IPOとは、Initial Public Offering(新規株式公開)のことです。資金調達の手段であり、会社が発行している株式を市場(証券取引所)での取引対象とし、株式の流動化を図る効果があります。
IPOというと、監査、特に財務・会計が中心的なイメージがありますよね。法務に関しては、付随的なものという認識を持っている方も多いかと思います。しかし、IPOにおいて、法務は、財務と共に欠かせない柱です。法務を重視してIPOの戦略を組み立てていくことにより、一層確実にIPOを実現していくことにつながります。
この記事では、IPOの具体的な流れ、スケジュールや計画の立て方から、法務の意義と位置づけ、具体的な役割、活用方法まで解説していきます。最後に、法務人材の採用に強い人材紹介会社もご紹介します。
IPOにおいて、法務は枝葉ではなく幹であるsection
IPOにおいて、法務は根幹となる役割を果たします。ここでは、法務が従前重視されてこなかった理由と、J-SOXの拡充と法務の重要絵師、コーポレートガバナンス・コードとの関係の視点から、解説していきます。
従来法務がそれほど重視されてこなかった理由
これは、株式上場が、投資家の健全な投資判断のための情報提供という側面で、財務・会計のシステム構築を重視していたことと、IPOに携わる法務人材が多くなかったという点にあります。
上場企業において最重要なことは、投資家をはじめとするステークホルダーに対して、適時適切な情報開示を行うことです。それが、ステークホルダーにとって、様々な判断の基礎となるためです。
そのため、上場の準備においては、そうした財務・会計に基づく様々な企業情報の開示が行われること、その運用の仕組みづくりでした。法務は、その付随的なものであって、IPOそれ自体のプロセスにおいては、それほど重要視されることはなかったのです。
J-SOXの拡充により法務の重要性に注目
しかし、不正会計や粉飾決算の事例により、そもそも財務・会計の仕組みづくりについて、適正な制度構築がされているのかどうか、チェックをする必要があるのではないかという問題意識が生じました。
単に、財務・会計の専門家である会計士の中だけで解決する問題というよりも、法務的な観点が必要なのではないかという視点が生じたのです。
それとともに、食品産地偽装をはじめとしたサービスの中でのルール違反などが生じ、法令順守の機運が高くなります。企業ごとに、業界において遵守すべきルール、社会的に影響力の高いサービスを提供すること、大衆の耳目にさらされることに鑑み、法令レベルのみならず上場企業の中での行動規準を定める必要が生じたのです。
コーポレートガバナンス・コードと法務の重要性・需要拡大
こうした背景を踏まえ、平成27年6月から、東証と金融庁が協働して、企業統治指針として、「コーポレートガバナンス・コード」が定められました。
コーポレートガバナンス・コードは、最新のものでは、5つの基本原則と、31の原則、そして47の補充原則により構成されています。共通して、「株主の権利・平等性の確保」「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」「適切な情報開示と透明性の確保」「取締役会等の責務」「株主との対話」の5つの柱のもとに体系化されています。
体系的な基準であることから、IPOに向けた対応の上で、法務の重要性・需要が拡大してきています。特に、現在のIPO実務において、法務人材は欠かせない要素となっています。
IPOにおける法務の位置づけsection
IPOにおいて、法務は具体的にどのように位置づけられるのでしょうか。上場審査基準、財務との協働関係、法務がカバーすべき範囲の3つの切り口から解説していきます。
IPOにおける審査基準
IPOでは、形式的審査基準と実質的審査基準の2つがあります。形式要件としては、プライム市場、スタンダード市場、そしてグロース市場の3つの区分に応じて次のような審査基準があります(以下、市場区分見直しの概要|東証より引用)。
各審査基準の解説は、こちらの記事で解説しております。
実質審査基準として、次の5つが掲げられています(有価証券上場規程207条1項)。
事業の継続性及び収益性
上場規程によれば、「継続的に事業を営み、かつ、安定的な収益基盤を有していること。」とあります。これは、継続的に事業として利潤を生みだしているという点につきますが、それが、安定的な収益基盤に支えられていることを必要とする意味です。
経営の健全性
どんなに利益を生み出していても、それが法令に適合しないのでは、健全で社会的に承認されたものとはいえません。業法的な規制上必要な許認可の取得をしていること、そのために必要な手続を履践していること、省庁の所管するガイドラインの遵守などを徹底していることが必要です。これは、社会的信頼性にも関わる内容です。
企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性
上記②の点とも関連しますが、コーポレート・ガバナンスを徹底していることが重要です。上場企業においては、昨今のコーポレートガバナンス・コード遵守の位置づけの重要性から、遵守すべき事項をしっかりと遵守していることが求められます。
そして、コンプライアンスの遵守を裏付ける内部管理体制が事実上構築されているだけでなく、有効に機能していることまでが必要です。
企業内容等の開示の適正性
企業内容等の開示は、それが行われること自体がまず出発点になります。非上場企業では、株主に会社の財務情報などを開示することは常態ではありません。
しかし、投資判断の基礎として、開示が行われること自体が必須となります。
その上で、投資等の判断の機会を実質的に確保するには、開示される情報が適正に作成され信頼を持たせるものとして裏付けを得ている必要があります。したがって、開示の適正性が要求されます。
その他公益又は投資者保護の観点から当取引所が必要と認める事項
具体的な内容は定かではありませんが、上場企業の事業の社会的影響力の高さや投資家保護の観点に関する基準への適合が求められます。
財務との協働関係
上記基準の①と③、④を中心に、財務・会計が関わります。企業が継続的な事業展開をしているかどうか、安定的な収益基盤を有しているかどうかは、会計帳簿や計算書類の作成が適正に行われる必要があります。
そして、財務会計が適正に行われるために、社内のガバナンス体制、内部統制・管理体制を構築し、運用していくことが重要です。それとともに、開示の手続と内容の適正を図ることが必要になります。
上記の内容は、財務諸表監査とJ-SOX対応において、財務と法務とで協働して行うことが必要です。
法務はすべての項目に関わる
法務は、①ないし④、そして⑤に至るまで、全体の項目に関わります。
企業の継続性と収益性の観点からは、持続的な事業でありうるには、会社が法令の遵守と、必要に応じた規制対応により事業のフィールドメイクをしていく必要があります。そして、公正かつ忠実な事業の遂行には、コーポレートガバナンス・コードへの対応と、内部統制を固めていくことが重要です。そこには、まさにルールを扱う法務の視点が欠かせません。
開示の手続および内容の適正性も、金商法に関する専門知識をもとに行う必要があり、財務だけのポジションというわけではありません。
IPOにおける法務の役割5つsection
IPOにおいて、法務の役割は、内部統制の確立、コーポレートガバナンス・コード対応に向けた体制整備、資本政策と法務DD、レピュテーションリスクのマネジメント、事業拡大に伴うリーガルリスクマネジメントの5つあります。順に解説していきます。
内部統制の確立
内部統制は、未上場の段階でも一定の整備が行われているのが通常です。会社法を中心とした法令において求められる最低限のことは、実行しなければ企業経営における信頼の基礎を欠くためです。
上場にあたっての重要なのは、その質の側面です。具体的には、業務フローを可視化したり、組織内の部署、各部署内の権限分配やタスクフローを可視化した上で、法令違反や不正が行われないかどうかのリスクの所在を特定したり、特定したリスクの評価とリスクの顕在化を防止するマネジメントを行うことです。
IPOでは、1つ1つ分析的に、細かく内部統制を整えていくことが重要です。リスクの所在把握、リスク評価、そしてリスクをマネジメントとするための具体策などは、法務が担う役割です。
コーポレートガバナンス・コード対応に向けた体制整備
コーポレートガバナンス・コードは、上記のように、合計83項目の内容から体系化されています。具体的な行動基準たる内容であり、コーポレートガバナンス・コードの遵守は、『コンプライ・オア・エクスプレイン』のもと、遵守か、それに代わる合理的な説明がそれぞれ必要となっていいます。
そのため、ルールに対する適応や、理屈付けを行う点で、法務が担う役割とされます。
資本政策と法務DD
資本政策は、数字的な側面では財務会計の守備範囲ですが、スキーム構築や必要な手続の履践は、法務の役割です。つまり、資本政策の実装に関しては、法務が担う役割が大きいのです。
また、IPOを実現していくための様々な情報収集を行い、社内の情報を整理していきます。このようなDDも法務の役割です。
レピュテーションリスクのマネジメント
レピュテーションリスクは、不祥事対応・危機管理との親和性が高いです。そうした対応は、トラブルに対する対処という面で、一定の社会的なコンセンサスのある基準に従い解決の規準を定立し、実行するというリーガルマインドの価値が試されます。そうした意味で、レピュテーションリスクのマネジメントに関し、法務の担う役割があります。
事業の拡大に伴うリーガルリスクマネジメント
IPOは、ゴールではなく、通過点としてのスタートですよね。事業をよりグロースしていくために、事業の多角化や新規事業を進めていくのが通常です。
そうした場合に、従前の事業にはなかった法律上の規制やガイドラインへの適合を検討する必要が生じ、場合によってはそれが壁となります。事業の適法性を判断し、あるいは適法に実現していくための理屈付けや省庁対応、あるいはルールメイキングにより市場を創出していくことは、法務の視点が不可欠です。
IPOにおいて法務が行う業務例5つsection
IPOにおいて、法務は、具体的にどのような業務を担うのでしょうか。5つ解説していきます。
コンプライアンス体制の整備
社内のコンプライアンス体制の整備が筆頭に挙げられます。
会社法を中心とする企業の組織に関するルールのほか、事業ごとの業法に対する適応、そして所管する省庁による細目的な規則、通達ないしガイドラインに至るまで、網羅的に遵守していく必要があります。これらは、まさに法的知見に基づいて正確に行う必要があるため、法務に委ねられる業務になります。
そして、法務は、事業を動かす現場である各部署において法令順守のチェックが行われる仕組みを構築し、運用していくことが求められます。
コーポレート機能
株主総会、役会運営を中心に会社が事業を執行していく上で必要な手続面のアレンジは、法務を中心として適法に遂行していきます。資金調達に関しても、増資のスキームや投資契約の内容チェックを行うことは、法務の業務に位置づけられます。これらの業務は、コーポレートガバナンス・コードへの対応とも関わる点でもあります。
J-SOX対応
内部統制報告制度は、金商法に関する法令への対応に関わる点です。財務との協働関係となる側面もありますが、コンプライアンス体制の整備を中心に法務がカバーする業務も少なくありません。リスクの特定や評価にあたっては、法務が積極的に内容を整理していくことが求められます。
事業の拡大と収益性を確保する仕組みのデザイン(契約・利用規約などのアレンジ)
より戦略法務に関わる面では、契約のレビューや利用規約などの修正などを行い、法務としてのPDCAを回していくことなど、将来的な収益拡大のための業務を担います。事業の適法性をチェックすることのほか、グレーゾーンであってもルールメイキングのチャンネルを駆使して、リスクとしてとりうるものにするための対応は、法務に任される業務です。
知財関係の保護
上場企業になれば、注目度が高まることから、他社との関係でも経営資源を守る業務が必要になります。現代においては、技術やアイデア、デザインに関して、知財関係の保護と管理を適正に行っていくことが重要です。これも、法務の業務に含まれています。
IPO・上場することで起こる4つの変化section
IPOとはそもそもどのようなものかおさらいしておきましょう。IPOをすると、すでに述べた通り、まず当該株式が取引市場において流通し、売買の対象になります。そうすると、次の通り変化が生まれます。
1:株主にとって、投下資本の回収ないし利益獲得の機会を得られる
株主は、業績や株価の変動をもとに、自ら判断して株式を売買し、投下資本の回収を図り、あるいは利益の余剰分を回収することができます。
中長期的な保有による剰余金配当による利益を得ることができますが、それだけでなく、市場評価による株価の上昇との差益による利確ができるようになります。
2:市場評価による企業価値と株価が連動することで、将来における資金調達の額も向上する
企業側は、業績を高め、企業価値を高めていくことで、より株式市場での評価を高めていくことにつながりますよね。これにより、新株発行等の資金調達の際には、市場価値が発行価額のベースとなることから、調達額がより高くなります。
そうした意味で、IPOは、資金調達をより拡充していく手段としても効果があるということができます。
3:株主構成の流動化
株式を自由に譲渡することができるということは、株主が、会社の意図しないところで入れ替わることがあるということを意味します。裏を返せば、株主としては、会社の経営に対して評価をした上で、自己の判断で適宜売り抜けて退出する機会があるということです。
4:知名度や社会的信用の上昇
株主の上場により、それ自体様々な形でプレスリリースの機会がありますし、メディアでも取り上げられる機会が高まります。そうすることで、より多くの人に認知され、ファンの獲得にもつながります。この効果は、上記2つ目の資金調達の拡大にもつながります。
IPOの具体的な流れ・スケジュールsection
IPOは、具体的にどのような流れなのか、簡単におさらいしておきましょう。基本的には、上場審査を受ける申請期をNとして、事業年度単位でその1期前をN-1、2期前をN-2、となります。
上場準備として位置づけられるのは、N-3からN期までの期間です。
具体的に、各ステップにおけるタスク、IPOに向けての大まかなイメージはどのようなものでしょうか。上場準備は、上場申請のN期から3期前の時点から準備していきます。上場を実現するための社内体制を整理したり、会計ないし開示の運用の基礎を作るとともに、資本政策、事業戦略に関する課題抽出を行っていきます。
それについて、公認会計士などにより、ショートレビューを受けます。その後、N-2期からN-1期にかけては、財務諸表監査と内部統制報告書等の対応(J-SOX対応)の2本立てになります。
そして、上場申請期にかけては、上場企業として備えるべきガバナンス体制、具体的にはコーポレートガバナンス・コードへの対応や、IR制度の整備を確立していきます。ガバナンス体制に関しては、N-3期から全体を通じての縦軸として、IPOに向けた社内体制全体に関わる事項でもあります。
時期 | 内容 |
上場申請3期前(N-3) | ・IPOの実現可能性 ・メリット・デメリット等の検討 ・担当部署の設置・監査受入体制の構築等 ・監査法人によるショートレビュー ・上場先の市場選定 ・事業計画の策定 ・上場予定市場に合わせた体制整備 ・監査法人による予備調査 |
上場直前々期(N-2) | ・監査法人による予備調査(続き) ・監査契約の締結 ・主幹事証券会社の選定 ・監査法人による準金商法監査(1期目) |
上場直前期(N-1) | ・監査法人による準金商法監査(2期目) ・上場申請書類の作成 ・社外取締役の選任 |
上場申請年度(N期) | ・定款変更 ・主幹事証券会社による引受審査 ・証券取引所との事前折衝 ・証券取引所に対する上場申請・審査 ・株式の公募・売出し |
IPO後の企業法務
IPO後にも、法務が担うべき役割は少なくありません。詳細は割愛しますが、たとえばM&Aの戦略構築は、事業の多角化を図る上で不可欠ですよね。その際には、法務がDDを主導していくことになります。また、開示対応に関しても、財務と協働しつつ、適法に遂行していく必要があります。
IPOに向けた法務人材の採用・確保におすすめの採用支援サービス3選section
最後に、IPOに向けた法務部機能の整備・機関の設置に伴う、法務人材の確保に役立つ採用支援サービスや媒体をご紹介します。
NO-LIMIT|弁護士・法務専門の採用支援サービス
まず最初にご紹介したいのが、弁護士・法務人材専門の転職支援を行う『NO-LIMIT(ノーリミット)』です。弁護士・法務人材特化でサービスを展開しているため、法務人材の採用・確保であればまずここをお勧めします。上場準備を経験、IPOを成功に導いたハイクラス人材はもちろん、社外取締役マッチングサービスも展開しているため、ことIPO法務に関してはかなり強いポジションを築いていると言ってもいいでしょう。
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URL:https://no-limit.careers/recruitment/
NO-LIMITの特徴
毎月60名以上の弁護士登録・法務人材を含めれば100名以上の候補者
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弁護士業界・法務に明るいアドバイザーが在籍
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両手型のエージェント運営体制
求職者側と求人側の両方を1人のアドバイザーが対応する、両手型を採用。一気通貫での対応のため求職者と求める人材とのミスマッチが少ないのは最大の特徴と言えます。
MS Japan|士業・管理部門の老舗エージェント
次にご紹介するのはms-japanです。士業・管理部門といえばここを真っ先に思い浮かべる方も多いかと思います。最近、エージェント機能とダイレクトリクルーティングサービス『MS hobs』を統合し、『MS Career』というダイレクトリクルーティング1本にしました。
MS Japanの特徴
累計登録者数は10万人を超え、名実ともに業界最大級の管理部門・士業人材データベースです。管理部門・士業の領域に精通した専門特化型エージェントならではの高いマッチング精度を誇っていますが、一番多いのは『経理、財務、人事、総務』『公認会計士』 とのことです。
ビズリーチ|ダイレクトスカウトサービスの大手
最後はビズリーチです。法務に特化しているわけではありませんが、年収600万円以上の方を中心とした登録者が多いスカウトサイト。ダイレクトスカウトサービスのため、採用担当者が自らスカウトメールを打つ必要がありますが、エージェントに頼らない採用が出来ます。
月額費用と採用時の成功報酬がかかるため、採用できないとコスパは悪くなるケースは否定できないものの、エージェントの求人プールにはない人材が採用できる可能性があるため、ご紹介させていただきます。
まとめ
IPOは、投資家にとって株式取引による利確の機会となり、企業側としては資金調達の規模拡大や株主構成の流動化といった変化をもたらします。社会的な耳目を集めることから、企業としては、コンプライアンスや投資家の投資判断の基礎となる情報を、適正に作成し開示していくことが求められます。
その際には、財務会計とともに、法務が柱となり、コンプライアンス・ガバナンス体制の整備と運用を確立していくことのほか、事業の多角化と新たな事業創出のためにリーガルリスクマネジメントを行っていく必要があります。
上記の点を中心に、IPOにおいて法務が担う役割は、非常に大きいといえます。