予防法務とは|臨床法務や戦略法務との違い・重要性・法務担当者に求められる資質などを解説

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ゆら総合法律事務所

阿部由羅【弁護士】

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予防法務(よぼうほうむ)とは、会社が法的紛争・トラブルによって受ける深刻な被害を、未然に防ぐことを目的とした法務を意味し、契約書のチェック・社内規程の整備・コンプライアンス体制の強化などが代表例です。

予防法務を効果的に機能させるためには、法務部と外部弁護士が適切に連携を行い、想定されるリスクに幅広く対処することが重要になりますし、近年では、コンプライアンスに関する意識向上の社会的な流れもあり、予防法務の重要性が高まっています。

今回は「予防法務」について、臨床法務や戦略法務との違い・重要性・法務担当者に求められる資質・法務部と外部弁護士の連携などを解説します。

目次
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臨床法務・戦略法務と予防法務の違いsection

予防法務は、「臨床法務」や「戦略法務」と並べて論じられることも多いところです。臨床法務・戦略法務・予防法務の3つは、いずれも「企業法務」のカテゴリーに属しますが、業務の領域がそれぞれ異なっています。

臨床法務|実際の法的紛争への対応

「臨床法務」は、実際に発生した法的紛争・トラブルへ対処することが主眼となります。会社が法的紛争・トラブルに巻き込まれた場合、損害賠償請求など、大きな経済的利害得失が関係する問題が焦点になることがあります。

紛争・トラブル対応を誤ると、会社に巨額の損失が発生するおそれがあるため、法的な観点から慎重な対応が求められます。また、紛争対応自体に大きなコストがかかるため、速やかに紛争・トラブル状態から脱却することも重要です。

臨床法務は、できる限り有利な条件で、迅速に会社を法的紛争・トラブルから救い出すことを目的として行われます。

戦略法務|法的観点からの積極的な経営支援

「戦略法務」とは、会社の経営を積極的にサポートする法務を意味します。臨床法務や予防法務は、「紛争・トラブル」への対応・予防を主眼としています。これに対して戦略法務は、「会社経営を前進させる」というポジティブな目的を有しているのが大きな特徴です。

たとえば新規事業の立ち上げ・海外進出・M&A取引など、会社が打ち出す積極的な施策を法的な観点からサポートすることが、戦略法務に期待される役割です。

予防法務|法的紛争を回避・リスクコントロールするための予防策

冒頭でも述べたように、予防法務は、法的紛争・トラブルに起因する会社の損失を回避・最小化することを目的としています。臨床法務との対比においては、臨床法務は「有事」の段階で行われるのに対して、予防法務は事前対策として「平時」の段階で行われるという違いがあります。

戦略法務との対比においては、戦略法務が積極的な取引等を支援するのに対して、予防法務は紛争・トラブル予防に主眼を置く点が大きな違いです。

予防法務において取り扱う業務の例section

予防法務において取り扱う業務としては、以下の例が挙げられます。

取引に関する契約書のチェック

会社が他社との間で取引を行う場合、事前に契約書を締結するのが一般的です。取引に関する契約書の中では、取引条件に加えて、当事者間でのリスク分配やトラブルの予防策・対応などについても定めておく必要があります。

(例)
・表明保証(対象事項について、表明保証した当事者にリスクを負わせる)
・遵守事項(当事者に対してトラブルの原因になり得る事項を禁止し、トラブルの予防を図る)
・機密保持(機密情報の開示等を原則禁止し、営業秘密などの流出防止を図る)
・損害賠償(トラブル発生時の損害賠償の範囲や、違約金について定める)
・契約解除(契約を解除するための要件について定める)
・合意管轄(当事者間で訴訟に発展する際に、提訴先の裁判所をあらかじめ合意しておく)
など

万が一の紛争・トラブルが発生した際、自社が不測の損害を被らないように契約上の手当を行うことは、予防法務の重要な役割です。

株主総会の開催サポート

親族のみで全株式を持ち合う同族会社などを除くと、株主総会への対応は、会社にとって負担の重い業務の一つです。

業績不振や役員の説明不足などにより、株主側の不満が溜まってくると、株主の離反や株主代表訴訟などのリスクを負うことになってしまいます。株主総会を適切に運営し、株主との間のトラブルを未然に防ぐことは、予防法務に課された使命の一つと言えるでしょう。

社内規程の整備

会社の規模が大きくなってくると、役員・従業員等の構成員を規律するため、社内規程の重要性が高まってきます。法令を遵守するのはもちろんのこと、それとは別に独自の社内規程を設けて社内全体を管理することで、不祥事のリスクを低減する効果が期待されます。

社内規程全体の整合性や内容の適切性を確認し、企業不祥事の予防に努めることも、予防法務に求められる役割の一つです。

コンプライアンス体制の強化

企業不祥事によるトラブルを回避するには、社内規程の整備と併せて、会社全体におけるコンプライアンスチェックの体制整備も重要になります。会社の実情に合ったダブルチェック・トリプルチェックの体制を構築し、違法なオペレーションを適時に発見して不祥事の発生リスクを低減させることも、広い意味での予防法務の役割と言えます。

監督官庁へのクリアランス

会社の業務等の適法性に疑義が生まれた場合、自社の判断だけで業務を続けるのではなく、監督官庁にクリアランス(適法性等についての照会)を行うべきケースもあります。

監督官庁へのクリアランスを行う際には、事前に法的論点を整理し、各論点について会社としての見解を明らかにすることが必要です。また、問題意識を監督官庁に対してわかりやすく説明できるだけの、法的な能力も必要になります。そのため、監督官庁へのクリアランスに関する検討は、法務部門が予防法務の一環として行うケースが多いです。

予防法務の重要性とはsection

予防法務が重要なのは、実際に法的紛争・トラブルが発生した場合に、会社が多大な損害を被るおそれがあるからです。また、近年の上場会社を中心としたコーポレートガバナンス強化の流れも、予防法務の重要性が強調されることに繋がっています。

実際の紛争に発展すると多大なコストがかかる

法的紛争・トラブルが発生すると、相手方による侵害行為または損害賠償請求等により、自社に大きな経済的ダメージが発生するおそれがあります。また、訴訟等の法的手続きに発展した場合、その対応そのものに人的コストをかけなければなりません。

そうなると人件費が嵩みますし、会社本体の事業に支障が出る可能性も出てきます。このように法的紛争・トラブルへの対応が発生すると、結果の如何にかかわらず、会社に何らかの不利益が生じてしまいます。そのため、予防法務を徹底して、できる限り未然に法的紛争・トラブルを防ぐことが重要なのです。

法的紛争・トラブルは会社のレピュテーションにも悪影響を与える

ある程度以上の規模を有する会社が、権利侵害等を理由として他社から訴訟を提起された場合、その事実が大々的に報道される可能性があります。

センセーショナルな形で報道が行われると、会社の社会的なイメージが低下してしまい、売上減少等の実害が発生するおそれも否定できません。仮に大々的な報道がなされなくても、会社の命運を左右しかねない法的紛争・トラブルを抱えることになると、株主に対して不安を与えてしまうでしょう。

そうなると、株主の離反を招き、株主総会の運営が困難になるような事態になりかねません。また、新たな資金調達を行う際にも、法的紛争やトラブルを抱えている事実はマイナスに働きます。解決結果が予測できないため、不確定要素が多い会社として出資不適格と判断されやすいからです。

このように法的紛争・トラブルを抱えた状態では、会社のレピュテーションに傷が付き、事業運営が困難になってしまうリスクがあります。したがって、やはり予防法務を通じて、法的紛争・トラブルの発生リスクを抑えることが重要です。

上場企業を中心に、コーポレートガバナンスの重要性が高まっている

東証の上場規則の一つである「コーポレートガバナンス・コード」の公表をはじめとして、上場企業の間では、コーポレートガバナンス(企業統治)を強化する要請が強まっています。

参考:コーポレートガバナンス・コード|株式会社東京証券取引所

同コードにおいて、コーポレートガバナンスは会社の「透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」と定義されています。コーポレートガバナンスの目的は、会社の持続的な成長と、中長期的な企業価値の向上を実現することです。

上場会社が「透明・公正」な意思決定を行うには、会社の内部統制や情報開示体制の整備など、企業不祥事の発生を予防する取り組みが必要不可欠です。こうした取り組みは予防法務との高い親和性があり、コーポレートガバナンスの重要性が高まるに連れて、予防法務の重要性も相関的に高まっていると言えます。

予防法務を担う法務担当者に求められる資質section

予防法務の業務内容や目的を踏まえると、予防法務担当者としては、以下の資質を備えた方が適任と考えられます。

企業法務に関する豊富な経験を備えている

予防法務に当たっては、会社の抱える問題点や潜在的なリスクなどを、的確に把握して対応する必要があります。そのためには、会社組織に関する法的な「勘所」を理解していることが望ましく、企業法務に関する豊富な経験を備えた人材が適任と考えられます。

担当領域における高度な専門性を備えている

予防法務の中には、会社組織一般に関する対応事項のほか、特定の分野に関する専門的な対応事項も含まれています。たとえば、金融事業に関する法的リスクに対処するためには、金融関連法令の深い理解を備えていなければなりません。

一般企業法務に関する知見に加えて、特定の分野に関する法令への深い知見を併せ持っている人材は、予防法務担当者としての適性が高いと考えられます。

様々なリスクをイメージしながら検討・対応を行うことができる

予防法務担当者は、会社の活動内容(各種取引や内部統制など)を踏まえたうえで、多角的な観点からリスク分析を行う必要があります。柔軟な発想によって想定されるリスクを網羅的に洗い出し、各リスクに対する解決策を適切に立案できる能力が、予防法務担当者には強く求められます。

予防法務において、法務部と外部弁護士が果たす役割section

会社における予防法務の担い手は、主に法務部の従業員と外部弁護士です。

法務部と外部弁護士はそれぞれ得意とする領域に違いがあるところ、両者が適切に連携を行うことで、会社の法的紛争・トラブルに関するリスクを効果的に低減できます。

予防法務において法務部が果たす主な役割

会社の予防法務において、法務部が果たす主な役割は、以下のとおりです。

①社内における法的リスクの発見

法務部員は会社の従業員として、社内事情にすぐ触れることができるポジションにあります。所管部からの相談などを受ける中で、社内における法的リスクをいち早く発見して検討の遡上に乗せることが、法務部が果たすべき重要な役割です。

②日常業務における法的リスクへの対処

会社の法的リスクが判明した際、それが日常業務の一環として処理できるものであれば、法務部だけで対処を行うケースが多いです。外部弁護士に依頼せず、法務部だけで問題を処理することができれば、会社にとってもコストの削減に繋がります。

③外部弁護士のアドバイスを踏まえた社内調整

外部弁護士のアドバイスを受けながら予防法務を行う場合、法務部は、経営陣や所管部と外部弁護士を繋ぐパイプ役となります。法務部には、法務と社内事情のどちらにも精通する立場として、外部弁護士のアドバイスを適宜取捨選択して社内調整を行うことが期待されます。

予防法務において外部弁護士が果たす主な役割

一方外部弁護士には、客観的・専門的な立場を生かして、予防法務において以下の役割を果たすことが求められます。

①日常的な法律相談に対する回答

所管部や法務部が中心となって対処すべき日常的な法律問題についても、慎重を期すためなどの目的で、顧問弁護士にアドバイスを求めるケースがあります。顧問弁護士は、所管部や法務部から受けた質問内容についてリサーチを行い、タイムリーに回答することが求められます。

②複雑な法律問題に関する専門的な検討

最先端の法的論点が含まれていたり、必要なリサーチ量が膨大であったりする場合には、社内だけで対応するのは難しいことがあります。

この場合、所管部または法務部から、外部弁護士に検討・サポートを依頼するのが一般的です。

③客観的な視点から見た改善点のアドバイス

所管部や法務部は会社の内部組織なので、会社が抱える問題点につき、客観的な視点を持ちにくいのが難点です。この点、外部弁護士が独立・客観的な視点からリーガルチェックを行えば、社内での検討では気づかなかった会社の問題点を発見できる可能性があります

効果的な予防法務には、法務部・外部弁護士の連携が重要

このように法務部と外部弁護士では、立場の違い等により、予防法務において果たすべき役割に違いがあります。法務部と外部弁護士が有機的に連携を行い、互いに協力して予防法務を実践すれば、会社の法的紛争・トラブルに関するリスクを最小化することに繋がるでしょう。

そのためには、顧問弁護士と普段からコミュニケーションをとることや、法務部内で外部弁護士にアドバイスを求める基準を明確化したりすることが効果的です。

まとめ

予防法務は、実際に法的紛争・トラブルが発生するより前の段階で、会社のリスクを最小化するための対策を実施することを主眼としています。効果的な予防法務の実践には、法務部と外部弁護士の適切な連携がポイントです。

予防法務の適性を備えた法務部員と顧問弁護士を確保し、役割分担を明確にして協働させることで、会社全体のコンプライアンス強化を目指しましょう。

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西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て、ゆら総合法律事務所代表弁護士。不動産・金融・中小企業向けをはじめとした契約法務を得意としている。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。(埼玉弁護士会)

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