ベンチャー企業の上場|メリット・デメリット・手続き・留意点などを解説

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阿部由羅【弁護士】

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ベンチャー企業経営者の中には、一つのゴールとして株式上場(IPO)を目指している方もいらっしゃるかと思います。しかし、株式上場にはメリット・デメリットの両面が存在するうえ、上場の手続きも非常に複雑です。

そのため、監査法人・主幹事証券会社・弁護士等と緊密に連携しながら、上場に関する検討・対応を慎重に進めましょう。今回は、ベンチャー企業の上場について、メリット・デメリット・手続き・留意点などを解説します。

目次
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ベンチャー企業が株式を上場するメリットsection

ベンチャー企業にとっては、株式上場(IPO)を一つのゴールとして捉えている場合もあるでしょう。たしかに株式上場の実現は、会社が一定以上の規模に成長し、かつ安定した組織基盤を確立したことの証左です。

しかしそれ以上に、将来的なさらなる会社の成長に向けて、株式上場は大きなメリットをもたらす可能性があります。こうした意味では、株式上場はゴールではなく、新たなスタートラインと捉えることができるでしょう。

ベンチャー企業が株式を上場する主なメリットは、以下のとおりです。

巨額の資金調達が可能になる

株式を上場すると、株式発行による資金調達の際に「公募」や「売出し」を活用できるようになります。

公募:不特定多数の者に対して、新規に発行する株式の取得を勧誘すること
売出し:不特定多数の者に対して、すでに発行されている株式(自己株式)の取得を勧誘すること

公募・売出しは、いずれも不特定多数の株主候補に対して、株式の取得(=出資)を勧誘する手続きです。個人投資家を含めた証券市場の参加者に向けて、大々的に出資を募ることで、巨額の資金調達を実現できる可能性があります。

また、上場を果たしたことに伴い、一般に金融機関からの信用も向上します。そのため、上場前よりも多額の融資を受けられる傾向にあります。このように、株式(equity)・融資(loan)の両方による資金調達を有利に行えるようになる点が、株式上場の大きなメリットの一つです。

信用力・知名度が大幅に向上する

株式上場を果たした会社は、証券取引所の厳しい上場審査を通過しているため、財務・ガバナンスの体制について一定以上の信頼性が担保されます。

したがって前述のように、融資を行う金融機関からの信用を得られるほか、取引先との関係でも信用力の向上に繋がります。取引先からの信用が向上すれば、従前よりも大規模かつ高収益の取引・事業を実施できるようになる可能性が高まるでしょう。

また、株式を上場することにより、投資家に対する知名度が大幅に向上します。知名度の向上は、toB(事業者向け)事業であれば新規取引の獲得、toC(消費者向け)事業であれば購買層の拡大などに繋がる可能性があります。

体制整備により経営の健全化を図れる

監査や上場審査を受ける過程では、財務・ガバナンス体制に関する厳格なチェック・改善を行う必要があります。消費者である個人投資家による投資の対象となることに伴い、会社全体としての健全性・信頼性を高いレベルで求められるからです。

上場準備の段階では、体制整備のプロセスは多大な労力とコストを要します。しかし、上場審査に耐え得る財務・ガバナンス体制を確立できれば、不祥事等の起こりにくい健全な会社組織を作り上げることに繋がります。会社が中長期的な安定した成長を目指すためには、上場審査を通じて財務・ガバナンス体制を整えることができる点も、株式上場のメリットの一つと言えるでしょう。

創業経営者が大きな利益を得られる可能性がある

ベンチャー企業の創業経営者にとっては、短期的に大きな金銭的利益を得られる可能性がある点も、株式上場のメリットとして無視できないポイントでしょう。創業期から出資を行っている創業経営者は、会社の成長により株価が上昇したところで売り抜ければ、多額の金銭的利益を得られます。

株式を上場すれば、相対取引に加えて市場でも株式を売却できるようになるため、創業経営者が株式を売却することが容易になります。また、上場に伴って株価が上場すれば、創業経営者の得られるキャピタルゲインはさらに増えます。

このように、上場に伴う流動性および株価の向上は、大量の株式を保有する創業経営者にとって非常に大きなメリットです。

ロックアップ条項の注意点

ただし、上場時の主幹事証券会社との引受契約に基づき、上場後一定期間は創業経営者が保有する株式の売却が禁止されるのが一般的となっています(ロックアップ条項)。創業経営者が上場直後に株式を大量売却すると、株価が大幅に下落して、引受を行った主幹事証券会社が多額の損失を被りかねないからです。

ロックアップ期間は、上場後180日間程度とするのが標準的です。

なお、上場会社の株式を発行済総数の5%を超えて保有した者は、金融庁に対して「大量保有報告書」を提出することが義務付けられます(金融商品取引法27条の23第1項)。また大量保有者となった後で、保有割合が1%以上増減した場合には、大量保有報告書に係る変更報告書の提出が必要です(同法27条の25第1項)。

大量保有報告書等は公衆縦覧の対象となるため、創業経営者が株式を大量売却した事実は、市場に対してもいずれ伝わります。創業経営者による大量売却の事実を、市場がネガティブに受け取って株価が暴落するおそれもあるため、売却のタイミングは慎重に見定めるべきでしょう。

ベンチャー企業が株式を上場するデメリットsection

ベンチャー企業が株式を上場することには、大きなメリットがある反面、デメリットも存在します。

株主総会の運営が大変になる

上場に伴って株主数が大幅に増えることにより、株主総会の運営が大変になることは避けられません。招集手続きの手間やコストは大幅に増大しますし、株主総会の場で厳しい意見をぶつけられるケースも増えるでしょう。

したがって上場後は、株主総会の運営に携わる人員を増強したうえで、弁護士と協働しながら当日の進行に関する対策を十分に講ずることが求められます。

上場自体に多額の費用がかかる

株式の上場には、それ自体に多額の費用がかかります。上場に係る主要な費用項目と、各項目の金額目安は以下のとおりです。

上場準備 監査費用 ショートレビュー:150万円~400万円
準金商法監査:1,000万円~数千万円
主幹事証券会社報酬 年間500万円~2,000万円
上場書類の印刷費用 200万円~500万円
IPOコンサルティング会社の報酬 年間500万円~1,500万円
弁護士費用 500万円~2,000万円
上場時(証券取引所に支払う費用) 上場審査料 200万円~400万円
※東京証券取引所
新規上場料 100万円~1,500万円
※東京証券取引所
株式の公募・売出しに係る料金 公募:公募総額の1万分の9に相当する金額売出し:売出総額の1万分の1に相当する金額
※東京証券取引所。ただし、グロース市場への新規上場に係る株券等の公募または売出しに係る料金は、上限1,900万円
上場時(その他の費用) 登録免許税 増加した資本金額の1,000分の73万円に満たないときは、申請件数1件につき3万円)
証券会社の引受手数料 公募総額の59%程度
上場後(証券取引所に支払う費用) 年間上場料 48万円~456万円※東京証券取引所
株式の公募・売出しに係る料金 公募:公募総額の1万分の9に相当する金額売出し:売出総額の1万分の1に相当する金額
※東京証券取引所。ただし、202243日時点におけるJASDAQ上場会社については、当分の間不要。
上場後(その他の費用) 開示書類の作成費用 年間数千万円程度
株式事務代行会社の報酬 年間300万円~
監査費用 年間1,000万円~数千万円
弁護士費用 年間300万円~

上場準備には最低3年程度を要し、上場後も毎年多額の維持費が発生する中で、それを賄えるだけの企業体力が必要となります。上場に関する費用の詳細については、以下の記事を併せてご参照ください。

敵対的買収のリスクが生じる

株式を上場すると、市場を通じて誰でも株式を買い集めることができるようになります。それに伴い、敵対的買収のリスクが生じることに留意が必要です。

敵対的買収とは、現経営陣の同意を得ることなく株式を買い集め、経営権の奪取を試みる企業買収の手法です。資金力のある新興企業やヘッジファンドなどが、キャピタルゲインの獲得や販路拡大などを意図して、上場会社に対する敵対的買収を仕掛けるケースがあります。

敵対的買収のすべてが「悪」というわけではありませんが、会社の中長期的な安定した成長という観点からは、敵対的買収がネガティブに働くケースも多いです。上場会社の経営陣は、買収防衛策の導入などを含めて、害のある敵対的買収をブロックするための対策を講ずる必要があります。

ベンチャー企業が上場を目指すための手続きsection

ベンチャー企業が上場を目指すに当たっては、おおむね3年以上の期間にわたり、様々な手続きをクリアする必要があります。上場手続きの詳細は以下の記事に譲りますが、ここでは大まかな上場手続きのスケジュール・概要を確認しておきましょう。

~上場3年前に行うべき手続き

  1. 株式上場の実現可能性・メリット・デメリット等の検討
  2. 株式上場担当部署の設置・監査受入体制の構築等
  3. 監査法人によるショートレビュー
  4. 上場先の市場選定
  5. 事業計画の策定・上場予定市場に合わせた体制整備
  6. 監査法人による予備調査

上場を目指す場合には、3年以上前の段階から検討に着手します。本当に株式を上場すべきなのか、どの市場に上場するのかなどを検討していきます。

また監査受入体制の構築や、監査・上場審査に向けた体制整備も、上場3年前までに踏むべき重要なステップです。監査法人による予備調査が行われる段階では、上場会社に準じた体制を高いレベルで整備しておくことが求められます。

上場3年前~2年前(直前々期)に行うべき手続き

  1. 監査法人による予備調査(続き)・監査契約の締結
  2. 主幹事証券会社の選定
  3. 監査法人による準金商法監査(1期目)

上場申請の直前々期の早い段階では、上場会社と同等の体制整備を完了させることが求められます。上場要件になっている、監査法人による1期目の準金商法監査が行われるため、財務・ガバナンス体制が完成している必要があるからです。

また、上場準備に当たって重要な存在となる主幹事証券会社を、上場申請の直前々期の半ばごろまでには選定しておきます。

上場2年前~1年前(直前期)に行うべき手続き

  1. 監査法人による準金商法監査(2期目)
  2. 上場申請書類の作成

上場申請の直前期は、上場に向けての試運転期間と位置付けられます。すでに必要な体制整備は完了しており、それが問題なく機能するかどうかをチェックしながら、事業を運営していきます。

監査法人による2期目の準金商法監査も行われるため、財務諸表等の作成に当たっては、細心の注意を払わなければなりません。また、上場申請書類は膨大な量に上るため、直前期の段階から少しずつ作成を進めていきます。

上場1年前~上場まで(申請・上場期)に行うべき手続き

  1. 定款変更
  2. 主幹事証券会社による引受審査
  3. 証券取引所との事前折衝
  4. 証券取引所に対する上場申請・審査
  5. 株式の公募・売出し

申請・上場期においては、上場に向けた最終的な準備作業がいよいよ本格化します。主幹事証券会社による引受審査および上場審査の通過に向けて、関係者が緊密な連携を取り合って準備を進めましょう。また、上場に伴ってファイナンス(株式の公募・売出し)を行う場合には、取得勧誘に向けた準備も並行して進める必要があります。

ベンチャー企業が上場を目指すうえでの留意点section

ベンチャー企業が株式上場を実現するに当たっては、すでに概要を紹介したように、必要な手続きが目白押しです。上場に係る厳しい手続きをクリアするためには、以下のポイントに留意して上場準備を進めましょう。

具体的な上場スケジュールを立てる

上場に向けた手続きを着実にクリアしていくためには、スケジュールを具体的かつ明確に立てることが大切です。各種の検討・確認が粗くならないように、余裕を持ったスケジュールを設定しましょう。スケジュールが固まったら、監査法人・主幹事証券会社・弁護士等の外部業者にも共有して、フェーズごとに対応すべき事項を確認しておきます。

早めに検討へ着手する|上場審査基準に従った体制整備にも早めに着手

前述のとおり、株式上場には3年前後以上の期間が必要になります。上場に関する検討の開始が遅れると、実際の上場はどんどん後ろにずれこんでしまいますので、早めに検討を開始することが大切です。

将来的な上場を目指す場合には、早い段階から上場審査基準を意識して、必要な体制整備を行うに越したことはありません。監査法人・証券会社・IPOコンサルティング会社などと早期に意見交換を行い、スムーズに上場準備のフェーズへ移れるようにしておきましょう。

監査法人・主幹事証券会社・弁護士等と緊密に連携する

株式上場は、会社だけの力で成し遂げることはできません。監査法人・主幹事証券会社・弁護士など、外部の業者がそれぞれの専門分野を持ち寄って、会社と緊密に連携・協働してようやく実現する一大プロジェクトです。

会社としても、これらの外部業者と緊密に連携するという意識を、明確に持つことが大切です。スケジュールや疑問点の共有といった基本的な点はもちろんのこと、上場審査や上場後を見据えた、会社をより良くするための改善策についてもアイデアを出し合いましょう

また、上場を目指すうえでのパートナーとなる外部業者には、上記の観点から能動的に動いてくれる業者を選定する必要があります。

まとめ

ベンチャー企業が株式上場をすることには、資金調達・信用力や知名度の向上・会社組織の健全化などの点で大きなメリットがあります。その一方で、株主総会の運営や敵対的買収への対策に留意する必要があるほか、上場自体に多額の費用がかかる点などがネックとなるでしょう。

ベンチャー企業が株式を上場するまでには、検討開始から3年前後以上の期間がかかります。好機を捉えて上場を実現するためには、早い段階から検討に着手するとともに、スケジュールを明確化したうえで外部業者と連携・協働することが大切です。

ベンチャー企業にとって、株式上場は1つのゴールであると同時に、会社が中長期的な安定した成長を目指すうえでのスタートラインでもあります。監査法人や主幹事証券会社を中心に、信頼できる外部業者と協働して、上場という一大プロジェクトを実現させましょう。

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西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て、ゆら総合法律事務所代表弁護士。不動産・金融・中小企業向けをはじめとした契約法務を得意としている。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。(埼玉弁護士会)

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