか」を決める決断力が問われます。
また、開発プロセス自体の最適化も行います。アジャイル開発やスクラムなどの手法を取り入れつつ、自社の開発チームが最も効率よく、かつ高品質なアウトプットを出せるようなフローを構築します。進捗が遅れている場合のボトルネック解消や、予期せぬトラブル発生時のリスクマネジメントを行い、納期と品質のバランスを保ちながらリリースへと導く、現場の司令塔としての役割も果たします。
部門間の連携とステークホルダーマネジメント
プロダクト開発は、プロダクトチームだけで完結するものではありません。VPoPは、エンジニアリング(CTO)、セールス、マーケティング、カスタマーサクセス(CS)といった他部門との「ハブ」となり、全社的な連携をスムーズにする役割を担います。
例えば、セールス部門からは「この機能があれば契約が取れる」という短期的な要望が寄せられ、エンジニアリング部門からは「技術的負債の解消が必要だ」という長期的な品質向上の要望が上がります。これらの利害はしばしば対立しますが、VPoPはビジネス全体最適の視点から調整を行い、納得感のある合意形成を図らなければなりません。
| 連携部門 | VPoPの役割と調整内容 | 期待されるシナジー |
| エンジニアリング | 技術的負債の解消と新規機能開発のバランス調整。CTO/VPoEとのリソース配分交渉。 | 持続可能な開発速度の維持、技術革新のプロダクトへの反映。 |
|---|---|---|
| セールス/CS | 「売れる機能」の要望と「長期的な製品価値」のバランス。ロードマップの共有と期待値コントロール。 | 営業サイクルの短縮、解約率(Churn Rate)の低減。 |
| マーケティング | Go-to-Market(GTM)戦略の共同策定。プロダクトの価値提案(Value Proposition)の明確化。 | メッセージングの一貫性、リード獲得効率の向上。 |
| 経営陣 (C-Suite) | プロダクト投資対効果(ROI)の説明。ビジネス目標(ARR等)とプロダクトKPIの紐付け。 | 適切な予算獲得、経営戦略とプロダクト戦略の完全な一致。 |
これを怠ると、部門間の対立やサイロ化(縦割り)を招き、組織のスピード感が失われます。
また、経営陣に対してはプロダクトの進捗状況や投資対効果(ROI)を報告し、必要な予算や人員を確保するための交渉を行います。いわば「社内政治」とも言える高度なコミュニケーション能力を駆使して、プロダクトチームが開発に専念できる環境を守り、全部門が同じ方向を向いて走れるように調整し続けることが求められます。
市場分析と顧客インサイトの探求(顧客中心主義の徹底)
VPoPは、誰よりも顧客と市場を理解している存在でなければなりません。これを実現するために、定量的・定性的なデータに基づいた市場分析と顧客理解(インサイトの探求)を主導します。
市場の変化、競合他社の動向、技術トレンドなどを常にウォッチし、自社プロダクトが市場において競争優位性を保ち続けるための戦略を練ります。特にSaaSなどの変化が激しい業界では、半年前の常識が通用しなくなることも珍しくありません。そのため、VPoPは常にアンテナを高く張り、外部環境の変化を敏感に察知する必要があります。
さらに重要なのが「顧客の声(VoC)」の分析です。ユーザーインタビュー、アンケート、利用ログの解析などを通じて、顧客が抱える真の課題や、まだ顕在化していないニーズを発掘します。
「顧客が欲しいと言ったものを作るのではなく、顧客が本当に必要としているものを作る」というプロダクトマネジメントの鉄則を組織全体に浸透させ、エンジニアやデザイナーが顧客視点で開発を行えるような仕組み(例:顧客インタビューへの同席推奨など)を作ります。
事業成果(KPI)へのコミットメントとPL管理
VPoPは単なる「ものづくりの責任者」ではなく、「事業の責任者」の一人です。したがって、プロダクトが生み出すビジネス上の成果(アウトカム)に対して責任を負います。
具体的には、売上、ARR(年間経常収益)、解約率(Churn Rate)、NRR(売上維持率)、アクティブユーザー数などの重要業績評価指標(KPI)を設定し、プロダクトの改善を通じてこれらの数値を達成することにコミットします。機能を作ってリリースすること(アウトプット)自体はゴールではなく、その機能がどれだけ事業成長に貢献したかという結果がすべてです。
そのためには、データドリブンな意思決定が不可欠です。A/Bテストの結果やファネル分析などを元に、どの施策が成功し、どれが失敗だったのかを冷徹に評価します。
また、開発にかかる人件費やサーバーコストなどの投資対効果(ROI)も意識し、限られた予算内で最大の利益を生み出すためのPL(損益計算書)管理の視点も持ち合わせている必要があります。プロダクトの成功とビジネスの成功を直結させることが、VPoPの真骨頂です。
プロダクトカルチャーの醸成と伝道師としての役割
最後に、VPoPは組織の「文化」を作る責任者でもあります。どのような価値観を大切にし、どのような行動を賞賛するかという「プロダクトカルチャー」は、日々の意思決定やプロダクトの品質に色濃く反映されます。
例えば、「失敗を恐れずに挑戦する文化」「データに基づいて議論する文化」「顧客の成功を第一に考える文化」などを掲げ、それを自らの行動で示し、組織に浸透させます。特に心理的安全性を確保し、メンバーが自由に意見を出し合い、建設的な議論ができる土壌を作ることが、イノベーションを生むためには不可欠です。
また、社外に対しては「プロダクトエバンジェリスト(伝道師)」としての役割も果たします。カンファレンスでの登壇やメディアへの露出を通じて、自社プロダクトのビジョンや技術的な先進性を発信し、プロダクトのファンを増やします。
これにより、企業のプレゼンスが向上し、結果として優秀な人材の採用や新規顧客の獲得にも繋がります。情熱を持ってプロダクトの魅力を語り、社内外の人々を巻き込んでいく求心力が、優れたVPoPには求められます。
【企業フェーズ別】VPoPが必要な企業とタイミングsection
企業の成長フェーズを4段階に分類し、VPoPの必要性がどのように変化していくかを整理しました。これらのフェーズ変遷を理解することで、「今、自社が採用すべきはVPoPなのか、それとも優秀なリードPMなのか」という判断の解像度が上がるはずです。
| フェーズ | 社員数目安 | VPoP必要度 | 組織の状態・課題 |
| シード期 | 〜10名 | 不要 | CEOがプロダクトの全責任を持つ。スピード最優先。 |
|---|---|---|---|
| アーリー期 | 10〜50名 | △ (準備) | PMチームができる。CEOの権限移譲が始まるが、まだ「Head」や「リードPM」で回る。 |
| ミドル期 | 50〜150名 | ★ (必須) | 「50人の壁/100人の壁」。CEOがボトルネック化し、組織間の連携不全が起きる。 |
| レーター期 | 150名〜 | ◎ (進化) | 複数事業化(マルチプロダクト)。VPoPの上にCPO(執行役員)が置かれることも。 |
シード期(創業〜PMF前)
創業メンバー数名で、仮説検証を繰り返してPMF(プロダクト・マーケット・フィット)を目指す時期です。この段階では「CEO=CPO(最高プロダクト責任者)」であるべきです。
このフェーズで最も重要な資源は「スピード」と「創業者の強烈なこだわり」です。創業者が解決したい課題への熱量や、独自の原体験に基づく直感を、ダイレクトに製品に落とし込む必要があります。 ここにVPoPという「調整役」や「論理的な管理者」を入れてしまうと、意思決定のプロセスが増え、開発スピードが鈍化する致命的なリスクがあります。
また、市場調査や合議制によってプロダクトの角が取れ、「誰にとっても無難で、誰の心にも刺さらないもの」になってしまう恐れもあります。 したがって、この時期はVPoPを採用せず、CEOがエンジニアと直接対話しながら、アジャイルに機能を実装・廃棄していくスタイルが正解です。組織図を整えるよりも、一日でも早く「使われるもの」を作ることが最優先事項です。
アーリー期(PMF〜シリーズA)
製品が市場に受け入れられ始め、顧客からの要望やバグ修正の依頼が急増する時期です。CEOは採用や資金調達で席を外すことが多くなりますが、まだVPoP(経営職)までは不要なケースが大半です。
この時期に必要なのは、経営レベルの戦略立案よりも、膨れ上がるバックログ(開発タスク)を整理し、仕様を固め、開発チームに正しく伝える「実務遂行能力」です。 そのため、高額な報酬が必要なVPoPよりも、プレイングマネージャーとして動ける「リードPM(プロダクトマネージャー)」や「Head of Product」クラスの人材が最適です。
彼らはCEOの意図を汲み取りつつ、現場のエンジニアがスムーズに開発できるよう「交通整理」を行います。 「戦略はCEO、戦術・実行はリードPM」という役割分担で十分に回ります。
逆に、ここで頭でっかちな戦略家を採用してしまうと、現場の手が動かなくなり、成長の足かせになることがあります。まずは「確実にデリバリーする体制」を作ることが先決です。
ミドル期(シリーズB〜C / 50〜100名の壁)
組織が急拡大し、CEOが全ての意思決定に関与することが物理的に不可能になる時期です。「50人の壁」「100人の壁」と呼ばれ、部門間のセクショナリズム(対立)が芽生え始めます。
VPoPの真価が問われるのはこのタイミングです。営業は「売るための機能」を求め、CSは「顧客の不満解消」を求め、開発は「技術的負債の解消」を求めます。これら全ての要望に応えるリソースはなく、CEOがいちいち裁定を下していてはボトルネックになります。
VPoPは、CEOから「プロダクトに関する意思決定権」を譲り受け、「事業全体のROI(投資対効果)を最大化するには、今何をすべきか」という基準で、冷徹かつ合理的に優先順位を決定します。
また、PMチームの採用・育成制度を整え、個々のPMが自走できる組織を作ることも重要なミッションです。「CEOの分身」として機能するVPoPがいなければ、組織は疲弊し、プロダクト開発は停滞することになります。
レーター期(シリーズC〜IPO / マルチプロダクト)
主力事業が安定し、第2、第3の柱となる新規事業を立ち上げる「マルチプロダクト化」が進む時期です。組織は数百人規模になり、複雑性が極まります。この段階では、単一のプロダクトを見るだけでなく、全社的な視点での「ポートフォリオマネジメント」が必要になります。「金のなる木」である既存事業から得た利益を、どの新規事業にどれだけ投資(ヒト・カネ)するかという高度な経営判断です。
ここでは、各事業部に配置されたVPoPや事業責任者を統括する「CPO(Chief Product Officer)」という役割が必要になることが多いです。CPOや上級VPoPは、個別の機能仕様には口を出さず、「プロダクト開発のガバナンス(仕組み)」や「再現性のあるヒット創出プロセス」の構築に注力します。
また、M&Aによる事業統合なども発生するため、異なる文化を持つプロダクト組織を融合させる高度な組織マネジメント能力も求められます。
VPoPに求められる7つのスキルsection
VPoP(Vice President of Product)は、経営と現場、ビジネスと技術をつなぐ非常に高度なポジションです。求められるスキルは多岐にわたりますが、特に重要な7つのスキルについて、それぞれ詳細に解説します。
ビジョン策定とロードマップ構築力
VPoPに最も求められるのは、混沌とした市場環境や経営者の抽象的な想いを、具体的かつ勝てる「製品戦略」へと落とし込む能力です。単に「機能リスト」を作ることではありません。3年後、5年後にプロダクトがどうあるべきかという「北極星(North Star)」を掲げ、そこに至るまでの道筋(ロードマップ)を論理的に描く力が不可欠です。
このスキルには、市場の動きを読み解く洞察力と、リソースの限界を見極める冷静な判断力が含まれます。「あれもこれもやる」のではなく、事業戦略に基づいて「今やるべきこと」と、勇気を持って「今やらないこと(劣後順位)」を決める決断力が重要です。
もしVPoPにこの構想力が欠けていると、プロダクト開発は「営業に言われた機能を作るだけ」「競合の機能を後追いするだけ」の受動的な活動に成り下がります。現場のメンバーに「なぜ我々はこれを作るのか」という大義を示し、迷いなく進ませるための旗印を立てることが、VPoPの第一の責務です。
事業数値へのコミットメント力
VPoPはプロダクトの責任者であると同時に、経営陣の一人です。したがって、プロダクトを「作品」としてではなく、「収益を生み出す資産」として捉える高度なビジネス感覚が求められます。PL(損益計算書)を理解し、開発投資に対するリターン(ROI)をシビアに管理する能力です。
具体的には、LTV(顧客生涯価値)やCAC(顧客獲得コスト)、チャーンレート(解約率)といった重要指標(Unit Economics)の構造を深く理解し、どの数値を改善すれば事業が成長するかを特定する力です。「UXを改善しました」で終わらせず、「UX改善によって解約率がX%下がり、売上にY円のインパクトがあった」と経営言語で語れなければなりません。
エンジニアリングリソースは極めて高価な経営資源です。そのリソースをどこに投下すれば最もレバレッジが効くのかを投資家的な視点で判断し、時には短期的な売上よりも中長期的な競争優位性を取るような、経営レベルのバランス感覚が不可欠となります。
部署・全社を巻き込むステークホルダーマネジメント力
プロダクト開発は開発部門だけで完結するものではありません。営業、マーケティング、カスタマーサクセス(CS)、そして経営陣(CEO/CFO)など、利害関係者の要望は常に競合します。VPoPには、これらの複雑な利害関係を調整し、全社を一つの方向に向かわせる高度な政治力と交渉力が求められます。
例えば、営業は「目先の契約のために特定の機能が欲しい」と言い、CSは「既存顧客のためにバグ修正を優先してほしい」と言い、エンジニアは「技術的負債の解消が先決だ」と主張します。これら全ての要望を聞いていればプロダクトは破綻します。
VPoPは、各部門の言葉(文脈)を理解した上で、「なぜ今その機能を優先できないのか」「代わりにどのような価値を提供するのか」を論理的かつ誠実に説明し、納得させる必要があります。全員にいい顔をするのではなく、プロダクトビジョンを基準に時には「No」と言い切り、それでも信頼関係を維持できるコミュニケーション能力こそが、組織のハブとして機能するために不可欠です。
PM組織の採用・育成・組織設計力
自分自身が優秀なPMであるだけではVPoPは務まりません。「PM(プロダクトマネージャー)たちが活躍できる組織」を作る能力が必要です。これはVPoEがエンジニア組織を見るのと同様に、PMの採用基準の策定、評価制度の設計、キャリアパスの構築を行うスキルです。
PMという職種は守備範囲が広く、属人化しやすい傾向があります。VPoPは、個々のPMのスキルに依存した「職人芸」の状態から脱却し、誰が担当しても一定の品質でプロダクトマネジメントが行えるよう、再現性のあるプロセスや型を導入しなければなりません。
また、PMは板挟みになりやすく精神的な負荷が高い職種でもあります。彼らの心理的安全性を守り、モチベーションを高く維持するためのメンターとしての役割も重要です。
「自分がやった方が早い」という衝動を抑え、権限委譲を進めて次世代のリーダーを育てることができるかどうかが、組織がスケールするか(50人の壁を超えられるか)の分水嶺となります。
データドリブンな意思決定力
経験や勘、声の大きい人の意見(HiPPO)ではなく、客観的なデータに基づいて意思決定を行う能力です。VPoPは、プロダクトの健康状態を測るための適切なKPI(Key Performance Indicator)を設計し、それをモニタリングする仕組みを構築する必要があります。
単にアクセス解析ツールが使えるということではありません。「どの指標が事業成長の先行指標(Leading Indicator)なのか」を見極める設計能力が問われます。例えば、DAU(日次アクティブユーザー)だけを追うのではなく、「登録から3日以内にこの機能を使ったユーザーは定着率が高い」といった「マジックナンバー」を発見し、それをチームの行動目標に落とし込む力です。
また、A/Bテストの設計やユーザー行動ログの分析を通じて、仮説検証のサイクルを高速に回す文化を定着させることも重要です。データという「共通言語」を用いることで、感情論になりがちな機能追加の議論をファクトベースの建設的な議論へと昇華させることができます。
技術への深い理解とCTOとの対話力
VPoP自身がコードを書ける必要はありませんが、現代のソフトウェア開発において、技術的な実現可能性やコスト感を肌感覚で理解していることは必須です。アーキテクチャの構造、APIの仕組み、開発工数の見積もり感、技術的負債のリスクなどを理解していなければ、CTOやエンジニアと対等に議論ができません。
技術への理解が浅いと、エンジニアに対して無理な納期を押し付けたり、実装難易度を軽視した仕様を丸投げしたりしてしまい、開発チームとの信頼関係が崩壊します。
逆に、「ここをこだわると工数が倍になるが、ビジネス価値はそこまで上がらないので、簡易的な実装で進めよう」といったトレードオフの判断ができるVPoPは、エンジニアから深く信頼されます。
ビジネスの要求(What)と技術的な制約(How)のバランスをとり、CTOと「健全な喧嘩」ができるだけの技術リテラシーを持つことは、開発スピードと品質を両立させるために極めて重要な要素です。
徹底した顧客中心思考(Customer Obsession)
最後に、最も根源的なスキルとして「顧客への深い愛と理解」が挙げられます。数字や組織論に埋没せず、常に「ユーザーは本当は何に困っているのか」「どのような体験が心を動かすのか」を探求し続ける姿勢です。これをVPoP自身が持ち、組織全体に浸透させる力が求められます。
VPoPは、定量データだけでなく、ユーザーインタビューやユーザビリティテストなどの定性調査を重視します。オフィスに籠もって会議をするだけでなく、一次情報(現場の生の声)を取りに行く行動力が重要です。
ビジネスの都合で「ユーザーにとって不利益な機能(例:解約しづらいUIなど)」を実装しようとする圧力がかかった際、最後の砦として「それは顧客のためにならない」と身体を張って止められるのはVPoPしかいません
この「UXへの執着」こそが、長く愛され続ける強いブランドを作る源泉となります。どれだけ偉くなっても、一人のユーザーとしての感覚を失わないことが、優れたVPoPの条件です。
主要日本企業におけるVPoPの実装事例section
VPoPという役割がどのように日本企業で機能しているか、具体的な事例を通じて分析します。
株式会社メルカリ (Mercari)
メルカリは日本において最も進んだプロダクト組織を持つ企業の一つです。
「Marketplace」「Fintech (Merpay)」「US」といったカンパニー制(事業部制)を採用し、それぞれにCEOやCPO、VP of Productを配置しています。2023年の体制変更では、Jeff LeBeau氏が「Vice President, Chief Product Officer (Marketplace)」に就任し、経営層(SVP)と連携しながらプロダクト戦略をリードする体制が敷かれました。
これは、事業規模の拡大に伴い、経営判断とプロダクト実行の責任を明確に分担するグローバルスタンダードな設計です。
Sansan株式会社
名刺管理SaaSのSansanは、エンジニアリング組織とプロダクト組織の分離と連携において先進的なモデルを示しています。VPoPを務める西場正浩氏は、元々機械学習エンジニアとしてキャリアをスタートさせ、M3でのPM経験を経てSansanに入社。
当初はR&D部門のマネージャー、次にVPoE(Vice President of Engineering)を務めた後、VPoPに就任しています。技術的バックグラウンドを持つVPoPが、R&Dの成果をプロダクト価値に転換する上で強力なリーダーシップを発揮している好例です。
株式会社SmartHR
労務管理という複雑なドメイン知識が必要なSaaSにおいて、UXの使いやすさを競争力の源泉としています。VPoPは、法改正への迅速な対応と、直感的なUI/UXの維持という相反する要求をバランスさせる高度な判断を担っています。また、エンジニア出身の創業者やCTOとの強力なパートナーシップが組織の特徴です。
日本におけるVPoPの年収は1500万円が相場section
日本におけるVPoP(Vice President of Product)の年収相場について、各転職サイトやエージェントの公開データに基づき解説します。
結論から言うと、日本国内のVPoPの年収ボリュームゾーンは1,000万円〜1,500万円です。 ただし、企業の成長フェーズや資金調達状況によって変動幅が大きく、下限は800万円程度、上限は2,000万円を超えるケースも見られます。
フェーズ・企業規模別の相場感
- ミドルフェーズ(シリーズA〜B):800万円 〜 1,200万円
- このフェーズでは、ストックオプション(SO)の付与を前提に、現金給与(ベース給)は1,000万円前後に抑えられる傾向があります。経営幹部としての採用ですが、資金調達直後の企業では、CTOと同水準かやや低めの設定になることが一般的です。
- レイターフェーズ〜メガベンチャー:1,200万円 〜 1,800万円
- 事業が安定し、収益基盤が確立されているため、現金給与での提示額が高くなります。特に上場企業や、数百億円規模の時価総額を持つ未上場企業(ユニコーン候補)では、外資系企業出身者を引き抜くために1,500万円以上を提示する求人が散見されます。
- 外資系・特定領域(AI・Fintechなど):1,800万円 〜 2,500万円以上
- 高い専門性が求められる領域や、グローバル展開を前提とした企業では、2,000万円を超えるオファーも珍しくありません。
年収決定の変動要因
VPoPの年収は「PM経験年数」よりも、以下の要素が強く影響します。
- 管掌範囲の広さ: 単一プロダクトを見るか、複数プロダクト(マルチプロダクト)を統括するか。
- ビジネスへの関与度: P/L(損益)責任を持つ場合や、BizDev(事業開発)を兼務する場合は評価が高くなります。
- 採用難易度: 特にエンジニア出身でビジネスに強いタイプや、英語でのマネジメントが可能な人材は希少性が高く、相場より200〜300万円上乗せされる傾向があります。
VPoPの求人例
実際の求人情報や、人材紹介会社が公開しているデータを基にしています。
- ビズリーチ(ハイクラス転職サイト)
- VPoP求人の多くが「年収:1,000万円~1,500万円」または「1,300万円〜1,800万円」のレンジで募集されています。
- https://www.bizreach.jp/job/j/JG020/J0151/J29/ (一例:年収1000万〜1800万のVPoP求人)
- https://www.bizreach.jp/job/j/JG001/J0040/?p=20 (一例:年収1000万〜1500万の求人)
- リクルートエージェント(大手転職エージェント)
- AI・SaaS領域でのVPoP候補求人で「1,300万円〜1,800万円」といった高額帯の提示が確認できます。
- https://www.r-agent.com/kensaku/kyujin/20250318-267-01-001.html (年収1300万〜1800万)
- https://www.r-agent.com/kensaku/kyujin/20250603-134-01-010.html (年収1000万〜1500万)
- Green(IT/Web業界向け求人サイト)
- プロダクトマネージャー責任者クラスで「1,000万円〜1,200万円」の求人がボリュームゾーンとして確認できます。
- https://www.green-japan.com/search/job/190200/salary/1000
まとめ
VPoP(Vice President of Product)という役割が、現代の企業経営において極めて重要な「OS(オペレーティングシステム)」の役割を果たしているという事実がお分かりいただけたかと思います。
かつて、プロダクト開発は「仕様書通りにモノを作る」工程の一部でした。しかし現在、プロダクトは企業の成長戦略そのものであり、顧客接点のすべてです。VPoPは、経営陣が描く抽象的なビジョンを具体的なプロダクト戦略に翻訳し、エンジニアリングのリソースを最大限に活用して市場価値を生み出し、そしてそのプロセスを持続可能な組織文化として定着させる責任を負っています。
特に日本市場においては、VPoPの重要性は今後数年でさらに高まると予測されます。DXの進展、労働人口の減少による生産性向上への圧力、そしてグローバル競争の激化は、プロダクトマネジメントの高度化を不可避にしています。日本企業が世界で戦うためには、VPoPというポジションに適切な権限と報酬を与え、経営の中枢に据える覚悟が求められます。
プロダクトマネージャーを目指す個人にとって、VPoPはキャリアの頂点の一つであり、技術、ビジネス、デザイン、そして人間心理を統合する、最も知的でエキサイティングな職務です。VPoPの定義は企業のフェーズや文化によって変化し続けますが、その根底にある「顧客価値と事業価値の最大化」というミッションは普遍です。この難解かつ重要な役割を深く理解し、適切に組織に組み込むことこそが、次世代の勝者となるための必須条件と言えるでしょう。




















