コーポレートガバナンスとは、コーポレートガバナンス・コードによれば次のように定義されます。
会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み
コーポレートガバナンス・コード ~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~ (改訂案)|金融庁
会社の事業活動においては、多様な利害関係者(ステークホルダー)と関わりを持ちます。サービスの内側と外側にいる人それぞれの立場を前提に、商品やサービスを通じて企業が求められる価値を提供するとともに、事業の「やり方」を最適化していくことが求められています。
その目的は、企業経営における透明性確保と企業のおける持続的な成長と中長期的な企業価値の向上の大きく2つにあると考えられます。根本的には、商品・サービスの恩恵の内外にある人々、社会に対して適正な仕組みをもとに、商品・サービスを最適な形で提供するための行動準則です。
では、その行動準則をどのように実践することが求められるのか、あるいは実践すべきなのでしょうか。
この記事では、コーポレートガバナンスに対する取り組みに関し、実際の企業の例をもとに、成功事例と失敗事例を双方分析しながら、どのような実践が評価されるのかを解説していきます。
コーポレートガバナンス強化に向けた社会的な背景section
前提として、コーポレートガバナンスの強化に向けた社会的な背景についておさらいしておきましょう。
安倍政権時代の政策
コーポレートガバナンス強化に関する取り組みが高まったのは、平成25年6月の閣議決定における「日本再興戦略」が契機とされています。
その後、平成25年8月、金融庁において「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」での検討が開始され、法制審議会で「会社法制の見直しに関する要綱」が採択された後、平成26年に、監査等委員会設置会社や、社外取締役を選任しない場合の説明義務に関する規定が新設されるなどを内容とする改正会社法が成立するに至りました。
そして、上場企業を中心に、投資家にとっての判断基準の1つとしてガバナンス体制の整備という点がクローズアップされるようになり、平成26年6月時点での閣議決定で、コーポレートガバナンス・コード策定への施策が盛り込まれました。
取り組みに対する評価
もっとも、コーポレートガバナンス・コードの策定は、当初は懐疑的な意見が根強くありました。そのため、単に企業に対する統制の強化であると捉えられ、実際には、コーポレートガバナンスの制度だけが設計されただけで、企業の取り組みとして浸透していませんでした。
そんな中で転機となったのが、「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー」の表彰です。コーポレートガバナンスの普及を目指していた日本取締役協会が主催したもので、コーポレートガバナンスへの取り組みに対する評価を行い、コーポレートガバナンスを通じた競争力強化を図るものでした。
このような活動により、コーポレートガバナンスに取り組む企業がクローズアップされ、そして社会的に評価を受けるべきものとして受け容れられるようになっていきました。このような背景で、コーポレートガバナンスが普及・発展していくようになりました。
コーポレートガバナンス・コードの改訂
2021年6月には、コーポレートガバナンス・コードが改訂され、新たな局面を迎えました。
日本におけるコーポレートガバナンスの水準をよりグローバルスタンダードに照準を合わせ、国際競争力を強化する動きです。
日本企業が日本国内のマーケットだけで成長していくには、少子高齢化問題など国力の低下が避けられない状況になった現代において、限界が否めません。そのため、国際競争力を強化して世界的な市場を意識せざるを得ないのです。
現在は、このような経緯の下、国際標準のコーポレートガバナンスが求められるようになっています。
コーポレートガバナンスが高く評価された企業例10選section
コーポレートガバナンスが評価される好事例は、どのようなものでしょうか。ここでは、豊富に10社の事例をご紹介していきます。
参照:コーポレートガバナンスに関する取組事例集|HRガバナンス・リーダーズ株式会社 2021年11月(以下、「取組事例集」)
多様性とバランスを考慮した取締役会
最初に、大日本印刷株式会社の事例です(取組事例集p.6)。取締役会のメンバーである取締役のスキル、バックグラウンドなどの多様性確保に関するものです。
同社では、取締役会事務局を通じた社内外の役員間での情報共有の活性化、自社にフィットする形でのコーポレートガバナンス・コード(以下、「CGコード」)の解釈と運用に取り組んでいます。
スキルマトリクスにおいては、セグメントとして「ESG、ダイバーシティ」「R&D、新規事業」といった項目がある点は、注目されます。
持続的な成長という観点、ステークホルダーからの信頼・社会的な受容を図っていく上で、現代の企業経営における重要な指標を置いているものと考えられます。
結果として、例えば社外役員のみから構成される諮問委員会を通じた活動により、女性取締役の社内選出を後押しし、それが投資家からの評価を得られるようになりました。
社外取締役の機能発揮
社外取締役の機能発揮に関して、リンナイ株式会社の事例をご紹介します(取組事例集p.11)。
特に注目されるのは、自社事業に関する社外取締役への情報提供として、社外取締役に現場視点を養う機会を与えている点です。具体的には、工場見学や現場の視察機会を設けていることです。
社外取締役は、基本的には経営層レベルでの会議体に参加したり、各部署からエスカレーションされる資料などをもとに議論することが多く、現場に関わる機会は限られています。
リンナイでは、上記のような取り組みを通じて、社外取締役が提言する内容から視野が広がるといった効果が得られたとされています。これも、コーポレートガバナンス強化の表れであるといえます。
取締役会等の審議の質の向上
社名は非公開ですが、電機・精密業のある企業では、取締役会の審議の質向上のため、取締役会を二部構成とする取り組みをしています(取組事例集p.16)。
具体的には、第一部・前半を事業執行側の議題、法令上の専決事項を行い、第二部・後半において中長期的な経営戦略に関するアジェンダを設定するというものです。
同社では、従前は事業執行側のアジェンダに時間を取られ、中長期的な課題検討が少ないという問題点があったところ、会議のセクションを区別することにより、執行側の議題を間延びさせることを防ぎ、中長期的な課題にフォーカスする時間を設定しました。
その結果、中長期的な経営戦略に関して、幅広いテーマでの議論を集中的に行うことができるようになったことが報告されています。
取締役会の監督機能強化
森永乳業株式会社では、取締役会の監督機能強化の取り組みとして、次のようなものが行われています。
1つは、非業務執行役員間の連絡会を、取締役会の開催頻度として法的に求められる3か月に1回という程度で設定するとともに、常勤監査役が社外役員との連携を行うことです。
もう1つは、経営会議において、社外役員をオブザーバー参加させ、執行側の議論や課題を把握できるようにすることです。
そうすることで、取締役会における議論が空中戦になることを防止し、取締役会での社外役員の監督機能が強化され、執行と監督機能を明確に区別してそれぞれの効果を発揮させることができるようになります。
事業の執行と監督の協働関係
社外取締役との意思疎通や情報共有を強化することによる効果は、取締役会における機能のみならず、経営の執行と監督というより高次の観点から有益な成果が得られる例もあります(取組事例集p.24~25)。
エーザイ株式会社では、事務局から社外取締役への情報提供と説明機会をとること、執行役から取締役への説明を積極的に行わせる取り組みを行いました。
機関設計として、指名委員会等設置会社であることから、業務執行の部分を行う執行役と、経営戦略の策定や判断にフォーカスする取締役会の機能分担を明確にしていることも相まって、社外役員との連携強化を通じて信頼関係の構築が図られていくことで、ガバナンス機能強化の要因となったとされています。
取締役会の実効性評価
取締役会の機能に対するフィードバックを適切に行っている例として、コニカミノルタ株式会社の取り組みが挙げられます(取組事例集p.30)。
同社では、取締役会の実効性評価のためのアンケートが実施されており、かつすべての取締役が対象とされます。そして、評価の結果抽出された課題を取締役会に還元し、今後の運営方針に役立てるといったことが行われました。
その結果、ガバナンスにおける課題を抽出することができ、取締役会として取り組む事項を明確化することにつながりました。
なお、これには、社外取締役の批判的な助言に対して向き合う経営陣の姿勢も要因として挙げられています。
自社のガバナンス体制の構築
コーポレートガバナンス体制構築に関する例として、株式会社あじかんの事例をご紹介します。
同社では、CGコード策定当時から、CGコードに定められる原理・原則の解釈を丁寧に行い、その中で自社に最適な形を模索しつつ、適切なタイミングを見計らうように議論を重ねていました。その際に、経営トップ層を巻き込みながら議論を行うことで、足並みをそろえるように工夫して行われました。
具体的に機関設計を策定していく段階では、特に基点となる取締役を位置づけて検討していくといった取り組みが行われました。これにより、情報の集約と体制構築の意思決定のスピードを確保していくことにつながったものと考えられます。
CEOの適切な評価
企業のトップに対する評価制度に関する例として、株式会社リコーの事例が挙げられます。
同社では、経営の意思決定の属人化を防ぐために、社長の交代後も取締役会の実効性が持続的に確保される仕組みが必要であるとの課題意識に立ち、CEOの評価システムを構築していきました。
具体的には、毎年①包括的な業務執行の評価と②財務、株主・資本市場、非財務の視点から定量的評価と定性的評価の2つを織り交ぜた評価の二段階でCEOないし執行兼務の取締役の職務継続を判断していくというものです。
これにより、財務、株主・資本市場、非財務の観点から、実績に対する経営陣のコミットメントが高まるようになるとともに、業務執行へのフィードバックにもつながり、経営の質が向上するといった成果があったとされています。
事業ポートフォリオの見直し
社会の変化に適応した事業ポートフォリオの見直しに関する例として、千代田化工建設株式会社の取り組みが挙げられます(取組事例集p.48)。
同社は、現代のESG、SDGs経営に対応するにあたり、中長期的な視点での事業ポートフォリオの転換が課題とされていました。具体的には、カーボンニュートラル・脱炭素への対応です。その主要なポートフォリオの達成に向けて、事業を取り巻く環境の変化に適応しながら、再生計画を検討し、ほかのビジネスモデルも取り入れながら計画を策定していきました。
また、重要案件の選別において、水際でのチェックを厳格に行いつつ、従前の取引関係のみならず、異なるプロダクトの開発を積極的に検討していきました。
その結果、取締役会での議論の質が向上し、事業ポートフォリオ見直しが中長期的な成長戦略に適合し、かつ実現可能性を確保できる形になったとされています。
サステナビリティ、ステークホルダーとの対話
持続可能な企業経営、事業活動の実現に向けた取り組みとして、芙蓉総合リース株式会社の取り組みをご紹介します(取組事例集p.60)。
同社では、リース事業を中心として、不動産、エネルギー事業を展開していますが、環境保全の取り組みを発展させ、サーキュラー・エコノミーを推進していきました。そして、CSVを位置づけ、社会全体の共有価値の実現に向けた経営を推進していきました。
例えば、リース契約が終了したリース物件について、いわゆる3つのR(リデュース、リユース、リサイクル)に積極的に取り組み、主軸となる事業から派生するステークホルダーの利益や課題に対して向き合い施策を行っていきました。
こうしたサステナビリティ経営に関しても、コーポレートガバナンスの好事例であるといえます。
コーポレートガバナンスにおける問題事例と失敗事例5つsection
ここまで、豊富に様々な角度からコーポレートガバナンスに関する好事例、成功事例を解説してきました。
では、コーポレートガバナンスの失敗事例としてどのようなものがあるか、問題となる事例について、3つの類型を中心にみていきたいと思います。
不正会計
株式会社東芝が、2015年7月20日、経営幹部が関与する形で2009年3月期から2014年の12月にかけて、合計1518億円の利益水増しを行う粉飾決算があったことが報告された事案です。
同社では、2020年にも子会社における不正会計が報告されていました。
これにより、東芝は、株価の急落などが生じ、大幅な減資を余儀なくされるなど経営の弱体化が進みました。
参考:コーポレート・ガバナンスとは?企業での強化方法、成功・失敗事例を徹底解説|Leaner Mag
隠ぺい事案
損失隠しに関する事案として有名なものが、オリンパス事件です。
経緯としては、バブル崩壊時期の前後で、同社が、債権や先物取引を中心としたハイリスクの金融商品への投資を膨らませていたところ、バブル崩壊により多額の運用損が発生したところ、その損失の穴埋めのために仕組債への投資により高額の回収を画策したところ、それがさらに失敗したことで損失が膨張しました。
それだけでなく、その莫大な損失を隠蔽するために、海外ファインドに投資商品を移転することにより損失を分離解消したように見せかける不正な会計処理を行いました。
この隠ぺい工作が後に明るみになった結果、主導的立場の経営幹部らを中心に金商法違反で逮捕されるなどの顛末となりました。被害の全容としては、損失の分離や解消のために要した直接的な損害だけでも、300億円近い大規模なものでした。
要因としては、取締役会の機能不全が挙げられます。特に、重要な経営情報が一部の経営幹部に集中した結果、取締役会に表面化せず、関与者以外の取締役による職務において、経営幹部らの動きが容易に知りえない状態となり、役会の機能が形骸化していたことが指摘されました(東京地判平成25年7月3日)。
サービス水準(安全性など)の不備
これは、レオパレス事件が代表的です。この事件では、レオパレスが提供する各種の建築物件について、いわゆる施工不備の建築物が相次いで発生しました。
具体的には、部屋と部屋の間の界壁の施工不備により、部屋の音が筒抜けのような状態になっていた事案などです。
原因としては、新商品改札の際に法令適合性のチェックを怠っていたこと、自主検査の身に依存した施工管理、建築士の工事監理への関与不全などの点が明らかとなりました。
その他
社内オペレーションの不備に関する事例として、ワタミ株式会社における勤怠記録の書き換え、休日出勤の隠ぺい問題が挙げられます。
また、ステークホルダーへの考慮不尽・不誠実対応に関する事案として、成人式の着物レンタルサービスを手掛けるはれのひ株式会社が成人の日に店舗を封鎖するなどしたことにより、予約者の新成人や親族の大混乱を招いた事案が挙げられます。
特に、顧客である新成人への対応はもとより、多様なステークホルダーへの存在に対する認識を欠いているような対応で非常に問題となりました。
コーポレートガバナンス不備の原因3つと怠るリスクsection
上記に挙げられる問題事例において、コーポレートガバナンス不備の原因は次の3つが挙げられます。
1つは、取締役内外のコミュニケーション不足です。取締役会は、会議体を通じて取締役が役割分担を行い、相互監視を通じて権限の集中や情報の偏在を抑制することに意味があります。そして、業務執行の現場レベルの問題の共有も極めて重要です。
取締役内外のコミュニケーションが低下していくことにより、一部の経営陣による不正のリスクが高まります。
2つ目は、エスカレーション体制のあいまいさです。エスカレーション体制は、言い換えれば縦の情報共有のネットワークです。
エスカレーション体制において、適切な報告や監視機能に不備があると、細部で起きている事象が共有されることなく放置されるリスクがあります。
そのリスクが顕在化することで、ガバナンス違反の検知の遅れや未然防止を阻害することになります。
3つ目は、社外の人材による経営評価の客観性が失われていることです。社内役員のみでは、起きている事象に対しての客観的な視点が薄れ、リスクの評価やマネジメントに対する判断が後退するおそれがあります。
その結果、問題を問題として認識できない状態になり、ガバナンス違反が生じてしまうのです。
このようにして、社外人材の存在を欠くことによりガバナンス上のリスクが生じると考えられます。
コーポレートガバナンス強化のための施策5つ ~まとめに代えてsection
最後に、コーポレートガバナンス強化のための施策を5つご紹介し、本記事のまとめとしたいと思います。
取締役会のコミュニケーションを多角化すること
取締役会の機能をより実効的にするために、取締役会内外のコミュニケーションの機会を増やすことが重要です。そのための施策としては、委員会の設置により、役割分担を行いつつそれぞれの役割ごとで、経営課題の分析や検討を行うことが考えられます。
社外取締役の関与の機会を充実させること
すでに述べたように、ガバナンス強化のためには、社外取締役を取締役会において豊富に活用していく施策が必要です。
社外取締役により、経営に対する評価、事業活動におけるリスクに対する評価を客観化することが重要です。
事業の執行と監督の分離
事業の執行面と監督面を、取締役会内の人事面で役割分担を図ることのほか、機関設計・組織体制として執行役員制度の活用により明確に分離していくことで、ガバナンス強化につながります。
取締役会での議論の質の向上
単に日々の業務執行上の課題や決めなければならないアジェンダに時間を取られるのではなく、中長期的な成長、競争力強化のための戦略を検証していく時間を確保することが重要です。そのために、取締役会の時間を区切ることや、経営会議で事前にリスクの度合いが高い問題点や議題とそうでないものを振り分けるといった施策が考えられます。
ESG、SDGsへの志向を持つこと
経営上の議論を行う際に、常に商品やサービス内のステークホルダーだけでなく、その二次的、三次的なステークホルダーの課題との関係で事業活動の位置づけを明確にする工夫が重要です。そして、サービス外のステークホルダーの課題に対する価値提供をも事業戦略として、中長期的な戦略に盛り込んでいくことにより、持続的な経営が可能になると考えられます。