証券取引市場に自社株式を新規上場する「IPO」には、非常に長い期間をかけた慎重な準備が要求されます。
綿密な事前検討や体制整備に加えて、監査法人・弁護士・主幹事証券会社との連携が必要になりますので、早い段階からIPOに向けた準備を整えておきましょう。
この記事では、IPOに必要な準備の流れについて、段階を追って詳しく解説します。
IPOの準備には3年前後以上の期間が必要section
一般に、企業が新規に株式を上場する「IPO(Initial Public Offering)」を行うには、3年前後以上の準備期間が必要となります。
後述するように、上場申請を行う期の直前々期・直前期の2期については、監査法人による「準金商法監査」を受けなければなりません。準金商法監査が行われる段階では、上場会社に準ずるガバナンス体制が整っている必要があります。
したがって、上場申請を行う期の3期以上前から、上場に向けた準備を行わなければならないのです。IPOの準備には非常に長い期間を要し、対応すべき事柄も膨大です。そのため、関係者の間でスケジュールを共有し、計画的にIPOの準備を進めなければなりません。
IPO準備における全体スケジュールsection
準備の具体的な内容については後述しますが、まずはIPO準備の全体スケジュールを、時系列に沿っておおまかに確認しておきましょう。
時期 | 主なタスク |
---|---|
直前前々期以前(N-3) | ・IPOの実現可能性 ・メリット・デメリット等の検討 ・担当部署の設置・監査受入体制の構築等 ・監査法人によるショートレビュー ・上場先の市場選定 ・事業計画の策定 ・上場予定市場に合わせた体制整備 ・監査法人による予備調査 |
直前々期(N-2) | ・監査法人による予備調査(続き)・監査契約の締結 ・主幹事証券会社の選定 ・監査法人による準金商法監査(1期目) |
直前期(N期-1) | ・監査法人による準金商法監査(2期目) ・上場申請書類の作成 ・社外取締役の選任 |
申請・上場期(N) | ・定款変更 ・主幹事証券会社による引受審査 ・証券取引所との事前折衝 ・証券取引所に対する上場申請・審査 ・株式の公募・売出し |
直前前々期以前(N期-3)
上場申請を行う期の3期以上前の段階では、IPOに向けた意思決定と、上場審査を通過するために必要な体制整備を行います。この段階で具体的に発生する手続きは、おおむね以下のとおりです。
- IPOの実現可能性・メリット・デメリット等の検討
- IPO担当部署の設置・監査受入体制の構築等
- 監査法人によるショートレビュー
- 上場先の市場選定
- 事業計画の策定・上場予定市場に合わせた体制整備
- 監査法人による予備調査
経営陣主導でIPOに関する意思決定と体制整備を行い、ショートレビューを通じて監査法人のフォローアップを受けながら上場会社と同等の体制を築き上げていくのが、この段階での主要な目的となります。監査法人による予備調査の段階では、体制整備をほぼ完了した状態に持っていくことが目標です。なお一般的に、予備調査は直前前々期の期末から直前々期の期首にかけて行われます。
直前々期(N期-2)
上場申請を行う期の2期前(直前々期)の段階では、上場会社と同等の体制整備が最終局面に移行し、かつ運用できる段階に入っていなければなりません。直前々期の段階で具体的に発生する手続きは、おおむね以下のとおりです。
- 監査法人による予備調査(続き)・監査契約の締結
- 主幹事証券会社の選定
- 監査法人による準金商法監査(1期目)
IPO自体のために行うべき手続きは多くありませんが、整備したガバナンス体制がきちんと機能するかどうかを検証する期間という意味合いがあります。ガバナンス体制が機能しているかどうかは、監査法人による予備調査・準金商法監査を通じて検証されることになります。
また、IPOの実施に深く関与する主幹事証券会社は、遅くとも直前々期前半の段階で選定しておきます。
直前期(N期-1)
上場申請を行う期の1期前(直前期)の段階では、すでに上場会社と同等の体制整備は完了しており、直前々期から引き続き体制を運用していくことになります。直前期の段階で具体的に発生する手続きは、おおむね以下のとおりです。
- 監査法人による準金商法監査(2期目)
- 上場申請書類の作成
- 社外取締役の選任
直前期は試運転期間のような位置づけであり、上場に向けた具体的な手続きはそれほど多く発生しません。しかし、スムーズに上場申請に移行できるように、上場申請書類の作成は少しずつ進めていきます。なお、主幹事証券会社による引受審査は申請・上場期に行われますが、直前期の段階で中間審査が実施されるケースもあります。
申請・上場期(N期)
上場申請を行う期(申請・上場期)は、上場に向けた準備がいよいよ本格化する期間になります。申請・上場期において具体的に発生する手続きは、おおむね以下のとおりです。
- 定款変更
- 主幹事証券会社による引受審査
- 証券取引所との事前折衝
- 証券取引所に対する上場申請・審査
- 株式の公募・売出し
引受審査・上場審査・ファイナンス(新株発行)と、重要な手続きが目白押しになります。関係者が緊密に連携をとったうえで、スムーズに上場審査を通過できるように対応を進めましょう。
IPOの前に必要な準備の流れsection
IPO準備において発生する手続きの概要を、大まかな時系列に沿って紹介します。
(参考:東証|上場準備に必要な期間)
IPOの実現可能性・メリット・デメリット等の検討
IPOを実現することは本当に可能なのか、また多大なコストをかけてまでIPOを実施するメリットはあるのかという点は、最初の段階でよく検討しておかなければなりません。一方ではIPOを実施する目的と達成見込み・程度などを、他方ではIPOによって発生するコストや制約などを天秤にかけて、IPOを実施すべきかどうかの判断を経営陣が行うことになります。
IPO担当者の設置・監査受入体制の構築等
IPOを実施するという意思決定を行ったら、実際にIPOを実施できるような体制を整備する必要があります。IPOは会社にとっての一大事業なので、各部署にIPOの専任(またはそれに近い)担当者を設置しなければなりません。また、後に行われる予備調査や準金商法監査を見据えて、監査法人による監査を受け入れられるような体制を構築することも必要です。
監査法人によるショートレビュー
「ショートレビュー」とは、IPOを目指す企業が財務・ガバナンス等に関する監査法人(公認会計士)のチェックを受け、改善点についてアドバイスしてもらう手続きです。一例として、監査法人が経営者に対して以下の内容をヒアリングし、IPOを目指すに当たって改善すべき点を抽出・指摘します。
- 企業概要
- 株主構成
- 今後の事業計画
- 内部管理体制
- 会計ルール
- 開示体制の整備状況
- 会社と役員の関係性
ショートレビューの結果を踏まえて、会社はさらなる体制整備を進めていくことになります。
上場先の市場選定
会社が株式を上場する市場には、いくつかの種類があります。例えば日本最大の証券取引所である「東京証券取引所(東証)」は、2022年4月4日より、以下の3つの市場に再編されます。
- プライム市場
- グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場
- スタンダード市場
- 公開された市場における投資対象として、十分な流動性とガバナンス水準を備えた企業向けの市場
- グロース市場
- 高い成長可能性を有する企業向けの市場
- 以前は市場第一部・市場第二部・JASDAQ・マザーズの4市場制
上記の3つの中では、プライム市場の上場要件が最も厳しく、以下厳しい順にスタンダード市場・グロース市場となります。その一方で、上位の株式市場に上場することができれば、企業としての信頼性向上や多額の資金調達に繋がります。
IPOを目指す企業は、体制整備に伴うコストや制約などを考慮して、どの市場に上場するかを選定します。上場予定市場が決まったら、その上場審査基準に合わせた体制整備を進めていきましょう。
事業計画の策定
事業計画とは、事業において達成すべき目標と、それを達成するための手段をまとめた計画です。IPOを目指すに当たっては、引受審査や上場審査において、事業計画の内容が精査されます。
また、投資家に対して新株発行の勧誘を行う際にも、事業計画が重要な参考資料となります。IPOを円滑に実施するためには、緻密な分析・検討に裏付けられた事業計画の策定が不可欠です。事業計画の策定は、IPOコンサルティング会社や監査法人等のアドバイスを受けながら進めていきます。
監査法人による予備調査・監査契約の締結
監査法人による予備調査は、準金商法監査の受入体制が整っているかどうかをチェックするために行われます。予備調査におけるチェック項目は多岐にわたりますが、主要な項目の一例は以下のとおりです。
- 事業の根幹となる数値の確定に必要な内部統制の整備状況
- 会計方針の確定状況
- 会計処理の根拠となる資料の整理状況 など
予備調査は直前前々期の期末から直前々期の期首にかけて実施され、問題なければ監査法人との間で監査契約を締結します。
主幹事証券会社の選定
主幹事証券会社は、IPOを目指す企業に対して上場に関するアドバイスを行い、実際の上場申請手続きもサポートする重要な存在です。IPOを円滑に実施するためには、早い段階で主幹事証券会社を選定し、協力して上場準備を進める必要があります。
遅くとも直前々期の前半までには、主幹事証券会社を選定しておきましょう。
監査法人による準金商法監査
「準金商法監査」とは、金融商品取引法第 193 条の 2 第1項の規定に準じて、IPOを目指す企業に対して行われる監査です。証券取引所の上場規則では、上場会社と同等の準金商法監査を受け、監査法人等によって無限定適正意見を表明されることが上場要件とされています。
準金商法監査は、上場申請の直前々期・直前期の2期分の財務諸表等について行われます。
上場申請書類の作成
上場申請書類は、各証券取引所の上場規則に従い、上場先の市場に応じて作成する必要があります。提出書類の一覧や様式は、各証券取引所のホームページなどで確認できます。例えば東京証券取引所では、以下のページで提出書類のフォーマットを公開しています。上場申請書類は分量が膨大なため、上場申請の直前期から徐々に準備を進めましょう。
プライム市場 | こちら |
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スタンダード市場 | こちら |
グロース市場 | こちら |
社外取締役の選任
2021年3月から、改正会社法が施行され、上場企業における社外取締役の設置が義務化されました。従来、コーポレートガバナンス・コードの中でも出てくるコンプライ・オア・エクスプレインの考え方から、会社法上も、社外取締役の設置は義務ではありませんでした。
IPOを目指す上で選任すべき社外取締役の人数は、上場にあたり採用する機関設計により異なります。前提として、有価証券上場規程によれば、上場企業がとるべき機関設計は、監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、そして指名委員会等設置会社の3つのバリエーションがあり、取締役会は必置となります。
定款変更
株式を上場するに当たり、対象となる株式に関しては、取得について株式会社の承認を要しないように定款を変更する必要があります。上記の定款変更をする場合、株主総会特別決議によってその旨決定した後(会社法466条、309条2項11号)、変更登記を行うことが必要です(会社法915条1項)。
主幹事証券会社による引受審査
主幹事証券会社は、IPO時に株式を公募する際、公募株式の「引受」を行います。株式の「引受」とは、証券会社が投資家へ販売するため、株式をまとめて買い取ることです。
主幹事証券会社としても、株式の引受によって大きなリスクを負うことになります。そのため、事前に「引受審査」を行って、株式の引受をしても問題ない企業であるかをチェックします。引受審査項目は、事業の成長性・会社の内部統制・コンプライアンスなどです。主幹事証券会社による引受審査は、一般的に半年前後の期間を要します。
証券取引所との事前折衝
上場申請を行うに先立ち、事前に証券取引所の上場審査部と折衝を行い、申請日や審査の進め方などを確認します。上場申請日としては、直前決算期の株主総会終了後の適当な日時を、主幹事証券会社を通じて調整することになります。
証券取引所に対する上場申請・審査
準備がすべて整ったら、予定されていた申請日において、必要書類を証券取引所に提出して上場申請を行います。上場申請後、おおむね以下の流れで上場審査が行われます。
- 書面審査
- 追加質問事項の提示・回答書の提出
- 提出書類に基づくヒアリング
- 実地調査
- 公認会計士面談(監査を担当した公認会計士に対するヒアリング)
- 監査役面談(会社の監査役に対するヒアリング)
- 代表者面談(会社の代表者に対するヒアリング)
- 代表者説明会(会社の代表者による事業計画等の説明、質疑応答など)
- 証券取引所内での決裁
- 上場承認
上場申請から上場承認までには、2~3か月程度の期間を要するのが標準的です。
株式の公募・売出し
株式を上場するに当たり、公募により株式を新規に発行します。また、並行して既存株式の「売出し」が行われるケースもあります。IPO時の株式の公募・売出しは、おおむね以下のプロセスによって実施されます。
- 目論見書記載価格の決定(目安の価格を決める)
- ロードショー(機関投資家に対するプレゼンテーションとフィードバック)
- 投資家フィードバックを踏まえた仮条件価格帯の決定
- ブックビルディング(投資家候補からの取得希望に関するヒアリング・集計)
- 公開価格の決定
- 申込期間・株式の払込
- 上場
IPO準備において揃えるべき管理部門人材section
IPOを実施する際には、監査や引受審査・上場審査を受け入れるため、管理部門の人材を充実させる必要があります。また、上場審査基準を満たすガバナンス体制を整備する観点からも、管理部門に優秀な人材を揃えることは非常に大切です。
以下では、IPOに関与する主要な管理部門における、人材採用の考え方を簡単に解説します。
経理・財務部門
上場会社の財務諸表は公衆縦覧の対象となるため、適正な会計処理方法によって、ミスなく作成することが必要です。IPOの審査プロセスにおいても、財務諸表が適正に作成されているかどうかは、重要なチェックポイントとなります。
IPO準備の段階にある会社では、経理・財務部門の業務も必然的に、非上場会社よりも複雑かつ緊張感のあるものになります。そのため少なくとも1名は、上場会社での経理経験者かつ主担当クラスの人材を、責任者として採用しておくべきでしょう。
その下に付くスタッフは、一般的な経理の技能と経験があれば問題ありませんが、責任者による随時適切な指導・監督が求められます。
法務部門
IPO審査においては、社内規程の整備等、コンプライアンスに関する状況も重要な審査項目となります。またIPO後を見据えた場合、ステークホルダーの増加に伴い、会社が法律トラブルに巻き込まれる機会が増えることが予想されます。
法務部門の充実は後回しになりがちですが、IPOを目指すに当たっては、早い段階で経験豊富な法務人材を採用しておくべきです。弁護士資格を有する人材か、または大企業の法務部門で10年程度以上の経験を有する人材を採用することが望ましいでしょう。
内部監査部門
内部監査機能を適切に備えていることは、上場審査に当たって重要なポイントとなります。内部監査部門の人材採用に当たっては、上場会社で内部監査を経験したことがある人材が主要なターゲットとなります。また、監査法人での勤務経験がある公認会計士を採用できれば、なお理想的でしょう。
総務部門
IPO準備においては、雑務が大量に発生するため、総務担当者の力量は非常に重要です。特にIPO準備の初期段階では、総務部門が法務や人事労務の機能を兼任する場合もあります。その場合は、極めて万能度の高い人材の採用が求められます。採用ターゲットとしては、IPO準備を総務責任者として経験した人材が理想的です。
それが難しければ、法務や人事労務に関する知識を一定水準以上で備えており、かつ地頭の良い人材を採用すべきでしょう。
人事労務部門
労務管理が適正に行われていることも、引受審査や上場審査において重要なチェックポイントとなります。IPO準備の体制整備において、労務担当者の果たす役割は重要であるため、高い資質を備えた人材の採用が求められます。社会保険労務士の資格保有者や、大企業での人事労務担当経験者などをターゲットに採用するとよいでしょう。
IPO準備において重要となるCFOの採用についてsection
IPOを円滑に実施するためには、財務戦略等の要となる「CFO(Chief Financial Officer)」に有能な人材を置くことが極めて重要です。
IPOにおけるCFOの役割
CFOの役割は、
- 資金調達に関する業務
- 財務戦略の立案・実行
- 内部統制
- 投資家への情報提供(IR)
など、非常に多岐にわたります。CFOの役割はいずれも、会社運営の基盤となる事項に関係するものです。そのため、IPOを目指して会社の体制を整備していくプロセスでは、CFOがキーパーソンとなります。
CFOとして適任な人材の特徴
CFOには、財務戦略に関する知見に加えて、会社運営全般に通じていることが期待されます。また、臨機応変な対応が必要な事態にもよく出くわすため、機転が利く地頭の良さも求められます。
CFO採用の方法
CFO採用に当たっては、公認会計士・金融機関経験者・MBAホルダーなどが中心的なターゲットとなるでしょう。しかし、肩書きだけで判断すべきではなく、上記の資質を備えているかどうか、面談等を通じて見極めて採用する必要があります。
CFOの役割を十全に果たし得る人材は、転職市場を見渡しても、そう簡単に見つかるものではありません。場合によっては、他社からの引き抜き(ヘッドハンティング)を視野に入れて、エージェントに人材発掘を依頼するのも有力な方法です。
まとめ
IPO準備には非常に長い期間を要し、その間にやるべきことは膨大です。準金商法監査・引受審査・上場審査と、会社の体制が厳しくチェックされる機会が複数あるので、各監査・審査に向けて計画的に準備を進める必要があります。
IPOを成功に導くためには、CFOをはじめとした管理部門の人材を充実させることが大切です。各部門が有機的に連携して準備を進めることで、IPOの成功が着実に近づきます。
求人募集をかけるだけでは、IPOの成功を導く有能な人材は応募してこないかもしれません。その場合は、エージェントを活用したヘッドハンティングも選択肢として検討すべきでしょう。IPO後の会社の発展も見据えたうえで、ぜひ有能な人材をリクルートしてください。